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pudding  作者: みゅう
4.pudding
13/14

4ー2 告白

 母さんの眠る墓は、車だと、ウチから三時間近く掛かる場所にある。休憩を入れながらとはいえ、運転手には、それなりに負担を()いる距離だ。

 なので、僕としては、電車とバスを乗り継いでそこまで行くつもりだったのだが……。


「ありがとうございました」


 車を降りると、僕は、ここまで一人で運転してきてくれた望月さんに、深々と頭を下げる。


「いえ、慣れていますから、このぐらい、全然苦ではありません」


 そう言って、にこりと微笑(ほほえ)む望月さん。

 道中もずっと、疲れた顔一つ見せず、むしろ、望月さんはこちらに気を(つか)い続けてくれた。本当に、この人の立ち振る舞いには、頭が下がる。


「ありがとね、由佳里(ゆかり)


 僕に続き、車を降りた月見里も、望月さんに礼を言う。


 今日の彼女は、墓参りを意識したのか、黒いワンピース姿だった。華やかでない色い合いが、逆に彼女の華やかさを際立たせている。


「お疲れ様です、明里様。私は、駐車場の方で待っていますので、ご用がお済みになったら、電話でお知らせ下さい」


 月見里、僕という順に会釈(えしゃく)をし、望月さんは車へと戻っていった。


「行くか」


 去り行く車を見送り、月見里に声を掛ける。


「ええ」


 彼女の(うなず)きを受け、入り口へと足を運ぶ。


 ここ朝丘(あさおか)霊園は、七万二千平方メートルにも及ぶ広大な敷地を持つ、巨大な共同墓地だ。

 山の中腹にあるこの霊園は、それ自体も坂状になっており、まるで階段のように、墓達が段々となって並ぶ。区画は全部で、九つに分かれており、その全て、にAからIまでの九つのアルファベッドが振り当てられている。


 ちなみに、僕の母さんの眠る墓はEの区画にあり、今、僕達が足を踏み入れた入り口もEの区画のものだ。


 入り口から少し右に()れると、水()み場があった。

 そこで(おけ)柄杓(ひしゃく)を借り、ついでに水を汲む。それを手に、僕は、月見里を連れ、親父から教えられた番号を目指し、歩き出した。


 九つに分けられているとはいえ、一つ一つの区画は広く、お目当ての墓まで何のヒントもなしに辿(たど)り着くのは難しい。

 そこで頼りになるのが、一段差(ごと)に置かれた数字の書かれた看板だ。

 看板には、一から十までの数字が書かれており、それを頼りに墓を探す事になる。つまり、E区画の八番と覚えておけば、それほど手間を掛けずに、お目当ての墓まで辿り着けるというわけだ。

 橘家の墓。これだ。 


 一応、背後に(まわ)り、確認をする。そこには、母さんの名前やら何やらが、しっかりと刻まれていた。享年、三十二歳。改めて、早過ぎる死を実感する。


 間違いない。ここに、母さんは眠っている。

 確信を持った僕は、持っていた桶を手頃な位置に置き、柄杓で水をすくうと、それを墓の上から掛けた。本来なら、この後、雑巾やスポンジで墓掃除を行い、お(そな)え物を供えるのだが、今日は月見里もいる事だし、それはまたの機会という事で……。


 柄杓を桶に戻し、墓の前に立ち、目を(つむ)り、手を合わせる。

 振り返ると、月見里も僕に(なら)い、目を瞑り、手を合わせていた。気を(つか)っているのか、僕とは少し距離が空いている。


「月見里」


 呼び掛け、月見里を僕の近くに呼び寄せる。


「母さん、覚えてる? 幼稚園と小学校で一緒だった、月見里明里だよ。凄い年月が()ってるから分からないかな? それとも、面影とかで何となく分かる? 僕達、今でも同じ学校に通ってるんだ」


