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新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
はじめての物語編
31/67

第10話 「お話作りの途中で」4

□ 文村冬湖


 朝の自転車置き場で、しらゆきを見つけた。ちょうど自転車を立てて鍵をかけようとしているところだった。私はしらゆきに声をかけようとして、でもできなかった。しらゆきのその横顔がなんだかひどく思いつめているように見えたから。そしてその瞳は、いま目の前にあるものを見てないように見えた。

 鍵をかけ終えたしらゆきが、私の方を向く。私を見て、目を見開いて、それからあわてて視線を逸らした。それからもう一度私を見て、こちらをうかがうような笑顔を浮かべた。

「おはよ、とーこ」

「うん、おはよう、しらゆき」

 しらゆきは私が自転車を立てて鍵をかけるのを待っててくれる。

「おまたせ」

「うん」

 笑顔で私を促して、私たちは並んで歩き出す。私はしらゆきの横顔をちょっと見てみる。

「ん?」

 しらゆきが私を見る。その表情はもういつものしらゆきで、口もとには楽しそうな笑みが浮かんでいた。

「んーん、なんでもない……」

 私はそれだけを答えて、また前を向いた。

 教室に着くと、長峰くんがもう来ていて、しらゆきと長峰くんはいつものやりとりを始める。

「先生! 締め切り明日なんですけど!? 早く原稿書いてください!!」

「は? あんたにくれてやる原稿とかないけど!?」

「先生! 先生!」

「うっさい!!」

 からかうような調子の長峰くんに、笑顔で言い返していくしらゆき。それはいつものしらゆきだった。あの表情はなんだったんだろう? それは一瞬の印象だった。たしかに私はそれを見た。でも、その表情の意味はどんなに考えても分からなかった。


 放課後、部室へ行くと、茜先輩が大皿にお菓子の袋をひっくり返しているところだった。丸っこいころころしたチョコレートや、両端のつねられた綺麗な紙に包まれたチョコレートが山盛りになっている。

「わー、どうしたんですか、これ!?」

「ふふ……締め切り前だし、糖分を大量に補給しないとね……」

 そう言いながら茜先輩は、まだ湯気のたつ紅茶を水筒からコップに注いで、私としらゆきの席の前に置いていった。

「ほれ、ぐっといけ……」

「いっただきまぁす!!」

 席に腰掛けて、アーモンドの入ってそうな丸いチョコを口に入れるしらゆき。朝のことがどこか気のせいだったような気もしてくる。私も自分の席にかけて、包み紙のチョコを一つ、手に取った。

「私もいただきまーすっ!」

 テーブルのいつもの席に座っていたひなた先輩もお菓子に手を伸ばす。手元にはスケッチブックを持っていて、お菓子を取った手には緑色の色鉛筆が握られていた。

「ひなた先輩、なに描いてるんですかっ?」

 しらゆきが聞く。

「これ? これはね、今度の部誌の表紙だよ~。いつも真っ白じゃ味気ないから、今回入れてみようってなったんだ~」

「へぇ~」

 たしかに今までの部誌の表紙は題名だけが書かれていて、他は真っ白だった。

「私は『白地に題名オンリーが渋い』って思っとったんやけどねえ……時代は変わったんやろか……」

 芝居がかったお婆さんのような声を出す茜先輩。そのとき、部室の扉ががらがら開く音がして、後ろから美夜子先輩の声がした。

「二人とも、来てたわね」

 振り返ると、美夜子先輩がいて、私たちのすぐ後ろまで歩いてくる。

「私、今日は図書委員の仕事があるの。だから、何かあったらひなたに聞いてね。それだけ言っておこうと思って」

「はーい」

 私は、律儀な美夜子先輩らしいなって思った。

「じゃあ、ひなた。あとよろしくね」

「まかせて~」

「ん?」

 美夜子先輩が大皿のお菓子に気付いた。そして、私としらゆきの間から手を伸ばして、中に何か入ってそうな長四角のチョコをひょいっと取って食べた。美夜子先輩にしてはとても敏捷で思い切った動作だったから、私は初めて見たような気がして、なんだかとても新鮮に感じた。

