第18話 「文芸部の日常・6月中旬」1
☆ 牧野ひなた
考えごとをしてるときのみよっちを見るのは、とっても好き。そばにいて、じっと考え込んでるみよっちを見ると、なんだか引き込まれるみたい。明るくて静かな森の中で森林浴をしてるみたいな。なにを考えてるのって聞きたくなるの。でも、「しーっ」だよ? じゃましちゃだめだよね。
……で、もぉ~、あんまりかまってくれないと、さみしくなっちゃうから……せーのー、さん、はい! とん、とと、とん、とん♪
「みよっちの~えんぴつは~みよっちの~えんぴつ~~♪」
「……なあに? どうしたの、ひなた?」
えへ。こっち見てくれた。
「ちょっと歌ってみただけだよ~」
「もう……」
みよっちがまたテーブルの問題集に目を落としたから、私はみよっちのベッドに横になっちゃう。目をつむると、電灯の明かりが目の中に残って、ふわふわ形を変えてく。ねえ、みよっち。ここにも夜があるよ。ぼんやり浮かび上がるミルキーウェイ。星がまたたいてるよ。ふふ、このまま眠っちゃおうかな?
「ひなた」
夜の向こう側から、みよっちの声が聞こえるよ。ねえ、みよっち、どこにいるの? 私はここにいるよ。
「ねえ、ひなた」
「なあに、みよっち」
目をつむったまま、空に向かって言葉を投げたら、すごく遠いのに、すぐ近くから、みよっちの声が返ってくる。
「私も、なにかした方がいいって、思う?」
なにか~? そう言われて、すぐに気づいちゃう。みよっちのことなら、なんでもお見通しなんだから!
「自分がこれまで来た道を、お話しては、くれないけれど……」
とーこちゃんの詩が自然に口をついて出る。茜先輩は茜色の空。夜になる前の、ほら、あんなにも綺麗な空の色。夕焼けの色、夕焼けの色はなんだろう? りんごあめのような、赤くて、甘くて、とろんとした光。
「その後輩の手をとって、素敵な場所を連れまわす……」
夜と昼をつないで、朝焼けの色。朝焼け、朝焼けはなんだろう? 音も温度もなく燃える火があれば、それが朝焼け。涼しい風が吹きぬけて、空の灯りになる光。
「先輩、先輩、茜先輩……」
とーこちゃんの詩をそらんじて思う。茜先輩はステキな人。茜先輩といると楽しい。先輩なのに友だち。友だちなのにお姉さん。お姉さんでお母さん。茜先輩はフシギな人。私とみよっちの大好きな先輩。だから。
「みよっち、さみしい?」
「……」
「私もだよ」
だから、みよっちはさみしいって思ってる。そして私も。しらゆきちゃんととーこちゃんの、ふたりの心の中の茜先輩がどんどん大きくなってくこと。わかってるの。しらゆきちゃんもとーこちゃんも、茜先輩と私たちを比べてみたりしない。私たちのことも、ちゃんと好きでいてくれてる。わかってるの。ありがとう。うれしいな。でもね。
「そうだね。私たちも、なにかしよっか」
私たちもなにかしてあげたいな。せっかくふたりの先輩になれたんだもん。寝返りをうって、そっと目をあけたら、ぴったり。みよっちが私を見てて、私はみよっちを見てた。微笑みを交わして、ずっと同じ気持ちでいたことに、気付いたの……。
□ 文村冬湖
窓の外を見ると、久しぶりに空が晴れ渡っていた。風の音がして、こんな日に池のほとりでお昼を食べたら気持ちいいだろうなぁって思った。
「とーこ!」
前の席のしらゆきが私を振り返る。
「お昼、学食いこっ!?」
「え、うん」
「しらゆきー、とーこー、いくよー」
藤沢さんたちもやってきて、みんなで学食に行くことになった。
ちょっと前まで、私はしらゆきと池のほとりや教室で食べることが多かった。でも最近では、しらゆきと藤沢さんたちと食べることが多い。私はしらゆきといっしょにいる時間が長かったから、自然に藤沢さんたちといっしょにいる時間も増えていった。
しらゆきと藤沢さんたちがおしゃべりをしながら廊下を歩いていくのを後ろからついていく。食堂について注文の列に並ぶと、私の前にいたしらゆきが私のすぐあとに並んだ。
「とーこ、今日はなに食べる?」
そう聞かれて、メニュー表を見上げてみると、すぐとなりに「冷やし中華はじめました」と書かれたチラシが貼ってあった。
「冷やし中華……にしようかな?」
