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死人の償い  作者:
4/6

命への道標




痛い、だけが思考を埋め尽くしていく。


頭を抱え出した私に、シアは慌てて「ごめんなさい…っ」と謝った。

しかし、謝罪を聞いたところで襲ってくる痛みは引いていかない。がんがんと頭を叩き付けるような衝撃に、膝を折って床につく。



「…ぅ……ッ、く!」



冷や汗が浮かび上がり、ぶるりと身体が震えた。

自分の意思とは関係ないそれらを、どう止めたら良いのかわからない。

浅い呼吸を荒々しく繰り返す私の背を、シアは謝りながら何度も擦った。





時間を掛けて息を落ち着けると、「来たばかりの人に、聞いて良い事ではなかったわ…ごめんなさい」と泣きそうになりながら謝られる。

両手で顔を抑えた彼女は、「……っ…、ごめんなさい」と開き掛けた口を閉じ、再度謝罪を溢すとこの家から出ていってしまった。


シアの行動の真意を知るすべを、私は持たない。

なにより彼女に構う余裕が、今の私には微塵もなかったのだ。

座り込んだまま膝を立て、額を膝頭に押し付ける。

ズクズクと燻る痛みはマシになったが、続く息苦しさに気がおかしくなりそうだった。





***





ゆさゆさと肩を揺らされ、意識が浮上する。

身体の節々が硬くなっていたようで、少し身動みじろぐとあちこちから骨の鳴る音が聞こえた。



「ねぇ、いつまで寝ているの」



聞き覚えのある声に、ゆっくりと瞼を開けていく。覗き込んでくる茶色の瞳は、不機嫌さを滲ませていた。


視線が合うと、彼は床につけていた片膝を離し立ち上がる。そのまま見下ろす姿が不思議と似合う、なんて変な感想を抱いた。



「睡眠を必要としない身体で眠り過ぎじゃないかい?

君と別れて暫くしてから訪れたら、既に鍵も掛けずに座り込んで寝ていたし。起こしたら悪いと間を開けて改めて来てみれば、体制すら変わってないし」



淡々と紡がれる言葉に、瞬きを繰り返す。

眠り過ぎと言われてもどれだけ眠っていたのかわからないし、この体制で眠ってしまったのは不可抗力だ。

荷物を開けてなかったから、せっかく見つけたブランケットを使いそびれてしまった勿体なさはあるけれど。


はあ、と溜め息を吐いた彼は、「手が掛かり過ぎないのもある意味面倒なのか…?」と呟きを溢した。

意味が理解できず、首を傾げる私が何かおかしいのだろうか。


ひとまず身体を起こして軽く伸びをする。

ゴキボキッと一際大きく鳴った音に、「…っう、」と呻き声を上げた。実感は湧かないが、彼の言う通りかなり眠っていたようだ。


二度手間をさせてしまった謝罪をし、此処へ訪れた理由を聞くと「説明を一度に全部言っても覚えきれないだろう?伝えてない事がまだあったし、慣れるまでの様子見も役割の一つなんだ」と返されて。なるほど、と頷く。



「外へ行きたいのだけど、すぐに出られる?」


「…顔だけ洗ってきます。少し待っていて下さい」



がさごそと未だに閉じられたままだった袋を開け、タオルを取り出した。

目線だけで待ってる事を示したティーセは、腕を組んで壁に寄り掛かる。そのまま目を閉じた彼は、何を考えているんだろうか。

部屋を出る時に視界の端で、ティーセの髪があかく反射したような気がした。






「お待たせしました」



私が部屋へ戻るのと同時に目を開いたティーセへ声を掛ける。スッと壁から離れた彼は、「行こうか」とだけ答えた。


やっぱり何にも存在しない空の下、ぼんやりと明かりが灯る街を歩く。目的地でもあるのか、外へ出てからティーセは一言も喋らずに私の前を歩いていた。


自分より高い位置にある茶色の髪が、歩く時の振動で揺れる。先程視界の端に見えた髪は紅色あかだったような気がしたけれど、光の屈折がそう見せただけなのだろうか。

ぼんやりと彼の髪を見つめていると、気づけばいつの間にか私達は足を止めていた。



「この先だよ」



振り返る事なくティーセは告げる。彼の視線の先には、見覚えのある細い一本路が続いていた。



「…最初の、場所?」


「……、始まりと、終わりの場所だ」



ゆっくりと、振り返ったティーセの顔には表情が無かった。恐ろしい程に、『無』だった。けれど、今までのどの表情より、彼の本当の顔なのだと理解わかってしまった。



「俺は、この先にある場所が嫌いだ。出来る限り近寄りたくない。……君は、どっちを選ぶのかな」


「…?」



独り言のように呟く言葉の意味を理解できない。

彼は何を見ているのか。視線は確かに私を捉えているのに、ティーセは私を通り越した『何か』を見ている。



「この先には同行しない。君一人で行ってもらう。だから、聞きたい事があるなら今此処で言ってほしい」


「…何をしに行かなくてはいけないのですか?」


「……、罪を償いに。君が最初に来たあの場所で、君は“ ユメ ”を見る事になる」



──ユメ。

彼の言う“ ユメ ”とは、何だろう。

良い事では、ない気がする。少なくとも彼は嫌いだと言った。近寄りたくない、とも。



「これは一回では終わらない。気が遠くなる程あの場所に通って、何度も何度も見なくてはならない。意味はないだろうけど、忠告はしておくよ。覚悟をしておけ」


「覚悟、?」



何の、覚悟だろう。

どうしてそんな眼で、この人は私を見る?


きちんと『私』を捉えた彼の瞳に宿るのは、選別だ。

彼は私を『何か』で見極めようとしている気がする。



「他に聞きたい事はある?」


「…いえ」



どっちにしろ、行かなくてはいけないのなら。

きっと今何を聞いたって変わらないと思う。



「…そう。なら、行っておいで。初めてだし、俺は此処で待っているから」



一歩横へ動いたティーセは、私を先へと視線で促す。

薄暗い路は、ただただ静かにそこにあった。

まるで私を待っているかのように。


足を踏み出した。何があるのか分からなくとも、これでシアの言う罪の償い方が分かる。とりあえずは、それだけで充分だ。


明かりが徐々に遠ざかり、暗闇が私を呑み込んでいく。浸食されるように、視界が黒く塗り潰されていく。

一歩、また一歩と足を進める度、何かに導かれているようだった。だんだんと瞼が重くなり、逆らう事なくゆっくりと閉じる。そうすると自然と意識が途切れていった。






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