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新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
雨の季節編
64/67

第20話 「誰かが誰かを」5C

〇 神山しらゆき


「ちょっと買い出しに行ってきまぁ~す!」

 ひなた先輩ととーこが、買い出しに出かけてく。とびらを締めようとして振り返ったとーこ。そんな一瞬のとーこにも惹きつけられるあたし。

 あわててまた過去問の演習に戻るけど、ぜんぜんはかどらない。いつまで経っても考えるフリだけしてる。ときどき、とーこの閉めたとびらの方を見てしまう。なんだか胸が苦しい。なんだかぼんやりする。最近はこんなことばっかり……。

 小さな鈴の鳴る音がして、美夜子先輩がケータイを手に取った。

「……ひなたととーこ、帰るの遅くなるみたい。とーことしらゆきのクラスの子たちに……お茶会?に誘われたんだって」

「あ、それ、学食でやってるお勉強会のことかもです」

 とーこ。最初はあたしの後ろにいることが多かったとーこ。でも今はみんなに受け入れられてるとーこ。あたしだってとーこの友だち。それなのになんだか自信が持てなくなってて、そんな自分が本当にイヤだ。

「ふふ。ひなたに免疫なくて大丈夫かな? 特濃シロップの底に沈められて、大変なことになるような気がしたり、しなかったり……」

「茜先輩? ひなたのこと、そんなふうに言わないでください!」

「もうしわけ、もうしわけ……」

 美夜子先輩と茜先輩がまた勉強に戻る。でも、あたしは戻れない。

 いつか……いつかまどろみの中で見た夢があって、それがあたしの頭から離れない。それは精一杯のおめかしをしたとーこが、あたしの知らない誰かのとなりで、あたしの知らない顔で笑ってる、そんな夢。ほんとにそんなことがあったら、あたしはどうするだろう? それでもちゃんと……笑ってられる、かな? とーこのしあわせ、ちゃんと願える、かな? わかんない。わかんないけど……。

「しらゆき」

「えっ!? あ、ハイ!」

 茜先輩に呼ばれてビクッってなる。茜先輩は……笑ってた。何もかもお見通しな、そんな瞳があたしを見てる。

「とーこがいなくて、さみしい?」

 あ、やっぱりわかっちゃいますかぁ? そうなんですよぉ~! ……ってこらぁ~~!! 美夜子先輩の前で、なに言ってんですかー!? 美夜子先輩……じっと教科書見てるけど、あたしたちのこと意識してるの丸わかりなんですけどー!?

「ねえ、しらゆきってさ……」

 茜先輩っ!? なんです、その悪い笑いっ!? なにしようとしてんですか!?

「とーこのどんなとこが好きなの……?」

 茜せんぱーーーーい!?!? どうしてそんなこと!? あ、もしかして!? この会話で美夜子先輩を釣り上げるつもりですかー!?


▽ 立花茜


 真面目にやってるように見えるときが、いちばん真面目にやってない。それが私。勉強はまるで手に着かないし、教科書の内側に仕込んだ小説にも目が滑り始めた。面白いこと、何か面白いこと、ないかな……?

 目を上げたら、しらゆきの横顔があった。閉まったとびらの方を、まだ誰かを見送るように見ているしらゆき。うーん、いい! 恋してるって感じがして、大好き……!

 とても静か。美夜子の鉛筆がノートの上を滑る音を心地よく聞く。もし何かが生まれるとしたら、こんな瞬間。そして小さな鈴の音が響いた。

「……ひなたととーこ、帰るの遅くなるみたい。とーことしらゆきのクラスの子たちに……お茶会?に誘われたんだって」

 それは始まりの合図になる。こうしてここに残された私たち。その共通点を思い出す。それは……。

 しらゆきは過去問のプリントとにらめっこして思案顔。ねえ、しらゆき。あなたの好きな人は、とってもピュアでピュアな人みたいだけど……。気持ちが届くまで、きっとすっごく大変だよぉ? でも、届いたら。こんなにうれしいことはないよねえ……。

