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死人の償い  作者:
6/6

握らされた喪失




どれくらいの時間が経ったのか。


呼吸困難を起こし、いつの間にか私はまた意識を失っていたようだった。代わり映えしない建物の隙間から見える空。意味もなく呆然と見つめる闇は、私を責め立てているようで。

…居心地悪い思いに苛まれながらも、身体中がだるくて直ぐには動き出せなかった。


それから時間を掛けて起き上がり、自身の血色の悪い掌を見つめた。意味は特に無い行動だったが、もしかしたら死んでいるのに『生きている』絶望を改めて意識したのかもしれない。ぎこちなく動く指が、まだ死んでいないと主張しているようで憎らしかった。





***





経過した時間を目覚めた時の感覚だけで判断するのは難しく、また、時計もなく空模様もない此処では確かめる事もできなくて困る。



「……」



あの人、ティーセは、律儀にまだ待っていたりするのだろうか。面倒事を嫌うような言動を見ていると、とても待っているとは思えなかった。

勘ではあるが、彼と別れてから大分時間が経っている気がするのだ。私が騒ぐタイプでないのは既に知っている事だし、早々に姿を消していても不思議ではなかった。


ところが、来た路を戻り大通りに出る手前、壁に寄り掛かるティーセが見えた。動く気配はないが、多分私が気付く前からずっと視線を私へ寄越している。何故かと言われれば、私が気付いた瞬間に目が合ったからだ。

すぐ傍まで来て漸く動いた彼は、ただ一言「思ったより遅かったね」と言った。



「……なんで、いるんですか、」


「それが待ってた相手に言う台詞?」



機嫌を損ねた風でもない彼は、ふぅ、と溜め息を吐いて私の手を引く。ああ、そういえば、此処には長居したくないんだっけ。今なら、その気持ちが少し分かった。


しっかりと土を踏んで歩く私は、既に意識がしっかりしている。それが分かったのだろうティーセは「気分は?」と短く問うた。「…最悪です」と私も短く返す。「そうか、」とそれっきり黙った彼の顔は私から見えない。声から彼の表情を想像する事も、今の私にはできなかった。


行きとは違う道順で私へ割り振られた家まで戻って来ると、相変わらず何も家具のない部屋が私達を待っていた。ティーセは溜め息を一つ落とし、近くの壁を軽く二回ノックする。するとどういうカラクリか、ぽんっとダークブラウンのテーブルと椅子が現れた。



「魔法だよ」



説明するようにそう言うと、視線で座るように促すティーセ。とりあえず望まれた通りに座ると、向かいに腰掛けたティーセが今度はテーブルを一回ノックした。同じようにぽんっと紅茶が入ったカップが現れる。「便利ですね」と思ったまま言えば、「…そうだね、」と暗い声が返され戸惑った。触れられたくない事なのだろうか。



「前回、伝えなかった事の説明をするよ。疑問があればその都度言ってくれ」



まず、と彼が言い出したのは『あの場所』について。一回目は案内人の導きが必要だが、二回目以降は『行かなくちゃいけないタイミング』がなんとなく判るらしい。それに沿って一人であの場所へ向かえば、自然と今回のように『ユメ』が見られるそうだ。


聞けば、『償い』はこの事だったのだと確信がついた。死者として生きながら、生前の記憶いのちに触れること。全てを受け入れ、悔い改め、次の命の為に魂を強くさせること。それが私達に課せられた義務であると。



「くだらない」



例えこれが正しくない答えだとしても、“ 償い ”だというのなら。心の底から思う本音がこれなのだから、繕ったって仕方がない気がして。ぎゅっと掌を握り爪を立て、ティーセの瞳を視線で捉えた。



