表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
雨の季節編
66/67

第20話 「誰かが誰かを」7

□ 文村冬湖


 自分の部屋で、今日、テスト用にまとめたノートを見返している。でも、集中できない。テスト勉強が手につかない。考えがまとまらなくて、いろんな人たちの顔が私の頭の中をぐるぐると回っている。

 私はいつまでも姉さんと一緒。自分の中に思い描く未来の中にはいつでも姉さんがいてくれる。それは私にとって自然なこと。でも時間が進んでいく。流れていく。いくつもの本当にあったことを積み重ねて、未来は次第にその輪郭をはっきりさせていく。

 姉さんはずっと遠山さんと一緒にいたかったのかな? 私が姉さんを遠山さんから引き離したのかな? そうじゃないよ、って言ってほしい。でも、そう言わせてしまったらつらい。

『姉さん。遠山さんのこと、好き?』

『うん、好き、だよ』

 あのとき、私は聞きたかった。

『私と……どっちが好き?』

 でも聞けなかった。そんな私の肩を姉さんは抱き寄せて、私を姉さんに寄り添わせてくれた。それはまるで……そう聞かなかったことへのご褒美みたいだった。目を閉じて姉さんを思い描く。姉さんの瞳の中にある光。春の小川にたゆたうお日様のような光。私は、そんな姉さんが好き。

 目を開けたとき、いちばん最初に目に入ったのは、机の端に置いておいた茜先輩にもらったメモ帳。手を伸ばして、手に取る。何か言葉を。そう思って、いちばん新しいページを開いたとき、小さな一つの詩が私のひとみにそっと触れた。


つないだその手の先にある

その風景と物語

恋することのしあわせの

求めてやまないその全て


 いつか花束になる言葉たちを。そんな茜先輩の言葉に応えようとして書いた習作の、そのとなり。茜先輩の字で書かれた言葉のひとつらなり。今日、私がお茶会に行ってるときに書いたのかな? 私ももっと、花束の香りがするような言葉を編めたらな、って思う。

 つかれを感じて、ベッドに横になる。灯りを消すと、周りの音がよく聞こえるようになって、いつのまにか雨の音がしなくなっていることに気付く。もう眠っているのか、それともまだ起きているのか、その境目で、私はまだ考えている。

 恋。誰かが誰かを好きになること。姉さんも恋に落ちた。そしていつかは結婚してしまう。私はいつまでも姉さんと一緒にいることはできない。姉さんは私から離れていく。遠山さんと出会ってしまったから。そこに自分のしあわせを見つけてしまったから。私の思い描いた未来が、時間の流れの中で、少しずつ形と色とを失っていく。そして新しい未来が私の中で形をとって、次第に色づいていく。私はそれを受け入れるしかなくなっている。この形、この色は、姉さんの望んだものだから。そして姉さんがくれるものはすべて、私にとって運命だから。

『とーこちゃん!』

 ひなた先輩の声がする。

『とーこちゃんも、いつか誰かと恋に落ちるんだよ!』

 恋ってなんですか?

『そのときがくれば、とーこちゃんにも分かるんだよ!』

 私にはわかりません。

『楽しみだね? 楽しみだね、とーこちゃん!』

 人はどうして恋をするんだろう? 人はどうして、恋をして夫婦になるんだろう? 今まで知らなかった誰かと出会って、その人と生涯を共にする。それって……。

『怖く、ないんですか?』

『怖く、ないよ? だって、自分でそれを望むんだもの!』

 ひなた先輩はそう言って、ひまわりのように笑った。そんなひなた先輩の後ろに誰かが立っている。揺れる黒髪の後ろ姿。美夜子先輩? それともリボンを外した茜先輩? 私にはわからなかった。そしてまばたきした瞬間に、世界の色が変わっていた。

 目の前に私がいる。あのときの姉さんの服を着た私。でも、本当に私? 鏡映しのその子は笑っていた。私の知らない微笑みを浮かべて、春風の中に立っている。

『あなたは、だあれ?』

 そう聞こうとしたとき、とうとつに雲が裂けた。私は真っ青な中を落ちていく。怖くはない、寒くもない。白くかすむもやのような雲が頬をなでていく。はるか下に見覚えのある街が見えた。それは私の住む街だった。ゆっくりと吸い寄せられるように落ちていく。いつまで経っても怖くならない。ただ落ちていく。それは私が空っぽだから。次第に明瞭になっていく視界の中、私の街が近づいてくる。このまま落ちていって、私はどうなるんだろう? わからない。でも最後まで見届けたい。これはきっと、姉さんが決めたことだから。

 ふと、浮遊感が私を包んだ。からだが軽くなって、静止した地平線が見えた。ぐるりと視界がめぐって、今度は見渡す限りの水平線が広がる。私は空に浮いていた。私の手の先に、つないだ誰かの手があった。見上げると、日の光をさえぎって、その人はいた。

「あたし、空が飛べるんだよ!」

 あ、その声はしらゆき。そう思ったけれど、しらゆきの顔がよく見えない。太陽を背にしたポニーテールのシルエット。もう少し顔をよく見せてほしい。光があふれていて、よく見えないから。


 そう思ったとき、目が覚めた。


 朝だった。カーテンの向こうに光がある。引き寄せられるようにカーテンを開けた。なんでもない朝。遠くの山の稜線には、まだ少し茜色がとどまっていた。見慣れた景色が少しだけ、見たことのない景色に見える。自分の息を吸う音がはっきりと聞こえた。私は知らなかった。私はなんにも知らなかった。そのことを、はっきりと感じた。

 階下から誰かの……姉さんの気配がする。階段を下りた先、玄関のとびらの前に姉さんを見つけた。靴を履いて、私を振り返った姉さんの、その恰好は……。

「ねえ、さん?」

「おはよ、とーこ」

 姉さんのからだに、ぴったりと馴染んだ服。

「お姉ちゃん、ちょっとお出かけしてくるね」

 今日は……姉さんが遠山さんとデートする日。この前の日曜日、私がみんなとお出かけしたときに着ていった服は、姉さんが今日のために買ったもの。そんなことに、いまさら気付く。

「それじゃあ、とーこ、いってくるね!」

「うん。いって、らっしゃい」

 嬉しさを隠し切れない姉さんの背中。そして玄関のとびらを開けた。とびらの向こうには梅雨の晴れ間が広がっていて、姉さんは春の名残りのような服をまとって出かけていく。その後ろ姿を、私はただ見送ることしかできない。

 きっと私は知らなかった。姉さんのことも、きっとなんにも知らなかった。だから私は知りたい。姉さんの心が知りたい。そして伝えたい。私の気持ち。でも、どんな気持ちを伝えればいいんだろう? 今はまだ分からないけれど、でも、いつかきっと見つけたい。そして書きたい。私のうたを。花束にした言葉たちを。姉さんに渡したいから。私の大好きな姉さんに……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