第11話 「はじめての物語」1
6月3日の水曜日に、私たちの部誌は完成して、図書室の貸し出しカウンターの隅に置かれた。その日は部室でささやかなお祝いをした。お祝いしてる間も、私は図書室に置かれた部誌のことを思って、なんだか胸がドキドキしていた。
初めて自分のことを書いた。そんな風に思えた。読んだ人にどんな風に思われるだろう。それが心配だった。そんな私の胸のうちを見透かしたように、茜先輩は私のことを見て、にやにやしていた。
『詩と物語・平成2Y年 春と夏の間号』
【まえがき】
今年も新たな部員を迎えて、このように部誌を発行することができました。これもひとえに応援してくださるみなさまのおかげです。ありがとうございます。そんな感謝の気持ちをこめて、ここに「詩と物語・平成2Y年春と夏の間号」を上梓いたします。
文芸部部長 2年 宮守美夜子
【もくじ】
「無題(詩)」 文村冬湖
「コノハナ姫とコハルの冒険!」 神山しらゆき
「春を詠む十句~自由律俳句・自薦評付き~」 立花茜
「ルルック王国物語・第4話」 牧野ひなた
「水の庭」 宮守美夜子
【本文】
「無題(詩)」 文村冬湖
春の日、入学式の日に
私は一枚の小さな紙を受け取りました
それは文芸部へのお誘いで
背中を押してくれる人もいて
私は文芸部に入りました
いま、その人が聞くのは
あなたのまわりにどんな人がいるの?ということ
ですから私は聴いてほしく思います
いま、私のまわりにいる人たちのこと
M先輩
さらさらした黒髪が風になびいて
子どもの面影を残して、その人は
大人になろうとしていました
彼女は自分の想いを私に届けて
私を文芸部へと呼んでくれました
少しずつ変わっていく私の日常を
彼女は見守っていてくれて、だから
私はそんな日々を私の言葉で
一編の詩にしてみたいと思いました
H先輩
甘いお菓子と温かな紅茶の匂いの中で
彼女の甘くかすれた声が言葉を紡げば、それは
私の心を甘くくすぐるお話になって、そして
面映さや恥ずかしさを感じても、それでも
そのお話を心で受け止めたら、なんだか
いいことがあるような予感に心が弾んで、だから
少しずつそのお話に、そして彼女に
惹かれていくのを感じました
A先輩
日常の流れを拭い去って
詩を詠う声がして
妖しく笑う彼女に私は手招きをされ
手を伸ばしたら、その手を引かれて
入り込んだその先で、心は
世界を駆け巡って、私は
戸惑いとドキドキを感じて、知らないうちに
彼女のいる世界をもっと知りたいと
そう思っていました
S
入学式の日に初めて出会って
いつも一緒にいたから、かえって
私は彼女のことを、何も知ろうとしませんでした
明るく笑う彼女に甘えて、ただ
与えられるままに受け取っていました
だからいま、私は彼女のことを知りたく思っています
明るく笑う彼女だけでなく、もっと
色んな彼女に出会ってみたく思います
彼女の隣を歩きながら、私は
そんなことを思いました
これがいま、私のまわりにいる人たちのこと
私の想っていること、そのままの言葉です
「コノハナ姫とコハルの冒険!」 神山しらゆき
コハルはコノハナ姫にお仕えする侍女です。今日も朝になったので、コノハナ姫を起こすために寝室へと向かっています。
「おはようございます、姫さま!」
「おはよう、コハル」
コノハナ姫は落ち着いて言いました。コノハナ姫はめったに笑顔を見せません。でもコハルは実は心優しいコノハナ姫のことが大好きでした。
「今日は大変よい天気ですよ」
「そうね。今日は街に出てみましょうか」
コノハナ姫はときどき城下の様子を見るために、お忍びで街に出ることがありました。
「お供します!」
コハルは元気に答えました。
街はとてもにぎやかです。大通りをどんどん歩いていくと、病院の前でしょんぼりしている女の子がいました。
「どうしたのかしら、行ってみましょうコハル」
「はい、姫さま!」
コノハナ姫は女の子に話しかけます。
