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新百合ヶ丘高校文芸部☆  作者: m8eht
はじめての物語編
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第6話 「文芸部の日常・4月下旬」1

 時間が経つにつれて、なんでもない日常の記憶はゆっくりとぼやけていく。思わず笑ってしまったり、ふと立ち止まって透き通るような蒼い空を見上げたことだってあったと思うのに。今ではただ、そんなこともあったかもしれないと、ぼんやり思うだけ。それでもおぼろげににじんだ記憶は私を不安にしない。

 思い出は夜の底に沈む遊歩道のようなもの。今も心に残る出来事が街路灯の列になって、日常という私が歩いてきた道をゆるく穏やかにつないでいる。そしてひとつひとつの街路灯は、その場所から円を描くように日常を明るく照らし出している。


 よく晴れた日、朝の自転車置き場。人がちらほらといる中で、私は空いたスペースを見つけて自転車を停めた。

「とーこー!!」

 そこへしらゆきもやってくる。自転車にまたがって、足を前に伸ばして。そして私の前まで来て、キュイッとブレーキをかけた。

「おはよ、とーこ!」

「うん、おはよ……しらゆき」

 しらゆきって呼ぶのが、まだ少しだけ照れくさい。しらゆきは「無理しなくていいからね?」って言うけれど、今さら「神山さん」に戻すのは、なんとなく違うと思っていた。

「よいしょお!!」

 しらゆきも私のとなりに自転車を停めて、そしてふたり並んで歩いた。

「ねえ、とーこ! 文芸部の書けてる?」

「んー……あんまり。しらゆきは?」

「あたしはさー、ちょっと妄想が止まらなくってさー!」

 そう言って、しらゆきは空をあおぐ。

「いろんな空想が、こう、次から次へと湧いてきちゃって! あんまり書きとめてられない感じなんだよね!」

 しらゆきはとてもうきうきしてて、しあわせそうだった。やわらかで穏やかな輝きがしらゆきを包んでいるような。そんなしらゆきを、私は素直にうらやましいと思った。私も楽しみにしてくれている姉さんのために頑張りたい。でも、何も思い浮かばなかったし、何を書けばいいのか、分からなかった。

「とーこ? どーしたの?」

「えっ? んーん、なんでもない」

「そぉ……?」

 少し心配そうに私の顔をのぞき込むしらゆき。私は話題を逸らそうと思って、聞いてみる。

「ねえ、いろんな空想って、たとえばどんなの?」

「えっ!? あ、あー、それはさぁ……まぁ、そのー、えへへ……」

「……?」

 なぜか笑ってごまかされてしまった。


 朝の教室。クラスのみんなは、友だち同士でおしゃべりしたり、ブックカバーをつけた本を読んでいたり、携帯機器をいじったりしている。それは見慣れた朝の光景だった。でも、その中にひとつだけ見慣れないものがあった。

「あれ、ふるやん、もう来てる」

 さりげなくあだ名を付けながら、しらゆきが言う。私の隣の席のまるまった背中。まだ始業のチャイムが鳴るまでに十分くらいあるのに、古屋くんが学校に来ているのは、とても珍しいことだった。

 机に突っ伏して、微動だにしない古屋くん。机の端には、ひとくちかじったサンドイッチと、ストローを突き刺したコーヒー牛乳のパックがあった。

「ふむ……」

 かばんを自分の机に置いて、あごに手をあてるしらゆき。その姿はドラマに出てくる探偵の人みたいだった。

「なるほどね。謎はすべて解けたっ!!」

「えっ?」

「たぶんさ、朝までネトゲやってて、ちょっと寝たりすると寝過ごしそうだから、そのまま学校に来たんじゃない?」

 ああ、なるほど、と思った。

「このサンドイッチは……朝ごはん食べるのがめんどくさくて朝抜いたけど、やっぱりお腹すいたからコンビニで買った……かな?」

 たしかに、そんな感じがした。ふと見ると、古屋くんの机の下にコンビニのレジ袋が突っ込まれている。

「で、ちょっと食べたら眠くなって今に至る、と」

「うん。たぶんそれ、当たってると思う……」

 そう答える私に、「でしょ?」って言いながら指差し確認するしらゆき。そのとき、古屋くんが顔を伏せたまま、頭の上でだるそうに手を振った。たぶん「ほっといてくれ」って意味だと思う。

「あれ? 聞こえてたんだ」

 しらゆきは悪びれた様子もなく、そう言って笑った。古屋くんを起こさないよう、静かに1限目の準備をしていると、しらゆきが自分の椅子にまたがって、背もたれに腕を乗せて私のことを見てくる。

