第10話 「お話作りの途中で」3
▼ 高原莉香子
土曜日、久しぶりに中学校時代の友だちで集まった。しらゆきも来た。あの日以来、しらゆきとまともに顔を合わせるのは初めてだった。
カラオケ店へと入り、歌を歌う。中学時代の感覚がよみがえる。しらゆきはタンバリンを叩いている。
「いえ~い!!」
誰が歌っても、どんな歌でも、調子を合わせて場を盛り上げようとするしらゆきは、誰がどう見てもいつものしらゆきだ。私だけがしらゆきのカラ元気に気付いている。しらゆきは私と目を合わせようとしない。それでも私は、しらゆきの意識が私に向いているのを感じている。
しらゆきの隣に座っていた子が席を立った。その隙に私はしらゆきの隣に席を移動する。しらゆきは私の方を見ない。歌っている子の方を向いてマラカスを振っている。さりげなくしらゆきの太ももに手を置いた。しらゆきの脚がびくりとはねる。それでも歌っている子に笑顔を送り、マラカスを振る。
あれはたしか、しらゆきが小6のときだった。その頃にも、しらゆきには好きな子がいた。放課後の教室で、みんなでおしゃべりしているとき、しらゆきはふざけてその子に抱きついた。しらゆきにしてみれば、それは友だち同士のスキンシップのつもりだったのだろう。でもその子はしらゆきのその行動になぜか――それとも友だち同士のそれとは違う何かを感じたのだろうか――驚いて慌てふためいてしまった。座が白けた。その子はしらゆきに謝って、しらゆきはおどおどした笑顔を浮かべていた。しらゆきとその子の関係について言えば、そのときのことが尾を引くことはなかったけれども、あのときのことが、しらゆきの心の傷となって残ったことは間違いなかった。
だからしらゆきは私の手を払わない。怯えた様子も見せず、普通に振舞おうとする。しらゆきは優しくて――そしてとても分かりやすい。でもそんなしらゆきが、私の気持ちに応えてくれない。それが不思議でしょうがない。
その後、カフェへと移動した。そこそこ賑やかな店内で、私たちは完全に昔のカンを取り戻していた。おしゃべりに花が咲く。しらゆきも笑っている。
「てゆーか、そっちはどうなの? 新百合ヶ丘」
今度は私としらゆきに話が振られた。
「いいとこだよ!! 緑も多いし!!」
当たり障りないことから言うしらゆきを見ながら、私はどうやってしらゆきを困らせようかと考えていた。
「そーだ、しらゆき、そっちももう中間あったんじゃない? 大丈夫だったの?」
「もっちろん! 赤点、一個もないよ!」
笑い声が起こる。
「がんばったね、しらゆき!」
「スゴイスゴイ!!」
ひとしきり盛り上がり、話題が途切れそうになるところへ、私は割って入る。
「知ってる? しらゆきってば文芸部に入ったんだよぉ!」
「え~? うそぉ~!?」
みんなから思い通りの反応を引き出して、私は満足する。
「しらゆき、アンタ陸上部だったでしょ!?」
「『猪突猛進の神山』とか言われてたじゃん!!」
「ほんとなの? しらゆき?」
みんな、口々に驚きを口にする。
「ほんとだよね? しらゆき?」
「う、うん。ま、まあそう、かな?」
私たちは普通に会話する。でも、それは表面だけのこと。しらゆきの目は私を見ずに、私の後方へと逸れていた。
「なんで文芸部?」
「そーだよ!」
「な、なんていうかさ、新しいこと始めたいな~っていうのもあったし、それに体験入部が楽しかったからさ……それで、ちょっと、始めてみた」
「お~」
「なんかすごいね」
「あのしらゆきがね~」
「6月の頭に部誌出すらしいよ! しらゆきの話も載るらしいから、みんなの分も私が確保しといてあげる!」
「ほんと!?」
「ちょっと楽しみなんですけど!?」
「え? じゃあしらゆき、いまなんか書いてるんだ?」
「う、うん、まあね……」
照れて頭をかくしらゆきを、私は見ていた。一見、楽しそうに振舞っているけれど、私がみんなに部誌を配ると言ったとき、しらゆきの顔にかすかな戸惑いがよぎったのを私は見逃さなかった。それはこの前、私がしらゆきに言った言葉……
――とーこちゃんが読んで『なんか変』って思ったら、それでアウトなんだよ?
