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新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
雨の季節編
52/67

第16話 「紫陽花」3

□ 文村冬湖


『この公園でステキなワンフレーズを探してきて』

 茜先輩にそう言われて、私は公園の中を探して歩いた。私は学校の近くにあるこの公園にまだ来たことがなかった。いつもその側を自転車で素通りしていた。ゆるやかな曲線をえがく散歩道の両側には芝生が敷かれていて、向こうに見える並木が公園と住宅街とを隔てていた。

 歩きながら考える。何を書こう? 公園、散歩道、芝生、空、風、空気のにおい。日が照って少しまぶしいけれど、まだ空気の中に雨粒が残ってるみたいに、ほおにひんやりする。

 ふと振り返ってあずまやの方を見た。私を見送るように並んで座っていた茜先輩としらゆき。しらゆきがうつむき加減になってなにか話していて、茜先輩がその横顔を見ている。しらゆきの声は、もちろん私のところまで届かない。

 また歩いて、さっきの茜先輩の話を思い出した。

『大切な人、いつもすぐそばにいてくれた人』

 私にとって、それは姉さんのこと。

『どこまで知っていれば、本当に知ってるって言えるの?』

 私も姉さんのことをすべて知ってるわけじゃなかった。でも、私と姉さんのあいだには切れることのない絆があって、だから私は姉さんのことを全ては知らなくとも、それを怖いとは思わなかった。

 さっき茜先輩が、小さな赤い手提げ袋から取り出して私にくれたのは、メモ帳と小さな鉛筆。まだ何を書けばいいのか分からなかったけれど、私はそのメモ帳の表紙を繰ってみた。まだ新品のようだったメモ帳の一番最初のページには、薄い鉛筆で書かれた文字があった。

『いつか花束になる言葉たちを』

 その字は茜先輩のもの。私は茜先輩のことをまだ何も知らない。大切な人、いつもすぐそばにいてくれた人。茜先輩にとってそれは誰? 茜先輩はまだ何も教えてくれない。

 しらゆきの声が聞こえた気がして、またあずまやの方を振り返ってみる。しらゆきが茜先輩をぽかぽか叩こうとして、茜先輩がその手を笑いながら受け止めている。どうしたんだろう? そのあずまやのまわりにはアジサイが咲いていて、茜先輩としらゆきが笑いあってるのを見て、それがなんだか不思議なことのようにも思えて、私はそれを言葉にすればいいような気がして、メモ帳のページをめくって、薄い水色の罫線が引かれたそのページに思い浮かんだ言葉を書き付けた。


 あずまやに戻ると、美夜子先輩とひなた先輩も来ていた。

「文芸部、全員集合~……」

 茜先輩がそう言って、ひらひらと手を振った。

「どう? ステキワードは見つかった……?」

「ええと……たぶん」

「み~せ~てっ☆」

 ひなた先輩がひょいと私の手からメモ帳を取った。

「わぁ~、詩ができてる~! ええと……読んでい~い?」

「え、あ、はい……」


雨降る日々の名残りのように

その紫陽花は咲いていて

その紫に囲まれた

木の腰掛けに並んで座り

内緒のお話、する二人

どこか親子のようでいて

姉妹ほどには似てなくて

友だちみたいに近い距離

自分がこれまで来た道を

お話しては、くれないけれど

その後輩の手をとって

素敵な場所を連れまわす

先輩、先輩、茜先輩……


「おやおや……」

 茜先輩がおどけて驚いてみせた。

「ん。上出来。私のすばらしさが伝わってくる……」

 そう言ってにんまりする茜先輩。

「とーこちゃん、すごいね~! もう立派な詩人だよ~」

「ほ、ほんと! 詩人!!」

 ひなた先輩としらゆきがそう言ってくれる。恥ずかしくなって視線を泳がせると、美夜子先輩と目が合った。きょとんとした顔で私を見ていた美夜子先輩は、私の視線に気付くと、すぐにぎこちなく微笑んだ。


 宿題を終えて時計を見ると、午後11時を少し過ぎていた。姉さんはまだ帰らない。机の電気を消して、二階の洗面台へと向かう。顔を洗うと、ぱちゃぱちゃという音がひどく廊下に響いた。鏡を見ると薄くオレンジがかった灯りに照らされる私の顔が映っていた。鏡に少し顔を近づけてみる。

 姉さんも私も、お母さんに似た。お父さんはそのことをとても喜んだ。

「ふたりとも夏帆に似たんですよ」

 親戚のおじさんにそう言ってるのを聞いたことがある。実際、私と姉さんはよく似ていた。顔に浮かぶ表情が周りの人たちに与える印象は真逆だと思うけれど、でも、顔のつくり自体は本当によく似ていて、私と姉さんが並んでいるとどう見ても姉妹にしか見えなかった。体つきだってよく似ている。数学の言葉で言うなら、私と姉さんは相似形。私のからだの全てが姉さんとの切れることのない絆を表現している。私と姉さんはそんなふうにしてつながっていて、私にはそれがうれしかった。

 暗い部屋に時計の針がぼんやりと浮かんでいる。真夜中の1時をまわっていた。姉さんはまだ帰らない。ベッドの中で遠くの救急車のサイレンの音を聞いた。姉さんに何かあったんじゃないかな、なんて考えてしまう。おふとんを頭からかぶって体を丸める。自分がじっとしていれば何も起こらないような気がして。

 初めはかすかに、次第に強く、雨の音が聞こえはじめて、私の部屋を取り囲んだ。姉さんはまだ帰らない。自分の吐息で温かく湿ったおふとんの中に、私はうずくまっていた。

 ふいに車の音がして、それから家の前の道路が少しにぎやかになった。おふとんから顔を出して耳をすます。数人の男の人と女の人の声が聞こえて、その中に私は姉さんの声を聞き分けた。「おつかれさまでした~!」って言ったような気がする。

 車の音が遠ざかって、玄関の扉を開ける気配がした。姉さんが帰ってきた。部屋のドアを開けて様子をうかがって、それから、音を立てないように、ゆっくりゆっくり階段を下りた。1階の廊下に残る匂いは、お父さんが飲み会から帰ってきたときのと同じ。なんだか胸がドキドキする。

 お風呂場の方から音が聞こえて、そっと更衣室のドアを開けてみる。浴室の扉の向こうで、音をひそめて体を流す音が聞こえる。洗濯かごの中に姉さんのブラを見つけて、手に取った。まだ温かい。さっきまで姉さんの胸を包んでいたもの。顔に押し当てると姉さんの匂いがして、とても安心できた。水音が止む。

「とーこ?」

「うん」

「ごめんね、起こしちゃった?」

「んーん、だいじょうぶ」

「そっか。あんまり夜更かししちゃダメよ?」

「うん」

 自分の部屋に戻ってベッドに入った。今度はもう、もぐらない。目をつむって眠ろうとする。雨。雨の音。


 その夜、私は夢を見た。


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