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最後の晩餐

 四月十四日月曜日。

 姿を隠し始めた夕陽が、ソレでも尚、街並みをオレンジに染める。西向きの窓を持つ家の構造ならば、そんな神秘的ともいえる光に、心満たされる者も決して少なくは無いだろう。

 けれど、この家の者はソレには属さなかった。正確に云えば、二階に位置する一室に居る二人――だ。

 西向きの窓。しかしソレは、射し込む筈の夕陽を拒むように、厚めのカーテンが掛けられ、生憎とその光は部屋には招かれなかった。

 とはいえ、代わりになるべき灯りは、既に室内を照らしてはいたが。

 電気に依る、所謂蛍光灯の白い灯りではなく、ランタンの中に立てられた蝋燭の火が、部屋を朱く染める。丁度部屋の中心に位置するように置かれた卓上に在る為か、四畳半程の空間を照らすには充分に思えた。

 その空間に、ふと声が響く。

「汝、このパンを取って食べなさい。これは私の躰、これを汝に与える」

 炎に朱く彩られた声の主は、寝間着姿の少女。綺麗な整った顔立ちが、炎によって妖しくも映る。しかし、その顔は酷く(やつ)れ、血色も明らかに悪い。所々に柄の入った小さめなサイズの寝間着が余裕を見せるその様は、病人と称するには適格すぎた。

 言葉を終えると、彼女は卓上に用意されていたパンを千切って、目の前の少女に差し出した。

 彼女もまた、同じ年頃で端麗な顔立ちをしていた。学校から帰宅して間もないのか、制服を纏ったままだ。左胸に付けられたワッペンには、『迫水(さこみず)』と彫られている。

 迫水は、差し出されたパンを細い手で受け取り、躊躇する事無く齧り始める。

 その様を、黙って観る女性。

 二人の容姿は、瓜二つには及ばないにしろ、酷似していた。顔立ちは勿論、その腰近くまで伸びた黒髪。体型(尤も、迫水の方は窶れてはいないが)も大差無く、遠目からでは二人を判別するのは難しい事のように思える。何より、二人が放つ雰囲気がソレこそ瓜二つと云っても良かった。現在の二人を相対する要素は、その血色の良し悪しだけかもしれない。

 暫くして、迫水の喉の鳴る音が止んだ。口の動きも止まり、細い手に漸く隠れていたパンも、その姿はソコには無い。すると、何やら液体の流れる音が迫水の耳を伝う。

 寝巻き姿の女性が、ワイングラスに薄紫色のした液体を注いでいた。そして、その音が止むと同時に、再び彼女の声が部屋に響く。

「汝、この杯を受けなさい。これは私の血、新しい契約。それが汝に与えられる」

 声が止むと、やはりワイングラスが迫水に差し出される。

 迫水は今度もソレを受け取ると、中身を一気に飲み干した。少し大きく、迫水の喉が鳴る。注がれたのは微量であったが為に、一口と云っても良かった。

「あとの事は宜しくね、真理亜(まりあ)

「ええ、解ってるわ。――(ゆい)

 グラスが卓上に置かれると同時に、唯が先程までとは打って変わる声色で口を開いた。そんな彼女に、真理亜は小さく頷きながら答えた。

 コレが、二人が交わした最後の言葉。

 ソレから間も無く、真理亜は壁に凭れ掛けていた鞄を手にして、唯の部屋を後にする。別れの挨拶も無かった。薄暗い階段を降りて、真理亜は玄関を開け、自宅への帰路に着いた。

 唯はというと、玄関のドアが閉まる音を確認すると、覚束無い足取りでベッドへと向かい、そのまま眼を閉じた。

 カーテンは閉められたままだが、最早拒んでいた夕陽も空には見えない。ランタンの中の炎が揺れる、小さな空間。ソコに響くのは、弱々しい唯の寝息。

 彼女は、何時の間にか眠りに就いていた。深い、深い眠りに。

 そう。その名の通り、唯一つの想いを抱いたまま――。

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