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新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
雨の季節編
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第12話 「雨の降る日/部誌のゆく先」3

■ 引き続き古屋雄太


 「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがある。ある原因から発生した因果関係の連鎖が時として思いもよらない結果を招くことを寓話的に表現したものだそうだが、僕も、今日という日、うっかり健康的な時間に起床してしまったばっかりに、従来の平穏無事変わりなしの人生から大きく道を踏み外しつつあった。


 今日も今日とて購買部へと走る。一日のうち、運動らしい運動といえば体育の授業とこれしかない。息切れがする。今日は授業が長引いて若干出遅れた関係で、購買部の前にはすでに人だかりが出来ていた。その光景を眺めながらげっそりしていると、ポンと肩を叩かれる。

「よぉ委員長! 今日はパン無理みてえだな? 学食行くべよ?」

 振り返ると1年4組のバカ代表、今枝修一だった。

「あっちならまだ席が空いてるかもしれねえ」

 たしかにそれしかなさそうだが、なぜ僕が今枝と一緒に食べないといけないのか。見ると今枝の後ろには末松武もいた。そういえば、この二人はいつもつるんでいた。

「行くべ、行くべ」

 今枝に背中を叩かれて、流れ的に学食に行かざるを得なくなる。今まで今枝・末松とは委員長という立場から通り一遍の話しかしたことがない。いったいに僕としては仲良くなった覚えはないのだが「同じクラスだし、絡んで当たり前」なノリの連中には本当に閉口させられる。

 学食に着くと今枝が席を取りに走り、末松が今枝の分も注文していた。

「他の並んでる連中にキレられないか?」

「大丈夫。ボクが二人分食べるって設定だから」

 こいつらはいつも、こういうことをやってるのかもしれない。そんなどうでもいい情報を仕入れることができた。

「ふぃ~、やっぱ雨の日はやべえな……」

 今枝の取った席に3人で座ると、今枝がコップの水をぐいと飲んで言う。

 今枝修一。1月28日生まれ、15歳。ウチのクラスのバカ代表で、とにかくバカだ。入学したてのころには、上半身裸に黒タイツで荒ぶってるお笑い芸人と同じノリで「エダちゃん」と呼ばれたがって必死に売り込んでいた。しかし結局「ちょっと発音しにくい」ことを理由に、無難に「シュウちゃん」あるいは単に「今枝」と呼ばれている。見た目や考え方が中2あたりで止まってる気がしなくもない。

「だね~?」

 今枝のセリフに末松が相づちを打つ。

 末松武。推定15歳。ウチのクラスのデブ担当。デブといっても、まあ、小太りくらいなものだが。見た目は「おっとりしたデブです」といったところだが、性格までおっとりしているわけではない。ひたすら騒がしい今枝と意気投合している時点でお察しというものだ。名前は「たけし」だが、皆からは「ふとし」と呼ばれている。デブだけに。

「さ、食うべ食うべ」

 今枝がカレースプーンを取り上げた。

「そういやさ、委員長。今日、長峰どしたの?」

 今枝が聞いてくる。席が近く、いつも同じタイミングで購買部へと走るから一緒に行ってると思われてるのか? だとしたら迷惑な話だ。それはともかく。

「長峰なら宿題やってるよ」

「あーね。マジにアグレッシブだな長峰」

 今枝は変なところに感心している。

「つーか委員長さぁ、この前の中間テスト、学年1位だったってマジ?」

 話が急に変な方向へ跳ぶ。そういえば長峰に成績表を見られていた。

「まぁ、そうだけど……」

「やべえなオイ!!」

「うん、すごい!!」

 僕の脳裏に過ぎ去りし日々の記憶がよみがえった――。

 あのころ、僕は中2にして人生に疲れていた。他人という存在が頭の中に流れ込んできて、死にそうになっていた。そんなときに出会ったのがネトゲだった。モンスターを倒してレベルを上げ、またモンスターを倒しながら、時々、誰かの役に立つ。そんな単純な作業の中に、僕は自分の人生を見出した。それからの毎日、僕はとても充実していた。現実の昼も夜も、僕にはもう関係なくなっていた。ついに僕は自分の居場所を見つけたんだ!

