第3話 「神山しらゆき」2
神山さんのことをどう思う?って聞かれたら、私は、わからないと答える。わからないと答える、と思う。
神山さんにとって私は、たまたま後ろの席に座っていただけの人だと思う。なのに、神山さんはよく私に話しかけてきて、一緒にいることが多い。隣の席の長峰くんとはとても仲がいいように見えるし、クラスの女の子たちとにぎやかに立ち話しているのを見かけたこともある。それなのにどうして、って思う。
神山さんはこれでいいのかな? 私といていいのかな? もっと別の、もっとふさわしい誰かがいるんじゃないかな? そしたらもっと別の……もっと神山さんにふさわしい高校生活があるんじゃないかな? そんなふうに思っていた。
4限目の授業が終わってお昼休みになった。長峰くんと古屋くんはいつものように購買部に走っていって、神山さんは後ろの席の私を振り向いた。
「ねえ、ふみむ……とーこ。お昼いっしょに食べようよ」
朝と同じ呼び方で私を呼んで、神山さんは私をお昼ごはんに誘ってくる。
「購買、行かなくていいの?」
「今日はお弁当もってるからさー。ほら」
「そっか」
私の机の上にお弁当箱を置く神山さん。でも私は、窓の外で木が風に揺れているのが気になって席を立った。
「どうしたの?」
「なんとなく……外で食べたいなあと思って」
「そっかぁ! じゃあ行こっ!」
神山さんは、いきおいよく立ち上がった。
私たちがやってきたのは、私が入試のときにお昼ごはんを食べた場所だった。そこは学校の裏手にある雑木林に囲まれた小さな池で、茶色く踏み固められた地面が遊歩道のように池の周りを巡っていた。ベンチがいくつかあって、そこには誰もいなかった。
「へぇ、こんなところあったんだぁ」
神山さんが声をあげる。そして私たちは、古ぼけた木のベンチに並んで座って、お弁当の包みを開いた。池には水草が浮かんでいて、その表面はしんとして揺れもしない。学校のざわざわした声は少し遠かった。
「もしかしてさ、いつもここで食べてるの?」
「え? うん」
「一人で?」
「……? そうだよ」
「そ、そっか」
「……なんとなく、落ち着くし」
お弁当箱に箸がコツコツあたって、風が吹いて木の葉のこすれる音がした。
「んー、たしかに。なんとなく、落ち着くかも」
となりで神山さんがそんなことを言う。
「そういえばさ、とーこ。部誌、読んだ?」
「え? うん」
文芸部の部活見学に行ったとき、私たちは去年の冬に発行した部誌を一部ずつ、おみやげにもらっていた。帰って読んでみると、不思議な感じがした。先輩たちの顔を思い浮かべながら、これをあの人たちが書いたんだって思った。
「なんていうかさ、すごいよね。知ってる人がこんなの書いてるんだって思ったらさ」
「うん」
「とーこはさ、どの話がいちばん好き?」
「んー……よくわかんない」
「そっかぁ……」
本当は、牧野先輩のお話がちょっと気になってた。牧野先輩のお話は、ある道具屋の女の子のお話だった。小さな王国の花と緑でいっぱいの都。その街角にある道具屋の女の子が、友だちや周りの人たちとのあいだにあった出来事を物語っていく、そんなお話だった。事件らしい事件はなくて、ただ小さな女の子がおつかいに来たとか、病気の友だちのところへお見舞いに行くとか、そんな小さな出来事がつづられていた。そしてその道具屋の女の子は、どこか牧野先輩に似ている気がした。
「あたしは……宮守先輩のやつが、ちょっと好きかも」
神山さんは、どこか弾む声でそう言った。
宮守先輩のお話は、ある休日に、友だちの家に遊びに行くというお話だった。鏡の前で服を選んで髪型を整えて、それから家を出る。主人公とその友だちは幼馴染で、昔からよくいっしょに遊んでいたという。それは日差しの穏やかなある春の日で、友だちの家に着くまでのあいだ、目に付くいろいろのものから、幼馴染との間にあったことを思い出しながら、そうしてそのお話は、友だちの家のインターフォンを鳴らしたところで終わっていた。