「どうしたの?」
「わあーーっ」
女の子は泣き出してしまいました。
「落ち着いて、大丈夫よ」
コノハナ姫がやさしく背中をなでると、女の子はじきに泣きやみました。
「どうしたの? 何か困ったことがあるの?」
「友だちが病気なの」
「まあ、それは大変」
「それで病気を治すためには雪の花のみつが必要だって言われたの」
雪の花は冬に咲く花でめったに見かけないまぼろしの花といわれています。しかも今はもう春になっています。
「雪の花のみつ……どこなら手に入るかしら?」
「コノハナちゃん! もしかしたら、四季の森に咲いてるかもしれないよ!」
コハルはお忍びのときはコノハナ姫をコノハナちゃんと呼ぶように言われているのです。敬語も使ってはいけないことになっています。
「それでは、その四季の森に行きましょう! 大丈夫! お姉ちゃんたちが雪の花をとってきてあげるから!」
「ほんとう!? ありがとう、お姉ちゃんたち!」
コノハナ姫はすっくと立ち上がりました。
「コハル! 行きましょう!」
「はい! コノハナちゃん!」
本屋で地図を買って作戦会議です。
「ちょっと遠いわ、コハル」
「お任せください、コノハナちゃん。こんなこともあろうかと、わたくし、空を飛ぶ魔法を習っていたんです!」
「まあステキ」
コハルはコノハナ姫をおんぶしました。
「さあ、しっかりつかまっていてくださいよっ!」
そういわれて、コノハナ姫はコハルの首に抱きつきました。
「とおっ!」
コハルが地面を蹴ると、ふわりと体が浮き上がり、そのままぐんぐん空へとのぼっていきます。雲の近くまで来ると、もう街はミニチュアのようです。
「それでは、四季の森にしゅっぱーーつ!!」
風のように飛んで、あっという間に四季の森へと到着しました。森の端っこに二人はおり立ちます。
「コハル、冒険ね」
「はい、姫さま!」
そのとき、木の茂みがガサガサ鳴りました。
「そこにいるのは誰!?」
「へへ、オイラだよ」
木のかげからキツネがあらわれました。
「おじょうちゃんたち、ここに何しに来たの?」
「わたくしたちは、この森に雪の花を探しに来たの」
「それならオイラが知ってるよ。ついてきな」
「そんなこと言って、だますつもりじゃないでしょうね? キツネは人を化かすっていうから!」
「オイラはいいキツネだよ」
「大丈夫よ、コハル。キツネさんについていきましょう」
二人と一匹はけもの道をたどっていきます。途中に小川があって、キツネとコハルは川から出ている石をぴょんぴょん跳んで渡りました。
「わたくし、ちょっとこわいわ、コハル」
「大丈夫だよ、コノハナちゃん! いきおいをつけて、ぴょんぴょんぴょんって跳べばいいんだよ!」
コノハナ姫はコハルに言われた通りに、いきおいをつけて跳びました。最後の石を跳ぶと、コハルがコノハナ姫を抱きとめました。
「ああ、びっくりした。でも、楽しかったわ」
コノハナ姫はそう言いました。
もっと歩いていくと、にぎやかな音楽が聞こえてきました。
「なにかしら?」
「動物たちのパーティーだよ」
二人が行くと、動物たちはみんないっせいにコノハナ姫を見ました。
「わあ、きれいな人!」
「ステキな子!」
「かわいい人、私と踊ってください!」
紳士や淑女や子どもや大人まで、みんなコノハナ姫と踊りたがりました。コノハナ姫はやさしいですから、みんなと順番に踊りました。コハルはそんなコノハナ姫を見ていました。
「君は踊らなくていいのかい?」
キツネが聞きました。
「いいの」
本当はコハルも踊りたかったのですが、あんまりコノハナ姫となれなれしくすると、帰ってお妃さまに怒られてしまうのです。
みんなは踊りつかれて、ご馳走を食べたり、飲み物を飲んだりし始めました。
「さあ、いまのうちに出発しましょう、コノハナちゃん!」
「そうね!」
「雪の花が咲いてる場所はもうすぐだよ」
キツネも言いました。
