表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
第一部 西涼~
8/44

難題にして難敵





++捨てられぬ剣、非業の矢(前)++





 随分とまぁ~なんと言うかどうと言うかかんと言うか。

 ここまで来ると”何故”と言う言葉はもう不自然だ。

 あの人の持つ清流のような気配はその内に一歩踏み込めば激流となる。

 現状を鑑みるとその在り方も生き方もそうなのだと納得するしかない。

 激流に飲まれるように、流されるように現状を飲み込まずを得ない。


 朝食を終えほとんど間を置かずに、馬騰さんの三人娘を連れ立って町に繰り出す事になった。


  特にやるべき事もないし、どちらかというのならこれがやるべき事になるのだが。どうしたのものかと考えずにはいられない・・・


 ただ町を当てもなく歩き回るというのは愚策。

 現在”子守”と言うよりも案内されている俺の方が”子守られ”のような状況に素直に納得出来ず進む足取りが少々重い。

 馬超が先導するように少し前を歩き、その後ろに馬休、馬鉄と続き最後尾が俺。

 「ルオソウおいていっちゃうぞ」

 「翠ねえさんあんまりさきにいっちゃだめぇ」

 「おねぇちゃんたのしそ~ソウも~」

 馬超はまだしも残りの二人とは朝食を一緒にしただけでどう声をかけたら良いものわからなかった。

 そう思いながら目の前を歩く再度三人の少女を見る。

 三人を後ろから眺めていると右から馬超、馬休、馬鉄と身長とポニーテールの長さが徐々に小さく短くなっていく。

 並べてみれば確かに三姉妹なのだと改めて思うほどに似ているし各々特徴的だ

 少しだけ話した印象としては、自由奔放でありながら、姉としてという気持ちが先走って言葉よりも行動が先に出てしまう姉の馬超。

 姉を支え妹の面倒をみるためか馬超よりもしっかりしている印象を感じる馬休。

 そんな姉達を後ろからのんびりとした様子で見守りながら楽しんでいる馬鉄、といった感じだろうか。

 なんだか面白い光景な気がして少しだがほっこりとした気がする

 そんな光景を見ているとそんなに急ぐ必要もないのだろうかと言う気分になる。

 別段何か見なければいけないわけでもないし、案内されるままに町を見ていくだけでも十分な収穫が得られる。

 先程のやり取りでは確証としては足りない部分が多くあったが、なんだったら曹操や孫権、劉備や関羽に張飛といった三国志の代名詞になる人物がいてくれたら納得して・・・いや、それでもしないかも知れない。

 まず知っている中でも性別が違う。

 それに”気付いたら過去、別次元にやってきました”と簡単に納得してしまうのはなんだか俺の中の常識を破壊されてしまいそうで怖い。

 それでも怖い事にその状況証拠が揃ってきていることは確かだ。

 もし、もう一歩でも確証に近づけば受け入れなければいけないのだろう。

 現実には起き得ない出来事が自身に降りかかるとは思いもしなかった。

 はっきり言ってどちらが現実での出来事だったのか、著名な文学者や知識人なら俺の置かれた状況をどのように表現するのだろうと興味がおかしな方を向き出すと。

 「兄様っ!おそいぃ」

 声をかけられて気付けば随分と距離が出来てしまっていた。

 馬超に急かされ手招きされるままに小走りで駆け寄る。

 「馬超、置いていかないでくれぇ、迷子になってしまう」




 馬騰さんの屋敷を出て町が広くて驚きもした。

 屋敷に行くまでは寝ていたのだからしょうがないとも言えるが外まで続く大通りは二、三キロはある。

 朝の町は思いのほかに多くの人が行きかっていた。

 木造の家屋が立ち並び、大通りと言っても特にアスファルトや石畳で舗装されているわけでもなくただ広いだけ。

 しかし、この町の賑やかさは以前の世界で色々な朝の町と違い何か違和感がある。


 なんだろうかこの違和感は・・・


 馬超に手を引かれ歩きながら町を見渡し、歩く人々を観察する。

 働く人達は額に汗をかき、道を歩く人には挨拶や呼び込みといった声をかけ、店先で談笑する人達。

 食材を吟味している人、これから外に畑仕事に行こうとしている人がいれば外から馬車を引いてきて荷物を届ける人。

 そこではっと気づいた。

 多分で確証がないけれど、ここに生きる人たちは生きているんだと思った。

 活気というものだ。

 今まで通ってきた町の中でもよりそれを実感する。

 活気がある町と言うのは知っている、だがここまでそれを感じる事なく生きてきた気がする。

 それに気づく余裕もなかった俺自身のせいかもしれない、だがそれでも眼に映る全てから生気を感じ取れる。

 前の世界の人たちとここの人たちの違いとは何なのだろう。

 前の俺と今の俺の違いとは・・・まぁ外見的には色々変わっているが感受性が激変している気はしない。

 町を見れば見るほど、歩けば歩くほどに多くのものが見える。

 見える部分だけでもここは良い町だと思っていたところに手をくいくいっと引かれてそちらに眼を向ける。

 「兄様、兄様っ、どこいきたい。ここはあたしのにわだからどこだってあんないできるよ」

 「あぁ、頼もしい案内役だ。よろしく頼む」

 胸を張りトンッと叩く馬超。

 生まれ育った町なのだろう、自信満々なその姿を頼りするしかない俺は手始めと何処に行くべきだろうと考える。

 前を歩く三人には悪いがあまり面白いところを案内してもらってばかりもいられないし、考え付くものは大した事が出てこない。

 情報を得るのなら書店や図書館。

 身なりを整えるのなら服屋や小物を扱っている店。

 手持ちの武装を整えるなら鍛冶家や武具店、最悪は雑貨店で何か見繕って作るのも一手。

 ここの人たちの生活を観察するのであれば飲食店や八百屋といった食べ物を扱う店を見て回るのが良いだろうか。

 一人で回るつもりでもいたので特にここと言うべき順番を考えていなかった。

 一度、空いている手を顎に当ててふむっと少し考えを纏める。

 それじゃあと無難に書店を案内してもらうことにした。


 

