印の少女
結局、俺の模擬戦の出番は3日後の午後だった 。
「今日の模擬戦の組を呼ぶぞー。獅子王帝」
「やっと呼ばれたか」
「ずっと暇だったものね」
名前を呼ばれ、行ってくると二人に告げ練武場の中央に向かう。
「山義 梨恵瑠」
呼ばれた名前に、俺は少し困惑をする。まさか山義さんとは思わなかった。
「は…はい!!」
トコトコと小走りで名前を呼ばれた山義さんも中央に向かってくる。
「よろしくお願いします、帝さん」
「あ…ああ、よろしく山義さん」
少し戸惑ってる俺に対して、山義さんはそうでも無いようだ。意外と肝がすわっているみたいだ。
「説明はいらないな。」
「はい」
俺は返事をし、腰の後ろからダガーを抜き、逆手で右手に構える。
「はい」
同じく返事をした山義さんは両手を前に出し構える。すると、魔創具が具現化されていく。少し長めの黄色の柄をしたハンマーが具現化された。見た目は軽そうだ。
コインが弾かれる。落ちると同時に山義さんが動いた。
「ヒョウ!!」
ハンマーの面の部分を自分の目の前に叩きつける。ピコッという音がなると同時に叩きつけた地面から氷の礫が俺に向かって飛来する。
俺は後ろに飛び、落ち着きながら自分に当たりそうな物だけをダガーで叩き落とす。
「エン!!」
山義さんは再度ハンマーを叩きつける。次は火の塊が3つほどこちらに向かって飛来する。さすがに火はダガーで弾けないので横に飛び回避する。
「あまりその場から動かないな…。近づいてみるか‼」
足に魔力を集中させて強化する。一足飛びで山義さんの近くまで飛び、ダガーで攻撃を試みる。
「コウ!!」
ハンマーが左から向かって来るのが視野に入り、急遽ダガーでの防御に切り替える。
ガキンッと防御したダガーとハンマーの接触音が鳴り響く。
「今のを防がれるなんてっ!?」
何だかショックを受けているようだがこちらもかなり危なかった。最初に遠距離の魔法を使ったのとその場を動かなかったのは、近接に誘うための罠だったか。ピコピコなっていたのでハンマー自体があんなに硬くなるとは思ってもいなかった。
「雹に炎に硬ね…次は何が来るのやら。」
考えながらもう一度距離を取るが、この距離では今の俺では何も出来ない。
「帝さん!!何故魔力を全然つかわないんですか!!真剣に戦って下さい!!」
山義さんには俺が手を抜いているように見えるようだ。だがそうではない。
「それは違うぞ山義さん。俺は手を抜いてなんかいない。元々魔力がかなり少ないんだ」
そう、今の俺は極端に魔力が少ない。
「でもだからと言って身体強化を一部分にしかしてないなんておかしいです‼」
山義さんの言う通り魔力の少ない人でも全身を魔力強化ぐらいできるものなのだが、俺はそれが出来ないほど魔力が少ない。
「これが俺の精一杯だよ」
「では遠慮はしません!!フウ!!」
ハンマーを叩きつけると突風が起きる。
だが対したことはない。
「ジン!!」
「なっ!?」
突風と共に砂ぼこりが舞い目がまともに開けられない。
「コウ!!」
少し遠くの方で声がする。恐らく目が開けれない今のうちに近接に挑む気だろう。しかし山義さん、それは俺相手には無意味だよ。
目が開けれない状況で集中する。左から魔力の流れが読み取れる。恐らくハンマーだろう。すぐさまダガーを左手に持ち変え、魔力を左手に移動させる。ダガーでハンマーの面ではなく柄を捉え 、下から上に弾いてやる。ハンマーを両手持ちしていた山義さんは
ハンマーと共に腕が上に上がり万歳の状態になる。
瞬時に右足に魔力を移動させ、山義さんの横腹の左側を蹴り飛ばす。
勢いよく飛んだ山義さんは地面を3回ほど転げ回り沈黙した。
山義さんも身体強化をしていたので大丈夫だろう。
「ふぅ…疲れた」
終了の合図を聞き、ダガーを腰の後ろにしまい魔力を解く。
倒れている山義さんのもとへ向かうと丁度、目を覚ましたようだ。ダメージはかなり軽かったようで安心した。
「大丈夫かい山義さん」
