第20話 「誰かが誰かを」5C
〇 神山しらゆき
「ちょっと買い出しに行ってきまぁ~す!」
ひなた先輩ととーこが、買い出しに出かけてく。とびらを締めようとして振り返ったとーこ。そんな一瞬のとーこにも惹きつけられるあたし。
あわててまた過去問の演習に戻るけど、ぜんぜんはかどらない。いつまで経っても考えるフリだけしてる。ときどき、とーこの閉めたとびらの方を見てしまう。なんだか胸が苦しい。なんだかぼんやりする。最近はこんなことばっかり……。
小さな鈴の鳴る音がして、美夜子先輩がケータイを手に取った。
「……ひなたととーこ、帰るの遅くなるみたい。とーことしらゆきのクラスの子たちに……お茶会?に誘われたんだって」
「あ、それ、学食でやってるお勉強会のことかもです」
とーこ。最初はあたしの後ろにいることが多かったとーこ。でも今はみんなに受け入れられてるとーこ。あたしだってとーこの友だち。それなのになんだか自信が持てなくなってて、そんな自分が本当にイヤだ。
「ふふ。ひなたに免疫なくて大丈夫かな? 特濃シロップの底に沈められて、大変なことになるような気がしたり、しなかったり……」
「茜先輩? ひなたのこと、そんなふうに言わないでください!」
「もうしわけ、もうしわけ……」
美夜子先輩と茜先輩がまた勉強に戻る。でも、あたしは戻れない。
いつか……いつかまどろみの中で見た夢があって、それがあたしの頭から離れない。それは精一杯のおめかしをしたとーこが、あたしの知らない誰かのとなりで、あたしの知らない顔で笑ってる、そんな夢。ほんとにそんなことがあったら、あたしはどうするだろう? それでもちゃんと……笑ってられる、かな? とーこのしあわせ、ちゃんと願える、かな? わかんない。わかんないけど……。
「しらゆき」
「えっ!? あ、ハイ!」
茜先輩に呼ばれてビクッってなる。茜先輩は……笑ってた。何もかもお見通しな、そんな瞳があたしを見てる。
「とーこがいなくて、さみしい?」
あ、やっぱりわかっちゃいますかぁ? そうなんですよぉ~! ……ってこらぁ~~!! 美夜子先輩の前で、なに言ってんですかー!? 美夜子先輩……じっと教科書見てるけど、あたしたちのこと意識してるの丸わかりなんですけどー!?
「ねえ、しらゆきってさ……」
茜先輩っ!? なんです、その悪い笑いっ!? なにしようとしてんですか!?
「とーこのどんなとこが好きなの……?」
茜せんぱーーーーい!?!? どうしてそんなこと!? あ、もしかして!? この会話で美夜子先輩を釣り上げるつもりですかー!?
▽ 立花茜
真面目にやってるように見えるときが、いちばん真面目にやってない。それが私。勉強はまるで手に着かないし、教科書の内側に仕込んだ小説にも目が滑り始めた。面白いこと、何か面白いこと、ないかな……?
目を上げたら、しらゆきの横顔があった。閉まったとびらの方を、まだ誰かを見送るように見ているしらゆき。うーん、いい! 恋してるって感じがして、大好き……!