 ・・・・・・

 

 ・・・・・・



 書店と言葉視した途端に馬超達はつまらなそうと言うよりもかなり嫌そうな顔をした。

 申し訳ないがやはりここは外せない、つまらない事は早いうちに済ませてしまったほうが良い。

 調べる物をしている際に馬超達が堪えられないのならば後日また来ればいいが案内だけはしてもらっておいて損はないだろう。

 「ここがまちでいちばんおおきいんだ」

 正直、外観だけで言えば通ってきた飲食店よりも建物の規模は小さい。

 

  まぁ、あっただけ良しとしよう。贅沢を言える状況でもないしな・・・


 中に入るとまだ若い、今の俺が言える事じゃないが・・・その目で見ても二十歳そこそこの赤髪の女性が店番をしていた。

 「おや珍しい馬超様、馬休様に馬鉄様ではないですか。はっ、もしや遂に私の思いが通じたのですか!ついに勉学に目覚めてくれたのですね!!感動です感激ですぅ。これは天主様のお導きでしょうか。やっと私の天意を果たす事が出来るのです、歓喜に涙々雨あられでございます。さぁ何から始めましょうか。ご心配される事はございません何から何まで私にお任せください!命を賭してでも馬騰様のご子息と胸を張れるよう尽力いたしますぅ!」

 馬超達の顔を見ただけで涙を滝のように流している女性は俺の事が見えていないのだろうか。

 出会い頭でいきなり言葉をまくし立てて一人で号泣する女性に呆気にとられていると馬超達の手を引いてさぁさぁと奥の部屋に嫌がる三人を連れて行こうとする。

 「店主!すまないが用事があるのは俺なのだ。この子達は俺の案内をしてくれただけで多分店主の思いからではない」

 少々強めに女性に呼びかけ馬超の手を引く腕を掴み強引にとめる。

 急に掴んだため力を入れすぎたのか俺が掴むと女性は苦悶の顔をして手を離した。

 「くっ痛た、痛いです。すみません、すみませんでした!離してください」

 素直に馬超達を開放したところで腕を離す。

 女性の手が離れると同時に三人は俺を盾にするように後ろに隠れる。

  

  な、何だ?この怯えようは・・・

 

 「店主、この店は入るとすぐに奥の部屋で無理やりに勉学とやらをさせるのか」

「・・・?貴方は馬超様達とどのような関係なのでしょうか、どのような理由をもって私の天意を阻むのです!はっ、これは天主様が私に与えた試練なのですね!!わかりました、了解しました!!私は貴方に勝って必ずや馬超様達に知のなんたるかをご教授させていただきます!!!」


  変人だ・・・


 それも極めて特異な変人だ、そう直感で女性を評価する俺がいる。

 勝手に勘違いをし暴走をする女性は俺の後ろで怯える三人を見て、俺に対して憎悪、嫉妬、執念と言った禍々しい感情を蛇口の壊れた水道のように駄々漏れにしている。


  ・・・怖い


 戦場で夜を過ごすのとは別のベクトルで怖い。

 だがここで引くことも出来ない、ここに案内させてしまったのは俺なのだからこの状況を収拾させないといけないのだろう。

 溜め息が出る。


  馬超達が嫌そうな顔をしたのはこれが原因か


 「俺の名前は馬龍。馬騰さんのところの客人としてここに来たのだが貴方が店主でよいのか?」

 「馬龍、さんですね。私がここの店主、庖徳ホウトクと申します。しかし例え馬騰様の御客人であろうとも私は曲げるつもりございません!それともこれこそが試練なのですか!!さぁ勝負です私は負けせん!!!」

 溜め息を溜める暇もない。

 最低限の事は聞いてくれるみたいだが、それ以外は暴走しっぱなしだ。

 勝負とは何をすればいい。

 言い負かせればいいのだろうか。

 最悪・・・は、まぁ考えないで置こう。出かけていきなりいざこざを起こすのは馬騰さんを裏切る事になる。

 「別に俺は貴方の天意とやらを阻むつもりはない」

 「「「っ?!!!」」」

 ザザッと音を立てて後ろに引っ付いていた三人が俺から一歩離れた。

 ちょっと傷つく。

 だが、この変人を落ち着かせるには少しだけ我慢してもらうしかない。

 「ならば早く!馬超様達を私の元へ!!」

 「だがだ、庖徳ホウトク殿。押し付けるように勉学とやらを教えたところで真に身にはならない。勉学を勧めたいのならば無理やりに連れ込むようなことは逆効果だ」

 「それは最初だけです。勉学の素晴らしさを知れば自ずと勉学を求めるようになります。私はそのきっかけとなるべきという天意を受けたのです」

 「随分偏屈な天意だ」

 「私を侮辱するのですか?!」

 そう声を張り上げる庖徳。

 しかし、引いてはいけない主導権は譲ってはいけない。

 「馬騰さんに言われた受け売りだが、”天意ならば知るべき時には望む解を得る”その時が来れば馬超達が勉学を取る時が来るだろう。貴方のやっている事は馬超達の意思を蔑ろにしている。己が天意を遠ざけるばかりだぞ」

