第10話 「お話作りの途中で」2
□ 文村冬湖
夜、ベッドに横になって目をつむって、私は考えていた。私は文芸部のことを書く。でもどんなふうに書くんだろう? 姉さんからもらったノートは切れ切れの文章と横線と斜め線でいっぱいになっていた。
はじめ私は、入学式の日からのことを「誰が何をした」と書いていこうとした。でも、途中からどんどん手に持ったペンが重くなっていくように感じられて、それは途中からぷつりと途切れてしまった。
「ぜんぶ書こうとする必要はないと思うわよ? とーこが『こんなことがあったよ』って、みんなに伝えたく思っていること、それはなあに?」
美夜子先輩はそう言っていた。私がみんなに伝えたく思っていること。それは……
「とーこが、今、どんな人たちに囲まれているのか、お姉ちゃん知りたいなぁ」
今、私の周りにいる人たちのこと。私たちの部活見学のとき、美夜子先輩は泣いていた。とても感じやすい人なんだと思う。ひなた先輩がふんわり両手をあわせて話し始めると、なんだか恥ずかしくなる。茜先輩が詩を朗読したこと。私は茜先輩の怖いような笑顔が忘れられなくなっている。そして、しらゆき。いつも明るくて、私に無いものをぜんぶ持ってて、でもなぜか、私と一緒にいてくれる。そんな人たちのこと。
でも、いざ言葉にしようとすると、私には書けなくなる。私が先輩たちやしらゆきのことを書いても、たぶん、一万分の一だって伝えられない気がする。自分の心の中にある光景をうまく言葉にすることができなくて、なんだかもどかしかった。
そう言えば、しらゆきはもう一通り書けたと言っていた。パソコン室でプリントアウトした紙の束を得意そうに持っていたしらゆき。でも、茜先輩が「ちょっと見せて」って言ったとき、それを後ろ手に隠して照れ笑いをしていた。そんなしらゆきを私はうらやましいと思った。
目を開けた。電灯の灯る自分の部屋が白っぽく映った。ずっと目をつむっていたせいか、まぶしい。手を伸ばして、一冊の本を手に取った。「プーシキン詩集」と書かれたその本は、茜先輩にもらったものだった。
「布教用だから」
茜先輩はそう言っていた。ぱらぱらとめくってみる。私にはまだ難しい詩も多かった。茜先輩が朗読した詩もあって、それは私にとって特別な気がする。そして私は、一つの詩のところでページを繰る手を止めた。その詩には「幼きヴォルコンスキイへの墓碑銘 (デカブリスト・セルゲイ・グリゴーエヴィッチのむすこに)」という題名がついている。それは4行の詩句から成る短い詩だった。
光のなか あまきやすらいのなか とこしえの
神のみもとに みどり児は笑みをたたえて
はるかなる流刑の地をばうちながめ
母の幸を願い 父がために祈る
この短い詩を初めて読んだとき、私の頭の中に浮かんだ光景……それは空だった。どこまでも広がる空。遠く遠く地平線のかなたまで続く空。風がびゅうびゅう吹きつけて、雲はどんどん流れていく。その中に私は立っていた。そして私は風に混じって、誰かなつかしい人の声を聞いたような気がした。どうして私はそんな光景を見たんだろう? それは誰の声だったんだろう? 私には分からなかった。
本の注釈と解説のページを読んでみる。それによると、この詩はプーシキンさんが自分の友だちとその奥さんのために作ったものだった。
その友だち、セルゲイさんは、自分の国に未だに奴隷制度があることを恥ずかしく思い、仲間たちと一緒に、ロシア皇帝を相手に反乱を起こしたそうだった。そして、その反乱は鎮圧され、セルゲイさんはシベリアというロシアの辺境の地へと流されることになった。その奥さんのマリーヤさんは、生まれたばかりの子どもを義理のお母さんのもとに残して、セルゲイさんのいる流刑地へと赴いた。たぶん、つらい目にあっているセルゲイさんのそばにいるために。その後、残していった子は1歳と少しで亡くなってしまって、プーシキンさんはこの詩を作ってシベリアにいる両親のもとへと送った。そんな背景がこの詩にはあるみたいだった。