「じゃ、あたしもっ!」
しらゆきはそう言って、自分のおぼんを私のおぼんにくっつけた。
「ブルーベリーソースがかかってて、ほんっっっと美味しかったの!!」
「ふぇ~、いいなぁ~!!」
藤沢さんが昨日、井上さんと新しく出来たケーキ屋さんに行ったときのことを話して、しらゆきがそれにあいづちを打っている。
「ゆかりん、そういうお店みつけるの、うまいよね」
私から見ると、しらゆきはどんな話題でも軽々と話を合わせてしまう。おいしいお店や服、アクセサリ、映画の話……。私はあまり外を出歩かないから、そういう話にはうとかった。今のしらゆきは私といるときとは少し違うしらゆき。でも、やっぱりしらゆきはしらゆきで、私もだいぶそれに慣れてきた気がする。
「いちおうチェック入れとかないと気がすまないんだよね」
そう言って笑う藤沢さん。その笑顔は、別にそういうつもりもないと思うのに、なんだか勝ち誇ってるようにも見える。私はそれをちょっと不思議な笑顔だなぁと思いながら見ていた。
「それに毎回ふりまわされてるのが、私です」
藤沢さんのとなりに座る井上さんが、おはしを持った手をちょっと挙げて、少し自虐的なふうに言う。
「ミッキは私のこと、大好きだからね~」
「え~」
藤沢さんが井上さんを「ミッキ」と呼ぶのは、井上さんの名前が美月だから。少し前からしらゆきも「ミッキ」って呼ぶようになっていたけれど、私はまだそう呼べていなかった。
「今度、5人で行こうよ。ケイ、アンタも日曜くらいは休みなんでしょ?」
藤沢さんが狭間さんに声をかける。
「うん。さすがに日曜は練習ない」
狭間さんはバレー部で、背の高い人。私のあごのところに肩がくるくらい。体育の授業のとき、徒競走をしらゆきと同じ組で走って、それ以来、しらゆきと仲がいい。
「今度の日曜日! 決まりね!」
話が決まって、みんなちょっとの間、食べることに専念する。
「でもさ」藤沢さんが言う。「やっぱり夏までにカレシほしいよね?」
「ゲホッ! な、なんで話がそっちにとぶの!?」
しらゆきがツッコミを入れる。
「なに言ってんの? 大事なことでしょ? アンタたち、カレシいなくて夏休みどうするつもりなの?」
「どうするって……その、次回の部誌に向けた執筆活動……とか?」
しらゆきがそう答えると、藤沢さんは狭間さんに視線を向けた。
「わ、わたしは、ほら、インターハイの……先輩たちの応援とか、あるし」
藤沢さんの視線が私の方にも来て、ちょっと戸惑う。
「あ、私は……しらゆきとだいたいおなじ感じです……」
「私は、冬にむけてマフラーでも編もうかな!?」
「アンタは黙ってなさい!」
「冗談だって~」
井上さんと藤沢さんは手芸部の人だから、そういう話が出るのかなと思った。と、藤沢さんがちょっと大げさなため息を吐く。
「はぁ~。アンタたち、それでいいと思ってるの? ミッキは委員長なんだよ!?」
唐突に「井上さんが委員長」と言われて、すぐには意味が分からなかった。
「え~、なんでゆーの!? も~やめてよ~」
井上さんは嬉しそうに藤沢さんに文句を言っている。
「え~委員長なんだ!? えっ、なんでなんで!? どーゆーとこが!?」
「知りたい」
しらゆきと狭間さんがそういう反応をして、やっと私にも意味が分かった。
「えっとぉ、だって頭いいし……落ち着いてて大人っぽいし……」
「「ひやあ!!」」
興奮したような声を上げるしらゆきと狭間さん。私はこんなところでそういう話をしても大丈夫なのかなと思って、まわりを見回してみた。同じクラスの人は見えなくて、みんな私たちのことを気にしているふうもなく、それぞれの雑談を交わしている。
「いや、その、そんなに重い感じじゃなくてっ! こう、ちょっといっしょにお食事いってみませんか?ってカンジのアレなのねっ!」
「そうなんだ~うわ~」
「でもでも、知ってる? 委員長ってネトゲが大好きで、ずっとやってるっぽいんだけど……。そういうのは大丈夫なの!?」
しらゆきがテーブルに両ひじをつけて、少し前のめりになりながら言う。
「それは~……まー、彼女ができたら、ちゃんと尽くしてくれそうな感じがするし……」