とても静か。美夜子の鉛筆がノートの上を滑る音を心地よく聞く。もし何かが生まれるとしたら、こんな瞬間。そして小さな鈴の音が響いた。
「……ひなたととーこ、帰るの遅くなるみたい。とーことしらゆきのクラスの子たちに……お茶会?に誘われたんだって」
それは始まりの合図になる。こうしてここに残された私たち。その共通点を思い出す。それは……。
しらゆきは過去問のプリントとにらめっこして思案顔。ねえ、しらゆき。あなたの好きな人は、とってもピュアでピュアな人みたいだけど……。気持ちが届くまで、きっとすっごく大変だよぉ? でも、届いたら。こんなにうれしいことはないよねえ……。
美夜子は授業のノートを見返してる。生真面目な表情が愛い。ねえ、美夜子、この前の『授業』。美夜子はいつも光太郎さんのように、ひなたに悪いところを清めて、いいところを信じてもらえてるって思ってるんだよね? でも本当は、自分が智恵子さんのように、ひなたのために生きて、ひなたのために狂ってしまいたいって思ってるんじゃないのぉ……? そんな美夜子の、一途で深い愛情は、私にとって、とっても貴いもの。
六人掛けのテーブルに偏って座る私たち。ひたいを付き合わせて悪だくみするには丁度いい。さぁて、それじゃあ……始めますか。
「しらゆき」
「えっ!? あ、ハイ!」
物思いの邪魔してごめんねぇ……。でもこれから面白いこと、しちゃうからねぇ……。
「とーこがいなくて、さみしい?」
『さすが分かってるぅ~!』か~ら~の『コラァ~~!!』。う~ん、さすがの顔芸。さすがのしらゆき。
「ねえ、しらゆきってさ……」
私だって年甲斐もなくドキドキしてる……。
「とーこのどんなとこが好きなの……?」
美夜子の肩がびくりと跳ねる。
「ど、どんなところって聞かれても、その、困っちゃうってゆうか……いろいろあります、いろいろ……」
「じゃあさ……」
質問を変えてみましょ~か……。
「どんなふうに好き、なの?」
ぐっと言葉につまるしらゆき。でも勇気を振り絞るようにして言葉を継いだ。
「『好きだよ、とーこ』って、そう心の中でつぶやくだけで……うれしくて、しあわせで……」
「ふんふん……」
「……あのですね、このまえ、友だちと出かけたとき、コイバナになって。そのとき、とーこ、『恋人になってすること』を聞かれて、まっさきに『結婚』って答えてるんです。みんなびっくりして……それで話が途切れちゃったんですけど……。でも、だからあたし、中途半端なカクゴじゃだめだなって思ったんです」
「ほうほう……」
「あ、あたしはとーこの健全な青春に責任を負ってるんです!」
ぐっとこぶしを握り締める、暑苦しいまでの気合。こういうの嫌いじゃない……。いや、むしろ好き。
「しらゆきが責任者?」
「そう! そうですっ!」
「とーこは自分と結ばれたらいちばんしあわせになれるって信じてる……?」
「そ、それは……」
「信じてる、よね……?」
「しん……信じて、ます」
「うむうむ……」
ふだんは朗らかな子の、こんな真剣な表情、どう? 私は胸にクるものがある……。
「ちょ、ちょっとそこのお二人さん!? さっきから何の話をしてるの!?」
美夜子、やっと釣れた……。
「えっと、コイバナ、です」
「でも……とーことしらゆきは、ほら、女の子同士なのに……」
「あ、あたしが……そういうカンジなので、ハイ」
「そ、そうなの……?」
「美夜子はちがうの? 自分の汚い部分を清めて、良い部分を引き出してくれる誰かさんと一緒にいたくないの? ほら、光太郎さんのように、ねえ……?」
「あ、茜先輩!? そこ攻めちゃいますかぁ!? きわっきわぁ!」
美夜子はムッとして黙り込む。でもその頬が赤くなってる。かわいいかわいい。
「ねえ、三人で片想い同盟、つくろ……?」
「かたおもいどうめい?」
「そ。自分の気持ちに嘘つかないようにしよ? そしてときどき、こんなふうにコイバナ、しようよ。募る想いはときどき吐き出さないと体に毒だからねぇ……」
「そ、そーですよ! ね、美夜子先輩っ!」
美夜子が迷ったのは、ほんの一瞬。しらゆきの明るいひとみに背中を押されるようにして、美夜子の心が、私たちと一緒に輪を作る。
「そう、そうね。私も……」
美夜子がふっと笑った。小さな星がまたたくように。油断してると、うっとりして固まっちゃいそう……。
「私もひなたが好き。今は片想いだけど」
「あたしもですよう! 頑張りましょうね! めちゃくちゃ頑張りましょうね、美夜子先輩っ!!」
「そうね。でも、待って?」
「え?」
「しらゆき。怪しい人が一人いない?」
「あ、怪しい人?」
「そっ。茜先輩の『片想い』の相手、私たち、知らないわよね? 信じてもいいのかしら?」
「あ。た、確かに……」
お、おおう、しらゆき……。味方だと思ってたのに……。ふふ。でもいい。そういうことなら、私も仲間に入れてほしいから……。
「話すと長くなるんだけど……私にも人並みに恋をした思い出があるんよ。苦しくて、苦しくてねぇ……。人知れず枕を濡らした夜があったんよ……。でもねえ、好きな人にほんのちょっとでもエゴイストだなんて思われたら、死ねるよねぇ。だから結局、最後まで何にも言えなくって、その人は卒業……して遠いところに行っちゃったんよ……」
「そ、そんなことがあったんですね……!?」
「そ」
「その人って、その……『先輩』だったんですか?」
「そうそう」
私が一生引きずるものも、つづめて言えばこんなもの。なんだか笑えてくるけれど、顔には出さないようにして。
「ねえ、茜先輩」
おや? 美夜子? どしての、その笑顔? 悪だくみ?
