第8話 「はじめてのデート?」4
□ 文村冬湖
映画を見終わってから、私たちは建物の3階に入っているカフェで一休みしていた。映画は2時間半もあって、見終わった今、私は少し疲れを感じていた。しらゆきはどうかなと思って見てみると、あまり疲れているようには見えなかった。テーブルを挟んだ向かいの席に座って、ミルクも砂糖も入れてないブラックコーヒーを、なぜかスプーンでかきまぜている。私と目が合って、にこって微笑んでみせる。でも、話しかけては来ない。もしかして、私が少し疲れてるのに気付いて気を使ってくれてるのかな? しらゆきには、ちょっと優しいところがある。私はそんなことを思った。
○ 神山しらゆき
はぁ~、映画面白かったなぁ~。ハリウッドならではの火薬大増量! 筋肉もマシマシだったよね! じっさい映画館が暗くなったとき、あたし、ドキドキドキドキしてた。とーこの手の感触がまだあたしの手の中に残ってて、そしてとーこが……あたしの大好きな人が、あたしのとなりに座ってて、そしてまわりが暗くなっていって!! なんか興奮したよね!! だから映画も、たぶん100倍くらい楽しめたかも!? なんだろこれ?つり橋効果ってやつ?
そうそう! ヒロインのセリフがよかったんだよねぇ~。これから派手なドンパチに向かうマッチョでゴリラな主人公のおっさんに「あなただけの体だって思わないでね」って! これって、あなたの体は私のものでもあるのよって意味だよね? くぅ~、いい!! いいよぉ~!! あたしもとーこにおんなじこと言いたいなぁ~! 朝、出勤(?)するとーこにさ「気をつけて行ってきてね。あなただけの体じゃないんだよ」って。いや、逆でもいいかも。とーこがあたしにこう言うの。「いってらっしゃい、しらゆき。気をつけてね。……ねえ、しらゆき。あなただけの体だって思わないでね」って。で、お出かけのキス。うわ、こっちの方がいいかも……。うぅ、たまんにゃい……。
「……!」
とーこと目が合った。やば。変なこと考えてるのが顔に出てたかな?とりあえず、にこーっと笑っておく。あ、これじゃますます変な人じゃん……。
「……!?」
なんだろ、いま、一瞬……とーこのあたしを見る目がやわらかかったような……いや、おちつけ、おちつくんだ、あたしっ! ……うん、ちょっとコーヒーでも飲もう。
「ぐっ……」
うわ、苦っ! 大人ぶってブラックとかたのんだせいだ。
「……しらゆき、苦いの?」
「えっ? ううん! えへへ……」
ちょっとかっこわるかったよね。うわ顔熱っ。こんどは両手でカップを持って、ゆっくりとひとくち飲んだ。うん、いずれこの良さがわかる日もくるよね……。とーこはフルーツたっぷりのパフェを細長いスプーンでつんつん突っついては口もとに運んでく。はぁ、かわいいくちびるだよね、とーこ。あたしもあれにしとけばよかったかな?
ふう、と一息つく。お互いになにも話さないけど、気まずくない。ちょっと前までは何か話さなきゃって思ってたけど、最近はこれでいいんだってわかってきた。友達とにぎやかにおしゃべりするのもいいけど、とーこと過ごすこんな時間も好き。
ねえ、とーこ。あたしが初めてあなたと出会ったのは高校の入学式の日だったよね。あのとき、あたしは……って、あれえええええ!!!?
