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新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
はじめての物語編
26/67

第9話 「はじめての先輩」2

□ 文村冬湖


 テスト明けの学校は、夏休み前の学校によく似た雰囲気を持っていると思う。机についたまま人心地ついている人や、遊びに行く相談をしている人たち、バッグを肩に部室へと連れ立っていく運動部の人たち……だれもが明るい顔をしていて、そこらじゅうで笑い声がさざめいているような気がする。なんとなく窓を開けてみると、初夏の風が教室の中へと吹き込んだ。それはとても気持ちの良い日だった。

 前の席のしらゆきが「うーん」と大きな伸びをして、それから「ふぁーっ」と大きく息を吐く。そうして、私の方を向いて言った。

「すごい解放感あるよね~っ」

「うん、本当だね」

「まあまあだったかなぁ~? たぶん赤点は回避できてるね!」

「うん……私もそう、だといい、と思う……」

 テストはお昼までだったから、お弁当は部室で食べることになった。支度をして席を立つ。

「それじゃ、とーこ! 行こっか!」

「うん」


 部室のテーブルを囲んでお弁当を食べているとき、美夜子先輩が私としらゆきをかわるがわる見て言った。

「どう? 二人とも、書けてる?」

 私はちょっと、ドキッとした。まだ何も書けてなかったから。隣のしらゆきの様子をうかがってみる。しらゆきも、ちょっと困ってるみたいだった。

「あーっと……まあ、頑張ってます……」

 しらゆきが自信なさげに言う。そのとなりで私は、たまご焼きの端っこをちょっとだけかじった。

「その様子だと、あんまり進んでないみたいね?」

 美夜子先輩がさらりと言ってしまう。たしかにそのとおりだった。

「それでね、茜先輩やひなたとも話したんだけど、担当編集っていうか……その、とにかく付きっきりでフォローしてみたらどうかなって話になったの」

「二人のお悩み聞くよ、ってこと!」と、ひなた先輩。

 茜先輩は、にやにやもぐもぐ、ご飯を食べていて何も言わない。

「それで受け持ちは……」

「じゃーん!」

 そう言いながら、ひなた先輩が私たちに一枚の紙を見せる。

「厳正なるアミダくじの結果、しらゆきちゃんには私が、とーこちゃんにはみよっちが付くからね!」

「へえ! なんか面白そうですねっ!」

 しらゆきは、うきうきしている。私はちょっと気分が重くなった。まだ何を書くのかすら決まっていなかったから。美夜子先輩だから、たぶんそれを怒ったりはしないと思う。でも、なんだか気分が重かった。

 お昼ごはんを食べた後、私たちは二組に分かれた。茜先輩はいつもの位置で本を読み始める。しらゆきとひなた先輩はテーブルに筆記用具を広げ始めた。

「ねえ、とーこ。私たちは外に行ってみない?」

「あ、はい……」

 美夜子先輩の提案で、私たちは外へ出ることになった。

「いってらっしゃ~い」

 私たちに手を振る、ひなた先輩。

「それじゃあ、しらゆきセンセ? 私たちも打ち合わせしましょうっ!」

 ひなた先輩のそんな言葉を背中で聞いて、美夜子先輩と私は下駄箱の方へと歩いた。

「今日は気持ちのいい日ね、とーこ」

「あ、はい……」

「そうね、池の方に行ってみましょうか? あそこでいつも、しらゆきとお昼食べてるのよね?」

「え、と、あの、はい……」

 本当はいつもじゃなかったけど、そんなふうに答えてしまった。


 池のほとりは今日も静かだった。水面は日の光を受けて静かにきらめいている。池を囲む木々がさらさらと鳴って、風が美夜子先輩の長いまっすぐな黒髪をやさしく揺らしていった。

 私と美夜子先輩は池のほとりのベンチに並んで腰掛けた。いつもはしらゆきといる場所に今日は美夜子先輩といる。そのことを少し不思議に感じた。

「気持ちのいいところよね、ここ」

 美夜子先輩が私に微笑みかけながら言う。私は少し緊張していたかもしれない。

「変に気負わなくていいのよ? 担当編集なんて茜先輩が面白がってるだけなんだから」

「あ、はい……」

 なんだか緊張で体が硬くなっていた。自分でもよく分からないうちに、うつむいてしまう。

「それで、どう? 書けてる?」

「えっと……まだ……」

「まだ書くことも決まってない感じ?」

「えと、あの……はい」

「そう」

 美夜子先輩は髪の毛を耳にかける仕草をした。その横顔は怒ってる感じじゃなかったから、私は少しだけ安心する。

「私はね、とーこにあまりえらそうなことは言えないの」

「えっ?」

「私もね、入部して最初のころは何を書けばいいのか、わからなかった。結局、はじめての部誌に何も載せることができなくて……。でもね、先輩たちもひなたも、私に『早く書け』なんて言わなかった。みんな、私が書けるようになるまで待っててくれたわ」

