第14話 「反省と感想」1
□ 文村冬湖
月曜日の放課後。私としらゆきはいつものように部室へと歩いていた。部室の少し手前まで来て、しらゆきが突然立ち止まる。
「あ、とーこ!」
「うん?」
「あ、あたし、えと、ちょっとお手洗いに行ってくるから!」
そう言うとしらゆきは、ぱたぱたとお手洗いの方へ走っていった。私はそんなしらゆきを少しだけ見送って、部室の扉を開けた。
「とーこちゃん! いらっしゃい!」
ひなた先輩の声が私を出迎えてくれた。美夜子先輩は読んでいた部誌から顔を上げて、私にちょっと笑いかけてくれる。
今日は、美夜子先輩が部誌発行の総まとめをすると言っていた日。窓の外では雨が降っていて、電灯をつけた部室の中が余計に明るく感じられる。部屋の真ん中にあるテーブルには、こんなときすっかりお馴染みになった一口チョコやあめ玉やクッキーが山盛りの大皿が置かれていた。
「はい、どーぞ……」
茜先輩が水筒に入った紅茶を私のティーカップに注いで渡してくれた。うすい紅が透き通って、花とも果物ともつかない香りがする。
「今日は、しらゆきは一緒じゃないの?」
美夜子先輩にそう聞かれる。
「あ……お手洗いに行くって言ってました」
「そっか」
かばんから部誌を取り出して表紙に書かれた似顔絵を見てみる。私のそれは少し横に長いTの字の目と、×の字の口が強調されて描かれていた。ちょっとむっとしているようにも見えるし、ぼんやりしているようにも見えて、私はなんとなくひなた先輩に聞いてみる。
「あの、ひなた先輩……」
「んぐっ……な、なにかな?」
ちょうどクッキーをほおばっていたひなた先輩が少しあわてたように言った。
「あ、えと、私って、いつもこういう顔をしているように見えてるんですか?」
紅茶をふたくち飲むひなた先輩。
「ふう……うん、そうだよ。とーこちゃんの無表情はじーっと見ていたくなるような無表情なんだあ! なにを考えてるのかな~って!」
「そ、そうなんで、すか?」
「そうだよっ!」
ぱちっと両手を重ねるひなた先輩。
「うんうん……ひなたはよく分かってるね……」
茜先輩が大きくうなずく。
「この無表情の謎を解き明かした勇者には、もれなくとーこのLOVE的なものがプレゼントされちゃうわけなんだよね……」
「あ、そんな感じ! そんな感じですっ!」
「ちょ、ちょっと二人とも! とーこが困ってるでしょ?」
美夜子先輩がふたりの会話に割って入る。
「とーこ、気にしなくていいんだからね? とーこはとーこのままでいいんだから!」
「え、あ、はい……」
「ふふ……そうそ、ちゃんとありのままのとーこを理解ってくれる人のところに嫁がないとね……」
「そうですよね~っ☆」
「ほら、また……」
ちょっと呆れてみせる美夜子先輩。そのとき廊下のほうからぱたぱたと小走りな上履きの音が聞こえてきた。それからガラッと扉を開ける音がする。振り返って見ると、そこにはしらゆきが立っていた。
○ 神山しらゆき
扉をあけると、そこは部室だつた。
……いや、うん、部室の扉をあけたんだから、それはそうなんだけど。なんでか、茜先輩があたしの顔見てニヤッって笑ったし。それに美夜子先輩もひなた先輩もとーこも、あたしのこと、じーっと見てる気がする。ど、どーしたんだろ……?