 美夜子は授業のノートを見返してる。生真面目な表情が愛い。ねえ、美夜子、この前の『授業』。美夜子はいつも光太郎さんのように、ひなたに悪いところを清めて、いいところを信じてもらえてるって思ってるんだよね? でも本当は、自分が智恵子さんのように、ひなたのために生きて、ひなたのために狂ってしまいたいって思ってるんじゃないのぉ……? そんな美夜子の、一途で深い愛情は、私にとって、とっても貴いもの。

 六人掛けのテーブルに偏って座る私たち。ひたいを付き合わせて悪だくみするには丁度いい。さぁて、それじゃあ……始めますか。

「しらゆき」

「えっ!? あ、ハイ!」

 物思いの邪魔してごめんねぇ……。でもこれから面白いこと、しちゃうからねぇ……。

「とーこがいなくて、さみしい?」

 『さすが分かってるぅ~!』か~ら~の『コラァ~~!!』。う~ん、さすがの顔芸。さすがのしらゆき。

「ねえ、しらゆきってさ……」

 私だって年甲斐もなくドキドキしてる……。

「とーこのどんなとこが好きなの……?」

 美夜子の肩がびくりと跳ねる。

「ど、どんなところって聞かれても、その、困っちゃうってゆうか……いろいろあります、いろいろ……」

「じゃあさ……」

 質問を変えてみましょ~か……。

「どんなふうに好き、なの?」

 ぐっと言葉につまるしらゆき。でも勇気を振り絞るようにして言葉を継いだ。

「『好きだよ、とーこ』って、そう心の中でつぶやくだけで……うれしくて、しあわせで……」

「ふんふん……」

「……あのですね、このまえ、友だちと出かけたとき、コイバナになって。そのとき、とーこ、『恋人になってすること』を聞かれて、まっさきに『結婚』って答えてるんです。みんなびっくりして……それで話が途切れちゃったんですけど……。でも、だからあたし、中途半端なカクゴじゃだめだなって思ったんです」