 そう言った後で、美夜子先輩は私のことを見て、微笑んで頷いた。

「だからね、とーこが『何を書けばいいのか分からない』なら、とーこが何かを見つけることができるまで、私たちは待つよ。茜先輩に言われていろいろ考えてみたけど、やっぱりそうするのが一番いいような気がするの」

 私は美夜子先輩の話を聞いていた。なぜか胸が苦しくなる。

「まだ一月ちょっとの付き合いだけど、とーこの心は空っぽじゃないって分かってるから。だから、ゆっくり自分の心と向き合ってみなさい?」

 私を見る美夜子先輩の視線はまっすぐだった。私は思わず顔を背ける。どうして美夜子先輩がそんなことを言うのか、私には分からなかった。私は空っぽ。姉さんが満たしてくれないなら、私はずっと空っぽのまま。空っぽの中を探しても、何もない。どこまでいっても空っぽ。そして姉さんのことは、私には書けない……。

 見つけられるまで待つ。美夜子先輩はそう言った。でもたぶん何も見つからない。このせまくて何もない場所で、私は見つからないものをずっと探し続けないといけないのかな? 途方に暮れて、どうすればいいのか分からなくなる。

「……っ」

 じわぁっと目の前がぼやけていく。自分の意識のどこか遠いところで私はそれを恥ずかしいって思った。それは私の制服のスカートに落ちて、かすかな、ほんのかすかな音が聞こえた気がした。

「と、とーこ!? どうしたの……?」

「す、すいませ……」

「ごめんなさい……私……」

 美夜子先輩が私の背中をさすってくれるのを感じる。私は何とか泣き止もうとするけれど、かえって涙が止まらなくなって困ってしまった。目の中で日の光がにじんで、背中をなでる美夜子先輩の手のひらの感触は、とても優しかった。


▽ 立花茜


「それじゃあ、しらゆきセンセ? 私たちも打ち合わせしましょうっ!」

「あ、はいっス!」

 とーこのことを目で見送ってたしらゆき。言われてあわてて、ひなたの方を向く。うむ、わかりやすい。

「それでっ? しらゆきちゃんはどんなお話を書こうって思ってるのかなっ?」

「ええとですね、女の子が二人いて……」

「二人いて?」

「それで、その、いろいろするんです……」

「いろいろするんだ?」

「はい」

「ふうん。それでそれは、どこまで書けてるのかなっ?」

「それがですね……」

「うん」

「まだ全くなんにも書けてないです……」

「書けてないんだ?」

「はい……」

「なるほどねぇっ! ふむふむ!」

 ひなたは、腕を組んで左手をあごにあてる。あれはひなたの考えるポーズ……。

「それはどうして書けないんだろう?」

「どうして……と言われても、うまく言えないんですけど……」

 そして訪れる沈黙。自分の気持ちを言葉にすることは、言葉を扱う人にとっては基礎の基礎。私が卒業するまでには仕込まなくちゃなるまい。うむ。

 考え込んでたひなたが、ついっと顔を上げる。そして、にっこりと笑った。ここから、ひなた節が炸裂する。そんな予感。

「しらゆきちゃん。私、思ったんだけど、しらゆきちゃんは自由に空想できなくなるのがイヤだなぁ、って思ってるんじゃないかな?」

「じ、自由に空想、ですか?」

「そっ! 頭の中で空想がひらひら飛び回るのは、とても楽しいことだよね。でも、それを文章にするのは、その空想を捕まえるってこと。今までは、いろんな変化をつけて楽しんでこれたけど、それを一つに決めなきゃいけなくなっちゃう。しらゆきちゃんはそれがイヤなんじゃないかな?」

「あ……そ、そうかも? そ、そんな気がしなくもない、です……」

「だよねっ? でもね、考えてみて。しらゆきちゃんの作品はね、しらゆきちゃんの子どもなんだよ。しらゆきちゃんが子どもを生んで、その子に将来ああなってほしいなぁ、こんなふうでもいいなぁ、って思いながら育てるでしょう? でも、実際に叶えられる夢は一つだけ。それでもしらゆきちゃんはその子を愛し続けると思うの。だからね、一つに決めてしまうことを怖れないで。それはお話を成長させるのにとても大切なことなんだから」