「どうしたの?」

「え? いやぁ、別に?」

 目は笑っているけれど、ちょっとぼんやりしたような視線。私の手もとを見て、そして手を伸ばして、そっと私の指に触れた。

「……?」

「指、細いよね」

「え、うん」

 しらゆきは、くにくにと私の人差し指をもてあそんでから、そっと手を引いた。

「……とーこはさ、どんなお話が好きとか、ある?」

「え、私は……」

 特にないと思う、って答えようとして、ふと姉さんの言葉が頭をよぎった。『どんなお話でもいいけど……最後はハッピーエンドになるのがいいかなぁ……』

「……最後はハッピーエンドになるのが好き、かも」

「そうだよねっ! やっぱり最後はハッピーエンドがいいよねっ!」

 そう言って、しらゆきはうれしそうに笑った。

「ねえ、とーこはさ……」

「よォ、文学少女たち!! 元気でやってっかぁ!?」

 長峰くんがやって来る。すぐそばで古屋くんが寝ているのに、そんなことお構いなしの大きな声だった。

「よっ、おはよ、コンビニエンス長峰っ!」

「なんかそれ、お笑い芸人みたいだな」

 自分の机に、ごしゃっとかばんを置く長峰くん。そして椅子を私の方へ向けて、どすんと腰掛けた。

「やれやれ、腰がいてえ……。で? 何の話してたんだよ?」

「はぁ? そりゃあ、あたしたちって文学少女だし? 『ねえ、あれ読んだ?』『うん、読んだよ。いいよね、あれ』みたいな会話してたわけよ」

「『あれ』じゃ分かんねえよ。つーか、お前が読書してるとこ、見たことないからな?」

「ちゃんと読んでるし!! 部室とか家とかで!!」

「ほんとかよ?」

 疑わしげな眼差しでしらゆきを見る長峰くん。

「それで? お前ら、今度、部誌出すんだろ? なに書くんだよ?」

 気持ち前のめりになりながら、長峰くんは興味津々みたいな表情で私たちの顔を交互に見た。

「そりゃ書くけど、なんであんたがそんな食いついてくんのよ?」

「そりゃお前、お前らが書いたやつを読めば、お前らの心の中をのぞけるだろ?」

「きもっ! さいってー!!」

 そう言ってしらゆきは、長峰くんの肩をバシンと叩いた。

「いてえな、おい! つーかさ、お前ってドロドロした恋愛話とか書きそうだよな? 最後は刃物とか出てくるようなやつ。『お、おいよせよ!そいつをこっちに渡すんだ!おい、落ち着けって!!』『みんな、みんなアンタが悪いのよォォォォォ!!』『ズキュゥゥゥゥン!!』みたいな?」

「書かないし! それ刃物じゃないし!!」

 ツッコミを入れるしらゆき。

「てか、あんただったら、ハーレムものとか書きそう! たくさん女の子はべらせてさ。あー、いやらし!」

「バッカ、お前! ハーレムものは男のロマンなんだよ! かわいい女の子に囲まれてドタバタコメディをやりたいんだよ!!」

「開き直った! キモイ!!」

 しらゆきは、けらけら笑って、長峰くんは「あぁん?なんだよ?」みたいな表情を作ってしらゆきを見ている。こういうのをドタバタコメディって言うんじゃないかなって、そんなことを思った。

「つーかさ、俺の感じだと、とーこちゃんって、めちゃくちゃピュアな話、書きそうだよな?」

「あ、それ、わかるかも!」

 急に二人が私のことを見てくる。

「なんかこう……口に出すことが出来ない恋心とかを、切々としたためてそう」

「そうそう! そんな感じ!」

 そんなふうに言われて、私は返事に困った。私には「めちゃくちゃピュアな話」なんて書けないし、恋なんてしたこともなかったから。

「えと……まだ全然、何も考えてないっていうか……」

 かろうじて、そう答える。

「いいんだよ。わかってる。頑張れよ!」

 いい笑顔の長峰くん。「わかってる、わかってるよ」って言うように、二度、深く頷いてみせる。そんな長峰くんの肩を、しらゆきが笑いながらパシィンと叩いた。

「あんたに何がわかんのよ!? バカじゃないの!?」

 しらゆきや長峰くんは、私の何を見て、私が「めちゃくちゃピュアな話」を書くと思ったんだろう? 私には、そんなもの書けない。私は空っぽ。私には何もない。姉さんがいなければ、自分が何を欲しいと思っているのかも分からない。物語が自分の想いを言葉にしたものなら、私には姉さんの物語しか書けないことになる。でも、姉さんへの気持ちを言葉にすることは、私には出来なかった。それは他の人に見せるべきものじゃなかった。だから何も書けないし、何も思い浮かばないのかなって、そんなことを思った。


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