「あ…はい、大丈夫です」
模擬戦中とは違い、人見知りモードのようだ。
「み…帝さん、あの」
山義さんが何か言いたそうだ。
「どうした?」
「どうして最後見えないのにあんな動きが出来たんですか?」
まぁ聞かれるだろうとは思っていた。
「俺は魔力が極端に少ないが、魔力感知だけは得意なんだよ」
「…魔力感知ですか。得意ってだけであんな動きが…」
得意だと言い方は少し違うか。
「魔力が宿っている物なら目を瞑っていてもハッキリと見えるんだ、俺は」
山義さんの目が見開き、驚いているようだ。無理もない、魔力感知自体は誰にだって少しはできる。現に山義さんは俺が魔力をあまり使っていない事を模擬戦中に指摘してきた。
ただ、普通はその程度の事なのだ、魔力感知と言うものは。目を瞑っていても形までハッキリとわかるものはほとんど居ないだろう。普通、魔力というものはなんとなく感じ取れるぐらいのものだ。ここまで感知できるのは学園内では俺だけと言ってもいい。
「ほら」
俺は山義さんに右手を差し出す。
山義さんもそれに応え、右手をとり立ち上がる。
「あの、手を抜いてる何ていってすみません…」
「よく言われるから気にしなくていい」
そう笑って返す。
実際今までもよく言われたものだ。中学の時に剛太にも言われた。
「それにしても、山義さんの魔法はなかなか面白いな」
素直な感想を述べ、山義さんと共に観客席の方へと歩き出す。
「私の魔法なのに使いこなせてませんけどね。あ、私のことは梨恵留と呼んで貰って構いませんよ。私も帝さんと呼ばせて貰ってますので」
恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。
「まだ学園生活が始まったばかりなんだ、これからだろう。じゃあ梨恵留と呼ばせて貰うよ」
観客席に戻ると紅葉から労いの言葉を貰い、梨恵瑠は礼で返す。
「お疲れさま、二人とも。山義さん、帝相手によく頑張ったわ」
「ありがとうございます紅葉さん。紅葉さんも私のことは梨恵瑠と呼んで貰って構いません」
わかったわと紅葉は短く返す。
いつのまにか梨恵瑠は俺たちに対して喋るときつっかえが無くなったな。慣れた人にはこんなものなのか。
「剛太はどこに行ったんだ」
いつのまにかいなくなっていた男の所在を聞く。
「剛太なら模擬戦を見たあとお花を摘みに行ったわ」
なんだ、トイレか。別にそんな気にしてもいなかったが、折角なので梨恵瑠のことを紹介しておこうとおもったのだが。また今度で良いだろう。
「相変わらず他の模擬戦は面白味に欠けるわ」
席に座り模擬戦を見ていた紅葉は肩を竦め、不満を漏らすのであった。
4月の末、30日の昼、学食にて紅葉、剛太そして最近仲良くなった梨恵瑠を伴い昼食を取っていた。最近ではこの3人と昼食を食べるのがお決まりになりつつある。
「学園の学食が無料だなんて太っ腹ですよね」
灰色のツインテールをぴょんぴょんと跳ねさせる梨恵瑠は何故だか機嫌が良く、カルボナーラを頼む。
「お金がほとんど無い身としてはかなりありがたいよな」
梨恵瑠の言葉に同調を示す剛太は、カツ丼の大盛とラーメンをたのみ並ぶ。
剛太が言ったように、魔法闘士学園に入学したばかりの俺達は入学前に持ってきたお金以外は持ち合わせていない。今は模擬戦で忙しいし5月からは任務があり、いつ指命されるかわからないのでバイトなどしてる暇はない。
最初の1ヶ月は、持ってきたお金でやりくりするしかないが、この学園は全寮制でなおかつ学食無料なので食に困ることはないだろう。
5月に入れば任務をこなした分報酬が貰える。例え自分が指命されずとも条件を満たせていれば、学年関係なく指命された人の応援に出ることはできるので積極的に参加することが大切だ。何よりも経験も積める。
「帝は何を食べるの?」
「そうだな。キツネ蕎麦にしようかな」
足りるの?と紅葉が聞いてくるが、模擬戦がなければあまりお腹がすかない。俺はあまり食べる方では無いのだ。
