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pudding  作者: みゅう
3.臆病なライオン
9/14

3ー2 自室にて

 土曜日の朝。先週はあんな事があったので、今日はのんびり過ごそうとリビングでテレビを見て(くつろ)いでいると――

 ピンポーン、とチャイムが鳴った。


 来客の予定はないから、きっと宅配便か勧誘か何かだろう。生憎(あいにく)、親父は用事とやらで出払っている。面倒だが、僕が出る他なさそうだ。


 ソファーから重い腰を上げ、扉付近に設置されたインターホンの通話ボタンを押す。


「はーい」


 外の雑音から遅れる事コンマ数秒、画面に見知った少女の顔が映る。


 思わず、僕は通話を終了させた。


 再び、チャイムが鳴る。

 試しに、通話ボタンを押して、すぐに切ってみた。


 やはり、チャイムが鳴る。

 はぁー。仕方ない。


「はい」


 今度はちゃんと応対する。


『私に何か言う事は?』

「……悪い」

『よろしい』


 そう言って、月見里は満足げに微笑(ほほえ)んだ。


「で、何の用だ?」

『用がなければ、来ちゃいけないの?』

「……」


 確かに、言われてみれば、そうだ。


『開けてもらえる?』

「合言葉は?」

『人の噂も七十五日』

「……正解」


 どうせ、どんな答えを言われようとも開けるつもりではいたが、今の答えを聞き、開けざるを得なくなった。

 さて、このネタ、いつまで引っ張られる事やら。


 リビングを出て、玄関に向かう。(くつ)を突っ掛け、扉を開ける。


「こんにちは、橘君」


 僕の顔を見て、月見里がにこりと微笑む。


 今日の彼女の恰好(かっこう)は、白のフリル(そで)のカットソーブラウスに、薄ピンクのショート丈のティアードスカート。こう言っては何だが、非常に可愛(かわい)らしい。……いや、()くまでも、〝恰好が〟だが。


「いらっしゃい、歓迎するよ」

「ホント? (うれ)しいわ」


 もちろん、嘘だが。


 靴を脱ぎ、リビングへ。


「? どうした?」


 行ったのだが、なぜか彼女は付いてこず、玄関に上がったきり、その場に立ち尽くしていた。


「その、今日は、別の場所、というか……」


 別の場所? ……あぁ。


「でも、いいのか?」

「私は、初めからそのつもりでここに来たわ」

「そうか……」


 そのつもりがどういうつもりなのかは、知らないし知りたくないが、ここで断ると、変に意識していると思われかねないので、まぁ、仕方ないだろう。


 玄関に戻り、階段に足を掛ける。


「僕の部屋、上だから……」

「あ、うん」


 一度、彼女の方を振り向き、そのまま階段を登って行く。


「お邪魔(じゃま)します」という声の後、背後から自分の物とは違う足音が続く。ちゃんと付いてきているようだ。


 二階に上がってすぐ正面の部屋が親父の部屋、左が物置部屋、斜め左後ろがトイレとなっている。


 廊下を向かって右に進む。

 親父の部屋の右隣の更に右隣が、僕の部屋だ。


 扉を開ける。


 室内は特に()らかった様子もなく、整然としている。元々、僕に部屋を散らかす趣味はないので、いつ見ても大体こんな感じだ。

 少し乱れていたベッドの上の布団(ふとん)を直し、月見里を出(ねか)える。


「どうぞ」

「失礼します」


 恐る恐るといった様子で、室内に足を踏み入れる月見里。


「一般人の部屋が、そんなに物珍しいのか?」


 辺りをきょろきょろと見渡す彼女に、僕は呆れつつ(たず)ねる。


「ち、違うわよ! 失礼ね! ちょっと……」


 前半は大声だったくせに、後半は急にトーンダウンをし、最後の方は全くと言っていいほど聞き取れなかった。


「はい?」

「もういい!」


 こいつは、なんで怒っているんだ? 月見里明里、やはりよく分からない少女だ。




 室内を興味深げに探索し始めた月見里の動きが、回転式の本棚の前で止まった。


 僕の部屋には、本棚が二つある。

 一つは、縦横二メートルの大きな本棚。

 五段に分かれたその棚には、小説や哲学書・エッセイなどの様々なジャンルの本が、奥・手前という形で二列ずつ並んでいる。数は数えた事がないので分からないが、少なくとも千は超えていると思う。

