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pudding  作者: みゅう
4.pudding
12/14

4ー1 けじめ

 月見里(つきみさと)明里(あかり)は、僕にとって、太陽だった。

 ……こう言うと、クサい口説(くど)文句(もんく)のように聞こえるかもしれないが、実際はそんないいものではない。


 僕にとって、彼女は、憧れであり、目標であり、決して手の届かない存在――のはずだった。あの日、あの時、彼女が、僕に話し掛けてくるまでは……。


「ねぇ」


 ある水曜の放課後。文芸部の部室に向かっていた僕を、誰かが呼び止めた。

 振り返ると、そこに、月見里が立っていた。


「何?」


 内心の動揺を外に出さないよう、僕は必死に平静を(よそお)った。


 小・中の時も、彼女と話した事は当然あったが、その内容はどれも事務的なもので、また一回辺りに掛かる時間も短かった。()まる所、当時の僕は慣れていなかったのだ。彼女と話す事に。


「文芸部の部室に行きたいんだけど」

「……」


 思考を(めぐ)らす。


 僕が文芸部員だという事を知る者は少ないが、別に隠しているわけではないので、知っている人は知っている。そして、このタイミングで僕に声を掛けてきたという事は、彼女はおそらく後者に属する人間なのだろう。

 もし、そうだとして、狙いはなんだ? もちろん、ただ文芸部の部室に行きたいだけという可能性もある。しかし、その可能性は(きわ)めて少ない。なぜなら、文芸部員以外が、文芸部の部室に行く事はまずないからだ。

 生徒会や委員会の人間が、たまに文化祭や予算の事などで部長を(たず)ねてくる事はあるが、彼女はそのどちらでもない。なのに、どうして?


(たちばな)君?」


 答えの出ない思考は、彼女の疑問符の付いた呼び掛けによって、途中で停止した。

 考えてみれば、僕(ごと)き人間が月見里の思考を読み取ろうとするなんて、おこがましいにも程がある。僕と彼女は、そもそも違う人間だ。住む世界が違うし、人間としての格が違う。


「文芸部の部室に行くには――」


 僕は丁寧(ていねい)に分かりやすく、部室までの道筋を彼女に教えた。いつも通る経路なので、スラスラと言葉が出た。


「……」


 しかし、僕の説明を聞いた月見里の顔は、予想に反し、何か難しい事を聞いたようなものになっていた。


「あなたの説明は素晴(すば)らしかったわ。でも、やっぱり、口頭じゃ少し分かりづらいわ。橘君。あなた、案内してくれる?」

「は?」


 今の説明で行き方が分からなかったというのにも驚いたが、何より、僕に案内をしろという彼女の提案に驚かされた。


「なんで、僕が?」

「だって、あなた、文芸部員でしょ?」


 やはり、彼女は知っていたのだ。僕が文芸部員である事を。


「嫌だと言ったら」

「なぜ?」


 彼女が不思議そうに小首を(かし)げる。

 確かに、おかしな話だ。別に、他に用事があって、急いでいるわけでもなく、尚且(なおか)つ今からその場所に向かうというのに、案内を断るなんて……。


「分かった。付いてきてくれ」

「ありがとう。助かるわ」


 それが僕と彼女の〝出会い〟だった。


 そして、その日から彼女は、毎週水曜日になると、文芸部の部室に入り(びた)るようになる。五月の、まだゴールデンウィークが開けたばかりの頃の話だ。




「――何?」


 それまで、(ほお)杖をつき、窓のある方を見ていた月見里が、僕の方を向き、そう尋ねてくる。

 本に視線を落とす振りをし、見ていたのだが、それは全く無駄(むだ)な努力だったらしい。


 観念し、本から顔を上げる。


「その、体調の方は大丈夫なのか?」

「ええ。お陰様で」


 満面の作り笑顔だった。

 ならば、言葉の方も、それに準ずるものに思えるが、この場合、どっちなのだろう?


 昨日、月見里は、次の休み時間には、何事もなかったかのように教室に戻ってきた。本来なら、彼女の周りに人(だか)りが出来そうな状況だったが、さすがにクラスメイトもその辺は空気を読んだようで、数人の女子が声を掛ける程度でその場は収まった。


「言ったでしょ。いつもの事だって。保健室に行ったのも、あなたの顔を立てて上げただけで、本当はその必要すらなかったんだから」

「悪かったな、心配性で」


 ()えて、御陵(みささぎ)先生に言われた〝過保護〟という言葉は避ける。理由は……自分でもよく分からない。


「いいえ。好きな人から心配されて、喜ばない女子はいないわ」

「……」


 それに対し、一体、僕はなんて返せばいいんだ。


「なぁ、月見里」

「何よ」

「君は、本当に、僕の事が好きなのか?」

「……」


 信じられないものを見るような目で、見られてしまった。彼女からしてみれば、何言ってんだ、こいつ――といったところなのだろう。


「なるほど。分かったわ。あなたは、そういう言葉を何度も言わせて、優越感に(ひた)りながら、私を(おとし)めるのが趣味なのね」

「君が、僕をどういう風に思ってるか、よーく分かったよ」

「好きよ。あなたが、甲斐性(かいしょう)無しの意気地なしの朴念仁(ぼくねんじん)だとしても」

「……」


 (すご)い言われようだが、自分でも、今の言葉はあまりにデリカシーに欠けるものだったという自覚があるので、甘んじて受け入れる。


「月見里。君に頼みたい事がある」

「え? こんな場所で、メイドコスはちょっと……」

「なんでだよ! 誰がいつ、そんな事をしてくれと頼んだ!」

「して欲しくないの?」

「……」


 イエスともノーとも言い(がた)い質問だ。


「やっぱり好きなのね、メイド」

「何を根拠に……」

「ウチのメイドを、イヤラシイ目で見てたという報告が」

「誰がそんな――」


 あ。望月(もちづき)さんか。うわ。ショックだな。まさか、望月さんに、そんな風に思われていたなんて。月見里から、数万の罵倒(ばとう)を浴びせられるよりもショックだ。


「嘘よ」

「へ?」

「正確には、〝興味深そうに見てた〟だったかしら。まぁ、どちらにしろ、橘君がメイド好きなのは、変わらないけど」


 いや、まぁ、どちらも否定は出来ないが、なんか釈然(しゃくぜん)としないものがある。大体、メイドが好きじゃない男子なんて、この世に存在するのか? メイドは男子のロマンだろ。


「で、本当の頼み事はなんなの?」

「……やっぱ、いいや」


 なんか、今の()り取りで、(きょう)を削がれたというか、言う空気じゃなくなったというか……。


「え? もしかして、結構、マジなやつだったの?」

「また気が向いたら言うよ」


 そう言って、僕は読書に戻る。


 別に怒ってはいない。ただ本当に、そういう空気じゃなくなったというだけの話だ。


 しかし、月見里は、そうは思っていないらしく、今もチラチラとこちらの様子を(うかが)っている。その様子は、怒られた後、飼い主の様子を伺う犬のようで可愛(かわい)らしかったが、やはり、何だが可哀相(かわいそう)だった。


 はぁー。仕方ない。


「今度の土曜日なんだが――」


 読書を止め、顔を上げる。


「暇か?」

「え? あ、うん……」


 僕の問いに答える月見里の顔には、はっきりと戸惑いの色が見て取れた。


「じゃあ、付き合ってくれないか?」

「どこに?」

「僕の、母さんの所に」

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