 別に、示し合わせたわけでも何でもないのに、不思議な話だ。


「月見里明里です。武尊(たける)君とは、また仲良くさせてもらってます。不束者(ふつつかもの)ですが、よろしくお願いします」

「おいおい」


 どさくさに(まぎ)れ、何を言っている。


「さてと、これで、君の言う準備とやらが整ったわけだ」


 月見里の方を向き、僕は苦笑を浮かべる。

 別に、彼女の事を笑ったわけではない。()いて言えば、この笑いは自嘲(じちょう)に近い。


「どういう事?」


 不思議そうな表情で、月見里が僕を見る。


「君が言ったんだろ? 付き合うなら、お互いの両親に挨拶(あいさつ)してからだって」

「え? まさか、そのために、今日ここに……」

「というより、ケジメかな」

「ケジメ?」

「母さんを亡くしてから僕は、失う痛みを再び味わう事を恐れ、何かと深く関わる事を避けてきた」


 なのに、僕は今、月見里とここにいる。つまり……そういう事、なのだろう。


「おそらく、他の誰かなら、僕は今まで通り、拒絶してただろう。でも、君は、君だけは拒絶出来なかった。拒絶しきれなかった」

「それはなぜ?」


 優しく、まるで母親が子供にそうするように、月見里が僕にそう尋ねる。


「僕にとって君は、憧れであり、目標であり、決して手の届かないはずの存在だった。そう。はずだった。なのに……」


 あの日、あの時、月見里は僕に話し掛けてきた。そして、部室に入り浸った。その本当の理由は分からないが、僕はそれを積極的ではないにしろ、受け入れた。口では色々な事を言っても、本当は彼女ともっと話したかったのだ。


「僕はきっと、これから君に無理を強いると思う。風邪(かぜ)を引けば休めと言い、体調が悪ければ過度に心配する。それでも――」


 言葉を一度、飲み込む。ここから先の言葉を言ってしまうと、良くも悪くも、僕達の関係は変わってしまう。しかし、言わなければ、大事なものは手に入らない。きっと、この先もずっと……。


「君は、僕の隣にいてくれるだろうか?」

馬鹿(ばか)ね」


 僕が、考えて考えて、緊張の末に何とか(しぼ)り出した言葉を、月見里が軽く一蹴(いっしゅう)する。


「あなたは、橘武尊なのよ。いつものように、無愛想に、偉そうに、強気に、こう言えばいいの」


 そう言いながら、月見里が僕との距離を詰める。その差、数ミリ。今にも触れそうな距離に、彼女

はいた。


「君が好きだ。君が欲しいって」


 彼女の吐息(といき)を感じた。次の瞬間、僕は思わず、彼女を抱きしめていた。


「君が好きだ。君が欲しい」


 月見里が言った言葉を、今度は僕が、僕の言葉として口にする。


「あん」

「変な声出すなよ」


 抱きしめた僕が言うのも何だが、ここは墓場。さすがに、TPO的に不味(まず)いだろう。


「だって。耳元でそんな台詞(せりふ)(ささや)かれたら……ねぇ?」


 いや、知らんけど。


「それより、答えを聞きたいんだが」

「抱きしめておいて、今更、そんな事を言うの?」

「知らなかったか? 僕は心配症なんだ」

「そう言えば、そうだったわね」


 少しの間を開け、彼女が今度は僕の耳元で(ささや)く。


「あなたが好きよ。あなたが欲しいわ」

「……」

「感じちゃった?」

「そうだな。ここにベッドがあれば、押し倒してたかもな」


 良かった。ここが墓場で。いや、全然良くない。墓場で何やっているんだ、僕達は。


「あら、残念。でも、ダメよ。知らなかった? 私、彼氏の部屋でしか、純潔は(ささ)げない事にしてるの」


 全く。注文の多い女だ。彼女と付き合う男は、さぞかし苦労する事だろう。……まぁ、その男は、何を隠そう、僕なのだが。

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