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恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
第一部 西涼~
7/44

問いあれど解はなく






++余所者と、手に取った剣(後)++







  拝啓、

  

  師匠ならびに君へ

  最近子供に好かれるようにになりました  

  何故なのでしょうか


   

 

 馬騰さんが部屋を出て行った後はしばらく質問攻め。

 好きな食べ物は何なのかだとか、どこで育ったのかと、兄弟はいるのかとか色々と聞かれそれに溜め息混じりにその頭を撫でながら答えた。

 そして、しばらくすると俺のコートに抱きついたまま眠ってしまい、布団を占領された。

 屋敷の部屋は思っていたよりも多くどこに連れて行けばわからず自身が寝ていた部屋に連れて行ったからだ。

 一緒に寝ると言う考えもあったが、さすがに女の子と同じ布団で寝ると言うのも考え物だったため掴まれたコートを脱いでそのまま布団に運んだ。

 俺は部屋に備え付けられた机の前で椅子に座り眠ることにした。

 


 朝日が昇ってすぐに眼が覚めた。

 眠る体勢が良くなかったのか前日の疲れは多少なくなったがその代わりに腰や首が少々痛い。

 まだすやすやと眠るばちょうを見ながら軽くストレッチをした後、部屋の外にあった井戸の水を汲んで顔を洗う事にした。 


 まだ辺りは静かで耳を澄ましても聴こえるのは鳥たちの鳴き声くらいのものだった。

 馬騰さんが起きていないと昨日の続きや情報を整理出来ない。

 それまで俺にやれる事もやるべき事もない。

 なので、早く起きすぎて時間を持て余してしまった、目の前には中庭があり丁度良いと少し体を動かす事にした。

 ここに来る時にも感じた事だが体力が落ちている。

 野犬を追い払った際には何とかなったが竹槍を握った手に込めた力は以前に比べ心持たない。

 縮んでしまったこの体になってから自分がどの程度の動かせるのか正確に把握出来ていなかった。

 

