第15話 「お好み焼き屋にて」
◇ 今枝修一
実力考査についてオレの持論を言うなら、それは実力で受けるべきだから「実力考査」って言うんだよな、ってことだ。もちろん事前に勉強するなんて、もってのほかだ。あくまで自然体で挑むべきなんだよ。その結果、ヤバい点数が返ってきたからって、なんだってんだ? そういうこともある。それだけのことだな。
問題冊子をカバンにねじ込みながら、さりげなく、あくまでさりげなく文村のほうを見てみると、神山ほか藤沢、井上、狭間、あと長峰といつものメンツのおしゃべりに取り囲まれてる。文村は自分から話すタイプじゃねえ。いちいち話してる奴のほうに顔を向けて、じっと聞いてる。なんていうか、その、いいんだよなぁ……そのう、あれだ、その、あれが、よ……。オーケー、わかった、みとめよう。文村を見てると心が落ち着く。それは確かだ。でも、ストーカーってわけじゃない。だろ?
「シューウちゃん☆」
「……なんだよ? なにしに湧いたんだ、ふとし?」
「お楽しみのところ、ごめんね」
「何の話だ? 冗談はそのテカったツラだけにしとけよ?」
「さっき油とり紙で拭いたばっかだよ?」
たしかに、こいつは油じゃなく、きっちり拭いたときのツヤり加減だ。でも、だから何だ? 野郎のツラをじっくり見たってしょうがねえ。
「てかさぁ、今日、お昼ゴハンどーする?」
「なんでお前は食うことしか言わねえんだ。とにかくテストがハケたんだ。全員集合で街に繰り出そうや」
「みんな部活の自主練とかあるらしいよ?」
「くそっ! 筋トレが趣味かよ!?」
「で、どーする?」
「……帰宅部には帰宅部の活動ってモンがあるだろが!! いくぞ!!」
■ 古屋雄太
地獄の沙汰もカネ次第、という言葉がある。でも、もしカネ次第でどうにかなるなら、それはまだ地獄じゃない。本当の地獄はカネの受け渡しの有無を問題としない。それは理不尽に抗いがたく、そしてひたすらに暑苦しいものだ。
駅前商店街の、とある雑居ビルの2階にあるお好み焼き屋。そこでは「第1回・帰宅部おたのしみ会」なるものが開催されていた。今枝の「よぉ! これからさぁ、帰宅部の部活動やるべ? なんかウマイもんでもツマもーや?」などという意味不明な号令一下、集まったのは今枝本人、末松、長峰、そしてなぜか僕。早々と帰り支度を整えて、となりで大々的に開かれていたおしゃべり大会をやり過ごそうと突っ伏してたら、完全に逃げ遅れていた。本当にクソバカにもほどがある。
それにしても、このお好み焼き屋。1階に入っているラーメン屋の店舗のわきにある細長い階段を上ったところにあるのだが、あのいかにも胡散臭そうな階段を登ろうと思うあたり、この手の連中の食い物に対する嗅覚は本当に僕の想像を超えるものがある。
「この店さぁ、オレらが発掘したんだわ。帰宅部の活動のたまものってやつ? とにかく味は保証する。そうだな、ふとし?」
「まぁね」
とのことだが、どう考えても僕とは人種が違いすぎる。はやく帰りたい。
「じゃあ、オレ、豚玉にするわ! ごめんな、ふとし。俺、なんか豚玉?食べちゃうみたい」
「はぁ~、好きにして」
「じゃ、俺も豚玉いっとく。トッピングはチーズな」
「そいや長峰、コンビニでバイトしてるんだよなぁ! 今日休み?」
「休み。ま、たまにゃ休まねえと、俺のケツ穴がマジでヤバいことになる……」
「ちょっと待て、長峰。お前、コンビニでなにやってんの?」
「聞くなよ……俺だってギリギリで精神保ってる」
「そうか……がんばれ……」
ほっとけば意味不明な会話を展開するこの連中の生態にも慣れてきた。一方、ふとしこと末松はメニュー表をガン見。僕たちがまるで視界に入ってない。
どうにかこうにか注文を済ませると、「ふぅ~やれやれ、一息ついた」な空気になるが、だからどうしたと言いたい。はやく帰りたい。事態を打開するべく考えてみても妙案が浮かぶわけでもなく、結局は自宅のようにくつろいでいるこのバカ3人に付き合うハメになる。
「ねえねえ、知ってた? お好み焼きって関東のほうじゃ自分で焼くんだってさ!」