 「天意を遠ざけるとは何を持ってそのような事を言うのです」

 「興味のないものを見聞きしたところでそれは目を耳を素通りするだけだ。貴方がきっかけになるといったがその行動はきっかけになどならん。」

 「勉学を知れば自ずと・・・」

 少々弱気ながらもまだ言葉を返してくる。

 しかしこれは勝機と遠慮なく強く吼える。

 「自ずとだと!なら貴方でなくても良いだろう。それに貴方であったとしても先ほど”捲くし立てる中で”何から教えようか”などと言っていた。教える者が教えを請う者の求めている物も何に興味があるのかも知らずにいる。それはまだ天の時というのはまだ訪れていない証拠だ!それはまだ貴方が馬超達に勉学を教える準備が不足していると己で認めている証拠だ!!」

 「っは!」

 「貴方のそれが真に天意ならば天の時来るだろうさ。それまでに貴方はもっと知るべきなんだ。その中で天意に隠された先を見つけるべきだ」

 「天意の先・・・?」

 「そうだ。それが見えぬのに何が天意だ。それほどまでに急がねばならない天意とはなんだ」

 「それは・・・」

 俺も天意と言うものを知らない、これ以上は要領を得えないので言い返される前に淡々と言葉を続ける。

 天意を別の視点に切り替えさせる。

 「この位の歳の子らはもっと自由であるべきだ自由に遊び自由に学ぶ、遊びの中で学び、学びの中で遊んでいる」

 「遊びの中で学び、学びの中で遊ぶ・・・」

 「そうだ。実際に体験して学ぶ事。貴方の知る勉学とはそれほどまでに不自由なものなのか」

 「不自由などとそのような事はありません。」

 「ならば学ぶ時も自由であるべきじゃないか?押し付けるのではなく自由に。きっかけとなるのなら自ら学びたいと思えるほどに貴方自身が勉学とやらを体現するべきだ」

 「勉学を体現する・・・・・・」

 そういったところで庖徳は静止した。

 とりあえずは暴走が止まったと言うところか。

 庖徳がどういう過程で馬超達に勉学を押し付けるのかを知らないし、庖徳が言う勉学が何かわからないのでこれ以上の言葉を持っていない。

 勢いで負けないようにとより多くの言葉で相手を飲み込む事しか出来なかった、ここから先に何か言われたら残りは逃げの一手のみ。

 どう出てくるだろうかと庖徳を見れば俯き加減でぼそぼそと何か呟いている。

 「・・・・しい。素晴らしい!!これは天主様のお導きなのでしょうか!私は貴方様に出会うためにここで店主をしていたのです!馬龍様に出会い真の勉学の素晴らしさを知りそれを伝えるため私はここにいたのです!!!」

 ガバッと顔を急に上げたかと思うと再びアクセル全開。

 

  まずい・・・別の方向に暴走しだした


 満面の笑み、ぎらぎらと光るその眼は俺に向けられている。

 しかも”様”付けになっている。

 「馬超様、馬休様、馬鉄様。私のような未熟者が物を教えるなどと失礼いたしました。眼が覚めた気分です!私は馬龍様の元で真の勉学について学ぶ者だったのです!!!それをあのような押し付けるような真似をしてしまい申し訳ございません」

 もう無理やりに勉学をしなくて良い、と言う言葉に先程まで小動物のように震えていた三人は表情を一変させてほっと一息ついて笑った。

 だが完全に矛先は俺に向いている、庖徳の視線から感じる何か得体の知れない感情で今度は俺が震えそうだ。

 撤退をしたいのだが生憎用事のよの字も済ませていない。

 手早く切り出して足早に退却しなくては。

 「と、とりあえずわかってくれたのは助かるが・・・」

 「はい!!真に私は天意の示す道を見つけることが出来ました」

 「そうか、それで俺がここに・・・」

 「そうです!ここに馬龍様が来ていただけなければ私は天意を間違ったまま馬超様達に勉学を押し付けるところでした」

 「そうだな。過ちを改めたならそれで・・・」

 「馬龍様!それは孔子の言では、やはり貴方様は勉学に精通されたお方なのですね」

 「いや、俺は頭が良いほうではな・・・」

 「何をおっしゃるのですか、先に私に語られた全て並みの墨家では語る事は出来ません。その話術も兵法に通じるものを感じました」

 俺の言うことを聞いてくれない庖徳。

 一度切れてしまった勢いを暴走する庖徳に奪われてしまっている。

 何とかしなくては色々と危険な気がする。

 手遅れになる前に切り返さなくては。

 「ですのでこれから私に真の勉学についてご教授ください!!」

 ガシッと庖徳が俺の手を掴んで奥の部屋へと引っ張る。


  なんだっ?!ここの女性は皆こんなに力が強いのか?!!


 グッと堪えて見たもののずりずりと引きづられる。


  まずい、まずい!まずい!!この状況はまずい!


 馬超達の時の焼きまわし。

 

  怖い、怖い!怖い!!貞操的な何かの危機を感じるほど怖い!


