第12話 「雨の降る日/部誌のゆく先」4
◇ 今枝修一
オレの妹が言うには、この世界には2種類の男がいる。恋愛向きの男と結婚向きの男だ。そしてオレは結婚向きの男なんだそうだ。暴力をふるわず、めったに怒らず、怒ってもぜんぜん怖くないし、ちゃんと働いて給料を持って帰って、何かと気を使って家事もやってくれそうというんだ。安心で安全で安定な男。それがオレだというんだ。
最近の小学生は言うことがエグいよな。オレの返事はもちろんこうだ。
「ふざけんじゃねえコノヤロォォォ!!!!」
オレだって男だぞ!! どことなく危険な香りだってするはずだ! ミステリアスな影があるはずだ! 顔に刻まれた男の年輪ってやつがあるはずだ! 本当にバカ言っちゃいけないよ、お嬢さん……!!
……と、まぁ、そんなことを考えていたのも今となっては昔のこと。最近のオレときたら同じクラスの文村を見るために学校に来ているところがある。このオレがだよ? 信じられないね。でも、とにかくそうなっちまったんだから仕方ない。
というわけでオレは今、文村の詩が載っかってるとウワサの文芸部の部誌をゲットするべく図書室へと向かってる。ほんとは昼休みに行くはずだったんだが、なんかいろいろあって放課後になった。
「なにげに図書室とか初めてなんだが?」
「ボクも」
オレのとなりを歩くコイツはふとし。オレのダチでちょっとデブってる。デブ特有のつぶらな瞳が輝いてる系男子。ふとしについては、こんだけ知ってりゃ十分だろう。いや、いっそ十分すぎるくらいだ。
図書室に入ってすぐ貸出カウンターにぶつかった。それらしきブツが平積みになってる。何気ない感じで手に取ろうとするが、間の悪いことにカウンターの向こう側に座ってる図書委員らしき奴と目が合って、伸ばそうとした手をあわてて引っ込めた。結果、そこを素通り。貸出カウンターの見える席を占め、脳内会議を開催するハメになる。
「なんで取らなかったの?」
「うるせーなデブ。だまってろ」
「びびったね?」
「だから……だまってろって……!」
図書室ではお静かに。こんなやりとりも小声だ。
今、貸出カウンターのところには図書委員が二人いる。黒髪の女と茶髪っぽい女だ。さっき目が合ったのは黒髪の方。雰囲気から察するに、どうも先輩らしい。2年か?
「シュウちゃんさぁ、黒髪さんと栗色さん、どっちが好み?」
「おいデブ、女をそんな目で見てんじゃねえぞ……」
妹がいるからこそ吐けるこのセリフの重みを感じ取ってほしいね。それはそれとして、もう一度チャレンジするタイミングをうかがってるわけだが、どうやら黒髪先輩と栗色先輩はカウンターの向こうで筆談でもおっぱじめたらしい。これがうわさのキャッキャウフフって奴か!? なにやら近寄りがたいものを感じる……。
「なんで行かないの?」
「ちょっと待ってろ……。今、精神を集中してるところだ……」
なんでただ文芸部の部誌をゲットするだけなのに、こんなに緊張しないといけないんだ。まるで心にやましいところがあるみたいだ。いや、あるにはあるかも知れんけど、そこはあえて見て見ないフリをするのが大人ってもんだろう? うるせえだまれクソッタレ!! オレは行く! オレは行くぞ!!
