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新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
雨の季節編
60/67

第20話 「誰かが誰かを」3

□ 文村冬湖


 木々の葉の上で、雨粒がはじける。そんな音が連なって聞こえている。今日も雨。ベッドの中で私は目覚めた。時刻は午前十時を過ぎていた。ずいぶん長く眠っていた気がする。昨日、何をしていたのか思い出せないくらいに頭がぼんやりしている。今日はみんなとお出かけをする日。しらゆきと、藤沢さんたちと。藤沢さんの見つけたおいしいお店で、ブルーベリーソースのかかったおいしいケーキを食べに行く。そんな約束をした日。

 どんな服を着ていこう? 開け放したクローゼットの前で迷って、なかなか決められない。その中の一つを手に取る。それは、しらゆきと初めてお出かけをした日に着ていたもの。でもどうしてだろう? 今日はなぜか着ていく気になれない。

 姉さんに借りようと思って、姉さんの部屋に行ってみる。姉さんは部屋にいない。姉さんの洋服ダンスを開けようとして、その下に立てかけて置かれた紙袋に気が付いた。開けてみると、それは姉さんの新しい服だった。姉さんが着たら、すごく似合いそうな服。私も着てみたい。そう思って着てみる。少し大きいけど……でもしっくりくる。私は階段をトントンと下りて、リビングに姉さんを見つけた。

「姉さん、これ、着てってもいい?」

 姉さんの前でくるりと回ってみせる。スカートがふわっと風を孕んだ。

 姉さんはちょっと驚いた顔をしたけど、

「うん、いいよ」

 そう言ってくれた。

「とーこ、似合ってる」

 そう言って、笑ってくれた。

「ほら、おいで」

 姉さんの腕が私を包むようにして、私の襟元を直してくれる。ハサミを取り出した姉さんが、服に付いたタグをとっていく。姉さんの手が私のからだのあちこちに触れる。姉さんの手で、姉さんの服が私のからだにぴったり馴染んでいくような、そんな感触。

「はい! 完璧!」

 姉さんの服を、姉さんより先に着た。私にはそれがうれしかった。


 バスから降りて、傘を広げる。傘の上で雨粒のはじける音を聞きながら、駅前の広場を見回してみる。そして、駅舎のひさしの下に狭間さんを見つけた。

 狭間さんは、体育の授業の徒競走のときに、しらゆきと仲良くなった人。それ以来、しらゆきと一緒にいることが多くなって、私とも少しずつ話すようになった。

 すらっと背が高くって、私のあごのところに狭間さんの肩が来るくらい。今日はネイビーブルーのキャップをかぶってて、それが狭間さんの中性的な顔立ちによく似合っていた。

 私は狭間さんの方へと歩いていく。しらゆきのいないところで狭間さんと話をするのは、初めてかもしれない。どうしよう? 言葉が丁寧になってしまいそう。でも、そうじゃない方がいいよね。砕けたしゃべり方でいいよね。しらゆきみたいに、きっと。

 狭間さんの下の名前は景。みんなからは景ちゃんって呼ばれている。だから、今日は私もそう呼ぼう。狭間さんの方へと歩いていきながら、私はそんな決意を固める。

 狭間さんの……景ちゃんの姿がどんどん近くなる。ドキドキする。キャップのひさしに軽く手を添えてた景ちゃんが、ふと顔を上げて、そして私が近づいてくるのに気付いた。そして、なぜか驚いたような顔をする景ちゃん。どうしたんだろう? 私、なにか変かな? わからなくて、でも私は気づまりな感じを振り払いたくて、耳にかかる髪の毛を美夜子先輩のように払ってみた。

「景ちゃん、早いね。もう来てたんだ」

 そう言ってみる。

「そ、そう! そうね!? そうかもね!?」

 突然あわてだす景ちゃん。どうしたんだろう? 私は傘を閉じて、ひさしの下に入る。

「あ、あのさ、とーこちゃん。気に障ったらごめんね?」

 景ちゃんがそんなことを言い出す。

「え、なあに?」

「いや、あのさ……い、いや、やっぱりなんでもない」

「……?」

 キャップのひさしをぐっと下げて、目のところを隠す景ちゃん。本当にどうしたんだろう? なんだか……照れてる?