 庖徳は新たな生贄を得て勢いを増しているのか振りほどけない。

 最悪の事態、こうなれば最後の手段に出るしかないのか。

 拳を握り庖徳の意識を断ち切るしか・・・。

ドスッ、ガシッ、ハシッ

 拳を作った所で俺を引く手が離れた。

 「ほうとく。兄様をはなせ!!」

 「龍にいさんをはなしてください」

 「龍にぃをつれてったらだめぇ」

 援軍が来た。

 三人の小さな援軍が庖徳を退ける。

 馬超が鳩尾に一撃を入れ、馬休が掴む手を引き剥がし、馬鉄が俺を引き戻す。

 庖徳は馬超の痛烈な一撃で声も出せずに膝を折る。

 危機的状況を救われてホッと一息を吐いてから三人に有り難うと感謝を言って順に頭を撫でる。

 それから庖徳が息を吹き返した後再び暴走される前に要件を告げる

 「庖徳殿申し訳ないが勉学をするのはまたの機会にお願いする。今は町を見て回っている最中でな。とりあえずここに置かれている書物のいくつかを見せて欲しい」

 「し、少々、取り乱してしまいっう、お恥ずかしい姿をお、お見せ、うっくしました。どうぞ手狭なところですが馬龍殿のお好きにみてくださいませ。手前から新しい書簡が並んでおります」

 鳩尾のダメージはかなり聞いているようで言葉の端はしで顔を蒼くした庖徳から許可を得て店内を見て回る。



 古いつくりの店内は外の明かりが入ってこないのか薄暗い。

 馬超達は俺の服を摘むようにして後ろをついてくる。

 棚に並ぶ幾つかの本のほかに竹簡か木簡と言ったものが並んでいる。

 それを眺めながら先程までのやり取りで乱されてしまった心を整える。

 想像はしていたがまた一歩確証に近づいた。

 町の一番大きい書店と言われる場所だと言うのに竹簡を取り扱うところなど俺は知らない。

 目に付いた一つを手にとって中身を確認する。

 中に書かれている文字は達筆を超えた漢字の羅列で読む事が出来なかった。

 それでもと他の棚に並ぶものを手にとって見るが中身は同じ。

 竹簡はあきらめて比較的新しそうな紙で作られた本を見ると背表紙は全て漢字のタイトルが並び、その中でわかるのは孫氏や六韜などと書かれた兵法書があると言うことくらいだろうか。

 他にも何とか百編とか厳選何とかとかかれたものがあったがどれも今風のタイトルのものはなさそうでどれも漢字のみで書かれている。

 その中で店から見て手前にある新しいと言われた『涼州詞』を手に取る。

 中の文字は全て手書きで書かれている。

 多少かすれ気味のそれを何とか読もうとしてもやはり漢字だけで抽象的な意味合いはわかるものの読むことが出来ない。

 それでもなんとなく読めたのは・・・


  ”古来征戦幾人回”

 

 古来、は昔。

 征戦、戦場に行く。

 幾人、いくらかの人、人数。

 回、は回帰で帰るの意。

 

 それを合わせて”昔より、戦場から幾人の人が帰れたのか”と言った意味合いだろう。

 それだけこの地は五胡といわれる国と戦い続けていたのだと思う。

 そして『涼州詞』の巻末に書かれた年号は光和五年。

 かつて中国では年号が使われていたと聞いたが百年近く前の話になる。

 それが新しい書簡に記載がされていると言う事は、最低でも過去に飛ばされてしまったと言う可能性を確定に変える物証だと言える。

 このように形としてある物を見てしまうと受け入れざるを得ないかと繁々と読めもしない書簡を眺めていると俺を見る視線を感じて書簡を棚に戻す。

 「ここはもう十分だな。ほかに案内してくれるか?」

 もう少し見ていたいがまともに読めないのではしょうがない。

 それに馬超達からここに長居したくないというオーラを感じて店を出る事にした。


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 店を出た後、何故か朝屋敷を出たような雰囲気はなくなっていた。