「ほうほう……」

「あ、あたしはとーこの健全な青春に責任を負ってるんです!」

 ぐっとこぶしを握り締める、暑苦しいまでの気合。こういうの嫌いじゃない……。いや、むしろ好き。

「しらゆきが責任者?」

「そう! そうですっ!」

「とーこは自分と結ばれたらいちばんしあわせになれるって信じてる……?」

「そ、それは……」

「信じてる、よね……?」

「しん……信じて、ます」

「うむうむ……」

 ふだんは朗らかな子の、こんな真剣な表情、どう? 私は胸にクるものがある……。

「ちょ、ちょっとそこのお二人さん!? さっきから何の話をしてるの!?」

 美夜子、やっと釣れた……。

「えっと、コイバナ、です」

「でも……とーことしらゆきは、ほら、女の子同士なのに……」

「あ、あたしが……そういうカンジなので、ハイ」

「そ、そうなの……?」

「美夜子はちがうの? 自分の汚い部分を清めて、良い部分を引き出してくれる誰かさんと一緒にいたくないの? ほら、光太郎さんのように、ねえ……?」

「あ、茜先輩!? そこ攻めちゃいますかぁ!? きわっきわぁ!」

 美夜子はムッとして黙り込む。でもその頬が赤くなってる。かわいいかわいい。

「ねえ、三人で片想い同盟、つくろ……?」

「かたおもいどうめい?」

「そ。自分の気持ちに嘘つかないようにしよ? そしてときどき、こんなふうにコイバナ、しようよ。募る想いはときどき吐き出さないと体に毒だからねぇ……」

「そ、そーですよ! ね、美夜子先輩っ!」

 美夜子が迷ったのは、ほんの一瞬。しらゆきの明るいひとみに背中を押されるようにして、美夜子の心が、私たちと一緒に輪を作る。

「そう、そうね。私も……」

 美夜子がふっと笑った。小さな星がまたたくように。油断してると、うっとりして固まっちゃいそう……。

「私もひなたが好き。今は片想いだけど」

「あたしもですよう! 頑張りましょうね! めちゃくちゃ頑張りましょうね、美夜子先輩っ!!」

「そうね。でも、待って?」

「え?」

「しらゆき。怪しい人が一人いない?」

「あ、怪しい人?」

「そっ。茜先輩の『片想い』の相手、私たち、知らないわよね? 信じてもいいのかしら?」

「あ。た、確かに……」

 お、おおう、しらゆき……。味方だと思ってたのに……。ふふ。でもいい。そういうことなら、私も仲間に入れてほしいから……。

「話すと長くなるんだけど……私にも人並みに恋をした思い出があるんよ。苦しくて、苦しくてねぇ……。人知れず枕を濡らした夜があったんよ……。でもねえ、好きな人にほんのちょっとでもエゴイストだなんて思われたら、死ねるよねぇ。だから結局、最後まで何にも言えなくって、その人は卒業……して遠いところに行っちゃったんよ……」

「そ、そんなことがあったんですね……!?」

「そ」

「その人って、その……『先輩』だったんですか?」

「そうそう」

 私が一生引きずるものも、つづめて言えばこんなもの。なんだか笑えてくるけれど、顔には出さないようにして。

「ねえ、茜先輩」

 おや? 美夜子? どしての、その笑顔? 悪だくみ?

「その人の名前を言えなんて言いません。でも……その人のことを想って詩を書いてみてくれませんか?」

「詩?」

「はい」

「今、ここで?」

「そうです。私たちだって、茜先輩のこと、信じたいですから」

 くぅ~……そう来たかぁ~……。

「あ、あたしも聞きたい、です!」

 しらゆきぃ……この裏切り者ぉ……。

「ちょ、ちょぉっと待ってみて……」

 できるかな? 頭の中で、今、言葉になりそうな種を探す。でもふたりの興味津々のひとみに見つめられて無理。これ無理。立ち上がって部屋の反対側まで逃げてみる。

「茜先輩?」

「ふたりとも、ちょぉっと本棚のほう見てて……。作ってるとこ見られるの、恥ずかしいから……」

 顔を見合わせたふたりが私に背を向けた。さて、どうしよう?

 そんなときに訪れる天の助け。椅子の脚に立てかけられたとーこのカバンが目に入る。そっと開けて見てみれば、中の小さなポケットにぴったり納まる小さなメモ帳。ふたりが私を見てない隙に……スススっと引っ張り出す。

 かみさま、ほとけさま、とーこさま……っと。

 私のあげたメモ帳だからねえ。監督責任があるんよぉ。なんてことを思いながら、冬湖先生の新作を探す。私のカンがささやいてる。霊感の源泉がここにはあるって。わけもなくわくわくする胸。たくさんの文字が躍って、斜めの線で消されて、丸で囲われては、また二重線で消されて、そして最後にあらわれる、いちばん新しいページの下の方、綺麗に清書された文字……。


「言葉、花束、習作」

明日またねと夕日は沈み、凪いだ手のひら花の種

濃い紫の荒れ野に蒔いて、闇を透かして水を撒く

月の光にまぶしげに芽を、そっと開いて背伸びして

赤むらさきの暁に立ち、朝焼けの火に燃えたなら

かじかむ手で折り、あさつゆで結い、あなたにおくる花の束


 おや。おやおやおや。成長とは……そして、受け止めてもらえるということ、とは……。とーこの鉛筆を手に取った。どうかこの小さな詩を寄り添わせてほしいと願いながら……。