「うん、よかったよね。静かな感じがして」
そして、二人が思い出に結び付けられてるというのも良いと思った。まるで、私と姉さんみたいだから。
「ていうかさ、あれ主人公のモデルってぜったい宮守先輩本人だよね?」
「うん、それっぽかった……」
「で、幼馴染が牧野先輩と」
「たぶん、そう」
「やばいよね!? 想いを言葉にしすぎでしょ!?」
「……?」
どうして急に神山さんがそんなことを言ったのか、私には分からなかった。私がきょとんとしているのを、どう思ったのか、神山さんは慌てはじめる。
「あー、いや、友情? 友情だよね、うん! あっ、そういえばさ、立花先輩のわけわかんなかったよね!?」
そしてすぐに話題を変えてしまった。
立花先輩のお話は、一言で言えば、意味がよく分からないものだった。かつら疑惑のある教頭先生が本当にかつらかどうかを、なにかの論文みたいに長々と書いていた。この世界で、「教頭先生」になる人がどのくらいの割合ではげるのか、はげたとしてどのくらいの割合で「かつらをかぶる」のか、そんなことを「けだし」とか「しこうして」とか難しい言葉を使いながら書いていた。でも結局、結論は「実際に髪の毛をひっぱってみないと分からない」というものだった。
「うん。わけわかんなかった」
「ていうか、いろいろ書いてたけど、文字数稼ぎたかっただけでしょ、って」
「たぶん。それはあると思う……」
煮物のれんこんを口に入れる神山さん。少しだけ沈黙が訪れて、私はプチトマトをつまんでみた。
「でもさー、すごいよね。自分の世界を持ってるってさ。なんていうか、あこがれるよね」
「えっ……?」
「いまのあたしにはまだ無理かもしれないけどさ、気負わずやってこーかなって思うんだ」
「……うん」
たまご焼きを口に入れてほおばる神山さんの横顔。そして二人とも黙ってしまう。また風が吹いて木々がさあっと鳴った。
「ところでさぁ、とーこ」
「ん?」
「さっきから、ふつーに呼び捨てにしてるんだけど。そろそろつっこんでよ」
「んーん、べつにいいよ。好きなふうに呼んで」
「そか」
神山さんは安心したみたいに笑った。
「それじゃ、あたしのことも『しらゆき』って呼んでいいからね?」
「え……」
なんだろう、少し急ぎすぎてる気がした。自分のペースで歩けないとき、私はいつも不安になった。いま私が神山さんを「しらゆき」って呼んでも、それは上ずった声になりそうな気がした。
「あ、ゴメン。いやだ?」
「んーん、いやじゃ、ないけど……」
どう言おうかと思って、言葉が見つからなかった。なんとかしてくれそうな言い訳が思いつかなかった。私の中にあるのは、いつも姉さんのこと。だから、それを言うしかなかった。
「急に仲良くするのって、あんまり好きじゃないから……。いっしょの思い出を積み重ねて、ある日、ふと気付いたら、かけがえのない人になってる……そういうのが好き」
そう、私と姉さんのような。絶対に切れない絆の上に積み重ねられた思い出によって、二度と離れることのない私と姉さんのような。神山さんに変だと思われるなら、それでもよかった。「なに言ってんの?」って笑われても、仕方ないって思った。
でも、あたりはしんとしてしまった。変に思って神山さんのほうを見ると、神山さんはぽかんと私を見ていた。そして私の視線を受けると、その顔がぱぁっと笑顔になる。そして右手をぐっと握って親指を上に向けた。
「まかせてよ!!」
……「まかせて」って、どういう意味なんだろう? 私はそう思った。