 主に言うなら馬休から感じていた不審の目がなくなった。

 そして、歩きにくくなった。

 馬超が手を引いているのは変わらないのだが腰の辺りに馬鉄が引っ付いて、服の端を摘む馬休達のせいだ。

 だが離れろ、歩きにくい、などとは言えずそのまま大通りを歩く事になった。

 嫌ではないが周りの目が気にかかる。

 馬超達が道を歩けばすれ違う人たちに挨拶をされその度に俺を見てはこいつは何者なのだと視線を向けられた。

 馬超を背負った俺を知っている人間はなんとなくで俺が馬騰さんのところに厄介になっているのを知っているだろうが事情までは知らない。

 仕方のない事だがあまり良い気分ではない。

 それに書店での一件で疲れた。

 俺は視線から逃れるように茶屋に案内してもらい一先ず一服をすることにした。



 「ふぅ、もう少し興味を示すべきだったかな」 お茶を一口すすってホッと言葉が漏れる。

 昼にはまだ早いので少しだけとお茶とお茶請けがわりに何か簡単なものを注文した。

 それを馬超達はお茶と饅頭を美味そうに頬張っている。

 四人で頼むと机は占領され、まだ金銭感覚がわからない俺としては不安になった。

 こちらでの金を持ち合わせていなかったが、屋敷を出る際に支度に必要な物を買い揃えられるようにと昼代と一緒に幾分かの銅貨と小石程度の金粒を渡された。

 足りないようなら馬騰さんの名前を出して構わないと言われたものの、ここまでしてもらっている上に客人としていきなり食い逃げのような真似をしたくはない。

 こればかりはいくつか小さな買い物をしてみないことには身につかないので慎重に使う事する。

 「兄様、たべないの?」

 「ん?あぁ、あまり腹は空いてないからなこのお茶だけで十分だ。俺に気にせず食べてしまっていいぞ」

 そう言って馬超達が饅頭を食べるのを見る事にした。

 「いいの?!やったっ」

 「翠ねぇさん、ギョウギがわるい」

 「モクモクっ」

 「ほら、蒼。ほっぺにあんがついてる」

 改めてバランスの取れた姉妹だと思う。

 随分懐かしくて優しい時間。

 こんなにほのぼのとお茶をするなんて、これだけ緩やかな時間を過ごしたことなどなかったかもしれない。

 「くくくっあはははは」

 「龍にいさん。なにをわらってるんです?」

 「いや、仲の良い姉妹だと思ってな」

 気づけば馬休の自然と頭を撫でていた。

 そうしていると隣に座っている馬超が声をあげ、空いている手で宥める様に頭を撫でると馬鉄が羨ましそうにそれを見る。

 馬休を撫でていた手を馬鉄の頭に置くと名残惜しそうにその手の行方を見る馬休。

 そんな様子を見ているとなんだかわからないうちに優しい気持ちが湧き出てきた。



 その後は雑貨店で比較的底の深めの腰巻の鞄と革のベルトと幾つかの革と布の切れ端を買うことにした。

 遠出するにしてもやはり持ちやすいものが欲しかったのもあるがこの後買い物をした際の荷物入れ用だ。

 そこで馬超達も色々見ていて髪留めを見ているあたりで止まった。

 やはり女の子という事なのか、少し財布と相談して三人に揃いの髪留めを買う事にした。

 三人は喜んでその場でそれを付けてくれた。

 それから昼によった店そこにあった品書きに驚いた。

炒飯や麻婆豆腐と小龍包、と言った定番の料理が並んでいた。

 他はともかく俺の中の知識では麻婆は四川省発祥の料理で三国志時代から比べればと比較的最近の料理だったと思っていたからだ。

 俺の中の可能性に幾つかの綻びが感じる。

 もしかしたら、ただの平行軸の過去と言うだけで分類してしまうのは危険なのかもしれない。


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 昼を食べ終え、予定した残りの武具店に向かうことにした。

 鍛冶屋はあるのだと言っていたが他の村のほうに有名な刀匠がいるとの事で別の機会する事にした。

 雑貨屋でもさして武器になるようなものを手に入れる事は出来なかったので武具店があるのは助かる。 

 ただ三人の歩く速度が落ちたような、その様子に若干の違和感があった気がする。 

 いや、違和感と言うか既視感に近い何かだ。

 「翠ねぇだいじょうぶなの?」

 「蒼、だいじょうぶ兄様がいるから」

 「あ、あのね龍にいさんここはこのまちでいちばんなんだけど・・・」

 どうかしたのかと聞いてみると少し言い淀む。

 ふと辺りを見れば大きな武具店の看板があるのが眼に入った。

 「ここか。これだけ大きければ期待できるかもしれないな」

 辺りにはここしか武具店はなさそうで馬超達はここへ案内してくれたのだろう。

 多少の気がかりはあったが今の武器では少々不安があったため早く新しいものが手に入れておきたいという思いからか馬休が何か言おうとしているのを戸を押しながら聞いていた。

 その行動は間違いだったと後悔した。

 人の話は最後までちゃんと聞くべきだった。

 「っ?!!」

 突然の事態に声が出せなかった。

 別に戸を開けた瞬間に爆発したわけでも槍が飛び出してきたわけでもない。

 だが、眼に飛び込んできた光景、人物は先程までの俺の思考を吹き飛ばした。

 見覚えがある顔が、見覚えたばかりの顔がそこにあった。

 先程見た時は普通の町人と同じ服装だったのだがタートルネックのへそだしノースリーブ。

 更にホットパンツに外套を肌蹴て袖だけ通した格好。露出が多くなってエロ・・じゃなく今の時代の服装らしくない。

 何故ここにいるのかとその格好のせいで固まってしまったが声を出していないのが幸いしまだ気づかれていない。

 ならば静かに戸を閉め・・・ジャリッ。


  っっっ?!!!!!!


 後ろ足で下がる時に小石で音を立ててしまった。

 中にいた女性の眼が俺を捕捉した。


  っしまったぁ?!!まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!!!!!!


 頭の中で最大音量の警鐘が鳴り響く。

 鐘が叩かれすぎて一回転するのではないかと思えるほどに連打される。

 とにかく早期撤退即時撤退。

 後ろにいる馬超達を抱えて最大速度で走り去ろうと背中を見せたのがいけなかった。

 「フッブっ?!!」

 猪にでも突撃されてような衝撃を背中に受けて吹き飛ばされ・・・るの許されず羽交い絞めにされ捕獲される。

 「馬龍様、何処行こうと言うのですか!戸を開けたというのなら何か御用があられるのでしょう?はっ、これも何かの故事の一つ、兵法の一つでしょうか?不勉強な私めにそれを自らの行動で示していただけてるのですね!!勉学を体現するとまさにこのことですか?!」

