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pudding  作者: みゅう
2.隣の芝は青い
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2ー1 噂

 何の因果か知らないが、今日の掃除当番は彼女と一緒だった。しかも、二人とも友人の代理だ。いやはや、偶然というものは怖い。そして、更に偶然は続き……。


「これはもう運命かしら」

「……」


 まるで部室にいる時の感じで話し掛けてくる彼女に、僕は無言を返した。周りに人気はなかったが、どこで誰が見ているか分からない。用心するに超した事はない。


 六人で行ったジャンケンに負けた僕達は、今、ゴミ袋を手に二人でゴミ捨て場を目指していた。ちなみに、ゴミ袋は全部で三つあり、二つを僕が、一つを彼女が持っていた。

 当然のように、彼女がジャンケンに負けた時、変わりましょうか? という心優しい声がいくつか出たが、本人はそれを笑顔で断った。決まりは決まりだから、と。


(たちばな)君、それ重くない? 一つ、私が半分持とうか?」

「いいのか? 僕にそんな態度取ってると噂になるぞ」

「どんな? 月見里(つきみさと)明里(あかり)と橘武尊(たける)は実はデキてたっていう? むしろ、望む所だわ」

「残念ながら、僕は望まない」


 なぜなら、僕に一切得がないから。


「じゃあ、どうしろっていうのよ?」

「黙って歩けばいいんじゃないか」


 僕はとても簡単で、一番無難な行動を彼女に提示した。


「ふん!」


 月見里が鼻を鳴らし、そっぽを向く。

 どうやら、怒ったらしい。まぁ、僕が怒らすような事を言ったのだが。


 そこからは本当に無言だった。


 中庭にある倉庫にゴミ袋を放り、今来た道を引き返す。


 その間、彼女はずっとご立腹の様子だった。


 さすがに不味(まず)いか。彼女との仲がこれを機に険悪にあるのは別にいいが、自分の中の倫理観がこの状況は良くないと告げていた。


「悪かった」

「……」


 無言。だが、続ける。


「だが、本当に面倒な事になると思ったんだ。君と僕は本来ただのクラスメイトのはずだし、こんな所誰かに見られたら……」


 次の瞬間、何かが体にぶつかってきた。まず初めに、肋骨(ろっこつ)付近に柔らかい物が当たり、次に全身を温かさが(おお)った。そして、最後に背中に腕が回される。

 ぎゅっと、背中に回された腕に力が(こも)る。それはまるで、獲物を捕らえた蛇の尻尾の動きのようだった。


「な、な……」


 あまりの衝撃に、言葉が出なかった。


 頭はパニックに(おちい)り、心臓は外にも聞こえるんじゃないかという程、大きな音を立て鼓動している。下手をすれば、このまま皮膚を突き破って飛び出すかもしれない。


「こんな所見られたら、どうなるのかしら?」


 耳元で、月見里が甘く(ささや)く。


 さぁ、どうなるんだろう? 騒ぎになる事は間違いないな。


 視線を落とすと、目の前に彼女の顔があった。

 上気した(ほほ)、少し潤んだ瞳、柔らかそうな唇……。全てが触れられる距離にあり、またとっさに避けきれない距離にあった。


 彼女から視線が外せない。

 このまま、顔を近付けたら彼女は抵抗するだろうか。抵抗しても僕と彼女では体格が違う。無理矢理襲う事も――。


 どこかから、何かを落とす音がした。


「――ッ」


 目をやると、一人の女生徒が僕達を見て、焦ったような驚いたような興奮したような表情を浮かべて立っていた。

 口元を押えているのは、僕達に見つからないようにするためか。

 だが、しかし、その努力は今更であり、かつ無駄だった。なぜなら、彼女の足元に落ちた鞄が、すでに僕達の注意を引いてしまっているから。


「あ、……」


 女生徒はこちらの視線に気付くと、(かばん)(ひろ)い上げ、脱兎(だっと)(ごと)く逃げていった。

 その背中を僕は、ぼんやりと見送る。


 あまりに有り得ない状況なせいか、ひどく現実味がなかった。非常に不味い状況なはずなのに、心は不思議と落ち着いている。


「不味いわね」


 僕のすぐ近くからどこか他人事のような彼女の声が聞こえてきた。


 なるほど。確かに、不味い事になった。……が、何より不味いのは、今の僕達の態勢の方であって、具体的に言えば僕の――いや、止めておこう。意識したら、余計に不味い事になりそうだ。


「とりあえず、離れてもらってもいいか?」

「なぜ?」

「〝なぜ〟?」


 この状況に置いて、離れる事に、今さら説明が必要なのだろうか。


「冗談よ」


 背中に回されていた腕が(ほど)かれ、彼女の体がどこか名残()しそうに離れる。


 ほっとすると同時に、別の感情も()いたが、その感情が名前を持つより先に、心の中で打ち払う。


「さて、どうしたものか……」

「どうしようもないんじゃない?」

「……」


 残念ながら、その通りだった。




 翌日、教室に入ると、予想通り、好奇の視線が僕を襲った。しかし、僕に近付いてくる者はおらず、珍しく今日は彼女も一人だった。

 彼女は頬杖をつき、物憂(ものう)げそうな表情でどこか一点を見つめていた。 

 牽制というより、防衛だな、あれは。月見里明里に誰も話し掛けてこない状況が不自然に映らないように、()えて周りにそういう姿を見せつけているのだ、きっと。


「なぁ、武尊」


 そんな中、自分の席に腰を下ろした僕に話し掛けてきた勇者がいた。クラスメイトの正哉(まさや)だ。

 彼とは、この学校に入ってから知り合いになった。気さくでいい奴だが、少し頭が弱いのが(たま)に傷だ。身長は高く、体格はいい。部活はバレー部だったと思う。


「昨日、月見里と抱き合ってたっていうのは本当か?」


 正哉の言葉に、教室中が凍り付いた。しかし、やはり真相が気になるらしく、聞き耳を立てている様子はビンビンに伝わってきた。

 さすが正哉。頭の螺子(ねじ)が何本か飛んでやがる。


 さて、何と答えるべきか。

 内容を否定するのは愚策だ。あれだけはっきりと見られていたのだから、否定をしてもそれを信じる者はいないだろう。ならば、どう言い訳するかだが……。


「廊下にゴキブリが出て、それで驚いた月見里さんが僕に抱き付いてきたんだ。いやー、あの時は焦ったよ」


 聞き耳を立てている連中にも聞こえるように、わざとはっきりとした口調でそう告げる。

 昨日から幾つかの言い訳を考え、一番まともに聞こえそうなものがこれだったのだ。他には、こけたとか、人にぶつかったとか、エトセトラ……。


「なんだ、そういう事だったのか」


 人のいい正哉は僕の話を疑う事なく信じる。

 そして、周りの反応も大体がそんな感じだった。

 僕の言い分を信じたというより、僕の言い分を信じたいという意識が強いためだろう。まぁ、中には信じた上で殺気をこちらに送ってくる輩もいるようだが。


「で、そのゴキブリは倒したのか?」

「いや、月見里さんに抱き付かれてる間にどこかに行ってしまったよ」

「そうか。じゃあ、まだ校内にいる可能性もあるんだな」

「まぁね」


 嫌な事をさらりと言う奴だな、こいつは。

 とはいえ、正哉のファインプレーによって、ぎくしゃくしていた教室内の空気が幾分(いくぶん)(やわ)らかくなった。まだいつも通りとは言い(がた)いが、時間と共にそのうち戻るだろう。……教室内の空気は。

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