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新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
はじめての物語編
19/67

第7話 「夕焼け色の部室 (立花茜の視点から)」

 窓の外を眺めている。地平線の茜色から中空の蒼色までのグラデーション。いつも世界は少しずつ変わっていく。私も、私の世界も、こんなふうに変わっていけたら良かったのに。

「それじゃあ、お留守番おねがいね。私たち、今日は図書室の受付しなきゃだから」

「図書委員のお仕事なの~」

 背中で美夜子とひなたの声を聞いた。少し弾んでる気がするのは、私の気のせいじゃない。

「了解っす、いってらっしゃい!」

「いって、らっしゃい……」

 応える声。この部室に馴染み始めた声。しらゆきと冬湖。この文芸部も新入部員を迎えることが出来た。それはとてもうれしいこと。美夜子もひなたも『先輩しよう』と張り切っている。

 しらゆきも、とーこも、とても良い子。私は悪い子でも全然かまわなかったけど。それにしても二人とも変わった名前だと思う。コンビ名は『シベリアンズ』と『ツンドラーズ』どっちにしようか……迷う。

 耳にかすかに、となりの図書室の引き戸を引く音が届く。これでもう美夜子とひなたは一時間は帰ってこない。今日は何をしようか?

 振り返ると、美夜子とひなたを見送った二人が、めいめい自分のことを始めようとしているところだった。そして私の目に入る美夜子のかばん。椅子の足に立てかけるようにして置かれている。

 なにか面白いものが入ってる。そんな予感に、口もとがゆるんでしまう。

「あの、茜先輩? なにしてるんですか……?」

 とーこの声。テーブルの下から顔を出して、おいでおいでと二人を手で差し招く。二人に挟まれると、ふわりと良い匂いに包まれる。これはかわいい匂い。

「や、茜先輩っ、それっ、まずいですよっ……!」

 かばんの金具をはずしたところで、しらゆきは私が何をしようとしてるか分かったみたい。

「だいじょぶ、だいじょぶ」

 たしかに、人のかばんをあさるのは良くないこと。でも、ここから楽しいことになるんだから、仕方ない。

「お……」

 教科書やノートをより分けていって、カバーの付けられた本を見つけた。これはなにかな……? カバーをはずすと、その本の表紙には「部下を導く仕事術―出来る上司のメソッド―」とある。

「ふふ、美夜子ったら、こーゆー本、読んでたんだね……」

 後輩が出来て……これを読もうと思ったんなら……やっぱり美夜子、面白すぎる……。ページをめくっていくと、ところどころ黄色の蛍光ペンで線さえ引かれている。

「おや……」

 私の手が止まる。「目的・目標を設定する」云々と書かれたページ。すぐ上の余白には星マークと「部誌の発行」という美夜子の字で書かれたメモ。本文の方をたどっていくと、「目標にいたるまでのプロセスの提示」とか「部下の状態・能力の把握」とか「適時・適切なアドバイス」とか、そんな文章に線が引かれている。にやにやするのが止められない。口もとにこぶしを押し当てて、なんとか笑いをこらえる。

「ふたりとも、怒ってもいいんだよ? 『私たちは部下じゃありません!』ってね……」

「なに言ってんですか! なんかにやにやが止まらないですよ! あたし、美夜子先輩をいじり倒すのに青春かけちゃいたい気分ですっ!」

「ふふ、よう言うた……」

 しらゆきは浮かれて私の背中をたんたんと叩いてくる。良い。この子はわかってる。

 とーこの方はというと、じーっと開いたページを見つめている。書かれているものを読もうとしているみたい。あまり表情が変わらない子だけど、好奇心が隠せてない。良い。この子もわかってる。

 とーこが読み終えたのをさりげなく見計らってから、またページを繰っていく。まだ何かあるような気がして。そして奥付の裏の白いページ。ほら、やっぱりあった……。

「これも美夜子先輩が!?」

「んーん、この絵はひなただと思う……」

 そこにあったのは、私たち5人分の似顔絵。「私たち新百合ヶ丘高校文芸部☆」と書かれたリボンの下の、笑顔の私たち。

 真ん中にいるのはとーことしらゆき。ジト目にむっとした表情のとーこ。でも、かわいらしい。子猫のような目にポニーテールが風になびくしらゆき。これもかわいい。そんな二人を囲んで、私たちと一匹の猫がいる。私がにんまりとワルそうに笑っているのはご愛嬌。美夜子とひなたは寄り添うように。のほほんとした三毛猫の隣には、ふわふわ湯気のたつ湯呑み茶碗……。

