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マグダラのマリア

 四月十五日、火曜日。

 澄み渡る青空だった。春が始まりを告げてからの昨今、陽の昇る時間も早まってきており、小鳥達もソレを喜ぶかのように囀る。

 しかし、少年を眠りから醒ましたのは、そんな穏やかな歌声ではなかった。

 床に転がる読み散らかしたままの雑誌や、脱ぎ捨てた衣類。お世辞にも〝片付いている〟とはいえない部屋の片隅に設置されたベッド。その上に横たわっているのが、この部屋の主である朔夜だ。

「――う……ん……」

 唸りを零しながら寝返る朔夜の横で、携帯電話がつい一週間前に発表された、人気女性アーティストの曲を歌っていた。

 本物顔負けな歌声を披露しているソレに誘われ、朔夜は手探りで携帯電話を探す。二、三度手の平を下ろしてみたが、何れも空振りだった為、朔夜は顔を上げる事を余儀なくされる。

 目標は、意外にもすぐ傍――枕元に転がっていた。自身に落胆しつつ、朔夜は携帯電話を手に取り、ディスプレイを確認しないまま着信ボタンを押した。

 同時に、携帯電話から歌声が止む。

「もしもし」

 電話を耳に運ぶ際、テレビの上に置かれた時計に目をやる。電波によって自動修正されるデジタル時計は、〝6:04〟と表示していた。

 途端に、先程の落胆が憤怒に変わるのを覚えた。

 平日ではあるが、普段ならばまだ夢の中に居る時刻だ。相手は無機質な機械とはいえ、ソレを無粋に妨げられたのだ。当然と云っても良いかもしれない。

 そして、憤怒は収まるどころか更に高ぶっていく。

「……もしもし?」

 相手からの応答が無いのだ。現在の感情をあからさまに言葉へ乗せて、朔夜はもう一度繰り返してみる。

 応答は――無い。

 何やら受話口の向こうから人の話し声のようなものは耳に入ってくるが、ソレだけだ。朔夜は業を煮やし、着信相手が表示されているはずのディスプレイを見ようと、携帯電話を耳から離した。

 その瞬間。

「――あ、もしもし! 朔夜くん? もしもし!?」

 受話口から、女性の声が聞こえてきた。聞き覚えのあるその声に、朔夜は声を上げる。

「お、おばさん?」

「朔夜くん、唯が……唯が……」

 電話の相手は上擦った声ながらも、落ち着こうと振舞っているせいで、奇妙な口調だった。

「落ち着いて下さい、おばさん。唯がどうしたんです?」

 朔夜は電話越しに宥めながら、彼女が云わんとする先を訊いた。相手がどうやら平常心を保っていない事は理解したようだ。

 その行為に応え、受話口から大きく呼吸する様が聞き取れた。結果としてソレが、朔夜に彼女が抱える事態を伝える事になる。

 ――いや。本当は先の言葉で把握していたのだ。

 現在の時刻。電話を掛けてきた相手。そして、口にする事を拒むように途切れた言葉。

 ――『唯が……』

 その先に続く言葉を、朔夜は瞬時といって良い間に把握した。

 しかし怖かった。そうであって欲しくなかった。同時にそう祈ったが故に、朔夜は相手の口から確かめる事を選んだ。

 蜃気楼のような、幽かな希望を込めて。

 やがて、受話口から息を吸い込む音が流れてきた。相手の決心がついたようだ。

「唯が……息を引き取ったわ……」

 未だ躊躇いを消せないままに吐かれた彼女の言葉は、朔夜の浮かべた蜃気楼を、無常に霧散していった。


* * *


 朔夜と唯の家は、僅か四棟を隔てた位置関係の〝ご近所〟同士だ。その唯の家から更に二棟を隔て、真理亜の家がある。

 同じ年に生まれ、物心ついた時には朔夜と唯は親(主に母親)に手を引かれ互いに面識を持つようになった。〝同い年〟の幼馴染として、二人は性別なぞ関係なく兄妹のように育っていく。大抵の男児が、女児と遊ぶ事に抵抗を覚えていく時期に差し掛かっても、朔夜は唯との接触を変えなかった。

 その理由に彼が気付いたのは、二年前。中学校への入学が間近となった時だ。

 自身の両親から。更には唯の両親は勿論、唯自身からの通告。その言葉が、朔夜の心を壊し掛けた。

 ソレを救ったのが、真理亜だった。

 朔夜と唯が出逢うより二年ほど遅れて、他の土地より越してきた彼女は、整った容姿とその内向的な性格が災いとなり、周囲の同世代の子供達とは馴染めなかった。

 朔夜と唯、二人を除いて。

 同世代の女児よりも、男児である朔夜との時間を多く積んだ唯は、どちらかと云えば外交的な性格に育った。その彼女は、どこかしら自分と容姿の似た真理亜に興味を持ち、接触する。朔夜はといえば、自覚は無いもののこの時より唯に惹かれていた事もあり、その行動に反発を示す事は無かった。

 尤も、彼自身の性格が、独りになっていた真理亜を放って置くという行為を許さなかった事もある。そして彼もまた、彼女の容姿が唯と似ている事に興味が沸いてはいたのだ。

 そうして“三人”となった幼馴染の関係として、彼等は育ってきた。

 次第に増えていった唯が顔を見せない時間も、その理由を識ってからの時間も、その関係は崩れなかった。

 朔夜に向けられた想いが、一つではなかったからだろう――。

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