「その人の名前を言えなんて言いません。でも……その人のことを想って詩を書いてみてくれませんか?」
「詩?」
「はい」
「今、ここで?」
「そうです。私たちだって、茜先輩のこと、信じたいですから」
くぅ~……そう来たかぁ~……。
「あ、あたしも聞きたい、です!」
しらゆきぃ……この裏切り者ぉ……。
「ちょ、ちょぉっと待ってみて……」
できるかな? 頭の中で、今、言葉になりそうな種を探す。でもふたりの興味津々のひとみに見つめられて無理。これ無理。立ち上がって部屋の反対側まで逃げてみる。
「茜先輩?」
「ふたりとも、ちょぉっと本棚のほう見てて……。作ってるとこ見られるの、恥ずかしいから……」
顔を見合わせたふたりが私に背を向けた。さて、どうしよう?
そんなときに訪れる天の助け。椅子の脚に立てかけられたとーこのカバンが目に入る。そっと開けて見てみれば、中の小さなポケットにぴったり納まる小さなメモ帳。ふたりが私を見てない隙に……スススっと引っ張り出す。
かみさま、ほとけさま、とーこさま……っと。
私のあげたメモ帳だからねえ。監督責任があるんよぉ。なんてことを思いながら、冬湖先生の新作を探す。私のカンがささやいてる。霊感の源泉がここにはあるって。わけもなくわくわくする胸。たくさんの文字が躍って、斜めの線で消されて、丸で囲われては、また二重線で消されて、そして最後にあらわれる、いちばん新しいページの下の方、綺麗に清書された文字……。
「言葉、花束、習作」
明日またねと夕日は沈み、凪いだ手のひら花の種
濃い紫の荒れ野に蒔いて、闇を透かして水を撒く
月の光にまぶしげに芽を、そっと開いて背伸びして
赤むらさきの暁に立ち、朝焼けの火に燃えたなら
かじかむ手で折り、あさつゆで結い、あなたにおくる花の束
おや。おやおやおや。成長とは……そして、受け止めてもらえるということ、とは……。とーこの鉛筆を手に取った。どうかこの小さな詩を寄り添わせてほしいと願いながら……。
またもやこっそりとメモ帳をカバンに戻す。気付かれなかったよね? そうだよね? よかった……。
それじゃあ、私も書こうかな。私も仲間に入れてほしいから。だから聞いてほしいって思う。私の調べ、私の詩。
自分の席に戻る。私の席は本棚を背負うから、ふたりの視線は自然と私に集まる。
「できたんですか、茜先輩?」
「んーん、まだ。ほら、今度は黒板のほう向いてて……」
律儀にまた私に背を向けるふたり。私はノートの新しいページを開く。人差し指をくちびるに当てて、それから鉛筆を手に取るまでの七秒間、私は心を決めて、言葉も決めた。
「……もういいですか?」
「いいですよ~……」
こちらを向いたふたりの視線を受け止めて、私は照れ隠しの咳払い。そしてノートを手に取った。
弔いの鐘が鳴り終えたとき、街は死んでいた
住民たちは虚ろな目で葬列を見送った
以来、街は喪に服している
死と追憶の街、ここはすべてを諦めた者たちの街
人の心は冷たく冷えて、もう何にも興味がない
ただ昔のことばかりが思い出されて、問わず語りに繰り言をする
『芸術神に仕えてみませんか?』
雨上がりの空に虹がかかった
『本当のことを一緒に探しませんか?』
天の奏でる音楽を聴いた
すべては遠い昔のこと、今は空っぽなこの世界でのこと
死が終止符を打って、導き手は帰らぬ旅に出た