 さらにそのまわりを、幼稚園児が書いた夜のような、はりきりすぎたパーティーのクラッカーのような、ありったけの赤や黄色や緑の星が、きらきら瞬いていた。

「あのー、茜先輩……」

「ん……?」

「美夜子先輩とひなた先輩って、その……どう、なんですか?」

 この二人の距離感を見逃さない。しらゆき、できる子。

「ふふ……いつか、どうにかしないとね……」

 本当にどうにかしないと……せめて私が卒業するまでに。それまでには見てみたい。あの二人が付き合ってるところ……。

「あの、どうにか、ってどういう意味なんですか?」

 とーこは頭にはてなマークを浮かべている。しらゆきの前途は多難そうだけど、不思議と心配にならない。私のカンが言ってる。どうにかなりそうな気がする、って。

「いつか、とーこにもわかるよ……」

 にんまりして見せれば、とーこは軽く首をかしげる。そんな子供っぽい仕草が、この子にはよく似合っている。

「やっぱり卒業するまでには、見てみたいよね……」

「ですよねっ!! あたしもお手伝いしますっ!!!」

 しらゆきの目はきらきらしている。私、こういうの、好き。

「とーこも、手伝ってね……?」

「え、あ、はいっ」

 とーこは何の話か分からないまま、うなずいたみたいだった。


 窓から夕焼け空のどろっとした赤い光が流れ込んでくる。窓を開ければ夕暮れ時の風が心地よい。下校の時間が近づく。部室の中はとても静か。とーこのノートはよくわからない幾何学模様でいっぱいになっている。しらゆきの方はメモを取るのに飽きたみたい。チラチラととーこのことを盗み見て、話すきっかけを探している。ほほえましいし、かわいい。

 私はまた自分の持ってきた部誌のいつもの箇所を開く。もう何度読んだか分からない。でも、私にはこれしかないから。ここから始めて、ここまでたどり着かないといけない。

(先輩……沙雪先輩……)

 ページを繰っていく。それは魔法のような物語。言葉がとても軽くって、ふわりと羽のように私の心に触れてくる。

 先輩の手のひらの上で、勝手気ままにふるまう登場人物たち。ときどき先輩の優しい指先がその頬を突っついて、物語がゆっくりと転がり始める。

 とても自由な。そして広くて明るい場所。いつのまにか読み終えていて、胸にはただ、心地よい時間を過ごした感じだけが残る。

 そんな軽い気持ちのまま、最後のページの余白、私は薄い鉛筆で書かれた詩を読んだ。


私は書きたい

ひとつの言葉、ひとつの場面でなく

全てが、長い間の印象が

私とあなたを変えていくような

そんな物語を

心のずっと深いところで

ある日、そっと芽吹いた想いが

いつかあなたへの花束となるような

そんな物語を


(先輩……沙雪先輩……)

 何度目だか分からない。目に涙がにじみそうになって、あわててこらえる。私もこんなふうになりたかった。こんなふうに書きたかった。私のあこがれ。私の愛しい人。

 あこがれと恋とを間違えてるんだとしても、私はそれでもいい。このあこがれに恋焦がれて、その中で……その想いの中で……死んでいきたい。

 席を立って、窓の外を眺めやる。開いた窓からは夕暮れの匂いを乗せて風が。カーテンはそれに応えてかすかに揺れる。

 空と風と光と緑。みんな、あの人が好きだったもの。私にはもう、あの人と同じ景色を見ることは出来ないけれど、並んで見たあの日の夕焼けの色を、あの光を、忘れない。忘れられない。

 記憶の中に遠くこだまする声。まぶたの裏の淡い赤い光の中に、あの人が立っている、あの人が立っている、あの人が立っている。この胸の中にあって、私を私にしてくれた人。

「先輩……?」

 その声に、私は振り返る。しらゆきが、とーこが、私のことを見ている。とても心配そうな表情。

「どうしたの……?」

「あ、っと、なんだか先輩が……あ、いや、やっぱなんでもないです!」

 困ったように笑うしらゆき。まぶしさに目を細めて、私を見ているとーこ。私の、私たちの、かわいい後輩。

 人は、一度大切なものを失っていると、もう一度失うことを怖れる。とても臆病になる。私もそう。もう、何も失いたくない。それだけを願っている。

 美夜子とひなたに結ばれてほしい。しらゆきととーこがイチャイチャしてるところを見てみたい。そのためには、今度こそ守りきらないといけない。もうあのときの私じゃない。

「ねえ、もうすぐ下校時間だね……。図書室、冷やかしにいこっか……」

「お、いいですねっ!」

 窓を閉めると、カーテンはふわりと動きを止めた。部室を出るとき、一度ふりかえって窓の方を見る。淡い、赤い、光。

 私はまだここにいる。あこがれを胸に抱いたまま。私はまだ待っている。いつかまた会えるんじゃないかなんて考えてしまっている。私はそんな自分を、どうしたらいいのか分からずにいる。

 私がこの学校を卒業するとき、時間は私を置き去りにすると思う。過ぎていく時間を見送る日々の中で、いつか私はここに帰ってこよう。先輩がいる、先輩との思い出の中に。

 笑顔を、声を、手のひらのぬくもりを、私は何度でも思い描いて、あなたと二人きり。この夕焼けの世界で、私はあなたと二人きりになる。


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