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pudding  作者: みゅう
1.私があなたを好きな理由
3/14

1ー3 プロポーズ

 僕の家は普通の住宅街にある普通の家だ。

 そんな家に彼女という存在は、ひどく似つかわしくなかった。まるでコンビニにファグラが置いてあるような……少し違うか。


「どうぞ」


 テレビと対面する形で置かれたソファーに腰掛けた彼女の前に、麦茶の入ったを置く。

 何を出そうか一瞬迷ったが、コップ今更恰好(かっこう)つけても仕方ないと思い、いつもの物を出した。


「ありがとう」


 それを手に取ると、彼女は一口(ふく)んだ。特に反応はなかった。


 内心、ほっと胸を()で下ろす。


「お父様はいつ頃お帰りになるの?」

「六時から七時の間かな」


 親父は普通のサラリーマンで、大体、同じ時間に帰ってくる。遅くなる事はたまにあるが、その理由は仕事でない事がほとんどだ。


「そう」

「そろそろ、教えてくれないか?」

「何を?」

「いきなりウチに来た理由だよ」


 彼女はそれを何度聞いても教えてくれなかった。


「じきに分かるわ」


 そこから他愛もない話が続いた。僕は食卓の椅子に腰を下ろし、彼女の会話に付き合った。本は読まなかった。あれをしていいのは、やはり部室でだけだろう。


 程なくして親父が帰ってきた。

 六時二十分。(おおむ)ね、いつもの時間だ。


「うおっ!」


 リビングに女生徒がいるのを見て、親父が(ひる)む。


 玄関にローファーがあったので、女の子がウチに来ている事は察していたはずだが、まさかリビングにいるとは思っていなかったのだろう。


「お久しぶりです。月見里明里です」


 彼女は立ち上がり、親父に向かって丁寧(ていねい)に頭を下げた。

 それに親父も頭を下げて応える。


「どうも……って、あの月見里明里さん?」

「はい。多分」


 間抜け顔を浮かべる親父に、彼女は笑顔で応えた。


「えーっと、そういう事?」


 親父が僕に視線を向け、尋ねる。僕は首を横に振った。


 親父は僕が恋人を連れてきたと思ったらしい。まぁ、当然の判断だが。


「突然すみません。今日はお父様にお話があって、橘君に無理を言っておウチまで連れてきてもらいました」


 彼女の口調は、若干、余所(よそ)行きというか猫を被っていた。


「私に? なんでしょう?」

「橘君を私に下さい」

「はっ!?」


 思わず声を上げたのは、僕一人だった。

 親父は突拍子もない話を、真剣な眼差しと態度で受け止めていた。


「それは、武尊を月見里家の養子にしたいという事かな?」

「はい」


 彼女は真剣だった。少なくとも、僕の目にはそう映った。


「いやいや、ちょっと待て。全くもって訳が分からないんだが。僕と君はただのクラスメイトで、恋人じゃないんだぞ」

「えぇ。その通りだわ」


 あっさりと僕の言葉を肯定する月見里。


「なら、なんでそんな話になる?」


 色々な過程を素っ飛ばし過ぎだろ。


「言ったはずよ。私にとって恋愛と後継者問題は同じだって。だったら、付き合う前に、橘君がウチの養子になれるのか確認しておく必要があるじゃない」


 やばい。頭が痛くなってきた。前々からおかしな奴だとは思っていたが、まさかここまでとは……。


「私は別に、養子だろうが何だろうがそんな肩書きに拘りはないよ。本人のしっかりした意思さえあれば」

「おいおい。なんで親父も真面目に答えるんだよ。だから、こいつと僕は別に付き合ってるわけじゃ……」

「ありがとうございます」


 彼女が親父に向かって頭を下げる。


「いや、だから……」

「結婚しても、月に一度くらいは顔を出して下さいね」

「はい。もちろんです」

「おいおい」


 ダメだ。こいつら、人の話聞いちゃねぇ。




 近くに迎えが来ているという彼女を、そこまで送っていく。


 親父と月見里は、あの後も半ば僕を無視した形で話を続け、結婚式やハネムーン、結婚生活にまで話題は及び、完全に僕は蚊帳(かや)の外だった。なので、その間、僕はずっと本を読んで過ごした。やはり、本はいい。本は僕を裏切らない。