おもむろに立ち上がり、貸出カウンターに直行。平積みになってる一番上の奴をつまみあげる。わ~なんだろこれ~パラパラ~なんだかおもしろそ~いっさつもらっていっちゃお~☆ そんな小芝居をする心の余裕もなくその場を離脱。図書室を出るとき、どっかの妖精が耳元でささやくのを聞いた気がしたが、きっと気のせいにちがいない。その妖精はこう言っていた……。
「わぁ~ありがとうございます~☆」
安全地帯まで来たとき、制服の下に着ていたシャツがなぜかぐっしょり濡れてるのに気付いた。
「やべ、変な汗かいちまった」
「雨だから湿度高いよね」
デブなのに涼しい顔のふとしがそこにいる。
「ボクも一冊、取ってきちゃった」
「あっそ……。それじゃ撤収するぞ」
傘を開いてガッコの玄関先から出れば、雨がバラついてきやがる。
「雨雲のブルースだな?」
「え?」
「オレの心をふるわせやがる……」
「……なに言ってんの?」
「いや、だからポエムだよ」
「さっきチラ見したけど、文村さんのは友だちのことを書いてるみたいだったね」
「ようし、ふとしそこまでだ! ネタバレはやめろ。オレは帰って読むから」
無い。それは分かってる。でも、もしかしたらオレのことも書いてあるかもしれねえ。ほんのいっとき、そんなことを考えてたっていいだろ? ともかく、今のオレは最高にバカだね。舞い上がってるし、浮かれてる。これはもしかして例のアレかもしれん。ほら、あれ。あの有名な……。
「文村さんにバレたら、ストーカーだと思われるかもね」
「なに言ってんだデブ。言ってる意味わかんねーから!」
「明日の朝、シュウちゃんが朗読したら?」
「お前がやれよデブ!!」
そんなことをダベりつつ、オレたちは校門を出た。
□ 文村冬湖
校門の前で姉さんを待っていた。雨はまだ降り続いている。傘に弾かれる雨の音を少し心地よく感じている。
その音を聞きながら、私は今日の朝、莉香子さんがしらゆきのお話を朗読したときのことを反芻していた。しらゆきのお話の登場人物たちに気持ちを乗せていく莉香子さん。そのときの生き生きした表情を頭に中に思い描いている。
そういえば、昔、まだお母さんがいたころ、私はお母さんに連れられて童話の朗読会に行ったことがあった。広い舞台の上には木でできた何の変哲もない椅子がぽつんと置いてあった。そして、舞台袖から出てきた一人の女性が静かにその椅子に腰掛け、一筋のスポットライトを浴びながら、目の前に広げた本をゆっくりと読んでいった。そのときのお話の内容はもう覚えていない。でも、なぜかとても悲しいお話だったような気がしている。どうしてそう思うのか、自分でも分からない。そしてなんとなく、莉香子さんはその女性によく似ているような気がした。
あの朗読のあと、しらゆきはサイン攻めに会って、顔を真っ赤にしてふらふらしながら戻ってきた。私の顔を見て、ちょっと笑って見せる。長峰くんの冷やかし半分の慰めの言葉に「うっさい」とだけ言って、しらゆきはそのまま机に突っ伏した。
今日のお昼もしらゆきと一緒に食べたけれど、そのときには朗読の話も部誌の話もしなかった。なんだかしらゆきがその話を避けているような気がしたから。
美夜子先輩は月曜日に今回の部誌発行の総まとめをすると言っていた。作品の感想も伝え合うから、それぞれの作品をよく読んでおいてね、とも。
「要するに反省会ですな……」
茜先輩はそう言って、にやにや笑っていた。
姉さんはまだ来ない。ふと見上げると街路灯がある。そのかさを伝って雨のしずくが落ちてくる。それはひときわ強く照らされて、まるで光のしずくのようだった。私はなんとなく、それをぼんやり見ている。
ふいに誰かが私の名前を口にした気がした。誰だろうと思って辺りを見回してみると、後ろから二人分の足音と話し声が近づいてくるのに気付いた。すれ違うときに目が合う。
「あ……よ、よぉ文村! じゃな~!!」
「おつでーす!!」
それは同じクラスの今枝くんと末松くんだった。
「うん、バイバイ……」
手を振る。二人はなぜか肩を小突きあいながらバス停の方へと歩いていった。
傘にあたる雨の音が強くなる。ゆきすぎる車の低いうなり声が遠ざかっていく。私のそばを通っていく人たちの雨音で切れ切れになる話し声、笑い声。私は姉さんを待っている。
クラクションの音がした。
フロントガラスを規則正しくぬぐうワイパー、その向こうで姉さんが笑って手を振っていた。




