第4話 「みんなですごろく!」1
すごろくのスタート地点に、5体の二頭身の人形が並ぶ。そのスタート地点には、丸と棒で出来た人が片手を上に突き上げながら「さぁ、出発だ!!」と叫んでいる絵が描いてあった。ふとゴールの方を見ると、ゴールは25マス目のようだった。
「ええっとねえ……それじゃあ、しらゆきちゃんから時計まわりにやろっか!」
「え? あたしからですか?」
「そうだよっ。このすごろくでは、新入生から飛び込んでいくきまりなんだよっ」
「な、なるほど……」
牧野先輩に少し気圧されながら、神山さんはさいころを手に取った。それは木で出来ていて、まわりを白く塗っていないさいころで、ところどころ、鉛筆の黒鉛ですすけていた。
「それじゃ、ふりまーす!」
神山さんがさいころをぱっと放ると、さいころは少し茶色っぽく変色したすごろくの紙の上を転がって、3の目を出した。
「3ねえ……」
神山さんの白い人形が3マス目にすすんだ。そこにはこんなことが書いてあった。
『3マス目にようこそ。いいかい、お前たち。人間関係の基本は笑顔だ。そうは思わんかね? きっと君の笑顔は輝く太陽みたいなんだろう。というわけで、君のいちばんいい笑顔でコマネチやってみよう! そうすれば、君もすぐに人気者だっ!!』
コマネチというのは、私でも知っていた。それはあるお笑い芸人の人がよくやる、変な一発ギャグのことだった。
「……え、なんですか、これは?」
神山さんがちょっと困ったふうに牧野先輩に聞く。
「え? コマネチって、ほら、こういう……」
牧野先輩はにっこり笑って、胸の前で少し内向きの「小さく前にならえ」をして前後に動かしてみせる。
「いや、それは知ってますよ! でも……」
神山さんはちょっと恥ずかしいみたいだった。
「恥ずかしいなら……そうね、かわいいポーズでもいいわよ?」
宮守先輩がそう助け舟を出した。
「あ、いいですか?」
「ええ」
「あとで自分がこのマス踏んだときのための布石なんだよね……」
立花先輩がぼそっとつぶやいた言葉を綺麗に無視して、宮守先輩は髪を耳にかけるしぐさをした。
「かわいいポーズ……」
神山さんはそう言いながら立ち上がって、テーブルから少しはなれた場所に立った。
「かわいいポーズ……」
神山さんは考え込んでいるみたいだった。私は長引くかもと思って、オレンジジュースの入ったコップを手に取って口をつけ、神山さんのほうを見た。と、そのとき、神山さんは顔の横で横向きのピースサインをして、左足をピョコッとはね上げた。
「あたしっ、神山しらゆきっ☆」
「ごぐっ!」
すっかり油断してたので、ジュースを少し飲み込み損ねて、せきこんでしまった。神山さんはというと、ほおを赤らめて固まっている。
「……ど、どうですか?」
おそるおそる聞く神山さん。
「うん、わるくない……」
立花先輩がニヤニヤと満足そうに笑う。私は身近にこんなテレビに出てくるアイドルの人のようなことをする人を見たのは初めてだった。その動作はとても不自然だったけれど、でも、とてもかわいらしいと思った。
「かわいい! アイドルみたい!」
「う、うん、よかったと思うわ」
私も牧野先輩と宮守先輩に合わせて、こくこくとうなずいておく。
「はーマジか」
ため息とともにそう言いながら、神山さんは自分の席に腰を下ろした。
「それじゃ、次はとーこちゃんね」
「あ、はい」
牧野先輩に言われて、さいころを手に取る。3マス目だけはない。3以外で、3以外でお願いします。そう念じながら、さいころを転がした。1の目が出た。
『1マス目に来た君。君はきっと、何事も一歩一歩ゆっくり進めていく性格なんだろうなあ。きっと人間関係を作っていく際にも、君はそうすることだろう。そんな君に聞こうじゃないか。どうして人と人は仲良くしなくちゃあいけないんだろうな? その答えを君は持っているかい?』
「んだこりゃ?」
私のとなりで神山さんが言う。私も、ちょっとよくわからなかった。当たり前のようでいて……やっぱり、よくわからなかった。
「自分の思ったままを言えばいいんだよ」
牧野先輩がふんわり笑いながら言った。
「例えばね、いまいちばん仲のいい人、大好きな人を思い浮かべてみて。ねえ、その人と一緒にいたい、ずっと一緒にいたいって思うのは、どうしてなんだろう?」
そう言って、少し首を傾げてみせる牧野先輩。やわらかな視線で、私のことをまっすぐに見ている。私は考えてみた。でも、やっぱりよくわからなかった。姉さん……姉さんならなんて言うだろう? そう思ったとき、姉さんが私に言った言葉がふと頭に浮かんだ。