 そして私は、景ちゃんと二人でみんなが来るのを待つ。

 駅前の広場が広く見渡せる場所。そして新しく着いたバスからしらゆきが降りてくるのが見えた。少し歩いて、それから傘を広げようとしたそのときに、しらゆきは私たちに気付いた。そして、なぜかびくっとして、傘をさすのも忘れたまま私たちのことを見ている。どうしたんだろう? まだ遠くにいるしらゆきのその表情は良く見えないけれど、でも、どこか怯えたような、そんな表情にも見えた。

「しらゆきぃ!」

 キャップのひさしを上げて、景ちゃんがしらゆきに手を振った。しらゆきも手を挙げてそれに応える。しらゆきがいつものしらゆきになって、傘もささないまま、私たちの方に走ってくる。そういえば、しらゆきと初めてふたりでお出かけしたときも、こんなことがあった気がする。

「おまたせえ!」

 そう言いながら、しらゆきはチラチラと私の方を見る。

「ねえ、しらゆき。とーこちゃんに何か言いたいこと、あるんじゃない?」

 景ちゃんがそんなことを言う。

「え!? な、なにそれ……」

「何かないの? ほら、文芸部でしょ? 底力、見せてよ」

 こんないたずらっぽい表情をした景ちゃん、初めて見たかもしれない。

「……」

 しらゆきが私を見た。そしてその視線が頭のてっぺんからつま先まで、そしてつま先からまた頭のてっぺんまで往復する。

「えっと……雨雲の下に置いてかれた春風の妖精さん、かな……」

「へえ~! しらゆき目線じゃそんなカンジなんだ!?」

「ねえねえ、なに盛り上がってんの?」

 藤沢さん――ゆかりちゃんと、井上さん――美月ちゃんもやってきた。

「しらゆきがね、とーこちゃんを春風の妖精さんみたい、って!」

 ゆかりちゃんと美月ちゃんの視線が私に集まって、そしてなぜか一瞬、動揺する。

「あ~、そっか。なるほどねぇ~」

 美月ちゃんがしげしげと私を見ながら、感心したように言う。

「あ~、ねえ、しらゆき。そのフレーズちょうだい? とーこちゃん口説きたいオトコに売るからさ!」

 ゆかりちゃんも、そんなことを言い出す。

「なんでよ! だめだめ!」

「とーこさ、今日ここで待ち合わせてたのって、私たちで合ってるよね?」

「え、うん。そう、だよ?」

「そっか~、なるほどね~」

 考え込むゆかりちゃん。なにが『なるほど』なんだろう?

「まぁまぁ、ゆかりん。それは後のお楽しみ! さっそくお店、いこーよ!」

「そうね……」

 美月ちゃんの言葉に、なぜかゆかりちゃんは悪そうに微笑んだ。


「あのさ……やっぱり夏までにカレシ欲しいよね?」

 ケーキがなくなって、みんなが紅茶を飲み始めたころ、ゆかりちゃんが最近お気に入りの話題を切り出した。

「やっぱりその話になるんだ」

 景ちゃんがちょっと呆れたように笑う。

「そりゃそうでしょ。アンタたちがその気になるまで、何度でも蒸す返すから。てゆーか……」ゆかりちゃんが目で私を示した。「とーこ見なさいよ」

 みんなの視線が私に集まる。

「出会いなんていつあるか分からない。だからこそ一瞬たりとも油断しない。このセンス、見習ったら?」

「完全にデート仕様だもんね~」

 デート仕様? 男の人とのデートに着ていく服? そうなのかな? わからない。これは……姉さんの服だから。

「今日、待ち合わせ場所で待ってたらさ、とーこちゃんがバス停の方から『これが私の普段着です』みたいな感じで歩いてくるんだもん! すっごくびっくりしたよ」

「たしかにね! ほんとに待ち合わせたの私たちでよかったの!?って思ったし!」

「な、なに言ってんの! とーこはいつだってとーこだよ!?」

「景ととーこが並んでると、フツーにデート中のカレシ・カノジョに見えるけど」

「もぉ、ゆかりん、なに言ってるの~?」

「てゆーか、景はウチでよかったの? 女子高に行けば王子様キャラで行けたのに」

「いや、行けなくていいし……」

「とにかく! 最近、野郎どもだってギラギラしてきた気配、するでしょ? 夏に向けて気持ち作ってる感じ、するでしょ? 楽しみじゃん! ま、委員長はギラギラとは程遠いけどねー」