「あら、しらゆき? 顔、洗ってきたの?」
ちょうどあたしのまっ正面にいた美夜子先輩が、自分のほおにかかる髪をつまんで見せた。
「しずく、たれてるわよ?」
「あ、ほんとです」
毛先から水滴が落ちてセーラー服のえりが濡れてた。ハンカチで挟んでぎゅっとする。
「そいえば、ここの髪ってなんてゆうんですっけ? ほら、この、ほっぺたにかかる髪……」
「え? ええと……」
「びんの毛とか……もみあげとか……?」と、茜先輩。
「……もみあげはちょっと違うんじゃないですか?」
「せやろか? ふふ……」
「『びんの毛』ですかぁ……」
とか言いながら自分の席に座っちゃう。とーこの隣があたしの特等席! テーブルの真ん中にはお菓子の山、目の前には茜先輩特製の紅茶が置かれてて、文芸部のみんなが全員集合してる!! 雨の日にこんなふうにみんなでいる感じ、あたし、好き。冬の日に家族でコタツを囲んでるみたい。
「さ、全員そろったことだし、お菓子食べて、お茶飲んで、まったりしよーよ……」
「茜先輩?」
「ハイハイ、すいませー…ん」
「さて!」
美夜子先輩が姿勢を正した。
「それじゃ、はじめましょうか!」
「はじめましょ~☆」
「はい。今回、今年度最初の部誌も、無事、発行することができました。新入部員の二人もとっても頑張ってくれて、本当にうれしく思います。今日はその総まとめとして、みんなの作品について語り合いたいと思います。それぞれの作品について感想を言い合ったり、それから作者の人は、書いてるときに感じたことや、書き終えて思ったことなども教えてください!」
美夜子先輩って、なんだかこんなところが先生みたい。
「それじゃあ、掲載順で行きましょうか? 最初は、その、とーこの詩から……」
とたんに部室の中がしーんとする。美夜子先輩と目が合うけど、思わず目をそらしちゃった。美夜子先輩の戸惑ってる感じ伝わってくるけど……でも……。
「これはさ、私たちからは言いづらいよね……? まずはとーこに自作品の解説をしてもらお……?」
茜先輩がそう言って、ちらっとあたしにイジワルな視線を投げてくる。なんか心臓がドクン!ってなった。ついでに顔も火照ってくる。
「そ、そうですね。それじゃあ、とーこ。この……ええと、書いたときのことを教えて?」
ついに……ついに、明らかになっちゃうんだ、とーこの詩のヒミツが!! あたし、この前、めっちゃ、えっと、抱きしめられたし!! なんか手もつないじゃったし!! てゆうか、つながれちゃったし!! それに……
『ねえ、明るく振舞ってれば、心配かけずにすむなんて思わないで』
とーこがあたしのこと、ちゃんと見てくれてた。期待してなかったわけじゃないけど、でも、こんなにも……。だから、うれしくて、うれしくて……。
だから家でずっとにやにやしてたら、弟に不審者扱いされちゃったけど、でも、そんなことはキニシナイ!! なんか浮かれて全然眠れなかった。期待しちゃダメだって思っても、どうしても……だって……。
でも、次の日になったら、とーこはいつものとーこだった。まるで昨日のことがなかったみたいに。じーっと顔をのぞきこんで見ても、いつものとーこで……だから「あー」って思った。また自分だけで勝手に思い入れて空回りしちゃってたのかなって。そこへ、この詩だし!!
どーゆーこと!?『もっと知りたく思います』って!? えっ? 泣き顔とか鼻水のこととか!? ちがう!? ちがうよね!? でも詩の意味とか本人にはなんか聞けないし、ベッドの上でぎっこんばったんしてたけど、要するにつまるところ、うれしいし、はずかしいし、うれしい!! 聞きたいな、でも聞かないほうがいいのかな? でもやっぱり聞きたい!! なんかもうあたしの心がジェットコースターに乗っかって、ぐいーって登って、ぐあーって下って、またドゥオンって登って、さいごグルグル回りながらプシーッみたいな感じになっちゃってるよ!!