  少し念入りに準備運動しておこうか


 まずは 『起勢』の型。

 息を整えて静かな動作から。

 足を肩幅に開いて眼を閉じる。

 掌を上に向け鼻から息を吸い込ながら緩やかに前に突き出す。

 掌を返し口から静かに息を吐きながら中腰になるように腰を落とす。

 全身の血の流れを感じるように意識を駆け巡らせ静かに眼を開く。


 次に『金剛搗碓こんごうとうたい』の型。

両腕で目の前の空気を混ぜるように円を描き、少し体を捻りながら左足を静かに地面のすれすれを通って前に踏み出す。

 右手に拳を作りながら振り上げると同時に右膝を持ち上げる。

 右足で地面を力強く踏みしめると同時に右手で腰の辺りに構えた左手を打ちつける。

 この動作を止まることなく流れるように行い、自身の内にある力を一気に全身に広げる。


 ここまでの流れで自身の力が何処まで引き出せるのかがわかる。

 緩やかな流れから一気に踏みしめた地面には足跡を残したが込めた力は全力で行ったにしては以前の三分の一程度だろう。

 『金剛搗碓こんごうとうたい』からそのまま緩やかな動きのまま顔の横に左肘を立て、右腕は顔の前を通り大きく円を描きながら左肘へ持っていく。

 背を少し丸めるようにし重心を左側へ、右足を大きく左に振ってから右に静かに踏み込む。

 丸めていた背を伸ばしながら体を右側に開き左肘に持っていった右腕を大きく伸ばし、左手は右腕の内側を通り腰に構えるように持って重心を戻す。

 この『懶扎衣らんざつい』の型は右側からの攻撃を引き込み右腕を打ち込む動き。

 静かな流れの中で右腕、左腕、右足、左足と重心の移動この全てを止めることなく動かす。

 これらは太極拳の型の一つで全身を動かすには丁度いいと思い選んだのだが・・・。


  まだ手足の長さに違和感を感じる・・・それに致命的に『勁力けいりょく』が足りない


 『けい』の力を意識しながらその動作を左右を入れ替えて十数回繰り返す。

 体が温まり額に汗が浮かび始める頃にようやく自身の体に慣れ始めた。

 そこからは師匠に教え込まれた一通りの型を試すように行う。

 空手や合気柔術、中国拳法の中からいくつかの型を何度か行い自身の動きに対して幾つかの理解を得た。

 静かで緩やかなものならば今まで通りとまでとは行かなくてもそれに近いことが出来るだろう。

 激しく力強いものは以前の半分程度といったところ、総合的に見ても以前比べていいところ七割程度。

 一対一でなら誤魔化しは効くが、決定打を打ち込む力はない。

 一対多数になれば防御によれば捌く事は出来るが攻勢にでるには難しい、そんなところだろう。

 このまま無手で旅をする事になるのならまだまだ鍛錬が必要だと感じる。

 せめて何か得物があればもう少しはましになるだろうが望む事も難しいかもしれない。

 隙を突き、死穴を打つにしてもこの体では『勁力けいりょく』が足りない。

 麻痺穴ならば使えるかもしれないが相手によっては効果が薄いだろう。

 ふむっと動かしていた体を起勢を行って整えてから動きを止めて考える。 

 今、持てるのは竹の槍とナイフ一本。

 無手での型から短刀を持った事を想像し動作に加えようとしたところで母屋の方から声をかけられた。



 「不思議な動きですね」

 その声に振り返ると馬騰さんが渡り廊下に立っていた。

 それから太陽を見れば結構な時間が経過していたようだ。

 「おはようございます、龍さん。武術の心得があったのですね」

 「おはようございます。えぇほんの少し齧った程度ですが」 

 「ご謙遜を、色々な動きをしていたように見えましたし随分熱心に鍛錬されていたと思いますが」

 随分前から見られていたようだ。

 鍛錬中だったにしても気配を感じることが出来なかった。

 それに言葉からして武についてある程度の理解があるらしい。

 馬騰さんが廊下から中庭に降りて近づいてくる。

 「娘達が起きてくるまでもう少し時間があるでしょうから、私も鍛錬に混ぜていただけませんか?」

 気付けば馬騰さんは二本の棒を持っている。

 と言うよりも棒を持っていることすら気付かせずに近寄られてた事に驚愕した。


  この人の底がより見えなくなりそうだ・・・


 新たな悩みが増えた所に馬騰さんは持っている棒の一本を俺に差し出してきた。

 「出会った際に竹で作られた槍を持っていましたからこちらの心得もあるのでしょう?」

 「鍛錬と言えど恩人に槍を向けるわけには・・・」

 「いえいえ、武においてはそのようなことを気にする必要はありません。なにより言葉で語られるものよりも立ち会う事でしか語られないものもあります。是非貴方の事を教えて欲しいのですよ」