「そんなところまで考えてるんだ!?」
「そーよ。ウチのミッキを甘く見たらダメね」
なぜか藤沢さんが得意そうに言う。
「さっき編むって言ってたマフラーってもしかして……?」
「あ、そういうことか~」
今度は狭間さんが前のめりになって聞いて、しらゆきも調子を合わせる。
「えーっ、ちがうよ~ちがうちがう~!」
手をぱたぱたと振って否定しながらも、井上さんは嬉しそうにしている。
「も~、さっきからなんで私ばっかりなの~? そーゆーしらゆきはどーなのよ~?」
「え、あたし? あたしは別に……」
「あ、わかった! 長峰くんでしょ!? 仲いいもん!!」
「やっ、ぜんぜんそんなことないしっ!! もう、ほんと、問・題・外☆って感じ!」
「思ったんだけど、しらゆき、恋愛小説、書けばいいじゃん」
突然、藤沢さんがそんなことを言い出した。
「へ?」
「自分の体験をもとにしてさ! そーだよ、そうそう! これ、いい考えだと思わない!?」
「ないない、ぜんぜんないし。てか、なんでなの?」
「え、単純に興味ある」
「ええ~?」
「そだね~。しらゆき先生がどんな恋に憧れてるのか~とか、わかったら楽しい」
「とーこもそう思うよね!?」
突然、私に話題が振られた。でも、どう答えればいいのか分からなくて困ってしまう。
「えっと……」
「しらゆきにはそーゆーの、まだ早いと思う……」
しらゆきが私の声音を使う。
「なんでしらゆきが言うの~? とーこに聞いてるんだけど!」
「や、もう、以心伝心? とーこの言いたいこと、なんとなくわかっちゃうんだよね!」
そんなことを言うしらゆき。でも、向かいに座る藤沢さんと井上さんにじっと見つめられると、とたんにそわそわする。
「え、いや、えと、さ……ほんとにまだ早いって思ってるんだ。だって恋ってさ、よくわからないし……。いや、まったくわからないってワケじゃないけど、でも、なんとなく、その、まだ……」
あたふたと真面目に話しはじめるしらゆきに、藤沢さんがにっと笑う。
「しらゆき、どーしたの? 顔、まっかだよ?」
「一生けんめいすぎ~っ!」
横から見て、しらゆきの顔色は藤沢さんが言うほど赤かったわけじゃなかった。でも、ふたりにそう囃されて、しらゆきは本当に顔を赤くした。
「もぉ~っ!!」
ひとしきり笑いあった後、話題はなんとなく昨日のテレビドラマのことに移っていった。
「おまたせ~っ」
井上さんが、ご飯の最後の一口を食べ切って、それからお茶を飲んだ。井上さんはいつも食べるのが少し遅くて、5人で食べたときは井上さんが食べ終わるのを待つことが多かった。
「ようし、いこっか!」
しらゆきが立ち上がって、私たちもそれにならう。そのとき、狭間さんがぽつりと言った。
「しらゆきの恋愛小説かぁ……」
「だ、だから、それは……」
「しらゆき先生の次回作に乞うご期待だね」
「楽しみにしてるからね、しらゆき!」
「ちょっとぉ……」
私はみんなの後ろからおぼんを持ってついていく。行きながら、姉さんと遠山さんのことを考えていた。
国語の教科書を机に並べたしらゆきが、いつものように私を振り向いて、椅子にまたがるように座った。
「ゆかりんたちにも困ったもんだよね~」
背もたれに両腕を乗せながら、しらゆきは同意を求めるようにそう言う。そう言われて、私は思った。姉さんと遠山さんを結びつけているもの。恋という感情。それってなんだろう?
『相手を大切に思ってて、相手のために何かしてあげたくて、そのためには何でもできちゃって、ふたりでいれば怖くない……それが恋だって思います』
美夜子先輩のお話の感想を言うとき、しらゆきはそう言っていた。でも、それはどういうことなんだろう? 実際にはどういうふうにすることなんだろう? しらゆきはそれをどんなふうに思ってるんだろう? 私には分からなくて、だから知りたいと思った。
「でも……私も読んでみたいかも」
「え?」
「しらゆきの……恋愛小説」
しらゆきはびっくりしたように目をぱちくりさせる。私はそんなしらゆきを見ていた。
「あ……うん……」
しらゆきは目を伏せて、頬を染めた。そして上目遣いに私を見て、それからまた目を伏せた。