 そして、もう一つが、今、月見里が前に立っている回転式の物だ。

 縦横五十センチの正方形の板上に、高さ二メートル、八列×四辺の棚が乗っている。そこには漫画(まんが)が収まっていた。数はおよそ三百。こちらは一段毎に約十冊の本が入るので、数えるまでもなく何となく分かる。


「読みたいなら、読んでいいぞ」

「え……?」


 月見里が振り向く。その顔は、イタズラを見つかった子供のようだった。

 怒るか強がるか、どっちかだと思っていたので、少し驚く。


「いいの?」

「〝いいの?〟って、お前……」


 こいつ、ホントにあの月見里か? なんか、反応がいつもと違い過ぎて、調子狂うな。


「ほら」


 日ごろ漫画を読まない女子高生に(すす)めても、良さそうな物を選んで、月見里に差し出す。


 この前、彼女の部屋を訪れた時、その手の物は目に付かなかった。もちろん、僕の目に付かない所や別の部屋にある可能性もあるが、この反応から察するに、家に漫画はない(もしくはほとんどない)のだろう。


「ありがとう……」


 月見里は本を受け取ると、そのままベッドに腰を下ろした。

 一瞬、〝なぜそこに座る?〟と思ったが、すぐに、あんな家に住んでいるから床に座るという発想がないのかもしれない、と思い直す。この部屋にある唯一の椅子は、勉強机に綺麗(きれい)に収まっているし、他に選択肢がなかったのだろう。


「これは、どういうお話なのかしら?」

「いわゆるラブコメだよ。突然現れた許嫁(いいなづけ)に、男子高校生が振り回される話」


 日本で一番有名と言ってもいい、あの週刊誌に()っている作品だ。


「へー。そういうのも読むのね」

「僕は小説に限らず、基本どんなジャンルも読むからね」


 それに、クラスメイトと話を合わすために、この作品は不可避だったのだ。


 月見里が漫画を読み始めたので、僕は急に手持ち無沙汰(ぶたさ)になった。

 五冊まとめて渡したから、数十分はこの調子だろう。とりあえず、お茶でも入れるか。


 部屋を出て、リビングに向かう。


 お盆の上に麦茶の入った二つのコップと、偶然あったカシューナッツを乗せ、自室に戻る。

 なぜ、カシューナッツなのかは、自分でも謎だ。


 二十分程して、ようやく月見里が動きを見せる。五冊全てを読み終えたらしい。

 その間、僕はベッドを背もたれにし、雑誌を読んでいた。内容は全くと言っていいほど頭に入って来ず、本当にただ暇を潰しただけという感じだが。


「続き読むか?」


 雑誌から顔を上げ、すぐに戻す。

 しまった。この体勢だと、見える。〝何が〟とは言わないが。


「ううん。今日はここまでにしとくわ」


 つまり、また来るという事か。……まぁ、いいけど。


 僕(ごと)きの人間がこんな事を言うのはおこがましいかもしれないが、いつも(いそが)しい月見里にはこういった息抜きが必要なんだと思う。その相手が、僕ばかりと言うのはどうかと思うが。


「ん」


 机の上に置いておいたコップを、月見里に手渡す。その時、視線は出来るだけ、上の方を見るように努力した。


「ありがとう……」


 月見里が麦茶を一口(ふく)む。


「変わった味ね」


 確かに、あんな家に住んでいたら、パックで作ったお茶なんて、少なくとも家では飲まないだろう。


「お気に()さなかったか?」

「いいえ。これはこれで美味(おい)しいわ」

「そうか」


 僕も自分の分のコップを手に取り、口に運ぶ。

 うん。いつもの味だ。

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