 想定外の速度で捕まってしまった。

 「ほ、庖徳とりあえず離してくれ」

 店の中にいたのは服装は違えどやはり庖徳だった。

 縮んでいる今の俺と庖徳ではやや庖徳のほうが大きいのか羽交い絞めにされると地面から足が離れてしまう。

 今回は俺の言葉が届いたのか「申し訳ありません失礼いたしました」と離してくれたのだが、まぁ失礼なのは俺の方なのだが。

 予想外の人物の登場。

 この短期間に再登場を果たすとは思いもよらなかった。

 会ってそれ程立っていないがなんとなく悪い人間ではないのだと思うが、俺はこの手の人種が苦手なようだ。

 悪人なら即座に叩きのめす気概はあるのだが、勉学と言う事に対して純粋な気持ちが伝わって来てしまうせいでそれが出来ない。

 すっと馬超達に眼を移すと三人とも苦笑いをしている。

 知っていたのか、馬休が言いかけたのはこれの事。

 

 ま、まぁ、まずは落ち着こう


 何故いるのかは本人に聞くことにした。

 「それはですね。朝から昼間では書店を、昼から陽が落ちるまではこちらで店主をしております」

「それは非効率じゃないか?」

 と思ったことを尋ねる。

 二つの店舗を時間に区切って行うよりもどちらかに専念したほうがいいし、今通ってきた道は大通りから一本外れた道で店同士が隣り合っているわけでもない。

 わざわざ別の場所へ移動してきて、一日に二度も開店と閉店をする事に疑問を感じた。

 一言にそう込めて聞いたところ意図を汲み取ってくれたのか丁寧に説明される。

 「えぇそれはですね。この裏手に丁度書店があるのですよ。なので特に移動が必要な距離でもないのです。それに陽が高くなってしまうと紙で作られたものが焼けてしまいますし、あちらは私の趣味のようなものでこちらが本職なのです」

 ガクッと頭を項垂れて納得してしまった。

 頭の中で町の地図を作り出してみれば確かに書店の丁度裏手になる。

 町一番と言われる店を二つも持っているも片方が趣味だったとは、書店の需要の低さや他にも同じような人物がいるようでこの町も一癖あるのだと認識した。

 ある意味で今日の外出は有意義なのだと納得させた。

 とりあえず逃走を諦めて店内に三人を連れて入る事にした。

 店内は書店の時と対照的に明るく様々な武具が棚や壁に展示してあった。

 中は広く軽く中にあるものを素振りするだけの空間は確保されているようだ。

 槍や剣、弓や短剣、盾に皮製の鎧等全般的に取り扱っているようだが展示されている種類を見る限りで時代を感じるが。

 「随分変わった形の武器が多いな」

 「えぇ、少し南に行ったところにいる刀匠様が実験的に作られたものが多いので。ですがそれでも一級品の物ばかりです」

 馬超達にも言われたが他の町で鍛冶を営んでいる刀匠の事だろう。

 偃月刀エンゲツトウだろうか。槍のような形をしているが穂先に付けられた大きな三日月の刃のそれに触れる。

 確か師匠達の会話の中で一般的に三国志は正史と演義というのがあると聞いた。

 関羽の代名詞の”青龍偃月刀セイリュウエンゲツトウ”は正史の時代では製造技術がなく演義の印象が強いせいだと言っていたか。

 だがこうまで物証が出てきてしまうと自身の置かれた現実を認めざるを得ないのだろうか。

 「ところで馬龍様。こちらへはどのような御用で。はっ、まさか私に・・・」

 「勉学とは関係はない!!」

 なんだろうか庖徳が”はっ”とした次に出る言葉がもうわかってしまうのは。

 純粋というか単純と言うのか、もう考えるのも面倒だ。

 「朝にも言ったが馬超達に町を一通り案内してもらっているだけだ」

 「そうでしたかぁ」

 と壁にかけられた馬鹿でかい大剣が眼に入った。

 

 なんだ?!この漫画みたいな剣は・・・作った人間は馬鹿か?! 