森の奥へと歩いていくと、急に冷たい風が吹いてきました。森のあちこちに雪が残っています。雪の花はそこに咲いていました。
「これだ。これが雪の花だよ」
「まあ、きれい!」
コノハナ姫は雪の花を一輪、そっと摘みました。
「ありがとう、キツネさん!」
「いいってことよ」
「さっきは疑ってごめん。ありがとう」
「気にしてねーよ」
コハルはコノハナ姫をおんぶしました。
「また遊びに来いよ!」
「ええ、きっと!」
「バイバイ!」
コハルの魔法で、二人は街の病院まで一っとびで戻ってきました。女の子は病院の前で二人を待っていました。
「はい、雪の花、持って来たよ」
「わあ、ありがとう、お姉ちゃんたち!」
女の子はうれしそうに笑いました。
二人がお城に帰ってくると、もう夜になっていました。
「今日はとってもたのしかったわ。たくさん冒険したわ」
「はい、姫さま」
「ほら、コハル。私と踊りましょう?」
「え?」
「今日、コハルとは踊れなかったから。わたくしと踊るのは嫌?」
「そんなことありません! 踊りたいです!」
夜のお城の大広間で二人は踊りました。それはとってもすてきな夜でした。
次の日、コハルがこっそり様子を見に行くと、病気の子は雪の花のみつで病気が治ったことがわかりました。コノハナ姫とコハルはとても喜びました。
それからもコノハナ姫とコハルは二人仲良くしあわせに暮らしました。おしまい!
「春を詠む十句~自由律俳句・自薦評付き~」 立花茜
読者の皆様は、種田山頭火という俳人をご存知だろうか。小・中学校の教科書等で知ったという方も多いだろうと思われる。たとえば「うしろすがたのしぐれてゆくか」という句。また「どかりと山の月おちた」という句。この自由さに惹かれるという人は多く存在し、たとえば私もまたその一人である。このような山頭火の俳句は自由律俳句と呼ばれている。今回、私はこの自由律俳句を自分でも作ってみることにした。そこからどんな世界が見えるのか、興味があるからである。つたない句ではあるが、皆様に少しでも楽しんでいただけたら幸いである。なお、それぞれの句には自薦評を付録してある。併せてお読みいただきたい。
うんとこしょ小石退く
啓蟄である。冬ごもりしていた虫が土の中から姿を現す季節である。虫たちが小石をどかして土の外へと出ようとしている。そんな躍動感あふれる一句である。それはこの高校へ新しい生徒たちがやってくることを予感させる。啓蟄とは3月の5、6日ごろのこと。
春の風吹き散らす
おもわず「何を?」と聞き返したくなるような句だ。春の風が吹き散らしたものは、一体何なのか。それは桜の花びらかもしれないし、薄毛の男性が頭にかぶっていた人間の毛髪なのかもしれない。突然の強い風にきゃあきゃあと声があがり、教頭のかつらがふわりと浮き上がって空へ吸い込まれていく。そんなのどかな春の日の一コマが切り取られている。
先輩が飛び出してくる
部活動の存続のためには、新入部員がどうしても必要だ。それゆえ先輩たちは後輩たちの前に飛び出していく。とびきりの笑顔とともに。そして、それぞれ趣向を凝らした部活動勧誘のチラシを、彼らの手にねじこんでいくのだ。高校生活における先輩と後輩との出会いを描いたほほえましい一句である。
青春が駆けてゆく
朝に通学路を歩いていると、部活の朝練に遅れそうなのか、私を走って追い越していく人がある。その遠ざかる背中を眺めていると、ふと「自分にもあのような頃があったのだろうか」などと考えさせられる。そしてずいぶん遠くまで来てしまった自分に気付かされるのだ。高校最上級生の悲哀がにじみ出る秀逸な一句であり、感涙を禁じえない。
木漏れ日の迷路突っ切る
並木道に落ちる光と影が迷路を作っている。だが後輩たちはそんなもの全く意に介さない。光を踏み、影を踏み、ずかずかと真っ直ぐ歩いていく。自分の行きたい場所に行くためには、時に太々しさや図々しさも必要で、後輩たちは既にそのことを知っているようだ。後進の頼もしさをさりげなく詠った秀逸な一句である。