「美夜子、お行儀悪いよ……」

 茜先輩がニヤニヤ笑いながら言う。

「い、いいじゃないですか!」

 美夜子先輩が抗議する。それから私としらゆきの視線に気付いて、ちょっと恥ずかしそうに私たちから目をそらした。

「そ、それじゃあ、いってきます!」

「いってらっしゃ~い!」

 美夜子先輩を見送って、私たちはまた4人になった。

「それじゃ、鬼の居ぬ間に洗濯といきますか……」

「も~、ちがいますよぉ茜先輩っ! 打ち合わせが先ですよっ!」

 ひなた先輩が笑いながら茜先輩にそう言って、私たちの方を向いた。

「ねっ、二人とも、どうかな? 今日を入れてあと4日だけど、大丈夫そう? しらゆきちゃんは、一通り書けてたよね?」

「あ、はい。あとはその、ちょこちょこ直していこうと思ってます……えへへ」

「うん! とーこちゃんはどう?」

「えと、私は……たぶん、大丈夫だと、思います。間に合うと、思い、ます……」

「わ~、たのもしいなぁ~! 二人とも、すごい!」

 うれしそうに胸の前で両手を合わせるひなた先輩。

「さて、やることやったし、おやつでも食べてのんびりしますか……」

「うーん、そうですよね。せっかく茜先輩が用意してくれたんですから……あ、これ美味しそう!」

 ひなた先輩が赤くきらきら光る包み紙に入ったチョコを手に取る。

「これ、お酒とか入ってないですよね?」

「んにゃぁ~? ちょっと分からない……」

「ひなた先輩、あたしが毒見します!!」

 しらゆきがそう言って、ひなた先輩のと同じ包み紙のチョコを手にとって、口に入れた。

「ん、お酒じゃない、と思います。なんか、じゅるっ、ってしたのが出てきましたけど」

「そっかぁ、じゃあ安心だね」

 それからしばらく私たちは、いろんなチョコを味見した。

「ふふ、ちょっと太っちゃうかも?」

 ひなた先輩が口の中にチョコを入れたまま、ふくみ笑いする。

「あ、そ、そーだ、ひなた先輩!」

「んー? なあに?」

「結局、美夜子先輩って、あのピンクのセーター着てくれたんですか?」

 しらゆきがひなた先輩にそんなことを聞いた。「あのピンクのセーター」というのは、この前、美夜子先輩がひなた先輩としらゆきに押し切られるようにして買ったセーターのことだった。

「あ、うん。着てくれたよ。みよっちの部屋でだけど。もっとカワイイ服着て、街を歩いてくれたらいいのにって思うんだけどなぁ。ほら、みよっちは、照れ屋さんだから」

「あ~わかります~」

 しらゆきが相づちを打つ。

「ひなた先輩って美夜子先輩のこと、なんでも知ってそうですよね?」

「まあね~。みよっちとは幼稚園のころからず~っと一緒なの! だから、たいていのことは知ってるかなぁ? ふふ」

「あ、あの、ひなた先輩……」

「なあに?」

「ひなた先輩にとって美夜子先輩ってどんな存在なんですか?」

 しらゆきのその質問に、ひなた先輩はちょっと驚いたみたいだった。

「わ~難しい質問だなぁ~! う~ん……」

 そう言って、左手の指先を下唇にあてて考え込む。

「うん、そうだね……みよっちは私にとって……大切な友だち。かけがえの無い親友。うん、そう。そうなんだと思う」

 私はちょっと茜先輩の方を見てみた。茜先輩はしらゆきの事をじっと見ていた。

「今までず~っといっしょだったから、離れるなんてこと、想像できないよね。だからこれからも、ずっと一緒にいれたらいいなって思ってるの。これからもずっと。お互いに結婚してからも、家族ぐるみでお付き合いできたら……それって、とってもステキだと思わないっ!?」

 そう言ってふんわり笑う、ひなた先輩。聞いてるこっちが恥ずかしくなるような、いつものひなた先輩だった。何気なくしらゆきのことを見てみる。そのとき私は、一瞬のしらゆきの表情の空白を見た気がした。それは本当に一瞬のことだった。