「は……はあ……」

「それにね、一つの道筋ができればその先に、また新しい可能性を描くことだってできると思うの」

「…………」

「ねえ、思い浮かべてみて? 作品が完成したときの喜びを。きっとね、自分の作品が載った部誌を『ぎゅーっ』って抱きしめたくなると思うよっ! ……って、あれ? しらゆきちゃん?」

 しらゆきは、テーブルの上に頭を抱えてうつぶせになってた。耳が真っ赤になってる。ふふ……まだまだ修行が足らんのう。

「しらゆきちゃん? しらゆきちゃん? だいじょうぶ?」

「は、はい……だいじょうぶです……」

 しらゆきは、やっとこさ顔を上げる。お風呂でのぼせたような真っ赤な顔。可愛い。

「それじゃあまずは、しらゆきちゃんのお話のイメージを聞かせて? いっしょにどう形にしていくか、考えていこうよ」

「りょ、了解です……」

 息も絶え絶えのしらゆきだけど……。ふむ、この二人の相性はだいぶ良いようじゃの。さあて、向こうはどうなってるかな? 面白いことになってればいいけど。いざ、見に行かむ……!


□ 文村冬湖


 泣き止んで落ち着くまで、ずいぶん時間がかかってしまった。美夜子先輩は、私が泣いている間、ずっと私の背中をさすってくれた。とても申し訳ない気持ちになる。

「ごめんね、とーこ」

「い、いえ……」

 どうして美夜子先輩が謝るんだろう? 私が勝手に泣いただけなのに。袖口で交互に目もとをぬぐうと、なんとなく気詰まりな沈黙が訪れた。

 そのとき、後ろの方から土を踏む音が聞こえた。振り返ると、茜先輩が池へと出る小道を大股でやってくる。どうしてここだって分かったんだろう?

「お、やっぱりここじゃったか……」

 時代劇のセリフみたいなことを言いながら、私たちの方へとやってくる。私はあわててもう一度目もとをぬぐった。でも、茜先輩は私の顔を見ても何も言わなかった。相変わらずにやにやして、ポンポンと私の頭をなでた。そしてそのまま、美夜子先輩の隣に座って、美夜子先輩は私と茜先輩に挟まれる格好になった。

「調子はどうじゃな?」

 茜先輩は少し前のめりになって、私と美夜子を見ながら言う。

「い、今、いろいろお話していたところです……」

 ちょっとぶっきらぼうに美夜子先輩が答える。

「さうかい。ところでとーこちゃん、ちょっとこれ、見てくれない……?」

 そう言いながら茜先輩は美夜子先輩のひざの上に2冊の本を載せた。

「なんで私の上に置くんですか!?」

 美夜子先輩が抗議する。茜先輩はそんなのおかまいなしに、2冊の本を横に並べた。一冊は「大尉の娘」、もう一冊は「プーシキン詩集」と書いてある。

「え、これ……?」

「ちょっとぱらぱらめくってみて?」

 そう言われて、私は美夜子先輩のひざの上から一冊ずつ取って、ぱらぱらめくってみる。

「なにか気付かない?」

「えと……?」

「詩集の方がさ、ちょっと余白が大きい気がしない?」

「はあ……」

「つまりね、詩を書けば少ない文字数でページが埋められるんだよ?」

「そ、そうなんですか?」

「茜先輩! 変なこと教えないでください! それにそれは詩を書く人に失礼じゃないですか!?」

 美夜子先輩が茜先輩に、ちょっと大きな声を出す。茜先輩はそんな美夜子先輩の反応を楽しんでるみたいだった。

「なんで? 詩なんて誰が書いたっていいじゃん?」

「そ、そういうことじゃなくて……!」

「そうだ、とーこちゃん。『分け入つても分け入つても青い山』って知ってる?」

「あ、はい……」

 たしか小学校の教科書で読んだことがあった。種田山頭火という人の俳句だった気がする。

「そんな感じのを作って、あとは私とか美夜子が短評書けば、それでもう1ページ埋まるよね?」

「あのですね……」

 美夜子先輩はあきれてるみたいだった。

「ま、ページを埋める方法はいくらでもあるから、気負わずにやっていくんじゃよ。困ったときは、ほら、この頼りになる部長に甘えていいから……」

 にんまり笑ってそう言う茜先輩。ぐいっと美夜子先輩を私の方へ押し出す。美夜子先輩の顔が急に近くまで来たから、少しどきっとした。

「あ、茜先輩の言うことはともかく……」

 美夜子先輩が顔をそらして、髪を耳にかける仕草をする。

「ゆっくりやってこうね。だいじょうぶだから……」

 美夜子先輩はそう言った。

「はい」

 私はそう答えた。これからどうすればいいのか分からないままだったけれど、少し気持ちが軽くなった気がした。


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