とりあえずそんなジェットコースター状態なのを悟られないよう、気持ちとーこの方へ体を傾けるだけで優雅にティーカップをつまみあげようとしてカップとソーサーが触れ合ってかちゃかちゃ鳴って、やっと一口飲む。横目で見ると、とーこはなんだか答えづらそうにしてる。なにかフォローしなきゃだけど、でも何を言っても白々しくなっちゃいそうで、でも……でも……。
「ねえ、冒頭の部分はさ、美夜子が入部募集のチラシを配ってたときのことだよね……?」
□ 文村冬湖
『この詩を書いたときのことを教えて』
そう聞かれて、私はたぶん、困ってしまったんだと思う。なにを言えばいいのか、分からなかった。言うことが何もなかった。この詩を書くとき考えたことは全部、この詩の中に書いたような気がしたから。
春の日、入学式の日に
私は一枚の小さな紙を受け取りました
それは文芸部へのお誘いで
背中を押してくれる人もいて
私は文芸部に入りました
いま、その人が聞くのは
あなたのまわりにどんな人がいるの?ということ
ですから私は聴いてほしくおもいます
いま、私のまわりにいる人たちのこと
「ねえ、冒頭の部分はさ、美夜子が入部募集のチラシを配ってたときのことだよね……?」
私が戸惑っているのを楽しんでるような笑顔で、茜先輩がそう言った。
「ね、どうだった……?」
「どう……?」
「そ。美夜子、どうだった……?」
そう言いながら茜先輩は、私の方へ少し身を乗り出す。
「私は、あまりの初々しさにきゅんきゅんしてたけど……」
「茜先輩? 今、そんな話関係ないんじゃないですか?」
「そんなことない……。こんなふうに一片の詩がきっかけになって思い出話に花が咲くってゆうのは、とってもステキなこと……」
「そうですよね~! あのときのみよっち、とっても頑張ってたし~」
「ひなたまで……」
両側の茜先輩とひなた先輩にそんなふうに言われて、美夜子先輩はちょっと恥ずかしそうにする。そんな美夜子先輩を見ていて、私はふと勧誘のチラシをもらったときのことを思い出した。おずおずした笑顔で私にそれを差し出している美夜子先輩。人懐っこそうな笑顔を浮かべていたひなた先輩。そして美夜子先輩に何か耳打ちする茜先輩。あのとき、耳打ちされた美夜子先輩はちょっとむっとしていた。私はそのことを聞いてみる。
「そういえばあのとき、茜先輩、なんて言ったんですか?」
「あのとき……?」
「えと、美夜子先輩が私にチラシを渡す前に、茜先輩、美夜子先輩に耳打ちしてませんでしたか?」
「ふふ……よく覚えてるね、そんなこと」
茜先輩は楽しそうに、いじわるそうに笑う。
「さぁ~、なんて言ったかな~……?」
「あ、私、聞こえてましたよっ! 『がんばって部長さんっ』って言ったんですよねっ!」
「え、でも、美夜子先輩、なんだかむっとしてたような気がします……」
「うん、それはね……あのときが文芸部部長としての初仕事だったわけ。なんでもない言葉も、時と場合によってはイイ感じのいじりワードになるからね? ここ、テストに出ます……」
「め、メモメモ……」
しらゆきが手のひらにメモをとっていく。それからふと気付いたように聞いた。
「あ、でも……そいえば、あたしってチラシもらったときのこと、覚えてないです。やっぱり美夜子先輩がくれたんですよね……?」
「え? たぶん、そうだと思うけど……」
美夜子先輩は、ちょっと申し訳なさそうにそう言った。美夜子先輩もそのときのことを覚えてないみたいだった。
「んーん、私だから……。しらゆきがチラシ攻めになってるところに、どさくさにまぎれて、ふところめがけて投げ込んだんだよね……」
そう言いながら、おもむろにティーカップを手に取る茜先輩。
「うわー……知りたくなかったです。もっとロマンチックなのがよかった……!!」
「ふふ、現実は非情やね……」
心底おかしそうに言って、茜先輩はティーカップを傾けた。
「ところでとーこ、この『背中を押してくれる人』って誰なのかしら?」
「あ、それ、私も興味ある~!」
美夜子先輩とひなた先輩にそう聞かれる。
「ええと……姉さんです」
そう答えたら、なんだか少し恥ずかしくなった。
「お姉さんなんだ? お姉さんと仲いいのね」
「うらやましいなぁ~、私、一人っ子だから~!」
「あ、あたし、会ったことありますよ!」
「へえ! どんな人?」
「やさしそうな、とっても綺麗な人でした!!」
「へえ~!」
やさしそうな、とっても綺麗な人。しらゆきはそう言った。しらゆきが姉さんのことをどう思っているのか聞いたのは、これが初めてだった。私は、しらゆきに姉さんをそんなふうに言ってもらえて、うれしかった。
「そうね、とーこのお姉さんなら、そうかもね」
美夜子先輩がちょっとからかうように言う。私はまた恥ずかしくなって、下を向いた。
「さ、時間稼ぎはそのくらいにして、次いってみよ……? ほら、この『M先輩』って誰やろ? 誰のことなんやろ? ね……?」
○ 神山しらゆき
あたしととーこのお姉さん、春菜さんが出会ったのは、あたしととーこの初めてのデートの日。
『今日はありがとう。楽しかった』
バス停の灯りの下に立って、とーこがあたしに手を振ってる。あのときの言葉とか、あの光景とか、忘れないし、忘れられるわけないし。えへへ。
……おっと、ちょっとトリップしてた!? トリップするなら自分の部屋で!! じゃないと不審人物に思われちゃう!!