 躊躇する俺にそう語りかける。

 それではと棒を受け取る。

 棒の長さは二メートル半といったところ。

 棒を腰のところで構えて軽く素振りをする。

 これくらいの重さなら当たった所で問題はないというのを確認した。

 「では、よろしいですか」

 馬騰さんはすでに俺の前に立ち構えて俺を待っていた。

 お待たせしましたと馬騰さんに向き直り構えをとる。

 構えた時点で馬騰さんの言っていたことを理解した。


  怪我をさせるかもしれないと思ったが随分と失礼なこと言ってしまったな・・・


 俺を見据えた瞳は先程まで笑顔で挨拶していた時とは別物。

 馬騰さんの感じられる静かで曇りのない大きな闘気。

 まるでその闘気が肉眼で捉えられるのではないかと思えるほど。

 これほどの気力を感じたのは師匠とヴリトラ以外にはいなかった。

 しかし、ヴリトラに比べてその在り方は真逆といっていい。

 ヴリトラが全てを飲み込むような黒い炎だとするなら、『馬騰』さんのそれは空の蒼さよりも透き通るような清流。


  確かに言葉では語ることの出来ない事だ


 「貴方には失礼な態度をしてばかりで申し訳ありません」

 馬騰さんから感じるそれは本気で構わないと語りかけてくる。

 棒を構えたまま非礼を詫びる。

 改めてと瞳に力を込めて大地を踏みしめ、棒を握りなおし体に入った力を程よく抜いて構えを取る。

 目の前の女性が口角が少し上がった気がする。

 そう思った瞬間に馬騰さんの構える棒の先が一気に拡大された。

 それを後ろに飛び退きながら自身の棒で逸らすように受ける。


  これはっ・・・当たったら大問題だ


 ほとんど予備動作なく突き出されたそれは当たったら頭蓋骨を砕かれそうな程に鋭い一撃。 

 受けたままの形から相手の得物を巻き込むように自身の棒を捻り込む。

 その力で棒を引き込んで体勢を崩したところを前に踏み込んで棒を扱いて突き出す。

 しかし、突き出したそれは空を突くだけ。

 次いで感じるまま咄嗟に突き出した棒を戻し、前後の手を入れ替えて防御の構えを取る。

 ズンッと頭上から打ち込まれる豪撃。

 防御がぎりぎり間に合うが棒が軋み両足が地面にめり込む。

 「グッ」

 払い除けようにも重すぎるその一撃は女性から打ち込まれたとは思えなかった。

 後ろに下がりながら棒を斜にして受け流す。

 窮地を脱するように避けたつもりが馬騰さんはそれを読んでか前に踏み込んでくる。

 距離をとろうと下がっても距離が広がらず逆に間合いを詰められる。

 次いで繰り出される棒を下がりながらも歩法を巧みに利用して避け、避けた先に突き出される一撃を棒で受け、受けて動きを止めたところを突く棒を身を捻って避けながら相手の棒を払うようにして自身の棒振る。

 いつの間にか清流のような気配から自身が激流に飲み込まれたのではと思えるほどの連撃を繰り出される。


  強いっ。これは一体・・・?