「怒ってるの?」


 背後からの声に、足を止め、振り向く。

 自然、彼女の足も止まる。


「怒ってないとでも?」

「……ごめんなさい」


 表情を曇らせ、(うつむ)く月見里。


 溜め息。そして、頭を()く。


 何だかな。これじゃあ、まるで僕の方が悪者みたいだ。


 なら、悪いのは彼女か? それも違う。彼女は彼女なりの理由で動いているだけで、そこに悪気はないはずだ。悪気がなければ、何でもやっていいかと言うと決してそうではないが。


「僕は別に君の事が好きではない」


 今後のためにはっきり言葉にして伝える。

 まぁ、嫌いでもないけど。


「えぇ。分かってるわ」

「なら――」

「でも、私にはあなた以外考えられないの」


 僕の言葉を(さえぎ)り、月見里が言う。


「幼稚園の時に隣で本を読んだからか?」


 だとしたら、なんて下らない理由だ。それだけの事で、自分の一生の相手を決めるなんて。


「きっかけはそうかも? けど、理由は違うわ」

「違うというなら、是非聞かせてもらいたいね」


 肩を(すく)めてみせる。


 実際、あの月見里明里が人を好きになる理由には、少なからず興味があった。


「私はあなたをずっと見てきた。あなたは気付いてなかったでしょうけど、幼稚園から今日までずっと。その間に見てきたあなたの姿全てが、私があなたを選んだ理由よ」

「……」


 なぜだろう。別に納得したわけではないのに、反論が思い浮かばない。


「あなたが今は私の事を好きでないというのなら、いつかきっと振り向かせてみせるわ」

「……楽しみにしてるよ」

「えぇ」


 僕の負け惜しみにも似た言葉に、彼女は(うれ)しそうに頷いた。


 家から歩いて三分程の公園の脇に、普通の住宅街には不釣り合いな黒い高級車か停まっていた。聞くまでもない。彼女の迎えだろう。


 僕達が近付くと、車の運転席から一人の女性が出てきた。

 年は三十前後だろうか。恰好はパンツルックのスーツ。髪は短く、表情は引き締まっている。運転手というより、まるでSPか何かのようだ。まぁ、どちらにしろ、職業の前に〝美人〟という形容詞がつくのには変わりないが。


「お迎えに上がりました、明里様」


 女性は車の反対側に回ると、こちらに向かって一礼をした。それは、見()れるほど見事な仕草(しぐさ)だった。


「紹介するわ。こちら、橘武尊君、私の未来の旦那様よ」

「おい」


 僕の突っ込みを、彼女は素知らぬ顔で流した。


望月(もちづき)由香里(ゆかり)です」


 そう言って僕に微笑(ほほえ)みかけた望月さんの表情は、先程までの引き締まったものとは違い、柔和で優しいものだった。


「武尊様のお姿は、何度か遠くから拝見させて頂いております。後、噂は明里様から――」

「あー。いらない事は言わなくていいから」


 慌てて望月さんの口を自分の手で(ふさ)ぐ月見里。こうして見ると、使用人とお嬢様というより、年の離れた姉妹のようだ。


「もう。帰るわよ、由香里」


 体を左右に揺らし、月見里が車に向かう。


「はい。明里様」


 笑いを(こら)えるようにして、望月さんが月見里のためにドアを開ける。彼女の体がちゃんと車内に収まったのを確認してから、望月さんはドアをゆっくりと閉めた。


「では、武尊様、また。明里様はわがままですが、根は優しくていい子ですので、どうか末長くお付き合い下さいませ」

「はぁ……」


 最後に一礼をし、望月さんは車の反対側に回り込み、運転席に乗り込んだ。

 車のエンジンが掛かると同時に、後部座席の窓が開く。


「橘君、また明日学校で」

「ああ」


 車が走り去り、僕はその場に一人取り残された。


 まったく、散々な放課後だった。なのに、なぜだろう。少し気分が高揚している自分が確かにそこにいた。

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