表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死人の償い  作者:
3/6

罰とは何か




レンガ造りの家に入ってみると、そこには本当に何もなかった。


一階には暖炉付きの大きな部屋、キッチンスペースらしきもの、洗面所付きの風呂場がそれぞれ一つずつ。

二階には一階より小さな個室が二つと、収納スペースが一つ。

トイレはどちらにも見当たらなかった。


思った通り一人で使うには充分過ぎる広さだが、備え付け以外はカーテン一つない空間。あまりにも殺風景で、流石に『此処に慣れてから集めよう』という後回しの気分にはならなかった。

彼──ティーセが言うには、時間帯もなければお金も必要ないようだし、今から街を彷徨うろついてみようか。

せめてカーテンと着替え、可能なら寝具や机など最低限は欲しい所だ。


もとより何も持たない身、とやはり何も手に持たずに。ふらりと家から出て、足の赴く通りに歩き出した。





***





ぼんやりとあちこちに灯る光。蝋燭ろうそくの火のような暖かさを持つそれは、見ているだけで落ち着きと安らぎをもたらす。目を奪われるまま足を動かし、雑踏ざっとうの中を進んだ。


カラフルな髪や屋根が視界をいろどる。

人ではない生き物も少なくはないようで、猫のように丸くなる影や、宙に浮く羽に不思議な気分になった。

それだけではない。人の服装も個性豊かなのだ。私のような洋服から和服、民族衣装のようなものや時代錯誤なものまである。


条件さえ満たしていれば、と彼は言ったが、それは世界や時代も関係ないらしい。隣を通り過ぎていく人達を、何とも言えない気持ちで眺めていく。



「何かお探し?」



唐突に掛けられた声は、心地よい鈴のを思わせた。声元を探してみると、私より小柄の女性が笑い掛けてくる。光に反射する編み込まれた白髪と宝石のような薄氷うすらい色の猫目が、とても美しいと思った。



「えっと…、」


「来たばかりなのでしょう。ちょっとした物なら用意できますわ。いかがかしら?」



少し眉を下げながら聞く彼女は、どこか申し訳なさそうに見える。その表情がどうしても気になって「…それでは、お言葉に甘えて」と肯定を伝えた。何か、理由があるのかもしれない。


案内された白い屋根の小さなお店は、ショーウィンドウ越しに店内が少し覗けるようになっていた。外から見えるのはマネキンに着せられた、彼女の瞳のようなワンピース。キラキラと上品に反射する光は、生地の上質さを物語るよう。掲げられた看板の文字は読めないが、裁縫道具の絵が描かれている事から手作りだろうと思わせた。



「、」



店内に入ると、予想を裏切って素材屋さんだった。ショーウィンドウを見て服屋さんだと思っていたから驚く。

布やレースがそのまま置かれたブースを主に、服や小物、…カーテンやシーツなんかも取り扱っているようだった。



「此処の物は、全て手作りですか?」



置かれた小物を一つ手に取り問う。細かい刺繍が施されたポーチは元の世界で幾らの値がつくだろう。所謂、アンティークに分類されるそれに、そっと感嘆の溜め息が溢れた。



「ええ、そう。趣味の産物なのだけれど。気にいった物があれば、好きなのを持っていってくださいな。時間を貰えるのでしたら、希望の物を作る事もできますわ」



掛けられた生地を撫でる仕草に、本当に作るのが好きなんだろうな、と思う。それでも時折見せる表情がやっぱり申し訳なさげで、どうしてだろうと不思議だった。


新しく作ってもらうのはまたの機会にしてもらって、店内にある商品を見て回る。ワンピースを二着、ブラウスを三着、ネグリジェを一着。それからカーテンやシーツ、タオルやブランケットなんかも纏めて包んでもらった。下着類は置いてなかったが、裏手に専門の店があるらしく紹介をしてくれて。思ったより早く集まった、最低限の必要品に安堵を覚えた。







荷物を置く為に一旦家に帰ってくる頃には、素材屋の彼女──シア=アクマンリアとはそれなりに親しくなった。「荷物、此所で良かったかしら」と壁際の床に置いてくれた彼女に「助かりました」と笑い掛ける。「気にしないでくださいな」と目を細めた笑みが、とても彼女に似合っていた。



「本当に何にもないのですね」



来たばかりの頃を思い出しますわ、と見渡す様子は幼い。そして、だんだんと光を失っていく瞳が、きっとシアの心の闇なんだろうと感じとった。


…当たり前の事だが、彼女もこの街に居るという事は『条件を満たした者』という事なのだ。何度も見た申し訳なさげな顔も、それと関係があるのだろう。



「…この街のこと、どこまで話を聞きましたの?」



ああ、また、彼女は申し訳なさそうな顔をした。

何が彼女を苦しめているのだろうか。

この表情を見る度に疑問に駆られるが、それを聞くと私の事も話さなければならない気がする。



………つまらない、話だ。



とても人に話せる内容ではない。

それこそ、この街に来てしまうような過去を持つ相手には。

理解してもらえないだろうし、不快な思いをさせてしまう。



「どこまで、ですか」



彼女自身、自分の表情には気づいてないようだし、…知らないフリをする事した。


全てを一旦置いておき、聞かれた内容について考えてみる。簡単に彼女は言うが、『どこまで』と聞かれると難しい。だってこの街の『始まり』から『終わり』を私は知らないのだから。

何が『始まり』か、何が『終わり』か。

それを判断する手段を持たない私には、教えられた情報がどの程度なのかわからない。


それならばティーセから言われた事を、そのまま一つずつ話してみようか。私に彼女が聞きたい事が何なのかはわからないが、とりあえず言っていけばどれかが当て嵌まるかもしれない。


そんな考え込む私に、シアは「ごめんなさい。わかりづらい言い方でしたわね」と近付きながら謝った。



「聞き方を、変えますわ。罪の償い方は聞きまして…?」


「償い方、?」



記憶をさかのぼり、ティーセが言っていた事を一つ一つしっかりと思い出す。

この街は、自ら命を絶った者が集まる街。

そして私達住人は輪廻転生の輪から外され、この街に落とされた者達だった筈だ。私達はこの不可思議な街で罪を償わなければならない。


その『償い方』。

ティーセはその方法を、説明していただろうか。


遡る、駆け巡る、あの時のこと。

皮肉にも似た笑みを浮かべるティーセが、唇を、ゆっくりと、うごかして、






───死を望んだ者よ、命に触れ、生で償え。






いたい、痛い、…頭が割れそうだ。

あのこびりつくような言葉が脳を揺さぶる。

髪を掻き毟ってでもして忘れてしまいたい程の痛みが、私を襲ってくる。



「──…せい、で、つぐなう、」



…ああ、それは、なによりもつらい、わたしへの──ばつだ。






.


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