 体が縮んで力が半減してしまったといっても並みの大人程度なら力負けすることはないと思っていたのだが、力押しでも退くことしか出来ない。

 確かに強い闘気を感じはしたが、彼女の一撃を受ける度に腕が痺れる。

 激流に流されてしまわないように、受けながら避けながら動き続ける。

 単純な技の切れも速さも今まで出会った女性の中では比にならないほどに強い。

 避けながらもようやくと構えを整えた直後に突き出される一撃。

 それの一撃を上から払い落とすように棒を当て前に踏み込みながらその軌道を円を描き馬騰さんに対して彼女の棒と共に振り上げる。

 苦し紛れに返すことが出来た一撃は馬騰さんの服を掠めるだけ。

 それも後ろに一歩退かれるだけで避けられてしまった。

 そこでようやく二人の間に距離が生まれた。

 「ふふふっ、今まで仕合った男性の中でここまで私についてこれた人は何人いたでしょうか。今の一撃にも驚かされました」

 自身で驚いたと言った人間ほど驚いていないものはないだろう。笑いが漏れるほどにまだ余力を残してながら言われた。

 最近でも同じ事を言われた気がするし、同じ感想を思った。

 それと同時に含みのある言い方をする、まるで女の方が男よりも強いと言った風にも聞こえる。

 男よりも女性の方が優れている部分はあるが事武力と言った争いごとにおいては男の方が強いというのが一般的なはずなのだが・・・。

 「俺もこれだけ苦戦する女性と言うのは初体験ですよ」

 ここまで打ち込まれては正直同じ条件では一撃を当てることも敵わない。

 俺はその時にこの立会いの意味を忘れてしまいそうだった。

 この人に一泡吹かせてみたい、本当に驚かす。

 勝てずともこのままで終わりたくないと。

 しかし、そうじゃない。


  それじゃ駄目だ。きっとこの人は・・・


 仕切り直しと言う風に互いに駆け出すように間合いを一気に詰める。

 互いの間合いに踏み込んでも尚、もう一歩と更に踏み込み馬騰さんを注視する。

 棒、肩、腕、足、視線。気の流れなんてものでもいいその僅かな気配を逃さないように自身の全てを持って感じ取る。

 馬騰さんの周りの空気が揺れる肩が僅かにぶれる。

 それを感じ取った瞬間に最初に受けたよりも速い一撃が突き出される。

 それを前進しながら棒を真横に構えて中心で力づくに受ける。

 当たると同時に体当たりをするように右足を地面に思い切り踏み込む。

 突き出された一撃に向かって構えた棒を衝突させる。

 バキッと音を立てて防御をした棒が砕けて半分に折れる。

 棒を折りながらもそのままの勢いで迫り来る一撃を地面に沈み込み体を低くして避ける。

 最初から真っ直ぐ突き出される一撃。

 それ以外は考えていなかった。

 真っ直ぐに来るであろうと信じていた。

 そうしなければ避け切れないそれは空を穿ちながら左の頬を掠める。

 馬騰さんが突き出した棒を戻す前に懐に入り込む。

 「っ?!」

 驚いたように俺を見る馬騰さん。

 それが見たかったが違う。

 そしてもう一つの予想。

 一瞬の虚から立ち直った馬騰さんは棒を戻すことなく俺に払い飛ばすようにして一撃を振ってくる。

 それを吹き飛ばされないように一歩先に踏み込み根元で受ける。

 踏み込む足を精一杯の力を込め重心を落とし、左手に持った半分の棒で受ける体が地面滑る。

 地面を滑る体を左膝を着いて止め、その衝撃を受けその一撃の流れ上半身の捻りでもう片方に乗せ馬騰さんの喉元に突きつける。

 そこで互いに動きを止まる。

 「・・・一本、でいいですかね」

 「ふふふふふっ、取られてしまいました」

 その言葉を聞いて左手で突き出した棒を下げる。

 執念にも似た一撃で一本を取ることができた。

 取らせてくれた。

 得物を半ば無理やり折って繰り出した一撃は真剣勝負では刃は後一歩で届いていない。

 体勢を立て直しながら息を一つつく。

 「ふぅ、少々卑怯な気もしますがこれが今の俺の全力です。貴方の期待に応えられたでしょうか?」

 「えぇ、十分なほどに。貴方がどのように過ごしてきたのか、私の気持ちに気付き私の気持ちに応えたいと言う事も伝わってきました」

 そう言うと笑顔を俺に向けると棒を肩にかけて手を差し伸べてくれた。

 その手を取り立ち上がる。

 途中、苛烈な連撃の中で大切な事を忘れそうになってしまった。

 そんな自分を恥じながら答える。

 「・・・師匠と出会わなければ気付く事は出来ませんでした」

 「良き師匠様だったのでしょう。それでも気付く事に出来たのは貴方自身です。そのような顔をされないで下さい」

 そう言われると救われる思いだった。

 そのような事になっても俺は師匠との日々を無駄にせずにできたのだから。

 そして、彼女の強さに心揺さ振られた。

 見た目は歳よりも若々しく凛々しい女性なのだが心技共に強く、広大なその立ち姿。

 この昨日の一件とこの立会いで公正明大な『盟主』と呼ばれるに相応しいものだと思い知った。

 「それにしてもお強い。まともに刃を交えたなら勝ち様がありません」

 「ふふふっ、まともに『気』を持ちいらずに一本を取られた貴方が言うのですか?」

 「『気』?、ですか」

 気功の事だろうか、と思う。

 外気功や内気功というものは教えてもらった事があるし、実際この立会いでも使っていたつもりなのだがそれでも彼女からしたら”まともに”使えていないと言うことか。

 不思議そうに馬騰さんを見ると彼女はそれに答えてくれる。

 「『気』とは身体と心に内包された魂の力。その力を外へと発したものを『気力』と言います。元来男性よりも女性の方が『気』の絶対量が多いとされますが、『気』を使っていた私に貴方は男性でありながら『気』を使わずに一本取られたのですよ」

 一つの疑問が解消されたがもう一つの疑問が沸きあがる。

 馬騰さんの見た目には反した豪撃、ただ単純に体重を乗せただけではないが鍛錬によって培われるものを思っても尋常ではないほどに重かった。 その理由の一端はこの『気』の力なのだろう。