□ 文村冬湖
「あれえええええ!!!?」
とつぜん、しらゆきが身を乗り出すようにして窓の外を見た。
「ほら、とーこ! 見て!見て!」
しらゆきの視線の先を見てみると、行き交う人たちの間に並んで歩く美夜子先輩とひなた先輩の姿があった。
「あの二人、どこ行くんだろ!?」
しらゆきはちょっと興奮しているみたいだった。窓へ顔をくっつけるようにして二人の姿を目で追っている。
「ねえ、とーこ!ちょっと行ってみない?」
そして、そんなことを提案してくる。さっきまで静かに二人でコーヒー飲んでたはずなのに。しらゆきにはちょっと極端なところがある。私はそんなことを思った。
「ねえ、行ってみようよっ!」
「あ、うん……」
私たちは急いでコーヒーを飲み干して、二人の後を追いかけた。
○ 神山しらゆき
フフフフ、ここで会ったが100年目!! いまだに部活でしか絡みがないって、さみしいじゃないですかぁ! というわけで、今日は先輩たちのプライベートにお邪魔しちゃいますぞぉ~! それにあたしは茜先輩の弟子としてあの二人をどうにかしなきゃいけないんだし、それにあたしだって、いつかとーことどうにかならなきゃいけないんだし。そう! こういうイベントこそ、今日のデートにふさわしいっ!
よし、行くぜ、とーこっ!!
□ 文村冬湖
二人の背中を追いかけて、私たちは服のお店が並んでいるところまでやってきた。ひなた先輩が一つのお店の前で立ち止まる。入ってみようよって美夜子先輩を誘ってるみたい。そして二人はそのお店へと入っていった。
「あの店に入ったね!」
ちょっと小走りになるしらゆき。後れて私たちもそのお店へと入る。そして少し離れた服のかげから二人の様子をうかがった。
ひなた先輩がハンガーにかけられた服を手にとって美夜子先輩にあてがう。「これ、みよっちに似合うかも!」美夜子先輩は、その服を胸の前で抑えながら、ちょっと困った顔をする。「私にはちょっと色が明るすぎない?」二人の声は聞こえないけれど、表情と仕草で大体なんて言ってるのか分かった気がした。
「よし、とーこ! 突撃しよっか!」
そう言って私を振り向いたしらゆきの顔は、いたずらっ子のそれだった。
「え、うん」
「ね、ねえ、とーこ。もう一度、手をつないでくれないかな?」
「え?」
「え、えと、その、作戦!! 作戦に関係があるの!!」
しらゆきはまた美夜子先輩をからかおうとしているみたいだった。
「……ん、いいよ」
私がそう言って手を差し出すと、しらゆきは少しためらってから、おずおずと私の手をにぎった。
○ 神山しらゆき
差し出されたとーこの手をにぎる。あたしの手のひらに、さっきのとーこの手の感触がよみがえる。うう……いいなぁ、やっぱりいいなぁ……。
さてっ!それじゃあ行きますかっ! 茜先輩は「卒業するまでには見てみたい」って言ってたよね。茜先輩に残された時間はあと1年弱。それまでになんとかします! あたしがなんとかしますっ!!
さしあたり今日のところは、意味深で思わせぶりなセリフで、美夜子先輩にいろいろ意識させちゃおうかなっ!? あたしってば策士ィ!!
よぉし、とーこっ!突撃だぁ!!!
□ 文村冬湖
私たちは手をつないだまま、お話ししている二人のすぐそばまでやってきた。
「せんぱいっ! せんぱいたちじゃないですかぁ!!」
しらゆきが明るく声をかける。ちょっと芝居がかってるような気もする。こういうときのしらゆきは本当に生き生きしてるなあって思う。
「わぁ~ぐうぜんだね~!」
ふんわり笑ったひなた先輩が胸のところで手を振った。一方、美夜子先輩は、私たちのつないだ手を、ちょっと驚いたように見ている。
「今日はどうしたの? 二人でおでかけ?」
「えっと、あの、デートなんです。えへへ……」
「でっ、デート……?」
ひなた先輩の問いかけに、照れたふうに答えるしらゆき。そして小声でしらゆきの言葉を繰り返す美夜子先輩。
「わぁ~ステキだね! だから仲良しさんしてるんだぁ!」
「そーゆーお二人は?」
「ふふ……私たちもデートだよっ!」
「へぇっ!?」
