差し伸べられた手は何処までも
「因、君は私達の広告塔になるんだ。私は君の、いや、君達の想いを背負い革命を起こす。その為に私に力を貸し、ついてくるんだ」
そう言い、俺に手を差し伸べてくる青年の手を俺は迷いもなく取った。
俺と同じ年の青年はどこまで誇らしく胸を張って、輝きに満ちた瞳で俺の手を握り返す。
俺とこの青年は何が違うのだろうか。久し振りに見た少し前の記憶の夢の中で俺は自分に問う。
答えなんて出ないが何かが違うのは確信している。
頭を振り思考を止める。考えても無駄だと、俺はこの青年に付いていけばいいと。
俺の力を認め、利用してくれるこの青年に。
「因!!起きなさいよ‼何居眠りなんかしているのよ‼」
女の大きな声が耳元で鳴き、夢から覚醒する。
「なんだ、お前か」
「なんだとはご挨拶ね。わざわざ起こしに来たのに」
俺を起こしに来たと言う目の前のスラリとした線の細い女は、少し片眉を吊り上げ怒っている様だ。
「それはご苦労。それでなんの用だ」
わざわざと言うぐらいなのだからなにか用事があるのだろう。
「空様が呼んでいるわよ」
「そうか。わかった、わざわざ悪いな」
あいつの召集ならば行かない訳には行かない。
体を起こし、身なりをただし歩き始める。
「何故、お前も付いてくるんだ」
「そんなの決まってるじゃない。私も呼ばれているからよ」
俺の一歩斜め後ろから応える女は少し馬鹿にしたような声色をしていた。
「俺が呼ばれる理由は検討がつくが、睦葉が呼ばれる理由はわからないな」
「あー、それは私にも予想がつかないんだよね。何でだろ」
俺のことはおそらく、広告塔としての役目があまり必要が無くなってきた事だろう。と言うのも最近は廃墟街に魔法闘士の連中が来ない。それでは俺が行っても意味がないからな。
睦葉、門真 睦葉。後ろを歩く女の名前だ。こいつは…
「でもまあ、空様の命令ならなんでも行くけどね~」
デレデレとした顔をしながら忠誠心を丸出しにしてるところからわかるように、こいつは空に心酔している。空に話掛けられただけでもデレデレするぐらいだ。
そんなこいつでも一応幹部。実力は空も俺も認めている。
「よお、因。また空様からの呼び出しか?」
道を歩いていると、同じレジスタンスの連中と出くわした。
190cmは有に越える体格を持つ男は髭面で、はっきりいってゴロツキのような容貌をしている。
「そうだが」
「はんっ!!幹部様は今日も広告塔のお仕事か!?」
にやにやとした顔付きで小馬鹿にしてくるが、相手になど俺は全くしない。しかし
「なら、あんた達が広告塔の代わりをする?無理でしょうね。学園の子達に返り討ちにされて捕まって終わりだろうしね」
睦葉が反抗をしてしまう。
「ああん?お前みたいな小娘が喧嘩うってるんじゃねえよ。なんでお前が幹部なのかわからねえ」
当然、こうなるだろう。面倒臭いものだ。
「少なくともあなたよりかは強いわよ」
「なんだと!!てめえみてえな拾われた奴なんかに負けるかよ!!」
睦葉の胸ぐらを掴みにかかる男の手を掴み止める。
「二人共、止めろ。無様だ」
「ちっ、空様もこんな小娘を拾っただなんて大概だぜ」
瞬間、睦葉の髪が怒りに震え逆立つのがわかる。今にも襲いかかりそうだが、しかしそれは叶わない。
「おい、寅治。それ以上は空への侮辱と見なすぞ」
男、いや、寅治の首の周りには既に俺の魔創具であるピアノ線が漂っている。すぐにでも首を落とせるように。
「俺や睦葉を侮辱するのはよかろう。だが、空への侮辱は誰であろうとその場で殺す」
「…っ!!」
寅治がゆっくりと唾を喉に通す音が聴こえる。