『高校生活を楽しむことを考えてみてね、とーこ。とーこが楽しかったら、お姉ちゃん、とってもうれしいよ』
たのしむこと……とってもうれしい……。
「えと……やっぱり、仲がよかったら楽しいし、うれしいから……だと思います……」
そう言ったあと、急にはずかしくなってうつむいてしまった。
「……あ~、なるほどね~、うんうん」
神山さんが椅子をずずっと私の方へ寄せて、私と神山さんの肩がくっつきそうになる。
「なるほど、なるほど……」
立花先輩は、私の肩をぱしぱし叩いてくる。
「うんうん、そうだよね~」
牧野先輩は椅子から立ち上がって、私の頭をよしよしとなでた。
「そ、そうね……」
宮守先輩もそれにならって、私の頭をなでてくる。え、なんだろう? なんなんだろうって思った。でも、あんまり深く考えないことにした。
「さ……それじゃ、私も……」
立花先輩がさいころを振ると、3の目が出た。立花先輩は間髪いれずに、椅子をすっと立って、脚をがっと開き、キレのいい動作で太ももの付け根の線をなぞった。
「コマネチ!! か~ら~の~」
そして今度は、さっきの神山さんと同じポーズをする。横ピースでウインクした目を強調し、左足をピョコンとはね上げた。
「わたしっ、立花茜っ☆」
さっきまでの、ちょっと暗いような、ちょっとじめっとしたような雰囲気はあとかたもなかった。ひたすら輝く笑顔で、アイドルっぽかった。
「はぁ~、やりとげました……」
そして、またいつもの立花先輩にもどって、満足そうににやにや笑いながら席に着く。
「な、なんか、ずるい……」
「フフ……こういうのは、恥ずかしがらずに、あっさりやってしまうのが吉……」
真面目に恥ずかしがってた神山さんの抗議は、立花先輩に軽く流されてしまった。
「それじゃ、次はみよっちの番だね」
牧野先輩が、自分の目の前に転がってきていたさいころを、宮守先輩に手渡した。
「3出ろ……3出ろ……」
小声でぶつぶつ言う立花先輩。
「3……3……」
神山さんも、念力を送るような手つきをしながら、さいころをにらみつけている。宮守先輩はちょっと困った顔になって、それでも何も言わずに、さいころをふった。3の目が出た。
「……っし!」
神山さんが机の下で小さくガッツポーズをする。宮守先輩はそんな神山さんをちらっと見て、それから立花先輩の方を見た。
「コ、コマネチ……するんですか?」
「んにゃあ? かわいいポーズでもいいよお……?」
立花先輩はいやらしく笑いながら、ねっとりした感じで言う。
「あたしがやったのと同じやつですよ!? こう……こんな感じで。『私っ、宮守美夜子っ☆』もちゃんと言ってくださいよ!?」
神山さんはうれしそうにはしゃいでいる。宮守先輩は観念したように立ち上がって、ぎこちなくさっきの神山さんと同じポーズをとろうとする。ウインクというよりは片目をつむっている感じで、足をピョコンとはね上げているというよりは片足立ちといった感じで、宮守先輩は言った。
「私っ……宮守、美夜、子……っ」
ほおを赤く染めて、ちょっと引きつった笑顔の宮守先輩。これはこれでかわいいかも、と私は思った。
「ありがとうございます!!」
「ありがとうございます……」
神山さんと立花先輩は、大喜びでお礼を言っていた。
「かわいかったよ、みよっち」
ほおを染めたまま、ムッとした表情で椅子に座る宮守先輩を、牧野先輩はそう言ってなぐさめていた。
「それじゃ、次は私だよっ! それっ!」
牧野先輩がひょいっとさいころを放ると、さいころはテーブルでコツッと一度高くはねて転がり、2の目を出した。
『ここは2マス目だぞ。自己紹介をして自分の名前の由来を俺たちに教えてくれ。由来が分からなければ、でっち上げるんだ。嘘を怖れるな! なぜなら俺たちは文芸部員なんだからな!! フィクション、イエアー!!』
牧野先輩はちょっと考えてから言った。
「んんとね、私の名前は、牧野ひなた……で、『ひなた』って名前はおばーちゃんが付けてくれたの。ちょっと今風で、呼びやすい名前にしようって。それで、春の日のひなたみたいに、あったかい人になってほしいなあって思って付けてくれたんだって」
とくに照れるわけでもなく、そう言ってのける牧野先輩。なんだろう、この人すごいなぁって思った。
「なれてる……そーゆー人になれてるよ~、ひなたぁ~……」
「いえいっ……」
どこかおざなりな拍手をしながら、「まいったね、こりゃ」みたいな感じではやしたてる立花先輩と神山さん。
「えへへ、ありがとぉ」
牧野先輩はうれしそうに笑って二人の声援に応える。宮守先輩はそんな牧野先輩を優しい目で見て、そして目を伏せて、人差し指で髪を耳にかけた。