「……なぁ、ふとし。その情報、オレたちが生きてくのに必要?」
「え? 必要でしょ? むしろこれ以外のどんな情報が必要なの?」
「は?」
引き続き、どうでもいい会話が繰り広げられる。店内を見渡せば、木のぼんぼりに入った灯りがそこかしこにぶら下がって、どす黒く変色した柱や敷居の木材があめ玉のようにてらてら光っている。この薄暗いのは雰囲気づくりか? 壁に貼られてるビールのポスターには、いまやバラエティー番組の常連としておなじみになったおばさんタレントの若き日の姿がデカデカと載っていた。赤いツーピースのビキニを着た自分の姿態を惜しげもなくさらす、その色っぽく見えなくも無い笑顔に時代を感じざるを得ない。開店時に何気なく貼り付けて、ずっとそのままになっていた気味がある。
僕の視線に気付いた今枝がぐぐっと体をひねって僕の視線の先を見た。
「おっ、イインチョ!! ああいうのがタイプか?」
ちげーよ、んなワケねえよ、なに言ってんだお前? といった台詞を飲み込んでおく。
「へえ、イインチョ、ああいうのがいいんだなぁ! 色っぽい系の奴」
「ていうか、クイズ番組で積極的にボケてくタイプだよねえ」これは末松。
「思うんだが、あれってさぁ、なんでビールだけで勝負しねえんだ? 水着のネーチャンはなんで必要なんだよ?」再び今枝。
「それだと売れないだろ? イメージの問題だ」そして長峰。
「なるほどね」で、今枝。
バカはバカなりの感想を持つものだ。だが、現実がバカの感想レベルのものであることも、あまり珍しいことじゃない。
「つーか、もうはっきり言う。夏までに彼女ほしい」
ついに長峰が言いやがった。どこかのタイミングでこういう話になるとは思っていた。ほんとはやく帰りたい。
「ほんとそれ」
「ボクはべつに」
「そんなこと言って、ふとし、てめえよ。お前いつもクラスの女子どもを野獣のような目でねっとり見てんじゃねえか」
「はぁ。シュウちゃんじゃあるまいし」
「あン?」
「とりあえず俺としては、しらゆきをオススメしとく。あいつはいい嫁になる。信じろ」
「あ~、ほんとそんな感じ」
「つまり長峰は神山ねらいってことか?」
「いや。しらゆきについては婿を探してる感覚だな。つまり親心だ。まあ、婿じゃなく嫁でもいいが」
「この前の朗読のアレ、すごかったよね」
「だろ? 俺もアレには久々に大爆笑させてもらったわ。つか、しらゆきマジいいやつだから。お前らも、いい男でもいい女でも見つけたら紹介してやってくれ」
「文村さんは?」
「とーこちゃん? ……お前ら、あの詩、読んだ?」
「うん、読んだよ。図書室に部誌取りに行ったし。ね、シュウちゃん」
「あ? まあな」
「どう思った?」
「まあ、すごく……あれだよね。その……うん」
「ジ・エンジェル」
「ジ・エンジェルて」半笑いの末松。「いや、まあ、じゃあそれで」
「まあ、そういうことなんだわ。ピュアピュアちゃんだからな。今なら無駄に競争倍率も高いから、お前らも行くなら激戦覚悟しとけよ」
「あ、そうなの? 大変だね、シュウちゃん」
「なに言ってんだ、ふとし。いっぺん逝くか?」
「誰が~ってのは分かってるの?」
「まー、俺もそれなりに情報持ってるが……誰が、ってのはちょっと言えないな」
「へえ~。やっぱ清楚系はモテるんだね~。がんばってね、シュウちゃん」
「おい、ふとし。ちょっとオモテ出ろや」
「委員長? 委員長?」
「え……なに?」
「とーこちゃんの詩、委員長も読んだよな? どうだったよ?」
ついにこっちにも話が来やがった。なるべく3人で完結しててほしいんだが。
「まあ……よかったんじゃないの?」
「全然よかったって顔してないぞ?」
「よぉ! イインチョのガチなところ、聞かせてくれよ。とりま、いま考えてること120円で買うわ」
「ジュース1本分かよ」
「シュウちゃんに出せる精一杯だよね」
「オーケー、くそったれ。黙ってろ」
バカどもの注目が僕に集まる。本当にクソだな。この際、この人間関係を断ち切るためにも、言うことは言っておいたほうがいいだろう……。