「それぐらいにしてやったらどうだい」
寅治の更に奥から声が掛かる。
「空か」
本人が登場したことにより寅治は一層、顔色を悪くする。
「呼びにいってもらった睦葉までもが帰って来ないから結局、私が呼びに来たんだよ」
「す、すみません空様!!ちょっといざこざがありまして…」
すぐに空の元へと駆け寄り、謝る睦葉は怒りなどとうに忘れ去っているようだった。
「いや、構わない。因も魔創具をしまいなよ」
言われた通りに魔創具を霧散させる。
「寅治も煽るのも程々にしてくれ。今はそんな暇は無いだろう?」
「申し訳ございません‼」
さっきまでの威勢は何処へ行ったのか。体格が良いはずなのに小さく見える。
「さっさろ失せろ。次は無いぞ寅治」
「くっ!!」
背を向け去っていく寅治を見送り、空に向き直る。
「手間を取らせたな空」
「全く、お前達ももう少し穏便に済ませられないのかい?」
俺は睦葉を軽く睨めつけてやる。
「い、いやだって、ムカつくじゃんか‼あんなこと言われたら‼」
こいつもこいつで、短気で問題がある。
「そんなことだからいつまでも小娘呼ばわりなんだろうよ」
実際、睦葉は俺と空より七つ年下である。
「でも因だって怒ったじゃんか!!」
「あれはまた別だ」
ずるい‼と吠える睦葉を無視し、空に目線を移す。
「それで、召集の用件は?」
「取り敢えず部屋に移動しよう」
そう言う空に続き、部屋へと足を運ぶ。
「呼び出した理由なんだが…」
部屋に入ると、すぐに俺達が呼び出された事についての話となった。
「まず、因がだけど察しているようにいつもの役目は今日で終わりだ。学園の生徒が中心だったとはいえ、良い宣伝にはなっただろう」
レジスタンスとしての知名度はあまり期待できないが、俺個人の知名度はそれなりにあるだろう。実際、俺専用の任務があったぐらいだしな。
「ならば俺は何を?」
空は仮面を外し、こちらを見据える。
「動くぞ」
「遂にか」
空が仮面を外し素顔見せるのは俺達二人の前だけだ。それだけに今回は大きな動きがあり、本気だとわかる。
「やっと、やっとですね空様。空様の目的が」
睦葉も嬉々とした顔をし、興奮しているようだ。
「だが、そう焦る必要はない。わかっているとは思うけど、一筋縄ではいかないからね」
「当然、ここで傲るほど馬鹿ではない」
斯く言う俺も気分の高揚は抑えれてはいない。
「そこで、因と睦葉には指揮をとってもらう。勿論別々のルートの部隊のね」
「承知しました」
「わかった」
俺と睦葉はそれぞれの返事をし、理解を示す。
「因、私の右腕とし期待しているよ」
近くにあった椅子に腰をかけ、俺に言う。
「言われずともやるべきことはやるさ」
視界の端で何かが動くのが見え、そっちを見ると、睦葉がニコニコと自分を指差し何か言いたげであった。
「ははは、因が私の右腕なら睦葉は私の左腕だよ」
「空様の期待以上にがんばります!!」
その辺の意図を汲み取る当たり、空はさすがだなと思う。
「空回りしないようにね」
苦笑を作る空。
その後、空から詳細を聞き、睦葉はすぐに準備に取り掛かるため部屋を出て行った。
部屋に取り残された俺と空は、少し会話をする。
「やっとここまで来たか」
空の対面に座り、話始める。
「ああ、長かったようで短かったよ。君と出会った頃を思い出す」
「懐かしいな。俺がボコボコに打ちのめされた時だな」
俺と空との出会いは敵同士、もう少し詳しく言うと空が魔法闘士での任務の時に出会った。
その時に俺は完膚なきまでに空に負けているし、今までも勝ったことなど一度もない。