「そうですよね! それっていいですよね!!」

「うんっ!」

 盛り上がるしらゆきとひなた先輩。そしてにやにやと笑う茜先輩。それはいつもの部活動の光景だったけれど、私はどこか違和感を感じていた。

「それじゃあ、あたし、ちょっとPCルームにいってきます!」

 紅茶を飲み終えたしらゆきが席を立つ。

「いってらっしゃ~い!」

「いってら~……」

 私も見送ろうと思ってしらゆきのことを見ていたけど、なぜかしらゆきは私と目を合わせるのを避けるようにして、部室から出て行った。


 ひなた先輩の色鉛筆がスケッチブックの上をさらさらすべる音が聞こえている。茜先輩はマグカップ片手に窓際に立って、窓の外を眺めている。二人は気付かなかったのかな、今日のしらゆきがいつもと違うことに。それとも、これは私の勘違いなのかな? そんなことをぐるぐる考える。それでも一応聞いてみようと思って、私は斜め前のひなた先輩に声をかけた。

「あ、あの~……」

「ん? どうしたの? とーこちゃん」

 ひなた先輩がスケッチブックから顔を上げて、やわらかな眼差しで私を見る。そんなひなた先輩を見て、私はやっぱり自分の勘違いのような気がして、これから言おうとすることに気後れを感じた。

「あの、今日のしらゆき……あ、やっぱりなんでもないです……」

「言いかけて言わないなんてダメだよっ! 気になっちゃう! ね、言って?」

「……えと、あの、今日のしらゆき、いつもと違ったり、してませんか?」

「ん~、私には普段どおりのしらゆきちゃんに見えたけどなぁ……とーこちゃんは、どうしてそう思ったのかな?」

「えと……な、なんとなく……」

 うまく言えない。自転車置き場での横顔も、さっきのしらゆきの表情の空白も、それを言葉にしてしまえば、全部が気のせいで、私が深刻に考えすぎているだけのような気がしてくる。

「とーこがそう思うんなら、そうかもしれないよ……?」

 茜先輩がにやにや笑いながらテーブルの方へとやってくる。

「そうですよね。だってとーこちゃんが、しらゆきちゃんのこと、いちばん近くで見てるんだもんね!」

 私がしらゆきのことを一番近くで? たしかにそうだった。私は高校に入ってからずっと、しらゆきといっしょにいた気がする。でも、私はしらゆきのどんなことを知ってるんだろう?

「なにかあったら、とーこがちゃんとフォローしてあげないとね。まさに愛の力でね……」

「そう、ラブ!ラブ!な感じでね☆」

 何かあったら私が何とかする。そんなこと、考えたことがなかった。いつも誰かが……姉さんがなんとかしてくれていたから。それに、私が何かしたら、それが間違った方向へと進んでしまうような気もして、なんだか怖かった。

「大切なことだよっ。とーこちゃんだけがそれに気づいたんだから。いざというとき、なんとか出来るのはとーこちゃんだけだよ……なんて言ってみたりして!」

 ひなた先輩は右手に持った赤い色鉛筆をタクトのように振った。

「ま、がんばりよ……」

 なぜか茜先輩が私の頭をなでる。私はなんだか恥ずかしくなって、うつむいて私の食べたチョコレートのきらきらする包み紙を見ていた。


 自分の部屋の机の前に座って、私はペンを手に取った。開けた窓から夜風が入ってカーテンを揺らしている。ノートを開いて、しらゆきのことを書こうとしてみる。開いたページには、私が今まで見たしらゆきのことが、思い付いたままに書かれている。1年4組の教室で初めて会ったとき、しらゆきは楽しそうな笑みを浮かべて、あたりをきょろきょろと見回していた。部活見学のときは火照った顔を水で冷やしていた。すごろくのときのかわいいポーズ。二人でお出かけしたとき、駅前広場で待つ私のところまで傘もささずに駆けてきた。本当のことを言えば、そのときの真剣なような焦ったような表情はちょっと可笑しかった。私はずっとここで待っているのに、どうして走ってくるんだろうって思った。

 しらゆきは明るい。しらゆきはいつも楽しそう。でもそんな言葉は、朝の自転車置き場で見たしらゆきの横顔とうまく馴染んでくれない。私はきっとしらゆきのことをまだよく知らない。だからこんなふうに、しらゆきに当てはめようとした言葉が、しらゆきの表面から滑り落ちてく感じがするんだって思った。


 そして次の日、しらゆきは学校を休んだ。


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