 刃渡りだけで今の俺の身長と同じ位はあるだろうし、柄を足せば下手な槍よりも長い。

 刃の幅も横にすれば俺が隠れてしまうほどあり、これを使う人間は3mはないと振る事もままならないのではないだろうか。

 「あぁ、その剣は折れず曲がらす刃毀れしないという目的の元に打たれた一品だそうです。未だを持てるのは馬騰様くらいですがそれでも扱うのに難儀されておりましたが」

 「が?」

 「この剣はその点において改良が施されておりまして以前は山をも断つほどの大剣でしたがこちらは双剣なのです。柄を良くご覧ください」

 含みのある言い方をしたが見るからに一本の大剣だと思った。

 近づいて柄を観察すると柄を布が軽く巻かれている。もしかしてと鍔の部分を見るとかみ合わせの形で二本を一本にさせている。

 撒かれている布を取ってから両腕に力を込めて無理やりにググッと持ち上げてみる。

 「ふっ!!!!」

 重い、成人男性二、三人くらいはありそうなそれは持つだけで眉間に血管が浮き上がりプチッと切れてしまいそうだ。

 そこからかみ合わされた鍔を外すように前後に捻り一本ずつの剣に変える。

 片方の剣を棚に戻し、両手で片刃になった剣を持つ。

 重さは半分になったとしても重い。

 持つのが精一杯でこれを振り回すのは今であっても以前であっても難しい。

 こんなものを双剣などといって二つも振り回せるわけがない。

 もう一度辛抱して一本の大剣に戻して棚に戻す。

 「ぷはっ、こいつはどうしようもないなせめてもう少し小型にしなくては長期戦では振り回すだけで自滅する」

 「それが問題なのですよ。今は店の飾りになってしまいまして誰か引き取り手があればただで差し上げるのですが・・・馬龍様いかがでしょうか」

 「いらん!!」

 こんな自爆武器誰が使うと言うんだ。

 馬超達を見ればなにやら槍を置かれた一角で眼を輝かせていた。

 この位の歳の女の子達が武具に興味を見せると言うのは不思議で新鮮な光景だ。

 この時代での代表的な武器なのだろうが、ふと何か引っかかるものがあった。

 馬騰さんと初めて会った時馬騰さんは馬に乗ってやってきた、朝の鍛錬の時も何も言わず棒を持ってきた、そして馬超達が興味を示す槍。

 この時代での戦いは馬上で槍を構えて戦うのだろうか。

 確かに平地でもリーチが長く馬上でも扱いやすい、それがここで有利に戦うには槍を扱えないと厳しいのかもしれない。

 中国武術においても六合大槍は”兵器の王”とまで言われる。

 そう思い馬超達の方へ庖徳と一緒に近寄る。

 「「「っ?!」」」

 そしてそれに気づくと馬超達は俺を盾にして隠れる。

 もはや反射で動いているのだろう。


  庖徳、おまえはこの子達にどれだけの事をしてきたんだ?


 「そう怯えてやるな。兄ちゃんが傍にいるから大丈夫だ」

 そう言葉で安心を与えて三人の頭をぽんぽんぽんと撫でて笑顔を向ける。

 いや、正直まだ庖徳と二人きりになったらと考えると危機感があるのだが、この子らの前では少しは強がっていよう、などと先程逃走を試みた事をなかったかのように心に決めた。

 それから三人が俺の服を離してくれたところで一本の槍を手にとって見る。

 馬騰さんと鍛錬の時に使った棒より穂先を入れるとやや長い、そしてその穂先には大きな刃が三本付けられていた。

 店の少し開けたところで軽く槍を扱いてみる。

 空気を突くとシュッと音がする。

 鋳造式なのか、それとも鍛錬されたものなのかはそれで判断できた。

 芯が真っ直ぐに通った良い物だ。

 だが、数人の賊なら問題ないがこれを戦場などで使うと考えるとやはり重いと感じる。

 「少し重いか」

 「それはそうです。中を空洞にすることで軽量化をしてはいますが鋼鉄を使用しておりますし、穂先には三枚の刃がつき厚みに切れ味と強度はもちろんで、その真骨頂は刃を即座に取り外せる仕組みにあります。そのせいで少々重くなっておりますから」

 どうするのかと尋ね説明されるままに石突の部分をひねると穂先がほんの少し飛び出すように外れる。

 そうなるとただの鉄の棒になるが重さも丁度いいと思えるほどになる。

 そして、この槍に使われている技術力と理論付けられた構造に驚いた。

 三国志演義に出てくる偃月刀に比べてもそれ以上のものだ。

 ただの鉄の棒よりもパイプ上に中を空洞にしたもののほうが衝撃を分散し強度を増すと言う事を聞いたことがある。

 そしてこの穂先の脱着は恐らくスペツナズナイフのような内部から刃を飛び出すための構造なのだろう。

 どう考えても大剣もこの武器を作っている刀匠はおかしい・・・天才というべきか変人と言うべきか、だがまだ・・・何かそれだけで表現していけない気がしてならない。

 そう考えている俺に庖徳が覗き込むように聞いてくる。

 「どうでしょうか、お気に召しましたでしょうか」

 「確かに凄いがまだ改善余地がありそうだな」

 「そうですか刀匠様もこれは自慢の一振りに数えても良いといっておりましたが、さすがは馬龍様。たったの一振りで改善案を思いついたのですね。貴方様の知識は勉学の賜物なのでしょうか」

 「いや俺のは勉学というよりも実学だ、と・・・どうした馬超」

 庖徳と少し話し込みそうになっているところに馬超の視線を感じた。

 考えをそちらに向ける。


 ”あたしもたたかいたい”


