第3話 「神山しらゆき」3
その日は、新入生向けの部活見学期間が終わってはじめての部活動だった。放課後になって部室へ行くと、そこには立花先輩がいて本を読んでいた。
「どもーっ」
神山さんが元気に挨拶して、私はその後ろでお辞儀をする。
「お、来たね……」
私たちの姿を見て立花先輩は、にまっと笑う。
「あの、宮守先輩と牧野先輩は……?」
「ん……まだ来てないよ」
「なるほど……」
テーブルを囲む椅子に腰掛けながら、チラと立花先輩の方を見てみた。立花先輩が持っているのは、ずいぶん昔の部誌のようだった。
「ところで先輩、たいへん聞きづらいんですが」
「なにかな?」
「新入部員って、けっきょく何人……?」
立花先輩は、口もとに薄い笑みを浮かべながら神山さんの顔をじっと見て、そして、こくんとうなずいてみせた。
「……あたしたち、二人だと?」
立花先輩は、もう一度うなずく。
「うあー、やっぱりかぁ……」
神山さんは頭を抱えた。
「なんとなく、そんな気がしてたんですよねー。友達なんて砂糖吐いて知恵熱でたらしいですし」
事実を少し変えながら、神山さんが莉香子さんたちのことを言う。
「気にしない気にしない。例の二人はちゃんと喜んでるからね。二人が来てくれたから……」
「そ、そうですかぁ……?」
まんざらでもなさそうな神山さん。
「あ、そーだ……」
立花先輩が席を立って、それから買い物袋らしいバッグと大皿を持ってくる。
「余ったお菓子、食べちゃおうよ……」
そう言いながら、チョコレート菓子の箱をぱりぱりと開けた。私たちが手分けして大皿にお菓子を流し込んだり、ジュースをついだりしているとき、宮守先輩と牧野先輩がやってきた。
「あ、来てるわね」
そう言って私たちに笑いかけ、宮守先輩はきびきびした足取りでテーブルの自分の席へ向かう。少しだけ違和感を感じて、そしてそれはすぐに消えた。そうなんだ、普段はこんなふうなんだって思った。泣き腫らした目の子どもっぽい人じゃなくて、宮守先輩はちゃんと大人っぽいの女の人だった。
その後ろには牧野先輩。ふんわり笑って、「わー」って言うみたいに片手で手を振った。それでもあんまり、子どもっぽいって感じはしなかった。優しそうなお姉さんって感じがした。
「それじゃ、はじめましょうか」
席に着いた私たちを見回して、宮守先輩が言う。
「今年は二人の新入部員を迎えることができました。部長として本当にうれしく思います。みんなで楽しく、部活がんばっていきましょう」
宮守先輩は、私たちの顔を交互に見ながら、そんな挨拶をした。
「これからのことを話しておくわね。前にも言ったように、部誌は年3回発行するんだけど、一回目は6月上旬に出すの。締め切りは5月の末日。まずはこれに向けてがんばっていきましょう。途中、中間考査もあるから、時間に余裕を持って取り組んでください」
よどみなくそう話す宮守先輩。なんとなく、しっかり者なんだなって思った。
「ここまでで何かあるかしら?」
「あのー先輩」
神山さんが顔の横で手を上げる。
「ん?」
「もしかして、いや、もしかしなくても、それってあたしたちも書くんですよね?」
「そうよ。最低でも一人一作品ね」
「やっぱりかぁ……」
神山さんの声にどこか不安そうな響きが混じった。私も不安になった。小学校の作文の授業で原稿用紙3枚埋めるのに、頭がぎりぎり痛んだのを思い出した。
「だいじょうぶ、私たちがちゃんとフォローするから。それに書きはじめてみると、『もっともっと』って書きたくなってくと思うわよ?」
神山さんを元気付けるように、宮守先輩が言う。そのとき、ふと牧野先輩と目が合った。牧野先輩は私に、ちょっとうなずいて見せる。「だいじょうぶだよ」って言うみたいに。
「それに……いざとなったら、私がいろいろ教えてあげるし……。いろいろな、テク、とか」
立花先輩がにんまり笑いながら言う。そんな立花先輩を宮守先輩はちょっときっとしながら見た。
「ちょっと先輩? あんまり変なことは教えないでくださいね?」
私たちと話してるときと、少し声音が違った。やっぱり気の強い人なんだって思った。
「うんうん、気をつける……」
立花先輩は、宮守先輩に叱られて、なんだかうれしそうだった。
「それで……」
宮守先輩は、ちょっと目を伏せて、それからまた私たちを見た。
「今日のことなんだけど……二人とも、時間あるかしら?」
「ぜんぜん大丈夫です!」
「あ、私も……」
「そう。よかった」
そう言って、宮守先輩は牧野先輩の方を見た。牧野先輩は目でそれに答えてから、私たちの方を向く。
「今日はね、みんなですごろくをやるよっ!」
そう言いながら、テーブルの上に、大きな画用紙を広げていく。
「あのぉ、なんですごろくなんですか……?」
神山さんが慎重そうな様子で聞く。
「このすごろくはね、ずーーっと昔に4代目の部長さんが作ったものなんだ。それ以来ね、新入生を迎えてはじめての部活動では、みんなでこのすごろくをやったんだよ」
画用紙を広げ終えて、しわを伸ばしながら牧野先輩が言う。画用紙の上のほうには「文芸部すごろく」と筆か何かで書かれていて、スタートの地点から丸で囲まれた文章が数珠のようにつながっている。そしてゴールには「ゴール!!」と書かれていて、その両脇には、丸と棒で出来た人が万歳をしていた。
「そ、そうなんで、すか……」
たどたどしく、それだけ言う神山さん。
「そうなんだよっ。みんなこのすごろくで仲良くなったんだよっ」
そう言い切る牧野先輩。宮守先輩は、そんな牧野先輩に優しげな眼差しを注いでいた。立花先輩は、にやにやしながら私を見ていた。その視線は「と、言ってるんだけど、どう思う?」って聞いてる気がした。
牧野先輩は、今度は小さな布製の巾着袋を取り出して、テーブルの上で逆さにして振った。中からゴムで出来た二頭身ロボットの人形が出てくる。
「これが駒だよ」
「ちょっと待ってください! なんでガン○ムなんですかっ!?」
「ええと、それは……」
牧野先輩は特に疑問に思ったことはないみたいだった。立花先輩が代わって神山さんに答える。
「これも4代目のころから受継がれてるんだよね……。伝統、ってやつ? 昔は、文芸部って言えば、男所帯だったからね……」
「え、意外です」
神山さんが言う。私も、なんだか意外な気がした。いま、部室には女の人しかいなかったから。
「さ、駒をえらんで!」
テーブルの上には二頭身の人形が山になっている。立花先輩は目が一つしかない赤い人形を、宮守先輩は目が十字になっている黒っぽいのを、牧野先輩は四角張った黄色いのを、神山さんは目が二つある白いのを選んだ。私は、みんなが取ってしまってから、一番手前にあった水色のずんぐりした人形を手に取った。
「それじゃあ、みんな、すごろくやろー!」
牧野先輩が声を上げて、そうして私たちのすごろくが始まった。