「ほら、この『M先輩』って誰やろ? 誰のことなんやろ? ね……?」
現実に戻ってくると、茜先輩が美夜子先輩に攻勢をかけてた。美夜子先輩はそんな茜先輩の方を見ようとしないで、そっぽを向いてる。でも、ちょっと顔が赤くなってる。かわいいし。そんなだから茜先輩にからかわれちゃうんですよう……。
M先輩
さらさらした黒髪が風になびいて
子どもの面影を残して、その人は
大人になろうとしていました
彼女は自分の想いを私に届けて
私を文芸部へと呼んでくれました
少しずつ変わっていく日常を
彼女は見守っていてくれて、だから
私はそんな日々を私の言葉で
一編の詩にしてみたいと思いました
「あ、じゃあ、ハーイハーイ!! 私、いいですか?」
ひなた先輩がいきおいよく手を挙げた。なんか小学1年生くらいの子にありがちな手の挙げ方だし。
「はい、では、ひなたさん……」
「はい! 私ね、この『子どもの面影を残して』ってところが好き。だって、本当にそうなんだもの。私は美夜っちと子どもの頃からずっと一緒にいるから、美夜っちのことはたくさん見てきてるんだぁ! 今度のね、勧誘のチラシの文章を考えてるときも、とっても頑張ってた。何度も何度も、書いては消して、書いては消して。そのね、考えたり書いたりしてるときの美夜っちの横顔を見て思ったんだ。昔から変わってないなぁって。何かに打ち込んでるときの美夜っちの真剣な横顔、私、大好きなの……!」
……ハイ、ありがとうございました。げぷっ。
「うんうん……私も大好き……」
茜先輩、めっちゃ邪悪な笑顔してますよ……。美夜子先輩、撃沈寸前になってる……。
「ね、とーこちゃんは美夜っちのどんなところを見て『子どもの面影を残して』るって思ったのかな?」
追撃要請入りまーす!!
「えと……」
とーこ、めっちゃ言いにくそうにしてる……。どんなこと言うんだろ……?
「は、初めて部活見学に来たときに、えと、美夜子先輩、その、な、泣いてて……。そのあと色々話したとき、大人っぽい人だなーって思ったんですけど、でも、その、な、涙のあとが、なんとなく、その、小さい子どもみたいだな、って思って……えと、そんな感じです」
き、決まったぁぁぁぁ!!?? 追撃、決まっちゃったぁぁぁぁぁ!!!!??
「そっかぁ……なんだかステキだね……」
「ええ話や……」
ひなた先輩、茜先輩、なんかほのぼのしちゃってますけど、美夜っち先輩が撃沈してますよ!? 顔真っ赤で固まっちゃってますよっ!!??
「……も、もう、その話はいいんじゃない? 忘れてくれていいから」
もうこうなったら、ここはあたしが決めるしかないっ!! 不肖・神山しらゆき、トリ、務めさせていただきますっ!!!!