「私はあの時の自分の選択が、間違っていたとは思っていないもの」



反省もしていないのかと、叱られるんだと思った。

それでも構わないけど、やっぱり少し怖くて、身体が震える。


けれど。


あの時の私は、生きながら死んでいるようなものだったのだ。

苦しいのに誰にも打ち明けられず、ひとりぼっちで。

現世あそこに、私の本当の居場所なんて何処にも無かった。生きていく希望を抱けなかった。



「…そうか、」



呟いたティーセに驚愕した。ティーセの目が、──私を見据えるティーセの目が、優しく細められたのだ。

会ったばかりの相手にこんな内容で、理解してもらえるなんて思わなかった。今更そんな目で、──慈愛にも似た優しい目で、見てもらえる日がくるなんて思わなかった。



「──…ッ」



喉の奥底から込み上げてきた感情はなんだったのだろうか。目頭が熱くなるが、涙の膜が目に張る事はなかった。ただ、くしゃりと顔が歪む。



「泣けないんだ、俺達は」



眉根を寄せる彼を初めて見た。なんだか珍しいものを見れた気になる。「泣けないんだ」ともう一度繰り返すティーセへ「そうですか、」と苦く笑った。今まで人の前で泣くなんて無かったし、そう困る事ではなかった。泣けたなら、スッキリできたのかもしれないが。


その後、説明に戻った彼が次に教えてくれたのは『魔法』のこと。これはこの街の住人が誰でも使える、のではなく。ティーセが生前居た場所で、日常的に使われていたのだと教えてもらった。ティーセの他にも、この街に住む一部の住人は使えるそうだ。『魔法』に限らず、『魔術』『妖力』『霊力』といった具合で様々な力が混在するらしい。もっとも、この街で使うとすれば家の改装やら生活の補助やらそんな程度のようだが。


せっかく魔法使いが家に居るのだし、話を一回切り上げて棚とベッドを魔法で出してもらった。近い内に手に入ればいいなあと考えていたので、とても助かる。探す手間も運ぶ手間も省けたのだから。



「他には?」


「特に思い当たらないので、大丈夫かと」


「これだけでいいのかい」



確かに一人暮らしにしても、荷物は少ないかもしれない。しかし、私には充分だ。

肯定を伝えれば「なら良いけど」と彼は席に戻る。私もそれに続いた。



「話の腰を折ってしまってすみません」


「これくらいなら構わないよ」



次は何を話そうか、とティーセは右手を顎に当てる。その動作を見ていて、初めて彼が整った顔立ちだなと認識した。母や友人が傍に居れば今更かと突っ込んだだろう。自分はこのテに疎いんだな、と改めてしみじみ思った。



「…ああ。さっきの泣けないの件もそうなんだけど、」



思い出したように声を上げた彼の話を纏めると。生きる上で本来必要な、涙を流す、汗をかく、排泄等が私達にはできないらしい。また、必要ない食事をした場合、太陽の下のアスファルトから水分が蒸発するように、いつの間にか私達の身体から消えて無くなるようだ。つまりは栄養になる事がない。


他にも、神経的に反応が鈍くなっているようで、走って息が切れる事や怪我をして痛みを感じる事すらないらしい。あるとすれば精神的からくる反応。つまり、『あの場所』で私が震え、息切れ、痛みを感じたような精神的苦痛だ。

性質たちが悪い、と舌打ちでもしたくなる。どうせなら、全てが鈍くなってしまえば良かったのに。



「…怪我をした場合、血が流れる事はあるんですか?」



痛覚が無いだけかと疑問を投げ掛ける。返って来たのは「いや、それもない」。怪我をしない訳ではないらしいが、直ぐ様再生が始まり治ってしまうとか。死者というより化け物みたいだと、もはや失笑した。ティーセが嘘を吐くとは思わないが、半信半疑だった。



「信じられないなら見てみるかい?」


「、え?」



テーブルを一回ノックした彼の右手には、いつの間にか小さめのナイフが握られていた。制止を掛ける前に、ティーセの左手首の上をナイフが滑る。


勢いよく切られた手首から血が飛び出す事はなく、切れたその瞬間から再生されていく切り口。

それはやはり生き物としての治癒力の範囲を越えていた。



「…ほら、ね」



痕もなく治ってしまった手首を私に見えやすいように差し出すと、反対の手でそこを撫でる。

脳裏に『不老不死』という文字が浮かんだ。


──物語フィクションでもなく、本当にそんなものを望む人がいるなら理解できない。…相入れない。


街を歩く、生きた時代の違うだろう若者は何百年変わらぬ姿なんだろう。老いる事の許されない身体。目的もなく、生前の罰を受ける為に気が遠くなる程長い時間を生きる。

そんな絶望もの、本当に夢物語なら良かったのに。






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