第4話 「みんなですごろく!」3
「よーし、私も頑張るぞー……」
そう言いながら振った立花先輩のさいころは、5の目を出した。
『やあ、14マス目だよ。オーケイ、わかってる。そろそろ真面目にやるべきだよな。女子部員がどうとか言ってる場合じゃねえ。ということで、君の座右の銘を教えてくれ。それが君という人間を皆に教えるだろう』
「急に真面目にやりゃあがった……」
神山さんが、ぼそっとつぶやく。
「ざゆーのめい……『面白ければそれでよし』かなぁ……」
「あー、なんかめっちゃそれっぽいですよねーっ!」
神山さんが相づちをうって、私も頷いておいた。立花先輩はちょっと考え込んでいるふうだったけど、
「美夜子、後は任せた」
そう言って、宮守先輩の前にさいころを置いた。いいボケが思いつかなかったのかなって思った。宮守先輩がさいころをふると、立花先輩と同じ5の目が出て、立花先輩の赤い一つ目に、宮守先輩の三角頭の十字目がまた追いついた。
「……座右の銘って言われても、急に出てこないわね」
宮守先輩が困ったように言う。
「そういえば、美夜子先輩って、去年このすごろくやってないんですか?」
ふと気付いたように、神山さんが宮守先輩に聞いた。
「あ、ほら、私は年次の途中に入部したから、このすごろくはやってないの。入ってからも、いろいろあったし……」
「あ~、そっか~……。あ、じゃあ、あの、あれでいいじゃないですかっ!『あなたの想いを言葉にするところから、物語は始まります』ってやつ。あれ、マジで大ヒットですよ! あたしたちも『うおおお、自分の想い、言葉にしてえよおおおお!!』って思いましたもん! ね、とーこ?」
「え、あっ、うん。えと、私の姉さんも『ステキだね』って言って、ました」
「あ、そ、そうなの……。じゃあ、もうそれでいいわね。ハイ次」
頬を赤らめてムッとしながら、宮守先輩は牧野先輩の前にさいころを置いた。立花先輩のほうを見ると「よくやった、おまえたち」って言うみたいに、にやーっと笑って頷いた。
「それえっ!」
またしても宙を舞うさいころ。出た目は3。牧野先輩の角ばった黄色も14マス目にやってくる。
「あっ、私もかぁ。ざゆーのめー……」
ちょっと考える牧野先輩。そして言った。
「ええっと、『みんな大好き』かな?」
「はい?」
神山さんが思わずといった感じで聞きなおす。
「あのね、朝起きてカーテンを両手でさぁーって開けたときとか、ふとした拍子に空を見上げたときとか、ちょっといいことがあって心がはずんでるときとかね、私、『みんな大好きーっ!!』って大きな声で言いたくなるんだぁっ!」
いっしゅん、沈黙が訪れた。
「ゲッホ、ゲホゲッホ!」
そして、神山さんがわざとらしく咳き込み始める。
「あっ、しらゆきちゃん、だいじょうぶ?」
「……だいじょうぶです。ちょっとあの、のどがいがらっぽくなっちゃって」
「そうなんだあ、お大事に」
きっと意味もなく恥ずかしくなって聞いていられなかったんだって思った。はやく慣れないと。私はそう思った。
「あ、それじゃあ、自分、ふります!」
神山さんがさいころを手に取る。ふると4の目が出た。
『よお、16マス目だ。よく来たな。このマスに止まった奴には、いま自分の目の前にいる人の似顔絵を書いてもらおう。似顔絵といっても絵じゃない。俺たちは文芸部だ! だから文章で書くんだっ!』
「似顔絵って……」
マス目の文字を読み終えて神山さんがつっと顔を上げると、正面に座っているのは牧野先輩……。
「あっ、私だね」
牧野先輩はそう言ってふんわり笑い、胸の前でやさしく両手を重ねた。
「えと~……」
「そんなに難しく考えなくていいんだよ。ぱっと見たときに自分が持った印象でもいいし、髪の毛の色とか、顔の特徴とか、そういうのを挙げていってもいいし」
「あ~と~」
神山さんはまだ困っているみたいだった。そんな神山さんに牧野先輩は自分の髪の毛をひとふさつまんで見せる。
「髪の色は?」
「ええと、黒……に近い茶色」
今度は自分の目を指差した。
「目は?」
「え……あたしを見てます」
神山さんはちょっとずれたことを言って、牧野先輩はくすっと笑った。
「じゃあ、鼻は?」
「鼻? 鼻は……ええと、小ぶりな……小ぶりです」
「口は?」
「その、こう……うすくて……なんかその、つやつやしてます」
「表情は?」
「ええと、笑って……ほほえんで? いや、そんな感じです」
「それじゃあ、つなげて言ってみよう!」
「ええと、茶髪で、えー、小ぶりな鼻で、くちびるがうすくてつやつやしてて、えー、そういう、えと、先輩が、あたしのことを見て、ほほえんでます」
「うん、上出来だよっ!」
「えへへ、どうも」
神山さんは照れ笑いをする。
「野郎向けのラノベみたいに、胸とか腰とか美少女っぷりとかをねっとり描写してもいいんだよ……?」
立花先輩が口をはさむ。神山さんはそう言われて、牧野先輩の線の細さを感じさせる顔立ちからくびすじ、鎖骨のあたり、そしてうすい胸を順番に視線でなぞっていった。
「えっ? な、なあに?」