 しかし不幸な出来事というのは「突然に何の前触れもなく訪れる」ものだ。平成2W年2月17日、午前4時14分。母親が僕の部屋に入ってきた。そして当時ハイエンドモデルだった僕のPCが部屋の水槽に沈んでいった。怒声も何もない静寂の中で、水槽の水草とともに揺れる僕のPCがあった。その光景を僕は生涯、忘れはしないだろう。

 そして一ヶ月後、新しいPCを買って再びログインしたとき、そのネトゲの世界で僕は死んだことになっていた……。

「まぁ、10番以内から落ちたら、また死なないといけないからさ……」

 そういう約束で、僕は今もネトゲの世界に生きている。

「……いや、まぁ、委員長にもいろいろあるよな?」

「そうそう。あんまり気にすることないよ」

 間を埋めるように二人は食べ始める。今枝はカレー。カレー食ってる奴を子どもっぽいとは言わないが、今枝の場合は子どもっぽく見える。まるでカレールーのCMに出てくる子役のようだ。一方、末松はとんかつ定食。共食いか?

「そーだ! 朝のイベ、よかったよなぁ!?」

 今枝が今朝の出来事を話題に持ち出す。

「オレらもなんかやってよぉ、クラス盛り上げよーや!?」

「その『オレら』の中に僕も入ってるの?」

「そりゃそだろ。クラス盛り上げてくのも委員長の仕事だべ? オレら手伝うし」

 こういうところが今枝のバカ代表たる所以なんだろう。

「でもあれってさ、結局、どういうことだったの?」

 末松が聞いてくる。

「どうも何も、神山の友人が神山の書いた話を朗読しただけのことじゃないの?」

「ああ、そーゆーこと」

「つーか、アイツ、即興ってこと? マジやべえな、すごすぎんだろ」

「ほんと。プロの人かと思った」

 即興? たしかに朗読に至った経緯は偶然だったろうが、朗読自体には周到な準備が感じられた。いずれ神山の前で読んでみせるつもりだったんだろう。しかしまあ、そんな感想を言ってみたところで、なにがどうなるわけでもない。

「でも、神山さんって、あんまり文芸部って感じじゃないよね? どっちかってゆーと運動部とかにいそうなイメージじゃない?」

「うっせーな、ふとしデブてめえよ!? お前のイメージとかどうでもいいから!!」

「なんで急にキレてんの? 落ち着けよ!」

 軽口の応酬。唐突に身内のノリをやられると戸惑うからほんとやめてほしい。

「そういやさぁ、たしか文村も文芸部だったよな? やっぱなんか書いてたの?」

 若干、今枝の声のトーンが変わったような気がした。その瞬間、末松の口元にある種、独特な笑いが浮かぶ。僕がそれに気づいたことに末松も気付いた。

「そりゃまあ、書いてたけど……」

「なんつーか、全然想像つかねえよな? あのポーカーフェイスでいったいどんな話書いたんだよ……」

「話っていうか……まぁ詩だったんだけど」

「詩? ポエム? え? ポエってたってこと?」

「ま、まぁ、そうかな」

「やべえな。マジに想像つかねえ」

「ボクも」

「こうなったらもう文芸部のアレ、ゲットするしかねえよな!? つか、あれ、どこで手に入るんだ?」

「図書室の貸出カウンターだって聞いたけど?」

「図書室の貸出カウンターだな!? オッケ、行くわ!」

 今枝がカレーをかきこみはじめる。とことんマイペースな男だ。しかし今枝は昼休みに図書室に行くことにはなってなかったらしい。

「今枝ァ! 体育館でバスケすっぞ!!」

 同じクラスの園田と樽崎だ。

「おーバスケか! しゃあねえ、やっか!」

 予定はすぐに変更された。どこまでもマイペースな男だ。

「ふとしも行くよな? 委員長は!?」

「まだ食べてない」

「じゃ、ソッコーでよろ」

「は?」

「お、委員長、参戦?」

「あたりめえだろ!? ついにこの日が来たってことよ!」

「マジか~」

「いや、行かないけど」

「あ、今枝、昨日のサッカー見た?」

「見た見た! あれさぁ……」

 もう僕の話は聞いてないようだ。僕も行く雰囲気にして話を切り上げ、反論を封じる。この手の連中の、この手の会話テクには本当にびっくりさせられる。ほんとふざけるなよ……さっきまで部誌取りに行くとか言ってただろてめえはよ……。心の黒いつぶやきをなんとか押し殺す。


 結局、昼休みはバスケした。腰が痛くなった。


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