「もぉ、なぁんでそういうこと言うのぉ~!?」

 美月ちゃんは、言葉とは裏腹にうれしそう。

「冬に向けてセーターを編み始めてるという情報も?」

「こら~!」

「手芸部で彼氏持ち。だからセーター。もうミッキには冬のイベントが見えちゃってるのね」

「あ~も~、そんなことないよぉ!」

 でも美月ちゃんの反応は、そんなことあるような気がした。

「長峰くんが言ってたけど、委員長って中間考査、学年一位だったんでしょ? すごいじゃん」

「そうそう! そうなんだよ~!」

 景ちゃんに言われて、美月ちゃんは自分のことのように喜んでいるように見えた。

「委員長ってね、十番以内から落ちたら大好きなネットゲームを封印する、っていう約束を自分に課してるの。かっこいいよね!」

「さいきんミッキが、どんどん委員長に詳しくなってくんだよねー」

「ええ!? そうかなぁ!? どうかなぁ!?」

「ま、ミッキはこれでいいとして、三人はどうするの?」

「あ、ひどいぃ~」

「ちょっとでも気になるヤツとか、いないの?」

「いない、かな」

「い、いない……と思うけど」

 私は黙ったまま、ただうなずいた。

「……そういえば文芸部って、試験前にお勉強会みたいなこと、してるんだっけ?」

「え? あ、そうそう! 文芸部だから! 硬派だから!」

 しらゆきが胸を張って答える。

「文芸部ってオトコいるの?」

「え? いないけど?」

「そっかー」

「なんでよ!? あからさまに興味失ってない!?」

「ソンナコトナイヨー」

「ある! あるよね!?」

「じゃあさ、私たちもお勉強会、する? 委員長も誘ってさ。真面目に勉強する人が一人いれば、私たちも頑張れるからとかなんとか言ってさ!」

「え~!? ゆかりん、そんなことしちゃうの!?」

「してほしくないの?」

「え、え~!? 言わせる気ぃ!?」

「委員長が引っ掛かれば、あとはテキトーに釣れるでしょ」

「それって、わたしも出るの?」

「当たり前でしょ? 景、見つけようとしないと、見つからないよ?」

「あっ、ねえねえ、それならさ! 大地とか、どうお? あいつバカだけどさ、まあまあイイヤツだし、付き合ってみたらたのしーと思うよ?」

「あ~、そうかな?」

「でも、しらゆきと長峰くんって似てない? 長峰くんもしらゆきのこと、いい嫁になるからってクラスの野郎どもに売り込んでたし」

「うえっ!? あ、あんにゃろぉっ!」

「あ、長峰くんが言ってたんだけどね、とーこちゃん、男の子たちの間ですっごくモテてるんだって~」

「えっ」

「そうそう。ウチのクラスの男って、とーこ狙いのヤツ、多いらしいよ?」

「うええっ!?」

 しらゆきが私の代わりにおおげさにリアクションする。でも、私にはいまいちピンとこない。もてている。それで、どうなるんだろう?

 ――たっくんにはもててるかも?