それだけのことを知って、私はもう一度、この詩をイメージしてみた。そこにはやっぱり空があった。どこまでも高い空。その空の下、街外れの墓地に私は立っていた。白い毛布のように穏やかであたたかな光がふりそそぎ、みずみずしい緑の芝生がしきつめられたそこには、白い石でできたお墓が整然と並んでいる。その中の一つはまだ新しくて、純白のその石はどんな汚れもとどめていない。お墓の前には小さな花束が置かれている。私はその白いお墓に触れてみた。冷たい石の感触がした。
振り返って私はそこに空を見た。どこまでも遠く、空の果てを見ようとした。
この空のずっと向こうのその下に、この子のお父さんとお母さんがいて、つらい目にあっている。そしてこの子は二人のしあわせを願っている。運命が変わることを祈っている。そしてその願いは、祈りは、きっと二人に届いたんだ。なぜかそう思えた。胸がドキドキして、そして目の前がぼやけた。
母の幸を願い、父がために祈る。母の幸を……父がために……。母の……。
お母さん。
私の大好きなお母さん。ずっと一緒にいてくれると思ってたのに。それなのに、お母さんは私を置いていってしまった。どうしてお母さんだったんだろう? どうして私じゃなかったんだろう? 私の方が死ねばよかった。そしたらずっと、お父さんとお母さんと、そして姉さんのしあわせを祈っていられた。私の声が届いたらいいのに。お母さんまで、私の声が届いたらいいのに。
わけもわからず、涙がこぼれた。胸が苦しかった。息を吸って、息を吐いた。それでも涙はこぼれた。目もとが何度も熱くなって、温かい感触は何度も目じりからこぼれていった。
ひとしきり泣いたら、少しだけ気分が軽くなった。お気に入りの毛布を一度だけぎゅーっと抱きしめて、ベッドから下りた。机に向かって、ノートを開く。いちばん新しいページには、私がぐちゃぐちゃ書いたその下に、繊細そうな文字でこんなふうに書かれていた。
とーこ、調子はどうですか?
いろいろ試行錯誤しているようですね。初めのうちは、自分の中にあるものをどんな言葉で表現すればいいか、悩むこともあると思います。ときとして文章を書くことがつらいと思うこともあるかもしれません。
でも、とーこ。それは自分を知っていく上でとても大切なことだと、私は思います。ある日、ふとした瞬間に胸に芽生えて、次第に形をとりはじめた違和感や、何度も自分に聞いて確かめて、そうしてゆっくり育てていった気持ちなど、そんなものを少しずつ言葉にして名前を付けていきながら、人は自分たちのことを知っていったのではないでしょうか。
とーこ。もしかしてとーこは、自分の書いたものを誰かに笑われたり、からかいの種になったりすることを怖いと思っていませんか? そんな心配はいらないと思います。みんな驚くほど素直に、そして好意的に、とーこのことを受け止めてくれると思います。だから怖がらないで、とーこの言葉を聞かせてください。
がんばってるとーこのこと、私はちゃんと見ています。私に出来ることがあれば、なんでも言ってくださいね。
それは美夜子先輩の書いたものだった。その下には「がんばれー! フレフレとーこちゃん!!」と丸っこい字で書かれていて、その横には旗を振る子猫の絵が描かれている。これはたぶん、ひなた先輩が書いたもの。
書いてみよう。となりの部屋にいる姉さんのことを思った。そして伝えたい。いま、私の周りにいる人たちのこと。
そうだ、書こう。いま書こう。そう決心したらペンが紙の上をすべりはじめた。その光景を……美夜子先輩の涙を、ひなた先輩の甘くかすれた声を、茜先輩のまなざしを、そしてしらゆきの笑顔を思い浮かべながら、私はそれを少しずつ言葉へと置き換えていく。それは物語ではなくて、詩だった。夜は静かだった。茜先輩が詩を朗読する声をどこか遠くに聞きながら、私は書き始めた。
【引用】
岩波文庫「プーシキン詩集」金子幸彦・訳
「幼きヴォルコンスキイへの墓碑銘 (デカブリスト・セルゲイ・グリゴーエヴィッチのむすこに)」142頁
注釈 209頁
解説 213頁~214頁