 そして生まれた疑問、それは彼女の男性よりも女性の方が『気』が多いと言うものそれはまるで当たり前のように女性の方が強いと言うものを暗に示していた。

 ここでは少なからずその通りなのだろうか。

 もしかしたら、まさかと思いがけない馬鹿げた可能性が生まれる。

 「それは『気功』や『けい』とは違うのですか?」

 「『気功』に『けい』、不思議と感じていたそれが貴方の使われたものでしたら恐らくは似て非なるものと言ったところでしょうか。私も専門家と言うわけではありませんので詳しく教えて差し上げられませんがまた機会があれば鍛錬をご一緒しましょうか」

 ともう一度笑顔で疑問に答えてくれた後離れに眼を向けた。

 それに釣られるように離れの方を見ると戸が開いてまだ眠そうに眼をこすりながら外に出てくるばちょうの姿。

 寝ぼけたままなのかその手は俺のコートを握ったままだ。

 「少々話し込んでしまいましたね。他の娘達も起きてくる頃合ですので朝ご飯を用意いたしますから一度汗を拭いて来てください」

 母屋へと帰ってしまった馬騰さんを見ながら続いてばちょうを見る。

 任せると言うことなのだろう。



 寝ぼけ顔を洗わせて、濡らした手ぬぐいで汗を拭いてから昨日夜食を取ったところへ向かう。

 戸を開くと先に馬騰さんと二人の子供が座っていた。

 おはようございます、と馬騰さんに二度目の挨拶と子供達に挨拶する。

 後ろにいるばちょうも同じように挨拶をしてからトテトテっとコートの裾を引き摺りながら俺の脇を抜けて自分の席に着く。

 気に入ってしまったのか俺のコートはばちょうが着ている。

 もうお前はその立ち位置で満足していそうだなと長年付き合ってきたコートに思いかける。

 空いている席が俺の席と言うことだろうか、ばちょうは自身の隣の席に座るようにと椅子をトントンッと叩く。

 「その前にこの子達を紹介させてください」

 そう言うと馬騰さんは席に座っている子供達に眼を向けてから掌を向ける。

 「翠はお分かりでしょうが、その右座るのが次女の『馬休』左に座るのが三女の『馬鉄』です」

 「・・・・・・。」

 驚きのあまり口から言葉が出てこなかった。

 「・・・どうされました?」

 「いえ、なんでもありません。俺の名前は『馬龍』。よろしくな『馬休』『馬鉄』」

 有体に座る二人の子供に自己紹介をする。

 少し笑顔を作る事で混乱しそうになった気持ちを整理する。

 馬騰さんは二人に俺を客人だとか三人の兄のような人であるとかと説明したが俺の耳を素通しして言った。

 正直、子供が三人もいるとは思っていなかった。

 それが最初の新たな衝撃だった。

 それほどまでに彼女の風貌は若々しい。

 そして、昨日の夜に空いた針のような穴が広がっていく。

 疑問に風穴が開いた気がする。

 それが目の前に座る『馬騰』『馬超』『馬休』『馬鉄』。

 まだ確証には至らないがそれでも可能性は大きくなっていく。

 俺の知る正史では涼州の出身の『馬超』は『馬騰』を父にし、兄弟に『馬休』『馬鉄』がいると聞いた事がある。

 性別は違うがこの状況に酷似する。

 ほんの少しながらも見る事の出来た町の建物や様子、人たちの来ている服装。

 それは片田舎と言う言葉では説明しきれないだろう、仮にも『盟主』と呼ばれる人間がいる町なのだから。

 何を言えばこの仮説に確証を得られるのか、何を見ればそれを真実と受け入れられるのかわからない。

 娘達への説明を終えたのか、どうぞと俺に席に着くようにと促す。

 隣に座った俺を満足そうに見るばちょう。

 そしてそれ以外にも視線を感じる。

 純真無垢な二つの視線を感じる。

 一つは少々不審げに俺を見て、もう一つは不思議な生き物でも見るような瞳。


  ・・・何を考えているのかわからない


 「馬龍さんがにいさん?」

 「ばりゅうにぃさん?」

 少し釣り目がちだがばちょうに顔立ちが似ている少女『馬休』。