「恨まないでくれよ。任務だったんだから仕方ないだろう」
笑いながら肩を竦める。
「今更だが本当に良いのか。お前には"家"があるだろう」
「本当に今更だね。良いんだ、私には弟がいる」
"家"を捨ててまで協会を憎む理由を俺は漠然としか知らない。
しかし、それを知る程にまで俺は空の事を知っていない。だから聞くことはできない。
だが、そんなこととは関係なく俺は空に最後までついていく覚悟はある。それほどまでに目の前の男には魅力があるのだ。睦葉と同じく心酔しているのかもしれない。
今でも以前敵であった空に誘われた時のことは鮮明に覚えている。
「香志郎、今回の作戦が成功すればお前は何を得る」
不意に、本名を呼ぶ。本名を知るのは俺しかいない。睦葉でさえ教えられていない。
「…何も。何も得ないさ。私のただのわがままだからね」
「そうか…。なら俺はそのわがままに最後まで付き合うだけだな」
俺は椅子から立ち上がり、空に背を向け部屋の出口に向かう。
「聞いておきながらなんだが。香志郎、お前が何を得ようが得まいが、俺と睦葉は必ずお前の目的の為に動く。だからお前はやりたいようにやればいい。俺達は皆、お前の駒なのだからな」
「ああ、わかっている。頼んだよ、因」
その言葉を最後に俺は部屋から出ていった。
部屋から出た俺は、そのまま外へと向かい必要な仲間に声を掛ける。
「お、やっと出番か」
「ああ、頼んだぞ」
「私も行くんですか!?」
「期待しているぞ」
「暇で仕方無かったよ~」
「大丈夫だ。もうお前には暇無くなる」
「本当にやるのですか?」
「なんだ、怖じけづいたか?」
「因さんと一緒で光栄です‼」
「お前は物好きだな」
と、まあ声を掛けながら移動をしていると、同じく必要な仲間に声を掛けている睦葉を見つけた。
「調子はどうだ、睦葉」
「あ、因。まあ上々かな。空様に言われた必要な人材にはほとんど声は掛けたよ」
俺よりも先に行動をしていたため、さすがに早い。
「空様となんの話をしていたの?」
後から部屋を出た俺と空の会話が気になるようだ。
「ただの昔話だ」
「ふ~ん」
聞いてきたわりにはそこまで興味がない。いや、聞きたいが遠慮をしているようだ。
「なんだ、聞かないのか?」
「そりゃあ、気にはなるけど。でも空様から言ってもらえないのなら私は無理には聞かないよ」
それにと続ける睦葉。
「その話には因のことも含まれるのでしょ?」
「そうだな」
「なら余計深入りはしない」
聞き分けがいいが少し寂しそう顔をしている睦葉は本当は空の事をもっと知りたいのだろう。
「そうか。その内話すときが来るだろうさ」
後ろを振り返ると、声をかけた仲間たちが続々と集まりつつあった。
「そのときは私の事も話さないと駄目だね」
想像してか、楽しそうな顔を浮かべる睦葉は先程顔よりか幾ばくか良い顔をしていた。
「それにはまず、空からの任務を果たさないとな」
「あったり前よ!!空様の命令は絶対なんだから」
集まってきた仲間たちを見渡す。
ここに来た奴等も空の元へ集まり、空の為にと戦ってくれる奴等だ。私怨を持ったものも少なくは無いが。
これから大罪を犯すと言うのに騒がしく会話を弾ませる仲間たちを見ていると、自然と高揚していた気持ちが落ち着き、冷静になってくる。
そう、俺達はこれから大罪を犯す。空の名のもと。
「んじゃあ、空様の右腕さん。行きましょうか?」
そう言い、睦葉は自分の左の拳を突きだしてくる。
「ああ、今回は遊びではない。心してかかれよ。空の左腕よ」
俺も睦葉に乗り、空の左腕こと睦葉の拳に自分の右の拳を合わせた。