 この町に来る道中でそう俺に言っていたのを思い出した。

 そして馬騰さんにその気持ちを伝えたのだからそういうことかと考えが纏まって手にしていた槍の穂先を元に戻してから棚に戻す。

 俺も”俺が知ってること位は教えてあげるさ”と言った手前もある。

 戻した槍の代わりそれよりも短い2mくらいの穂先の外された槍を手に取る。

 少々重いかもしれないがそれくらいのほうが良いと馬超の目の前に差し出す。

 「馬超、構えてみな」

 そういうと槍を手に取り腰を落として構えを取る。

 中々様になっているその構えは馬騰さんに似ている気がする。

 不思議そうな顔をする庖徳には少しだけだと片手で拝むようにして先に謝る。

 それからもう一度馬超を見て指示を出す。

 「槍の先には森であった野犬が一匹」

 「やけん・・・・・・」

 構えがやや低くなる。

 馬超には想像の野犬が見えているのだろう。

 程よく集中できているみたいだ。

 「魚を取る時に教えた事を覚えているな」

 「うん」

 肩に入っていた力が抜けて、槍を前に突き出す動作をする。

 だが風を切る音もなく、印象的にまだ見よう見まねなのだとわかった。

 そこでもう少しだけ細かく指示してみる。

 「槍の突きは遠くの手はあまり強く握らなくていい。手を筒だと思うんだ」

 「つつのかたちに?」

 「そうそんな感じだ、それで手前の手で槍を筒に押し出すようにして突く」

 「てまえの手でおしだす」

 鸚鵡返しに帰ってくる言葉を確認しながら説明を続ける

 「その時に力任せに押し出すんじゃない。肩と腰、体の回転と手首のひねりと腕の伸びで押し出すんだ、一度ゆっくり動作を確認してみようか」

 「かたとこし、からだのかいてん」

 言った通りにその動きを確認しながらゆっくりと槍を前に押し出す。

 見る限り少しぎこちないが。

 「てくびと、うで」

 何度か繰り返すようにその動作を繰り返す。

 もう一度しっかりと構えさせる。

 「動きはわかったな、一度呼吸をゆっくり一回」

 馬超は返事をしないまま頷いて呼吸する。

 「大きく息を吸って、ゆっくり吸った半分を吐く。そしたら目の前敵を見据えて・・・突く」

 俺の言うとおりに呼吸をして目の前の想像の野犬を睨みつける位強い眼光で見つめ槍を突く。

 ボッと風を切る音がした。

 正しく表現するなら空気を穿つ音だろうか。

 「くはははっ凄いな。想像を軽く超えていく」

 馬超は満面の笑みを俺に見せてくれたが、それ以外の反応が新鮮だった気がする。

 一人は俺を二人は馬超を驚きの目で見ていた。

 「っす、翠ねぇさん凄い」「翠ねぇすご~い」

 と驚く馬休に馬鉄にふふんと鼻を鳴らして胸を張る馬超。

 「馬龍様!!これは一体どういうことなのですか!たった数度素振りをしただけであれほどまで鋭い突きが習得できてしまうなんて!!」

 「本人に素養があっただけだ。あとは正しい動きさえ出来れば上達は速くなるが・・・馬超」

 庖徳の質問に軽く答えて馬超を呼び寄せる。

 馬超が槍を持ったまま近づいてくると槍を受け取りその手を確認する。

 支えにしていた手の平が少し赤くなってしまっているようだ。

 本人も集中してしまったのか思い切って突いたのだろう。

 馬超の手を解すように自身の手を合わせて庖徳に湿らせた布を持ってきてもらうよう頼んだ。

 布を手に当てると染みるのか少し顔を歪ませた。

 「いきなり頑張りすぎだ馬超、続きはまた今度だな」

 と馬超の手に布を巻きつけて少し冷やす。

 「り、龍にいさん。あのわたしも・・・」

 「龍にぃ。蒼も~」

 「馬休、馬鉄もここじゃみんなで出来ないからな、家に帰ってからにしようか」

 馬超の上達振りに驚いたのか羨ましかったのか二人は俺の服を強く引っ張られる。

 両手で二人の頭を撫で宥め、庖徳に練習用の槍を注文すると。

 「それでしたら大丈夫です、昼前に馬騰様にも同じものを頼まれましたから明日の朝にはお届けさせていただくところだったのですから」

 「「「っ母様が?!」」」

 そう庖徳は俺に答えてくれたのだがその答えに三人が嬉しそうに反応を示した。

 馬超達は槍を受け取ると喜ぶ三人を見てよかったなと思った。


 ・・・と、本題を忘れるところだった


 自分の武器を探そうとしていたのだ。

 槍は興味があるがまだ使うには不安がある木槍で鍛錬をしつつにして置くことにした。

 次に眼に入ったのは装飾が少なく凡庸な剣幾つかを手にとって重さも切れ味もよさそうなものを選ぶ事にした。

 「これなら丁度いいだろうか」

 「・・・・・・そちらをお求めですか?」

 俺が剣を手に確かめているとその傍で庖徳はためらいがちにそう言う。

 今日一日でその反応をした時に良い事はなかったのを俺は学習した。

 何かありそうだと問い詰める事にする。

 「これに何かあるのか?」

 「いえいえ、特にはなく比較的良いものを選ばれたのですが・・・」

 「ですが?」

 「馬龍様にはもっと奇抜なものを選ばれるのではないだろうかと・・・ここには大鎌や大槌、九節棍もありますし私は少々がっかりしております」

 勝手にがっかりされても困る、俺としてはどちらかと言えば機能性と実用性を重視した選択なのだから。

 剣を二本選んで代金を払おうとすると

 「素晴らしき出会いを祝して私からの贈り物だと思ってください」 

 「そういうわけにも・・・」

 「では、今後とも私と勉学について語り合うと言うことで・・・」

 「で、出会いを祝して有難く頂戴する。べ、勉学を語るのに金が必要になるなど無粋だろ!」

 「はぁ~~っ!さすが馬龍様!!勉学をそれほどまでに思っていただけているとは!」


  違う。断じて


 剣を手形に顔を見るたびに引っ張り込まれたのでは敵わない。

 代価を払わないのは自身の矜持に関わるのだが、この危機感はそれを軽く超えるのを感じて即答で貰い受け店を出て一先ず家路に着くことにした。



 未だ出会う事のなかった難敵に出会ってしまった一日だったがまだ今日と言う日はまだ終わっていなかったのを俺は忘れていた。






NextScene

++捨てられぬ剣、非業の矢(後)++


例によって解説と言うか弁解です

えぇまずは時間軸の事情からオリキャラ、英雄譚キャラが先に出てくることにはなるので原作キャラはしばらく出れないのですが、

今回のホウトクさん 一先ずの完結までの道筋にいなかった方です。馬超たちが勉強嫌いと言うのと本屋の店主に適当な名前を着けようとしたら突然生まれました。m(__)m

そして、暴走。

文字数しかり絡みしかり何だか濃いめのキャラに・・・・・・。

ホウトクさんに絡まれまた分割upすることなってしまったm(__)m

これからは日常パートは30Kで押さえられるようにしたい(-_-;)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