 またもやこっそりとメモ帳をカバンに戻す。気付かれなかったよね? そうだよね? よかった……。

 それじゃあ、私も書こうかな。私も仲間に入れてほしいから。だから聞いてほしいって思う。私の調べ、私のうた

 自分の席に戻る。私の席は本棚を背負うから、ふたりの視線は自然と私に集まる。

「できたんですか、茜先輩?」

「んーん、まだ。ほら、今度は黒板のほう向いてて……」

 律儀にまた私に背を向けるふたり。私はノートの新しいページを開く。人差し指をくちびるに当てて、それから鉛筆を手に取るまでの七秒間、私は心を決めて、言葉も決めた。

「……もういいですか?」

「いいですよ~……」

 こちらを向いたふたりの視線を受け止めて、私は照れ隠しの咳払い。そしてノートを手に取った。


弔いの鐘が鳴り終えたとき、街は死んでいた

住民たちは虚ろな目で葬列を見送った

以来、街は喪に服している

死と追憶の街、ここはすべてを諦めた者たちの街

人の心は冷たく冷えて、もう何にも興味がない

ただ昔のことばかりが思い出されて、問わず語りに繰り言をする

芸術神ミューズに仕えてみませんか?』

雨上がりの空に虹がかかった

『本当のことを一緒に探しませんか?』

天の奏でる音楽を聴いた

すべては遠い昔のこと、今は空っぽなこの世界でのこと

死が終止符を打って、導き手は帰らぬ旅に出た

時間の流れに取り残された者の悲しみ

埋められない喪失感が、彼女を言葉に変えようとする

もし初めから誰もいなかったとすれば、それは芸術神ミューズが仕組んだこと

私をはしためにするために、幻を見せたということ

私の心には死の都市まちがあって、私の心は救いを求めて

ときどき、物語を孕んでいる


 私が読み終わっても、ふたりは何も言わない。ただ雨の音がする。今ならきっと、素直な気持ち、言える気がする。例えば……そう、例えば。

「ふたりとも」

 ふたりの視線を受け止めたまま、私はそう口にした。

「最後まであきらめないでね。私は応援するし、私もあきらめないよ。書き続けていれば、きっといつか、また会えるって信じてるからね……」

「それは、お話の中で、ってことですか?」

 お、するどい。さすが美夜子……。

「そ。そゆこと……」

「あの……その人が帰省したときとか、会えたりしないんですか?」

 しらゆき、ほんとに綺麗な目をしてる。かわいいねえ……。

「うん、やっぱり……いろいろ考えちゃって、会えないんよ……」

 素直な気持ちを口にしたいと思っても、すぐに嘘が混じる。私はほんとにダメな女。

「……乾杯、しよっか?」

「乾杯?」

「そ」

 残り少なくなったレモンティーのペットボトルを手に取って、それぞれのコップに注いでく。

「このレモンティーを飲み干して、それでもまだ、その人のことが好きなら……」


わたしの手からとつた一つのレモンを

あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズ色の香気が立つ


「私たちは正気だということ。だから自分を信じて、自分の気持ちを信じて、進んでいけばいいんだよ……」

 何かの儀式のように、そっと寄り添った三つのコップ。口の中に広がるレモンの香気。コップを置いたら、ふたりがじっと私を見てた。というより、まじまじと見つめてた。……あれ?

「……」

 あれ? あれ? なんだか顔が熱い。いやこれ、えっと、お酒? レモンティーだよね? 途中からブレーキが効かなくなって、いろいろやっちゃった気がする。どうしたんだろう、私。張り切りすぎて、やがて恥ずかしい。これあ……やっちまったかもしれませんねえ……。

「……茜先輩、もしかして照れてます?」

 美夜子、そんなこと、聞く?

「……そうとも言えるし、そうでないとも言い難い」

「え、どっちですかぁ!? ってあれ?」

 そうそう、しらゆき。そうゆうことだから、そっとしといて……。

 でも本当に……最後まで自分の気持ちを信じてほしいと思う。何度でも新しく、愛しい人の面影を心に描いて、どこまでも運命に抗って、胸の中の聖なる炎を守って、傷ついた心から流れた血をインクにして、何度も何度も新しい言葉を紡いで、ただ……恋のうたを奏でる。いつか、愛しいあの人に届くまで。

 雨は降り続いて、描くまっすぐな線は檻のようで、私たちをここに閉じ込めている。明るい電灯の下の、見慣れた部室の中の、居心地のいい場所の、天国のような牢獄に。そして私たちは、小さな声を雨音に消してもらいながら、同じ秘密を共有していた。

 そして廊下から二人分の足音が聞こえてくる。それはまるで……。

「ねえ、聞こえる? しあわせの足音がするよ……」


〇 神山しらゆき


「たっだいま戻りましたぁ!」

 とびこむように入ってくるひなた先輩と、その後ろからそっと入ってくるとーこ。しあわせの足音ってこういうこと!