「そんなこと言ったって忘れられないですよ美夜子先輩! あれってもうあたしたちの青春の一ページに、くっきりはっきり、刻まれちゃってますからっ!!!!」
□ 文村冬湖
美夜子先輩が泣いたときのこと、そのときの印象を言い終えたあとで、私は少し後悔した。美夜子先輩がなんだか気の毒に思えたから。美夜子先輩は顔を赤くしてうつむいている。そんな美夜子先輩に、しらゆきが言う。
「そんなこと言ったって忘れられないですよ美夜子先輩! あれってもうあたしたちの青春の一ページに、くっきりはっきり、刻まれちゃってますからっ!!!!」
びしっと美夜子先輩に人差し指を突き付けて、決めポーズするしらゆき。
「よく言った……」
「わ~!」
なぜか拍手が起こる。
「そ、そうね……それじゃあ次に行きましょうか……次……」
美夜子先輩がやっと声を絞り出すようにして言った。ひなた先輩はにこにこしながら、そんな美夜子先輩の肩をそっとなでた。
H先輩
甘いお菓子と温かな紅茶の匂いの中で
彼女の甘くかすれた声が言葉を紡げば、それは
私の心を甘くくすぐるお話になって、そして
面映さや恥ずかしさを感じても、それでも
そのお話を心で受け止めたら、なんだか
いいことがあるような予感に心が弾んで、だから
少しずつそのお話に、そして彼女に
惹かれていくのを感じました
「そいじゃ、次のとこの解説はしらゆきにお願いしよっか……」
赤い顔のまま、ちょっとぼんやりしてる美夜子先輩を満足そうに見ながら、茜先輩がしらゆきに言う。
「え? えーと、これはですね……」
しらゆきはそう言いながら部誌をのぞきこむ。
「えーと、とーこが言いたいのは、ひなた先輩のお話は、あの、とっても糖度?が高くってアレだけど、なんだかクセになっちゃいそうかも……とか、そんな感じだと思いますっ!」
「ふーん……。糖度が高いってどうゆうこと……?」
「えっとですね……ええと、その……なんというか……顔が、こっちの顔がですね、火照ってきちゃうっていうか……」
言いながらまた部誌をのぞきこんで、はたと手を打った。
「そ、そう!! まさにこの詩の文句の通り!!ってことです!!」
「ふふ、そうやね……」
ひなた先輩を見ると、まだしらゆきが何か言うのを期待してるかのように、両手をあごの高さに重ねて前のめりになっている。なんだか、しらゆきに言われたことがあんまり飲み込めてないみたい。そんなひなた先輩を見て、私はなんとなく聞いてみる。
「ひなた先輩って、いつからお話を書いてるんですか?」
「えっ、いつから? え~っとね……」
人差し指をあごにちょこんとあてて考えるポーズのひなた先輩。
「私はね、私がまだうんとちっちゃいころから、お母さんがずっと絵本とかを読み聞かせてくれたの。小さいころのことだから、もうどんな本を読んでもらったのか忘れちゃってるけれど……でも、お母さんの声を聞きながら、広い広い、とっても広い世界を旅したことは私の心にちゃんと残ってるんだぁ!」
そう言ってから、ひなた先輩は胸の前でふんわりと両手を重ねる。
「それでね、自分でも色んなお話を読んだりしてるうちに、自分でも書いてみたくなって……はじめてお話を書いたのは、小学校1年生のとき!! 雨さんと仲良しのお花さんのお話でね、画用紙に絵と文章を書いて、ホチキスで閉じて絵本にしたんだよ!!」
そう言って、ひなた先輩はにっこり笑った。
「ひなたは……ひなたはこれでええんよ……」
「そうですよね……守りたいこの笑顔……」
うなずき合う、茜先輩としらゆき。ひなた先輩は「どうしたの?」って言うみたいに、そんな二人を交互に見た。
「で、次の、なんだけど……」
茜先輩は両手でチョキを作って、目の前の紙テープを切るみたいにチョキンとする。
「これはカットで」
ひょいっと棚上げのジェスチャー。
「時間押してるし」
手をグーにして、親指を立てて真横の何もない空間をくいくいっと指差してみせる。
「次、いってみよ~……」
「そうはいかないですよ、茜先輩」
さっきまでの動揺から立ち直った様子の美夜子先輩が言う。
「ほら、この、この……」
美夜子先輩がもどかしそうにする。
「この部分も解説しないと……」
そう言いながら、美夜子先輩は「A先輩」の部分を指さした。
A先輩
日常の流れを拭い去って
詩を詠う声がして
妖しく笑う彼女に私は手招きをされ
手を伸ばしたら、その手を引かれて
入り込んだその先で、心は
世界を駆け巡って、私は
戸惑いとドキドキを感じて、知らないうちに
彼女のいる世界をもっと知りたいと
そう思っていました
「解説? そうやね……」
茜先輩がにんまり笑う。
「この部分は私がプーシキンの『予言者』を朗読したときのことを書いたんだよね……? そもそも私が詩を詠むようになったのは高校1年生のときで、夜、寝てたら、天井がバリバリーって裂けて、上から光がドーンって差し込んで、賛美歌的なものがアーアー言ってる中で詩神が降りてきて、私に天空の竪琴を手渡しながら、『東洋に花開く美しき姫、奏でなさい、詠いなさい』って言ったからなんだよね。やっぱり神様のお告げには従っとかないと……」
そう言って、茜先輩は私たちの顔を見回す。
「わかった……? わかったよね……? そいじゃ、次いこっか、ハイ次~……」
「よくわかりませんけど……。その『東洋に花開く美しき姫』というのは、誰のことなんですか……」
「え、ほら、目の前にいるでしょ……?」
「あ、そうですか」
呆れる美夜子先輩。茜先輩はなんだか楽しそうに振舞っている。そんな茜先輩はしらゆきの方に向き直って言った。
「で?」
○ 神山しらゆき
なんだかんだで茜先輩って口がうまいよね。美夜子先輩、丸めこまれちゃってるし。どうしてああもポンポンいろんなこと思いつけるんだろ……? ってか、茜先輩、もしかして照れてる?