 姉さんは遠山さんにもてていた。でも、私には……。

「と、とーこには! とーこには、そういう話題はまだ早いんだって!」

「そうお? まあとにかく、夏にちょっとマシなイベント起こしたいなら、今から行かなきゃ!」

「イベントって何……」

「付き合った二人がすることと言えば! 決まってるでしょ? わかるよね!? ねっ、とーこ!」

 藤沢さんが急に私に話を振る。私には何も分からない。でもお父さんとお母さんは出会って、付き合って、そして……。

「……結婚?」

 私が答えると、みんなシンとした。どうしたんだろう? そしてお互いに視線を交わして、

「そ、そういえばゆかりは!? さっきからわたしたちばっかり話させてるじゃん!」

 なぜか景ちゃんが話をそらした。

「わ、私? いや、私はアンタたちの恋路を応援する、まあ、プロデューサーのようなもんだから!」

「わっるぅ~い!」

 美月ちゃんが笑う。

「アンタたちは私を楽しませるために、どんどん恋してくれればいいの!」

「え~!?」

「あとは恋愛小説家・神山しらゆき先生にネタを提供する、とかね」

「しなくていいよ、景っ!」

「そうそう! アンタたちにガソリンいれるのにちょうどいい映画やってんのよ! 見に行くわよ!!」

 ゆかりちゃんの一言で、私たちは映画を見に行くことになった。席を立つ瞬間、しらゆきと目が合う。何かを問いかけるような、そんなまっすぐなまなざしが私を捉えている。でも、それはすぐに、しらゆきのいつもの笑顔に紛れてしまった。

 お店の出入り口に向かうとき、さりげなく景ちゃんが私のとなりに並んだ。

「とーこちゃんって、思った以上にすごいね……」

 そんなことをささやくように言う。どういう意味だろう? そう思って、景ちゃんの顔をよく見ようとしたけれど、景ちゃんは帽子を深くかぶって、つばを下に引っ張ってしまった。


 映画館のスクリーンの中には、男の人がいて、女の人がいて、でもそれ以上、ストーリーが頭の中に入ってこない。なんとなく落ち着かなくて、お手洗いに立った。

 大きな一枚の鏡の前に洗面台が並んでいる。その中の一つで手を洗っていると、となりに誰かが来た。

「あれ? もしかして、とーこちゃん?」

 そんな声がして、鏡の中でとなりを見る。そこにいたのは千佳さんだった。髪の毛が明るい茶色になっている。でもそれ以外はぜんぶ、あのころの千佳さんのまま。そんなふうに感じた。

「とーこちゃんだよね!? 私のこと、覚えてる?」

「はい。千佳、さん」

「なっつかしいねえ! 元気してたあ!?」

「元気、してます」

「そっかそっかあ! 三人でよく春菜の家で遊んでたもんねえ」

 三人。姉さんと千佳さんと、それから智子さん。千佳さんは地元の短大に、そして智子さんは県外の大学に行ったって、姉さんから聞いたことがあった。

「ねえ、うまくいってるみたいだね、春奈と遠山くん」

 鏡の中の千佳さんが笑っている。

「私と智子がナコウドしたんだよ? 結婚式、ぜったいに呼んでもらうんだから!」

 仲人、結婚式、夫婦……。

「あれ? とーこちゃん、すっごくおしゃれしてんね? もしかして、今日、デート?」

「え、いえ、そんなんじゃないです」

「そっかそっか……もう高校生だもんねえ! がんばれぇ!」

 これは姉さんの服。それなのに友だちや千佳さんにデートだって言われるのは、どうしてだろう?

「じゃね、とーこちゃんっ! またっ!」

 しゅたっと手を挙げて、鏡の中の千佳さんは行ってしまった。視線をまっすぐに戻すと、そこには私がいた。姉さんの服を着た私が、私を見ている。

 ハンカチで手を拭く。またスクリーンの前に戻って、誰かの恋の物語を追いかけようとしている。でも、私が知りたいのは、姉さんのこと。姉さんの未来のことが知りたい。姉さんの恋の結末が知りたい。それは結婚? そして二人で生きていくこと? 私はそれが知りたい。私が知りたいのは、いつだって姉さんのこと。姉さんの恋の、その行方……。

 お手洗いから出ると、映画館のロビーにしらゆきがいた。まっすぐに立つしらゆき。しらゆきによく似合う、厚手の白いTシャツを着たその姿、そのシルエット。いつもと同じような、でも少し違うような。

「しらゆき、どうしたの?」

「う、ううん。なんでもない。なんとなく」

 それだけ言って、しらゆきはあいまいに笑った。

「戻ろ?」

「うん」

 うなずいて私は、歩き出したしらゆきのとなりに並んだ。


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