先に行って席を取っておいてくれた梨恵瑠がこちらに手を振って呼んでいる。親を呼ぶ子供のようだ。
4人席の梨恵瑠の向かいに俺が座ると、自然な流れで紅葉は隣に座り、そうなると当然、梨恵瑠の横に座るのは剛太になる。
「剛太と梨恵瑠の体格差がありすぎて親子みたいだな」
「ふふふ、微笑ましいわね」
にこにこと笑う紅葉。
「子どもじゃありませんよ‼」
梨恵瑠は怒るが、剛太の横に並ぶと説得力がない。
「梨恵瑠、貴女身長なんセンチあるの?」
「え?それ聞いちゃうんですか?」
俺も知りたかった事を紅葉が聞いてくれる。よくやった。
「ええ、拒否権はないわ」
紅葉の目が怪しく光っている気がする。
「ひぃぃ!!こ…答えますよ」
「ひゃ…ひゃくよんじゅうよんです…」
144cm。なんと言うか予想通り。剛太が190cmなので46cm差もあるのか。
「体重はどうなの」
紅葉がデリカシーの無いことを聞く。
「それは勘弁してください!!」
さすがに答えはしなかったが、かなり軽いだろう。
「早く食おうぜ。腹がペコペコなんだよ俺は」
すでに手を合わせて剛太が待っていた。話が一段落するまで待つなんて律儀な奴だよ。
「帝さんは魔力感知が得意だと言ってましたよね」
各々の食事が終わりそうな頃、梨恵瑠が話を振ってくる。
「ああ、そうだ。それがどうしたんだ」
「魔力感知が帝さんの特性能力なんですか?」
俺の魔力感知の度合いついては梨恵瑠と模擬戦のときに、ある程度説明していたので俺の特性能力だと思ったようだ。
「いや、俺の特性能力は魔力感知ではないんだ」
「え? じゃあ特性能力は…」
困った。俺の特性能力は非常にイレギュラーなので説明しても簡単には信じて貰えないだろう。
「今は答えられないのよ」
返答に窮していると、代わりに紅葉が返答をした。
「その内わかるさ、その時にまた説明するさ」
「そうですか。その時を楽しみしときますね」
答えを得られなかったにもかかわらず梨恵瑠は可愛らしい笑顔だ。別に楽しみにしとくような話にはならないと思うが…。
「梨恵瑠の特性能力はなんなんだ?結構特殊そうだが」
「私のですか?私は"印"です」
「しるし?」
剛太が首を傾げる。
「ええ、魔創具であるハンマーの面を意味をもつ言葉一文字の発声と共に地面、あるいはどこかに叩きつけると、発声した言葉が印となって発現し、言葉の意味が表れるのです」
俺との模擬戦の時は、雹、炎、風、塵、そして硬を発現させていた。
「どんな言葉でも発現できるのか?」
「いえ、私が未熟な故にまだまだ出来ない言葉はたくさんありますし、漢字一文字だけしかできないのです。しかも、発声しなければならないので敵に何をするのかバレバレなんですよね…」
確かに、声をしっかりと聞き取れれば何をしてくるかわかるだろう。
しかし、模擬戦で印の組み合わせという工夫を梨恵瑠は見せている。そこは評価されるべき点だ。
「なかなか面白い能力ね」
紅葉が興味を示すのは珍しい。俺も面白いと思っているが。
「俺とは相性が悪そうな特性だな」
剛太は少し顔を歪ませている。戦っているところを想像したのだろう。
剛太の特性は攻撃型では無いので、確かに相性は悪そうだ。
「私はもっともっと、魔法を扱えるようになりたいです。魔法闘士になって、自分がなんの為に魔力を持って産まれたのかを示したいのです。その為なら私は努力を怠りません。訓練だって任務だってこなしてみせます。必ず」
梨恵瑠は熱く語り初め、俺達は意外な梨恵瑠の一面を見て唖然としてる。
「あっ…すみません熱くなってしまいました!!そろそろ練武場へ向かいましょう!!」
冷静になった梨恵瑠は恥ずかしそうに俺達にも行動を促す。
練武場へ向かう俺達は恥ずかしがる梨恵瑠をからかいながら笑いあった。
梨恵瑠が以外と熱い心を持っていることを知った俺は普段人見知りで右往左往しているこの少女を心の底からを応援したいと思った。
何よりも俺は熱いやつが好きだからな。