時間の流れに取り残された者の悲しみ
埋められない喪失感が、彼女を言葉に変えようとする
もし初めから誰もいなかったとすれば、それは芸術神が仕組んだこと
私を婢にするために、幻を見せたということ
私の心には死の都市があって、私の心は救いを求めて
ときどき、物語を孕んでいる
私が読み終わっても、ふたりは何も言わない。ただ雨の音がする。今ならきっと、素直な気持ち、言える気がする。例えば……そう、例えば。
「ふたりとも」
ふたりの視線を受け止めたまま、私はそう口にした。
「最後まであきらめないでね。私は応援するし、私もあきらめないよ。書き続けていれば、きっといつか、また会えるって信じてるからね……」
「それは、お話の中で、ってことですか?」
お、するどい。さすが美夜子……。
「そ。そゆこと……」
「あの……その人が帰省したときとか、会えたりしないんですか?」
しらゆき、ほんとに綺麗な目をしてる。かわいいねえ……。
「うん、やっぱり……いろいろ考えちゃって、会えないんよ……」
素直な気持ちを口にしたいと思っても、すぐに嘘が混じる。私はほんとにダメな女。
「……乾杯、しよっか?」
「乾杯?」
「そ」
残り少なくなったレモンティーのペットボトルを手に取って、それぞれのコップに注いでく。
「このレモンティーを飲み干して、それでもまだ、その人のことが好きなら……」
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズ色の香気が立つ
「私たちは正気だということ。だから自分を信じて、自分の気持ちを信じて、進んでいけばいいんだよ……」
何かの儀式のように、そっと寄り添った三つのコップ。口の中に広がるレモンの香気。コップを置いたら、ふたりがじっと私を見てた。というより、まじまじと見つめてた。……あれ?
「……」
あれ? あれ? なんだか顔が熱い。いやこれ、えっと、お酒? レモンティーだよね? 途中からブレーキが効かなくなって、いろいろやっちゃった気がする。どうしたんだろう、私。張り切りすぎて、やがて恥ずかしい。これあ……やっちまったかもしれませんねえ……。
「……茜先輩、もしかして照れてます?」
美夜子、そんなこと、聞く?
「……そうとも言えるし、そうでないとも言い難い」
「え、どっちですかぁ!? ってあれ?」
そうそう、しらゆき。そうゆうことだから、そっとしといて……。
でも本当に……最後まで自分の気持ちを信じてほしいと思う。何度でも新しく、愛しい人の面影を心に描いて、どこまでも運命に抗って、胸の中の聖なる炎を守って、傷ついた心から流れた血をインクにして、何度も何度も新しい言葉を紡いで、ただ……恋の詩を奏でる。いつか、愛しいあの人に届くまで。
雨は降り続いて、描くまっすぐな線は檻のようで、私たちをここに閉じ込めている。明るい電灯の下の、見慣れた部室の中の、居心地のいい場所の、天国のような牢獄に。そして私たちは、小さな声を雨音に消してもらいながら、同じ秘密を共有していた。
そして廊下から二人分の足音が聞こえてくる。それはまるで……。
「ねえ、聞こえる? しあわせの足音がするよ……」
〇 神山しらゆき
「たっだいま戻りましたぁ!」
とびこむように入ってくるひなた先輩と、その後ろからそっと入ってくるとーこ。しあわせの足音ってこういうこと!
