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新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
入部編
7/67

第3話 「神山しらゆき」1

 私にとって、いつも不思議だったことがある。

 どうして私の周りの人たちは、自分のことを自分で決めることができるんだろう、ということ。怖くないのかなって思う。時間は一つの方向にしか流れないから、ぜったいに後戻りすることなんて、できないのに。

 きっと、みんなは自分が自分であるためにしなければならないことを知っていて、そして突き動かされるように前へ前へと進んでいくから、後戻りすることなんて考えもしないんじゃないかな、とか考えてみたりもした。

 私は何も知らない。自分が自分であるためにしなければならないことも、人を前へ前へと突き動かす、その衝動も。姉さんが決めてくれなければ、ただ流されるしかない、空っぽの私。


 その日は、早めに家を出るという姉さんとお父さんに合わせて、私も少しだけ早く家を出た。

 学校に着くと、部活をしている人たちの声が遠くに聞こえ、廊下の空気はまだ冷たかった。教室は窓から入ってくる朝のかすれた光で薄暗く、そこには、ひとところに集まっておしゃべりしている人たちや、教科書とノートを広げて勉強している人たちがいた。

 私の周りの人たちはまだ誰も来ていなかった。私は、現代文の教科書を広げて読んでみた。あたりからは楽しげなおしゃべりの声が聞こえてくる。私は、こういうのが好きだった。みんなが楽しくやっているところに、特に苦にもされずに放っておかれるのが、いちばん自分に合ってる気がした。

「ういーーす」

 そう言いながら、私の席の横を男の子が通り過ぎた。部活に使うようなバッグを片手に。そばを通り抜けていくとき、汗のにおいがした。なんとなく周りを見回したけど、近くには私しかいなくて、それが私に向かって言ったものだと気付いた。

「あ、ど、どうも……」

 やっとそれだけ言ったけれど、聞こえたかどうかはわからない。

「や」

 突然肩を叩かれて、振り返るとそこにはリカコさんがいた。

「しらゆきはまだ来てないんだねえ」

 そんなことを言いながら、古屋くんの席に腰掛けて、足を組む。

「ね、このまえ、しらゆきといっしょにいた子だよね? 文芸部の部室でさ」

「あ、はい」

「私、高原莉香子。しらゆきとは小中いっしょだったんだー」

 そう言う莉香子さんは、顔立ちや雰囲気はどこかいいところのお嬢さまのようなのに、ずいぶんと気さくそうな人に見えた。

「あ、私、文村冬湖です……」

「とーこ。とーこちゃんかぁ~」

 そう言って、莉香子さんはしげしげと私の顔をのぞきこんでくる。

「なるほどね~。しらゆきってこーゆーカンジの子がタイプなんだぁ~」

 ひとりうなずく莉香子さん。

「あの、タイプってなんですか?」

「まあまあ、気にしなくていいから」

「あ、はい……」

 莉香子さんは少し顔を傾げて、楽しそうな様子で私のほうを見ている。

「それでさ、結局どうしたの? 文芸部、入ったの?」

「あ、入りました」

「しらゆきも?」

「はい」

「なるほどねええ~」

 一人で納得している莉香子さん。

「しらゆきはさー、あれで中学のときは陸上部だったんだよねー。小学校のときから足はやかったし」

「はあ……」

「変わりたいのかなぁ? なにか新しいこと始めたいのかなぁ?」

 莉香子さんは、訳知り顔の含み笑いで私のほうを見る。

「うん、いいことだ」

 そしてまた、ひとりでうなずいた。と、そのうなずいている莉香子さんの後ろに、神山さんの姿が現れた。教室の後ろの扉から入ってきた神山さんは、私たちの姿を見つけると、まっすぐずんずん歩いてくる。