牧野先輩はその視線に少し戸惑って、中途半端に自分の胸をかばった。
「すいませんっ、あたしには出来ませんっ!」
神山さんが立花先輩にそう言う。
「フフ……仕方ないね」
立花先輩はにやにやしながら、そう応えた。
次は私の番だった。そろそろみんなに追いつかないとまずい気がした。さいころをふると、1が出た。なんとなく、そうだよね、って思った。
『やあ、ここは4マス目だ。なあ、君はこんな話を聞いたことがあるかい? 誰に対しても敬語や丁寧語を崩さないひとは、心の奥底で「まわりと距離をおきたい」って考えてるらしいぜ? 人様のスタイルに口を出すのはどうかと思うが、あえて言おう! 君はせっかく文芸部に入ったんだ! 文芸部のみんなと打ち解けてしまおうぜ!? ということで、今日から君は残りのメンバーを下の名前で呼ぶんだ!! さあ、青春映画のクランクインだっ!!!』
そのマス目のすみには、軍帽をかぶった丸と棒の人がいて、「ぜったいやれよ!俺が法律だ!」と叫んでいた。
「よし……じゃあ私は『あかねちゃん』でよろ……」
すかさず立花先輩が言う。
「あ、あかねちゃん……」
「グッ……!」
次に、私は宮守先輩の方を見た。
「あ、私は……ふつーに『美夜子先輩』でいいわよ?」
「美夜子先輩……」
「うん」
美夜子先輩は、ほほえんで、うなずいた。今度は牧野先輩を見る。牧野先輩の期待に満ちた顔が私の目の中に飛び込んでくる。
「ひなた先輩……」
私がそう呼ぶと、ひなた先輩は「わー」って言うみたいに私に手を振った。最後は神山さんだった。私が顔を向けると、すでにキメ顔をつくって、ぐっとこぶしを握って親指を上に向けていた。
「……しらゆき」
「っし!」
私に背を向けて、小さくガッツポーズするしらゆき。誰かを下の名前で呼ぶのは、生まれて初めてだった。だから、私は自分が少しなれなれしくし過ぎてないかなってちょっと心配になった。でも、みんなそんなこと気にしてないみたいだった。
「それでは……立花茜、がんばります……」
茜先輩がそう言いながら、さいころを振る。出た目は3。
『よう!ここは17マス目だぞ!ここまで来たら、もういい加減、文芸部ってやつに染まってきちまったんじゃないかい? ということで、そろそろ実践的なお題を出そうじゃないか! いいか、お前の右隣の奴と左隣の奴を題材にラブストーリーをつくってみるんだ! あン?両方男だ? うるせぇ、ホモくらい書けろや! それかどっちかを女って設定にするとかな! 空想の世界じゃ、俺たちゃ自由なんだぜ!?』
「ふむ……なるほどね」
茜先輩はそう一人ごちると、私と美夜子先輩の顔を順番に見て、
「うん、整いました……」
と言って、にっと笑った。
まじめで一途なことで有名な美少女・文村冬湖ちゃんは、入部した文芸部で孤高の美女・宮守美夜子お姉さまに出会います。はじめは彼女に対して怯えていた冬湖ちゃんでしたが、美夜子お姉さまが本当はとっても清らかな心を持つ天使のようなお姉さまであることに気付いて好きになってしまいます。
一途に美夜子先輩を想い続ける冬湖ちゃん。しかし、ある日のこと。部活を終えて、同じ1年生部員のしらゆきちゃんと帰ろうとしていた冬湖ちゃんは、途中で忘れ物に気付いて、部室へと引き返します。そこで彼女が見たのは、夕暮れの部室、淡い光の中で抱き合い口付けをする、美夜子お姉さまとひなたお姉さまの姿だったのです……。冬湖ちゃんは二人に気付かれないよう、逃げるようにその場を後にしました。
校舎の陰で泣く冬湖ちゃん。足音がして振り返ると、そこにはしらゆきちゃんが立っていました。
「あ、ごめんね……先に帰ってても良かったんだよ……」
急いで涙を拭きながら、冬湖ちゃんは言いました。しらゆきちゃんは何も言わずに歩み寄って、冬湖ちゃんを抱きしめました。
「しらゆき……?」
「あたしが……あたしが忘れさせるから……」
冬湖ちゃんの耳元に、真剣なしらゆきちゃんの声が届きます。
「だから……あたしのことを見て……」
いつしか涙声に変わる、しらゆきちゃんの声。そして冬湖ちゃんは、そんなしらゆきちゃんを抱きしめ返したのでした……。
「ちょ、ちょっとなんですか、それは! わ、私とひなたは……」
美夜子先輩が口ごもりながら抗議する。
「うんうん、そうやね……。でも、これフィクションだから……」
にやにや笑いながら、茜先輩が応じる。そして、ひなた先輩は、なおも何か言おうとする美夜子先輩の肩にそっと触れた。
「みよっち、私はステキだと思ったよっ」
「そ、そう……?」
ひなた先輩にそう言われて、美夜子先輩はしぶしぶといった感じで口をつぐんだ。
「……よかったです。すごくよかったですよ……!」
ややあって、とても力強い声で、しらゆきが言う。
「そうやろ……?」
しらゆきは今の話がとても気に入ったみたいだった。
「とーこちゃんはどう思った……?」
茜先輩が私に聞いてくる。
「え? わ、私は……あの、良かったんじゃないかな、と思います……」
私は無難にそう答えておいた。
「……だって、しらゆき」
「は、はい。えへへ……」
しらゆきはなぜか嬉しそうだった。