「おかえりなさぁい!」
「どうだった? とーこのとしらゆきのクラスの子たちは……?」
「はいっ! とってもステキな子たちでしたよぉっ!」
「どんなお話してたの?」
「えへへ~、文芸部の勧誘、とかかな!?」
「そうなんですか!? 誰か入ってくれそうです!?」
「う~ん、どうかな? あっ、そうそう! しらゆきちゃんのお話を朗読してくれたお友だちがいたの?」
「えっ……えと、はい。演劇部の友だちが……」
あたしたちがそんなことを話してるとき、とーこはケータイを見てた。
「どしたの、とーこ?」
「うん。姉さんがもうすぐ、迎えにくるって」
荷物をまとめたとーこが、あたしたちに向き直る。
「あの、私、今日はこれで。お疲れさまでした」
「うん、おつかれ~!」
「また来週ね」
「気を付けておかえり……」
先輩たちのあいさつにお辞儀して、最後に私を見た。
「ま、また来週!」
「うん。また来週」
入ってきたときのように、とーこはそっと部室を出て扉を閉めた。一瞬だけ、部室の中が静かになる。
「ふふふ……」
そしてなぜか、ひなた先輩が含み笑い。
「どうしたの、ひなた?」
「えへへ! 言っちゃおっかな? どーしようかな?」
「言うてごらんよ……文芸部に秘密は要らんのよ……」
あれ? さっきまで私たち、秘密のお話、してたような……?
「えへっ、実はね? わたし、とーこちゃんのこと気になってるオトコノコ、見つけちゃったかも!」
「ええええっ!?」
「しらゆきちゃん、びっくりしちゃった? わたしも! まだドキドキしてるもの!」
「それって……だれ……」
「ふふ、気になっちゃう? でもナイショ! でもね、すぐに分かる日がくるような気がするんだぁ!」
うきうきしてるひなた先輩。でもドキドキしてる私の胸。
「あ、あの!! あたしも今日はこれでっ!!」
「おうおう、いっておいで……」
「お疲れしたァッ!!」
部室の窓際に干してあったレインコートをひったくって、ええい、廊下だって走ってやるぅ! かたおもいどうめい! あたしはもう、一人じゃないんだ! 茜先輩と美夜子先輩と、たくさんコイバナするんだ! だから、頑張らなきゃ!
あたしはこれからもずっと、とーこのとなりにいられるのかな? そんなことわかんない。でも、弱気になんてなりたくない! コハルはコノハナ姫のそばにいる。それは家来で友だちだから。じゃあ、恋人同士になるには? 友だち以上になりたいなら、ふたりはこれからどうしなきゃいけないの? コハルはどんなものを乗り越えないといけないの? もう一歩踏み出すのに必要なことってなに? 今はまだわかんないけど!!
とにかく頑張ろう! あたしは! あたしはこの恋を最後まで精いっぱいやるだけなんだ!!
とーこの背中が見えてきた。あたしの大好きな人の……。
なぜか傘も差さずに軒先から離れて、雨の降る中に立ってる。校庭の灯りが雨でぼんやりして、そんな淡い光の中で、今にも消えてしまいそうなとーこ。とーこ。たった一人のとーこ。あたし、あなたのことが……。だから今、伝えたいことがあって……。
「とーこ」
あたしの声に、とーこが振り返った。
「どうしたの? 濡れてるよ?」
「うん、水たまりが……花火みたいだなって思って」
こんなにステキな女の子、あたしは好きになったんだ!
「しらゆき?」
「……ねえ、とーこ。あたし、恋愛小説、書くから」
心を込めて書くから。だから今は、約束してくれるだけでいいから。
「だから……ねえ、とーこ。お願いがあるんだけど……」
あなたに、いちばん最初に読んでほしいんだ――。
【引用】
青空文庫・高村光太郎「智恵子抄」より「レモン哀歌」