「おかえりなさぁい!」

「どうだった? とーこのとしらゆきのクラスの子たちは……?」

「はいっ! とってもステキな子たちでしたよぉっ!」

「どんなお話してたの?」

「えへへ~、文芸部の勧誘、とかかな!?」

「そうなんですか!? 誰か入ってくれそうです!?」

「う~ん、どうかな? あっ、そうそう! しらゆきちゃんのお話を朗読してくれたお友だちがいたの?」

「えっ……えと、はい。演劇部の友だちが……」

 あたしたちがそんなことを話してるとき、とーこはケータイを見てた。

「どしたの、とーこ?」

「うん。姉さんがもうすぐ、迎えにくるって」

 荷物をまとめたとーこが、あたしたちに向き直る。

「あの、私、今日はこれで。お疲れさまでした」

「うん、おつかれ~!」

「また来週ね」

「気を付けておかえり……」

 先輩たちのあいさつにお辞儀して、最後に私を見た。

「ま、また来週!」

「うん。また来週」

 入ってきたときのように、とーこはそっと部室を出て扉を閉めた。一瞬だけ、部室の中が静かになる。

「ふふふ……」

 そしてなぜか、ひなた先輩が含み笑い。

「どうしたの、ひなた?」

「えへへ! 言っちゃおっかな? どーしようかな?」

「言うてごらんよ……文芸部に秘密は要らんのよ……」

 あれ? さっきまで私たち、秘密のお話、してたような……?

「えへっ、実はね? わたし、とーこちゃんのこと気になってるオトコノコ、見つけちゃったかも!」

「ええええっ!?」

「しらゆきちゃん、びっくりしちゃった? わたしも! まだドキドキしてるもの!」

「それって……だれ……」

「ふふ、気になっちゃう? でもナイショ! でもね、すぐに分かる日がくるような気がするんだぁ!」

 うきうきしてるひなた先輩。でもドキドキしてる私の胸。

「あ、あの!! あたしも今日はこれでっ!!」

「おうおう、いっておいで……」

「お疲れしたァッ!!」

 部室の窓際に干してあったレインコートをひったくって、ええい、廊下だって走ってやるぅ! かたおもいどうめい! あたしはもう、一人じゃないんだ! 茜先輩と美夜子先輩と、たくさんコイバナするんだ! だから、頑張らなきゃ!

 あたしはこれからもずっと、とーこのとなりにいられるのかな? そんなことわかんない。でも、弱気になんてなりたくない! コハルはコノハナ姫のそばにいる。それは家来で友だちだから。じゃあ、恋人同士になるには? 友だち以上になりたいなら、ふたりはこれからどうしなきゃいけないの? コハルはどんなものを乗り越えないといけないの? もう一歩踏み出すのに必要なことってなに? 今はまだわかんないけど!!

 とにかく頑張ろう! あたしは! あたしはこの恋を最後まで精いっぱいやるだけなんだ!!

 とーこの背中が見えてきた。あたしの大好きな人の……。

 なぜか傘も差さずに軒先から離れて、雨の降る中に立ってる。校庭の灯りが雨でぼんやりして、そんな淡い光の中で、今にも消えてしまいそうなとーこ。とーこ。たった一人のとーこ。あたし、あなたのことが……。だから今、伝えたいことがあって……。

「とーこ」

 あたしの声に、とーこが振り返った。

「どうしたの? 濡れてるよ?」

「うん、水たまりが……花火みたいだなって思って」

 こんなにステキな女の子、あたしは好きになったんだ!

「しらゆき?」

「……ねえ、とーこ。あたし、恋愛小説、書くから」

 心を込めて書くから。だから今は、約束してくれるだけでいいから。

「だから……ねえ、とーこ。お願いがあるんだけど……」

 あなたに、いちばん最初に読んでほしいんだ――。


【引用】

青空文庫・高村光太郎「智恵子抄」より「レモン哀歌」

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