「で?」
ぎっくう!! 突然、茜先輩があたしのこと見るからドキッとする。
「なにか、あった……?」
「な、なにか? なにかって言いますと?」
「ほら、これ……」
S
入学式の日に初めて出会って
いつも一緒にいたから、かえって
私は彼女のことを、何も知ろうとしませんでした
明るく笑う彼女に甘えて、ただ
与えられるままに受け取っていました
だからいま、私は彼女のことを知りたく思っています
明るく笑う彼女だけでなく、もっと
色んな彼女に出会ってみたく思います
彼女の隣を歩きながら、私は
そんなことを思いました
「なにか、あったよね……?」
「え、ええと……」
なにかあったかって言われたら、そりゃあったけど、でもあれを言うわけにはいかないし、どうしよう!?
「ふふ……じゃ、とーこに聞いてみようかな? とーこ、どう……?」
とーこ、なんて言うんだろ? ……あたしはとーこに、なんて言ってほしいんだろ?
「えっと……」
とーこがあたしのことをちらっと見た。
「なにか、あったような……」
もう一度、あたしのことをちらっと見る。
「なかったような……」
「そういえば、あのあと、何かあったのかしら? とーこが『しらゆきの様子がちょっと変』って言ってたことがあったんでしょう? そうよね、ひなた?」
「うん、そう!」
「え、なんですか、それ!?」
「締め切りの3日くらい前の日にね、とーこが言ったんだって。『今日のしらゆきの様子、ちょっと変じゃなかったですか?』って。それでひなたも茜先輩も言ったそうよ。とーこがなんとかしてあげなきゃね、って。ちゃんと気付いてあげられたとーこが、なんとかしてあげなきゃね、って」
「そ、そんなことが……?」
「それで? なにかあったのかしら?」
ついっと髪を耳にかける仕草で勝ち誇る美夜っち先輩マジドS!!!!
「い、いろいろ……いろいろあったということで……ご勘弁をお代官様ぁ……」
べっちゃあ……っとテーブルに突っ伏して土下寝っ!! これが土下座のニュースタイル、土下寝っ……!!
「そう。しらゆきの青春の一ページに、くっきりはっきり、刻まれちゃってるけど、他の人には言えないような思い出なのね?」
鬼っ!! 悪魔っ!!! ゴンゴンとテーブルに鼻っ柱をぶつける、なんてかわいそうなあたしっ!!
「ふふっ、今日はこのくらいにしておいてあげましょうか」
「はい、それでお願いします……」
「お代官様にちゃんと感謝するんよ……ふふ」
なんとかなったって胸をなでおろすけど、でもそれ以上にうれしいし、うれしいし、うれしい!!!! そっかぁ~そうだったんだぁ~。はぁ~生きててよかったぁ~!!
□ 文村冬湖
しらゆきがひっしな顔で私のことを見つめてきたとき、私はその表情の中にしらゆきが私にどうしてほしいのかを読み取ることができなかった。だから言葉を濁すことになったけど……。
しらゆきは両手を伸ばして、テーブルの上に突っ伏している。私はしらゆきの腕に当たりそうになっているしらゆきのティーカップを少しだけ私の方へ寄せた。
「お代官様にちゃんと感謝するんよ……ふふ」
「ありがとうごぜえますだ、おでえかんさまぁ!!」
時代劇みたいな口調のしらゆき。ひなた先輩がちょっと腰を浮かせて、しらゆきの頭をぽんぽんとなでる。
「ちょっと! いい加減、顔を上げなさい!」
美夜子先輩に言われて、しらゆきは顔を上げた。その頬は赤く染まっている。自分の前髪にちょっと触って、それから私のことを見て、ちょっとにっこりした。
これがいま、私のまわりにいる人たちのこと
私の想っていること、そのままの言葉です
私にはよく分からなかったけれど、なんだかいろいろと丸く収まったような気がした。