「まあ、変わらないものって無いからね」
「ふん?」
「人間関係の最初のうちは、あれでいいだろうけど、後になっていろんなことがあって、いずれああ書いたのを回収してまわりたくなる日がくるかもね、ってこと」
「どういうことだぁ? つまり?」
今枝、これだけで分からないのか。
「最初のうちはキレイゴトもいい。でも、人間、汚いところもある。いずれその汚い部分を見せつけられて、あんな頭にチューリップを生やしたようなこと書いた自分にうんざりする日が来るんじゃないの?って」
三馬鹿が顔を見合す。ドン引いて、お前そろそろ帰っていいぞって言ってもらえたら嬉しいんだが。
「委員長、さすがにそれは心配しすぎだぞ?」これは長峰。
「そうそう。そんな深刻になるとこじゃないって」これは末松。
「変わらないものはないって言うがよ、あの詩をきっかけにいい方に変わってくことだってあるだろ? だから、あれはあれでいいんじゃね?」で、今枝。
「シュウちゃん、アツいね~。文村さんが絡んでるから?」
「ふとし、いい加減ねじ込むぞ? オレはオレの考えを言ってるだけだからな?」
「ということだ委員長。とりあえず食うぞ。来たし」
「うおい!」
「あ~イカでもよかったかな~」
……なんなんだこいつら。そこはドン引きで絶交するぐらいの根性みせろよ。なにかよく分からないが、なにかよくないものに巻き込まれつつある。このどうでもいいアレを今のうちに断ち切っておかないと、この1年、こいつらにふりまわされるような事態に立ち至るんじゃないのか? 1年同じクラスということを考えると、気まずくなることなく、それでいて距離を置ける、そういう方法は無いものか。できるのか? そんなことが? いや、そもそもそういう方法があったとしても、すぐまた距離を詰められてしまうんじゃないのか? バカは本当にバカだから「バカ」と言う。本当に嫌な予感がする。
なぜ皆、僕をほっといてくれないんだ……本当に理解に苦しむ……。
◇ 今枝修一
「いやあ、食った食った」
久々にたらふく食ったな。テスト明けの開放感とかも関係してる感じ。これで晴れときゃ文句ねえんだが……。
さ、て。お好み焼き屋の階段をおりたところで作戦会議だ。長峰はなんか眠そうだ。昨日は徹夜したらしいな。委員長はなぜか荒んでる。ネトゲの禁断症状が出たのか? ふとしは……まあ、ふとしだな。
「さーて、この後どうするよ?」
「ふぁ、俺、帰って寝たい。一夜漬けしたかんな」
「イインチョーは? ネトゲか?」
「いや、まあ……」
「そいじゃ、ここいらで解散すっか!! また明日な!!」
手を振ってバラけたあと、ふとしと二人になって街を歩く。
「さあて、ふとしよ。これからどうすんだよ? オレらも帰って寝るか?」
「ん~、どうだろうねえ~。なんか甘いもの食べたいんだけど……」
「おい、ふとし。それ以上デブったらさすがにヤバいぞ……」
「あ、あれ、文村さんたちじゃない?」
「あン?」
ガラス張りでオシャレ感満載のコーヒー屋に、文村と……神山と藤沢と井上と狭間がいた。ガッコのときと同じノリでキャッキャやってやがる。いったい何を話してるんだ? 女子どもがああやってるとき、どんな話をしてるのか、ほんと謎だ。ここでオレがあの店にズカズカ入り込んで「よぉ!」なんてやれる男だったら良かったんだが……。あいにくオレは硬派な男なんだ。くぅ~つれ~わ~。
「シュウちゃん、突撃しないの?」
「しねえよ。なに言ってんだ?」
オレの妹が言うには、女にはしつこく言い寄ればいいってモンじゃない。もっとこう、距離感? そういうのに繊細になるべきなんだそうだ。いや、今の小学校でどんな事態が展開してるのかはしらんけど、とにかくこの忠告には従っとくべきだってオレのカンが言ってる。
とはいえ、距離感に繊細になるとはなんのことだ? なにをすればいいんだよ? わかんねえ。わかんねえことだらけだ。でも、まあ、なんだ。オレは、その、あれだよ……そう、文村と仲良くなりてえなあ、とか。まあ、そういうことを、考えちまってるわけだな……。