ひなた先輩の返事に変な声を上げる美夜子先輩。
「これはこれは!隅に置けませんなぁ!」
「そうなんだよぉ!」
しらゆきとひなた先輩は、そんな美夜子先輩におかまいなく話を進めていく。そのとき、美夜子先輩が問いかけるような眼差しを私の方へと向けた。私はなんて言えばいいのか分からなくて、うつむいて視線を逸らした。
「美夜子先輩の服を選んでたんですかっ?」
「そうなの。私はこれが似合うかな~って思ったんだけど、みよっちは色が明るすぎるって」
「ん~やっぱり若いうちにたくさん冒険したほうがいいと思いますねぇ~」
テレビに出てくる評論家の人みたいな口調で、そう言うしらゆき。
「そうだよね? だって! みよっち?」
「え、あ、そ、そうね……」
美夜子先輩はぎこちなく笑って、そう答えた。
それから、私たちは美夜子先輩の服選びを手伝うことになった。ひなた先輩としらゆきは次から次へと服を持ってきて、美夜子先輩を着せ替えていく。私はなんとなく更衣室の前に立って、お店のフロアを右へ左へと歩き回る二人を眺めていた。
「あの二人にも困ったものね」
今はピンク色のキャミソールを着ている美夜子先輩が言う。私は似合ってると思うのに、美夜子先輩は着ていて落ち着かないみたいに、そわそわしていた。
「あ、あの私、それ、似合ってると思います……」
「そう? ありがと。でも……」
そう言いながら私の服を見る美夜子先輩。
「とーこの方が似合ってるよ? ねえ、今日のとーこ、すごくおしゃれしてるわね」
「あ、はい……」
私は少し恥ずかしくなって、うつむいてしまう。
「あ、ご、ごめんなさい。からかうつもりで言ったんじゃないの」
「え?」
真剣な声音に、思わず美夜子先輩のことを見る。美夜子先輩は気遣うような表情で私のことを見ていた。
「みよっちー」
「今度はこれ着てくださいよぉ!」
二人が戻ってきて、私はその表情の意味を聞きそびれてしまった。
結局、美夜子先輩が買ったのは、ひなた先輩が選んだピンク色の薄手のセーターだった。似合う似合うと両側からひなた先輩としらゆきに言われて、押し切られたみたいだった。
お店を出てから、私たちはウィンドウショッピングをしながら歩いた。そして、いつしか建物1階の駅改札前までやって来ていた。
「私たちは電車なんだけど、二人は?」
「あ、あたしたちはバスで来たんですよ!」
「そっかぁ……それじゃ、ここでお別れしよっか?」
「りょーかいっす!!」
「それじゃあ、また明日!学校でね!!」
「部活、ちゃんと来なさいよ?」
「ういーっす!!」
しらゆきは手を振って、私はお辞儀をする。そして二人は改札の方へと歩いていって、私たちは、その姿が見えなくなるまで見送っていた。そうして私たちはまた、二人きりになった。
「そ、それじゃ、とーこ……」
しらゆきはそれだけ言って、後は何も言わない。「そろそろあたしたちも帰ろっか」って言葉を言い出せないのかなって思った。私もその気持ちが分かる気がした。なんとなく心が残って、なんとなく踏ん切りがつかないその気持ちが分かる気がした。
○ 神山しらゆき
やっば!! これからどうしよう!!? 全く考えてない!! ノープラン!! 「デートが終わったら家に帰る」そんな簡単なことを、どうやら昨日のあたしは全く理解してなかったっぽい!! でも、このままお別れってちょっとイヤじゃない!? じゃあ、どうするの? ホテル? そんなことしたら一生きらわれちゃうでしょ!!? 夕飯?せめて夕飯?お昼に行きそびれたレストランに行ってみようか? でも帰りが夜遅くなるって、とーこ的にどうなんだろ? えーと……えーっとぉ……。
「ねえ、しらゆき?」
「えっ!? な、なにっ??」
「しらゆきは帰り、どうするの?」
「帰り? えと、帰りはバスかなぁ?」
「私は、姉さんに迎えに来てもらうんだけど……しらゆきも乗る?」
「え、い、いいの!?」
「うん」
と、とーこのお姉さん? なんだろ……すごく興奮する響きだよね。ごくりっ。こ、これはもう、送っていってもらうしかありませんぞぉ……!!!