空が近くなる
3年生に進級するのに伴って、教室も2階から3階へと移った。窓から見える風景が広がり、また空も近くなった。そして寿命的な意味合いでも「空が近くなった」のである。齢をとるということは、知識や経験を積み、視界や見聞が広がることを意味するが、それでもやはり一つ齢をとったのである。そんな感慨がにじみ出るような一句である。
自転車のこぐ速さ
体感時間の長さは、体に蓄積した時間に反比例するという。高校も3年生ともなれば、一日が過ぎ去るのは本当に速い。3階の窓からグラウンドに目を転ずれば体育の授業を受けている下級生たちが見える。一日一日を楽しみきっている後輩たちに若干嫉妬しつつも、私だって今日を生きている。帰り道、自転車をこぎながら、ふとそのような感慨に浸っている。
タウリンが入ってゐる
机の上に栄養ドリンクのビンが置かれている。こんなものに頼る齢になったのだ。キリリとキャップを回し、飲み口に鼻を近づければ甘い薬品の匂いがする。ちょいと口に含めば、大いに精力が増進した感を得る。つらいときも悲しいときも、飲んでおけば大丈夫な気がする。そんなほろ苦い想いを机の上の小瓶が静かに見つめている。そんな一句である。
老人の見送る子ら
杖をついた老人がいる。幼稚園の遠足であろうか、おそろいの帽子をかぶり、列を成してにぎやかに歩く子どもたちがいる。老人は挨拶を受ける。挨拶を返す、笑顔で。そして彼らの後ろ姿を見送る。彼らは笑い、にぎやかだ。遠ざかっても声が聞こえる。老人はまだ見送っている。老人の後ろ姿、遠くに見える子らの後ろ姿。何気ない日常の一コマがさりげなく描出されている。
雲ぽたり落つ
ぽたり。その感触にふと空を見上げる。雲の切れ端、雨だ。しかし本格的に降りだすにはまだ間があるだろう。このまま歩いていこう。服が濡れたら乾かせばいい。それにしても雨が降ったからどうだというのか。雨は降っても、いずれは止むものと相場は決まっている。ぽたぽたぽた。少しずつ雨足が強まってくる。校舎の軒先までまだ間がある。それでも作者はのっそりと歩き続けている。客観化された作者の諦観がよく表れた名句である。
茜色の影よぎる
本稿を読了後、文芸部部長M女史はこう言った。
「先輩? またふざけたんですか?」
とんでもないこと。何をおっしゃる、うさぎさん。作者は断然抗議した。自由律句や短律句をおふざけとは何事か。何と情けない。これでは先人たちに申し訳が立たない。私の顔も立たない。大いに熱弁をふるった。しかしM女史は冷ややかに一言。
「立たないなら、横にしとけばいいんじゃないですか?」
おお、なんて辛辣なことを言うのか。昔はこんなではなかった。いや、やはりこんなふうだったのかもしれない。それはそれとして、もっと私に優しくしてもらいたいものだ。よよと涙に暮れ同情を喚起せんとするも、向こうは慣れたもの。
「それじゃ、これで印刷しますからね」
そう言って、原稿を持っていったのだ。
思い起こせば幾星霜。今でこそ最上級生であるが、私にも後輩の時期というものはあったのであって、それこそ先輩たちを「先輩☆」と呼んだものだ。優しい先輩もいた。厳しい先輩もいた。笑いをとりにいこうと張り切っては空回り、だだ滑っていた先輩もいた。何もかもが懐かしい。
そこは夕暮れの部室である。ふと誰かの気配を感じる。
「先輩!?」
振り返っても誰もいない。その気配は作者の追憶の彼方からやってきたのであろうか。
「せ~んぱいっ!」
そう呼ばれて我に返る。呼んだのは作者の後輩であり、文芸部副部長であるH女史である。
「せんぱい、今回のも面白かったですよ~! 私、笑っちゃいました!」
H女史は無邪気な笑顔でそう言うのだ。それはよかった、なによりだ。作者はそう一人ごちて、窓の外を見る。夕焼けの空が見える。そうだ、あの日の夕焼けもこんな色だった……。窓辺に一人立って、たそがれる作者の後ろ姿を想起させる、そんな一句である。




