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夜の動物園

作者: 十浦 圭

 文芸部用に書いたお話です。テーマは「動物園」でした。

 短文、詩、短歌で構成してあるので少し読みにくいかもしれません。ご了承ください。

ねむる場所。誰かの願いが叶う場所。こんばんは、夜の動物園です。


 目の前にアーチ型の門が立っている。黒の細いラインはくるくると螺旋を描いて、美しいシルエットを描き出している。門の横にはぺらぺらの板に派手な蛍光色で、まるで子供じみた文字で「よるのどうぶつえん」と書かれていた。

 夜の動物園。

 門の向こうにはただ暗闇が広がるばかりで、どうなっているのか様子は伺えない。しんとした冷たさの中に生き物の気配はない。浮かせていた踵を降ろして、再び、ひたりと門を見つめる。

 闇のにおい。微かに混じる甘やかさは金木犀か。

 この先に、君がいるのだろうか。

 やがて私は手を伸ばして、門に触れた。

 てのひらに力を籠めて、門を押した。

 ぎいい。



〇この場所が私のための場所だって信じられないままに星空


●この場所で僕の痛みは消えるだろう予感のために輝く星座



〇(フラメンコ)(フラミンゴ)(フラ)(ダンスとか一生踊らなさそうな君の)


●ほのほのと白の翼をひからせて夢のなかでも飛んでいるのか


〇梟の瞳に月があるんだし私にだって月が欲しいよ


〇眠るとき(こうべ)を垂れる鳥たちの願いがいつかほろびるように


 大きな鳥籠の中に、たくさんの鳥がひしめきあっていた。薄闇の中に眠る鳥たちは、大きさは様々なものの、どれもまるみを帯びた影を落としている。起きているものは上の方に止まってじっと何処かを眺めているようだった。夜だからか鳴き声はしない。ただ、羽のさらさらと擦れる音がやさしく耳をくすぐった。

 犬派に猫派、第三勢力として鳥派があるんだ、だなんて笑って言ったのは君だった。夜の闇の中、鳥たちは静かに、夢をみて、あるいは遠くをみて、静かに幸福に浸っている。

 嫌いだ、と思う。こんなもの、嫌いだ。それが鳥なのか夜なのか、それとも私なのか。笑ったあの日の君かは、分からないけれど。


〇ヒクイドリ 喉のところにつっかえた何かに名前を付けてください


僕が風切り羽を失くしてしまったから

君は星から足を滑らせたのでしょうか

………

ごめんね



〇謝ったっていまさら許してあげないわあげないってば煩い黙れ


●目の中が美しいのは人だけと最初に言ったのは誰だ? 猿?


 機械が軋むよりも騒がしく、こちらを覗き込んで喜びの声を上げる、猿たちの、瞳がつぶらなことが一番腹が立つのかもしれない。

 煩い、煩い、煩い、煩い!

 断罪なら、もう間に合っている!


〇両足で立てば両手が使えるね 崖から細い背を突き落とせ


●永遠に四本足から分かたれた神秘の夜を慰めとして


〇ドッペルゲンガードッペルゲンガー猿の小利口ささえ愛しきれずに


〇夜のなか私はひとり大勢の私もどきの声に刺されて



 猿の檻を通り過ぎて、静寂。ぽつん、と暗闇に残される。激昂した後の虚脱感が全身を覆う。

 猿のキイキイという声に、お前に何が分かる、と叫び返して、そっくりそのまま同じ言葉が胸を撃ち抜く。

 そう、分からない。分からないのだ何も。私の隣で、君は幸せだったのか。行ってしまう時、痛くなかったか、辛くなかったか。私のことを恨んではいないのか。

 君のことなんて、私にはもう、なにも分からない。

 ぴとり、と。

 水の音がした。


〇真夜中の底には星も月もない音楽も絵も文字もない 水音


●水音は愛の比喩だと言い合って笑ったことを覚えてますか


〇きらきらの滴 おおきな口開けて傍で静かに笑っていたの?


〇ばかだっていいさと河馬は水の中闇の中空の中記憶の


●燃えさかる炎が消えたあとの暗闇の底にもひかりはきっと


からっぽのものをからっぽといったら

むなしくて

涙が出そうなのです

どうしてかわかりますか

くうきをくうきというのは

平気なのに

からっぽはからっぽ

もとになにがあったのかって問いかけたら

泣きそうなの こんなに

わかりますか

こたえてよ 教えてほしいの

涙の理由を

きみに


〇水音を残して河馬は水底へ愛されている場所へとかえる



〇咆哮は誰の為でもないのだと教えて欲しい、ひゃくじゅうのおう、


 からっぽの筈の胸の底から、込み上げてくるものがある。

 ねえ、君は本当にそこに居たんですか。

 君が行ってしまって悲しいよ。

 悲しい。

 天井がこんなに青い。

 ぜいぜい鳴る喉は、なのに、ちっとも音楽になりはしない。


●闇のなからんらんとらんらんと燃えきみの瞳に獣が駆ける


〇遠吠えは恋しいひとに恋しいと伝えるための火種なのだと


●王になり損ねた獣はどの夜に眠るのだろう(願わくばきみの)


〇両目から滴るものを置き去りにどこかへ連れて行ってください


〇悲しみは悲しみのままライオンは胸のほのおを抱いて去りゆく



●ほんとうを信じてほしい 立ったまま眠るきりんの睫毛の雫


〇いつの日か、きりんに似てる、睫毛とか、そんなこと言って君を怒らせた


●あたたかな春の日でしたきみといた記憶はいつでもあたたかだった


〇もし言ってしまえばすべて終わっちゃう気がして草を口に詰め込む


 透明な水の流れ。川のほとりにはきりんが空へ走るラインのように何本も立っている。川が流れている。月光は細い糸のように降り注ぐ。

 川の向こうに君が立っている。私は両手を体の前で握って、内側から張り裂けそうな胸の痛みを堪えている。

 光を背負って、黒いシルエットのような君が何か言おうとしてる。

 言わないで。

 私は耳を塞ぐ。

 言わないで、お願い。


●もしきみに聞こえたら聞こえなくても叫ぶよ僕はきみが好きだよ、


〇まなざしの優しい獣 言葉なんて持たない彼らも知っているって



●正解は知ってるだろう 目をふさぐ固い両手をそっと包んで


〇砂時計みたいだ募ってゆくそれをひっくり返す手を待っていた


〇嘘ばかりついててごめん 罅割れた景色にそっと指を這わせて


蜘蛛の巣に雨がとまってきらきらしてる

(みとめたくない事実があった)


●最後だけ教えてあげる嘘をつく動物は人、きみは人だって



 随分と長い通路だった。

 来た道は暗闇に沈んで、通り過ぎてきたはずのいくつかの檻は遠く、その存在さえ怪しむほどに静まり返っている。

 目の前には何もなかった。からっぽのはずのそこに、けれど私は小さく顔を上げたのだった。

 遠く門が見える。その向こうには光が。

 本当は知っていたのだ。知っていて、全力で目をそらしていた。見えなければそこにないのと一緒だと思っていた。

 だけど、何も見えないここで。確かに私は、君に、たぶん。君、君がいなくなってから、初めて、ここで向き合ったのだと思う。

 目をおろせば指先が小さく震えていて、少し笑えた。

 顔を上げて、口を開いた。


〇さようなら 囁けばどこかで花がひらりと色を落としたのだろう


●ありがとう 愛してました 花が散るように咲くように また会いましょう



夜が明けて門は開いてまた閉じる いってらっしゃい。おかえりなさい。


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