それに根ざしていることは、間違いなかった。
駅前の広場で私たちは解散した。手を振ってお別れをして、広場には私としらゆきが残された。しらゆきが帰るそぶりを見せる。それでもなかなか立ち去ろうとせず、私が声をかけるのを待っているようでもある。それは、
――話があるなら、聞くよ。
ということ。しらゆきは自分が傷つくことが多かったから、自分が誰かを傷つけるのを怖がる。あんなことがあった後でも、しらゆきは私と向き合おうとする。やっぱりしらゆきは優しい。そんなしらゆきが私を愛さないなんて、そんなこと信じられるわけなかった。
「しらゆき」
「ん、ん?」
「ちょっと疲れちゃった! 私の知ってるお店に行こうよ」
「う、うん……」
駅前広場から離れて、通りの奥まった場所にある喫茶店へと入った。静かな音楽が流れる店内には何組かの客がいる。誰にも話を聞かれないよう、私は一番奥の席へと通った。
注文を済ませ、私たちは向かい合う。しらゆきは生真面目な顔でテーブルに視線を落としている。
「このあいだはゴメンねえ!」
私は切り出した。
「え?」
「びっくりしたでしょ?」
「え、うん。いや、べつに? えへへ……」
「実は私、しらゆきのことが好きなんでした~」
冗談めかして言えば、しらゆきは安心したような笑顔を見せた。そんなしらゆきが憎らしくなる。好きだから、余計に。
「ごめん、りかこ。あたしさ……」
「知ってる。言わなくていいよ。応援するよ」
「……うん」
「しらゆきはただ、私にチャンスをくれたらいいの。望みがほしいの。私だってしらゆきのことが好きなんだから」
――もし……もしもね、とーこちゃんも駄目だったら、そのときは……私のこと、ちゃんと見てほしいな?
「ん……んん」
しらゆきは曖昧に答えた。私ならしらゆきのこと、ちゃんと理解してあげられるのに。もどかしい気持ちが胸を去らない。
注文していたコーヒーが運ばれてくる。しらゆきは形ばかり口をつけた。沈黙が訪れる。私はしらゆきの顔をじっと見た。その瞳、その鼻、そのくちびる……。見れば見るほど愛おしい。どうしても欲しい。
「ねえ、しらゆき。私、まだしらゆきにも話してなかったこと、あるんだ」
「え?」
「覚えてる? 中学のときに教育実習で来た、楠ノ木先生」
「あっ、うん! 覚えてるよ」
しらゆきの表情が明るくなる。楠ノ木先生――楠ノ木真子先生――のことは、しらゆきにとって楽しい思い出のはずだ。やさしくて可愛らしい先生だった。たった2週間の間だったけれど、彼女は生徒たちの人気者だった。しらゆきもよく懐いていた。
「しらゆき、『めっちゃイイ匂いする!』とか言って、後ろついて回ってたよね!?」
「そ、それはさぁ……。り、りかこだって、『この問題が分からないんですけど』とか言って、職員室に突撃してたじゃん!!」
そうだった。そんなこともあった。構ってもらえるのが楽しかったし、わざと難しい問題を聞きにいって困らせるのも楽しかった。彼女の周りにはいつも誰かいて、しらゆきも私もその中の一人だった。
「なつかしいなぁ~楠ノ木先生! もう先生になったのかな?」
「ねえ、しらゆき。実は、私ね……」
「ん?」
「……実習の最終日に、楠ノ木先生にカミングアウトしてみたんだ。私は……そういう人間だって」
「えっ、嘘……?」
「本当」
思わせぶりに少しの間、私は口をつぐんだ。
「……たった2週間だったけど、こんなお姉ちゃんほしいなって思えたし、だから楠ノ木先生に私のこと、わかってほしかったのかも知れない」
他人事のように言い、しらゆきの反応を見る。しらゆきは緊張した面持ちで私を見ていた。
「たぶんさ、楠ノ木先生がやさしいから『大丈夫、変じゃないよ』とかそういう言葉を期待してたんだと思う。自分は変なんじゃないかってずっと悩んでたから、だれかに肯定してほしくて、それで楠ノ木先生ならわかってくれるかもしれないって思ったんだと思う」
「う、うん」
「それで、言ってみたんだけど……」
笑顔を浮かべてみせる。まるで笑い話をするように。
「『気持ち悪い』って言われた。『そういうのやめて』って」
「え……」
「それでさ、これから私に告白されるとか思ったんじゃないかな? 引きつった顔で『ごめんなさい』って言われちゃってさ。それで走って逃げられちゃった」
「う、嘘……」
「本当」
もちろん、それは嘘だった。私と楠ノ木先生との間に、そんなやりとりはなかった。しらゆきは呆然としている。しらゆきの思い出を永久に汚してでも私には欲しいものがあって、それはしらゆきだった。
「だから、私……」
――泣け、泣け、泣け、今、今、今……!!
涙が一粒、頬を伝った。これは演技だけど、演技じゃない。私のしらゆきへの想いは本物なんだから、これは演技じゃない。
「しらゆきが傷つくとこ、見たくないの……」
泣きながら、微笑んでみせる。私はこんなにもしらゆきのことが好きなのに、しらゆきは私のことを見てくれない。しらゆきのためだから、しらゆきにわかってほしい。私の苦しい気持ち、少しわけてあげるから。だから、同じ気持ちになってほしい。
「しらゆき。なんでも相談してね。しらゆきのこと、わかってるつもりだし、私、しらゆきにしあわせになってほしい。だから協力するよ。私に出来ることなら何でもするよ。ね?」
喫茶店を出て、バス停へと歩いた。しらゆきの横顔を盗み見て、私は自分の話がしらゆきの心につけた傷の深さを測ろうとした。しらゆきが傷つくのを見たくない。しらゆきにしあわせになってほしい。それは私の本心だった。でも、私がしらゆきを傷つけるのは別。しらゆきの心の中に私の痕跡が残せるなら――私は何でもする。