「ちょっと、莉香子! あんたなにやってんのよ!?」

「べつにぃ。しらゆきがいないからさ、とーこちゃんとお話してたの」

「『とーこちゃん』!? あんたちょっとなれなれしくない?」

 神山さんはそう言いながら、自分の席にすとんと腰掛けた。

「なに言ってんの? すでに『とーこちゃん』『りかこちゃん』ていう関係だからね、私たち」

「そんなわけないでしょ? ね?」

 最後の「ね?」は私に向かって言う神山さん。莉香子さんは相変わらず訳知り顔の含み笑いで言う。

「そうだよねぇ? ほら、ちょっと私のこと、呼んでみてよ」

「りかこ……さん……ちゃん」

「ほら!」

「ぜったいいま、『りかこさん』って言ったじゃん!!」

「そんなことないよねええ?」

「いや、ていうかあたしたちだって『しらゆき』『とーこ』っていう関係だからね? 呼び捨てって言うか、これはもう、こ、恋人呼び、だし……」

「ほおお?」

「ね、『とーこ』?」

「……そうだね、『しらゆき』」

 とりあえず、話を合わせる。

「ほらああ!!」

 神山さんは莉香子さんに向かって勝ち誇っていた。

「おまえら、なに朝から騒いでんだよ?」

「おっ、大地ィ、聞いた? ついにしらゆきが文学少女になるらしいよ」

「ああ、聞いた。やべえよな、この世界、何が起こるかわからねえ」

 少しだるそうに机の上にかばんを置きながら、椅子にどっかと腰掛ける長峰くん。

「いや、とーこちゃんが文芸部ってんならわかるよ? どうみてもそれっぽいし。でもなぁ……」

 長峰くんは、うさんくさげな顔をつくって神山さんのことを見る。

「は? うっさい!」

 神山さんは、そんな長峰くんの肩をバシンとはたいた。

「ていうかさ、文芸部ってことは部誌かなんか作るんじゃないの? しらゆきの話が載ってるやつをさ!」

「それな」

「ヤバイ、楽しみすぎる!」

 手をパチンと合わせてはしゃぐ莉香子さん。神山さんがそんな莉香子さんに「そういえば……」という感じで聞く。

「というか、あんたたちはどうしたの? 見学に来てたじゃん」

「はぁ? 入るわけないでしょ? ツレいたじゃん、二人。砂糖、吐いたからね? こう、どわっと」

「あー……」

「私もなんか知恵熱でたし」

「うわー……」

「だからまあ、しょうがないじゃん。で、結局3人で演劇部に入ったの」

「演劇部! じゃあ、文化祭で劇やるんだ? ぜったい見にいく。うわ、ちょー楽しみ!」

「べつにいいけどぉ? どうせ最初は草とかだし。もしくは木」

「あるある!」

 ぽんぽん話していく二人。私はそんな二人を、仲良さそうだなぁ、と思いながら見ていた。

「あんたもなんか部活はじめたら? 青春すんでしょ?」

 口を開けずにあくびをしていた長峰くんに、神山さんが話を振る。長峰くんは眠たそうに笑った。

「俺はバイトがあるからな」

「バイトぉ?」

「16になったし、さっそくコンビニいってんだよ。原付買おうと思ってさ」

「へぇ~、なんかえらいなぁ」

 感心してる神山さん。莉香子さんも興味を持ったみたいだった。

「ねえ、原付買ってなにするの?」

「そうだな……まずは風を感じたいかな」

「「はい~」」

 いかにも「白けました」というそぶりを見せて、二人は笑いあった。

 そのとき、予鈴が鳴って、莉香子さんが立ち上がる。

「ヤバイ! それじゃね! とーこちゃん、またお話しよ!」

 私に手を振って、莉香子さんは大急ぎで私たちの教室から出て行った。

 そんな莉香子さんと入れ替わるように古屋くんがやってくる。こちらはだるそうとかそんなものでなく、とても眠そうだった。足を引きずるようにして、少しふらふらしていた。私たちが自分の方を見ていることに気付くと、彼は上体をぐらつかせるようにして会釈して、そのまま自分の席に収まった。

「よう委員長! 遅刻ぎりぎりじゃねーか!」

 長峰くんが声をかける。古屋くんはよろよろと1限目の準備を机の上に並べはじめた。

「なんか眠そーね?」

 神山さんが聞く。

「いや、まぁ……朝までネトゲやってた」

「ネトゲぇ?」

 神山さんは、少し驚いたように言う。

「ほどほどにしないと人生棒に振るんじゃないの? テレビでやってたよ?」

 古屋くんの口もとにうすく笑みが浮かぶ。「知ってる。だからどうした?」って感じの自嘲的な笑みだった。

「わかってねえなぁ。ネトゲっていうのはよ、幻想世界を旅するってことなんだよ。男のロマンっていうのかな? なァ?」

「そのとおりだね」

 長峰くんと古屋くんは話が合うみたいだった。でも、私にはよく分からない話だった。

「それでもさぁ……」

「それじゃ、おやすみ」

 そう言って、古屋くんは重ねた腕にひたいを乗せて寝る体勢に入る。

「ちょっと! 委員長なのに、それってどーよ!?」

「バカヤロ、寝かせてやれよ」

 そのとき、先生がやってきて、神山さんと長峰くんは前に向き直った。古屋くんは机に突っ伏したまま。私は現代文の教科書を閉じた。


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