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pudding  作者: みゅう
2.隣の芝は青い
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2ー2 交換条件

 クラスメイト達が僕の言い分を信じたのには、信じたいからという理由に加え、日頃の僕達の関係性を知っているからという理由もあるだろう。

 クラスメイトという枠組みの中でも、あまり話す方ではない僕達がまさか親密な関係なわけがないという判断が、無意識に彼らの思考を(にぶ)らせたのだ。逆に言えば、クラスメイト以外の生徒が、僕の言い分をもし人づてに聞いたとして信じるかどうかは五分五分、もしくは全くの未知数なのだ。


 というわけで、クラスメイト以外からの好奇な視線は、放課後になっても絶賛継続中だった。

 まぁ、明日から二連休だし、月曜日になれば少しは落ち着くだろう――と、無理矢理、楽観的な思考をしてみる。


 放課後、部室に行くと、先客がいた。部長の篠山(しのやま)さんだ。学年は三年。髪はセミロングで、ぱっと見、読書とは無縁そうなスポーツ少女風な容姿をしている。


「お前、あの月見里と付き合ってんの?」


 開口一番、部長がそう切り出してくる。


「そんなわけないじゃないですか。アレですか? 部長の頭にはスポンジでも()まってるんですか?」


 満面の笑顔で僕は、部長の誤解を解く。


「よーし、よく言った。もう次の部長はお前に決まりだかんな」

「それ、言い返してる事になるんですか?」

「はー。お前、部長()めんなよ? 特にウチみたいにギリギリの人数でやってる所はホント大変なんだからな」


 それは何となく分かる。結局、今年入った部員は僕を含めて二人だけだったからな。


「月見里とは付き合ってないって言うのか?」

「はい。全く。全然。一切」


 今後の事を考え、一部の(すき)も見せず否定する。


「平日は暇な日が一日しかないあの月見里が、ただのクラスメイトとお話しするためだけにわざわざその貴重な日を消費してると?」

「……どうして、それを?」

「私は部長だぞ。部室で行われてる事ぐらい、お見通しだ」


 この部屋には、監視カメラでも付いているのだろうか。


「あー。今まで面白そうだったから見逃してやってたけど、今のお前の態度で気が変わった。部室に部員でもない奴を毎週入り(びた)せるなんて、ホントお前も偉くなったもんだよな」

「なんですか? 急に」


 ついでに、その白々しい演技も謎だ。


「彼女を部室に入れるなって事ですか?」


 まぁ、部長命令なら仕方ない。彼女もきっと従うだろう。よし。これで一人でゆったり本が読める。


「私は部員以外が、部室に入り浸ってるのが問題だって言ってるんだぞ」

「だから、彼女を部室に入れなきゃいいんですよね?」

「お前、わざとだろ?」


 ジト目で(にら)まれる。


「何の事だか?」


 さっぱり分からない。


「はー。分かった。はっきり言おう。月見里をウチに入部させろ。そうしたら、今回の事は黙っておいてやる」

「黙るも何も、別にそんな事ぐらいで罰せられたりしないですよね?」


 そんな事ぐらいでいちいち罰せられていたら、学校側もひどく面倒だし大変だろう。


「誰が学校に言うと言った?」


 ……まさか。

 にやっと部長が不敵に笑う。


「あの月見里と部室で毎週二人きりで過ごしてたなんて知れたら、お前、一体どうなっちゃうんだろうな」


 そう告げる部長の表情は、とても(うれ)しそうだった。


「……分かりましたよ。一応伝えてみます。でも、どうなるかは分かりませんからね」

「OK。十分。てか、多分、入るし」


 その自信はどこから来るのか、全くもって謎だ。




 翌水曜日、椅子(いす)に腰を下ろした彼女に、僕は一枚の紙を差し出した。


「入部届け?」


 そう。入部届けだ。

 あの後、僕が部長から渡された物で、部活動名の欄にはすでに文芸部の名前が書かれている。


「部室に部員以外の人間が入り浸るのはよくないそうだ」


 部長の言葉を、そのまま彼女に伝える。


「私に文芸部に入れ、と?」

「もしくは、部室に来ないかだね」


 その方が僕としては有り難い。


「……」


 彼女は何やら思案顔だ。部活に入るリスクとリターンを天秤に掛けているのだろう。ま、それ程リターンがあるとは思えないけど。


「これを書かずに私が入り浸ったらどうなるの?」


 そう来たか。


「さぁ? 部長が何らかの策を講じるんじゃない?」


 僕の知った事ではないといった感じに、肩を(すく)めてみせる。こういう時にこそ、長年の生活で(つち)ったポーカーフェイスが役に立つ。


「ふーん」


 まるで何かを悟ったような態度だ。

 前言撤回。彼女の前では、僕の猿芝居など何の役にも立たない。


「いいわ。文芸部に入っても」

「ホントか?」


 驚く。

 てっきり、断るものだと思っていたのだが。


「ただし、一つ条件があるわ」

「条件?」


 なぜだろう? ひどく嫌な予感がする。


「私には週に五日、習い事のある日があるの」


 そんな事は言われるまでもなく知っている。

 彼女の習い事のある曜日は、月・火・木・金・日だ。別に本人から聞いたわけではなく、風の噂で勝手に耳に入ってきたのだ。……ん? 五日?


「気付いたようね。そう。五日。という事は、二日お休みがあるというわけ」

「なるほど。君は、土曜日に僕に何かをさせたいわけだな」


 そして、それが入部届けに自分の名前を書く条件というわけだ。


「させたいというより来て欲しいのよ」

「どこに?」


 予想は付くが、一応(たず)ねる。僕の予想が外れている事を祈って。


「私のおウチ」


 ああ。やっぱり。


「断る」


 即答。コンマ一秒のラグもなかった。むしろ、彼女の言葉に被せなかった、自分を()めてあげたいぐらいだ。


「いいのかしら。そうなると、この入部届けにはサイン出来ないけど」


 ひらひらと、月見里が入部届けを僕の前で揺らす。


「別にいいさ。僕が頼まれたのは、君にこの話を持ち出す事。だから、持ち出した時点で僕の仕事は終わってる」

「本当に?」


 一体全体、こいつはどこまで状況を把握しているというのだ。

 確かに、このまま月見里が入部しなければ、おそらく僕は困った事になるだろう。どんな困った事になるかは想像すらしたくない。とはいえ、なぁ……。


「橘君、人の噂も七十五日っていうけど、まだあの事件から七日も過ぎてないわよね」

「何が言いたい?」

「さぁ。私はただ、事実を確認しようとしただけだけど」

「……」


 進むも地獄、戻るも地獄、か。

 同じ地獄なら少しでもリスクの少ない方に向かう方が最善というものだ。……まぁ、何をリスクとするかでその選択も変わってくるが。


「僕はどうすればいい?」


 結局、僕は進む方を選んだ。

 明らかにやばそうな道より、先行きが不透明な道を選んだのだ。

 運が良ければ何事もなく終わるし、運が悪ければもう一方の道より更に最悪な結果が待ち受けているだろう。こればかりは今の僕には見当もつかない。


「十時くらいに迎えを寄越(よこ)すわ。後は座ってくれていれば勝手に着くから」

「……了解」


 果たして、迎えを寄越すのは、僕に対する親切心か、はたまた僕の逃げ場を(ふさ)ぐためか。せめて、前者であって欲しいものだが。


「うふふ。楽しみだわ」

「……」


 僕は不安だ。それも、とてつもなく。

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