 逆に少々垂れがちで馬騰に似たのか太めの眉をした少女が『馬鉄』。


  何て返せばいいんだ?・・・気まずいんだが


 助け舟を求めようと馬騰さんを見るが微笑むように見返されるだけで助けてくれそうにない。

 『兄』としての初めての試練と言うことだろうか。

 作り笑顔を崩さないように気をつけてはいたが少し引きつりそうだ。

 ばちょうとはここに来る過程である程度のきっかけがあって助かった。

 この状況を打破するには何かきっかけが欲しい、だがさすがに家の中に突然野犬が迷い込んではこない。そんな事は田舎の小学校でもなければ無理だ。

 ならばこれを使うしかない。


  物で釣るようで少々気が引けるが・・・


 「俺が何をできるかわからないけど、仲良くしてくれると嬉しいな」

 そう言って懐に入れた切り札を取り出す。

 コンビーフの缶詰。

 その最後の一つを惜しげもなく開ける。

 二人はそれを興味津々といった様子で見る。

 ばちょうは既に箸を持って食べたそうに見ていたが、頭を軽く撫でてそれを抑える。

 二人は缶詰と俺を見比べるようにしてから馬騰さんを見る。

 馬騰さん二人に少し頷くと恐る恐るといった感じに箸を伸ばす。

 それをぱくっと口の中に入れると期待通りの反応をしてくれた。

 「「っおいしいぃ!!」」

 ばちょうの時のように二人は眼を輝かせる。

 想像通りではあるがその顔を見れて一安心と言ったところか。

 二人から先程までのような眼で見られることはなかった。

 そうか良かった、と自然と笑顔になって二人に返す。

 そのやり取りを見守っていた馬騰さんは二人の頭を撫でてから。

 「ご飯が冷めてしまいますからいただきましょうか」

 そして、いただきますと号令をする。


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 無事に朝食を取り終える事が出来た。

 食事は夜に食べた物と同じように美味しかったが、食事をしている最中も様々な視線を感じた。

 小さな瞳が俺の一挙手一挙手に注意するように見られた気がする。

 幸い、不審というよりも興味からだと思う。

 これ程緊張した朝食などいつ振りなのかと思う。

 俺はとりあえず二つの疑問を口にすることにした。

「馬騰さん、昨晩聞けなかった事をいくつかよろしいでしょうか?」

 「えぇ、私で答えられることでしたら」

 「では、ここがどこなのかがわかりません」

 「ここは涼州の中でも西涼分けられる地域。西平郡の中心になります」

 涼州、西涼先にも耳にした。

 地域的に見て中国の地域だとは思う。

 そこから一つの疑問を飛ばして少しだけ確証に近づく。

 「馬騰さん。身内の方、姪か甥辺りに『馬岱』という人物はおりませんか?」

 「っ?!えぇ姪におりますが何故それを?」

 はぁっと息を吐く。

 もうこの可能性はかなり高い。

 確証とまではいかなかったが五分五分といった所まで自身の中で馬鹿な可能性は大きくなった。

 しかし、理由まではわからない。

 「いえ、薄々と考えていた可能性に『馬岱』がいるというものもあったのです」

 「その可能性というのは?」

 「あくまで仮説です。自らもその可能性を信じ切れていません、信じていただけるかも・・・・・・」

 「構いません。それで貴方の力になれるのなら」

 「まず、この国は『漢』。ここ最近の皇帝の名前に『霊帝』と呼ばれる人物がいるのではないでしょうか」

「 その通りです。現皇帝の名は霊帝様です。・・・その質問をされると言うことはこの国の人間ではない、と言うことでしょうか」

 「はい。しかし、それだけではありません。俺の知る常識の中では国が違えば言葉も違うのですが俺の言葉と馬騰さんは普通に会話が出来ている」

 「言葉と言うのは一つではないのですか?」

 「いえ、文字も言葉も俺のいる世界では各々の国が独自に利用しており勉強でもしない限りはこのように自由に会話をすることは難しいでしょう」

 「貴方のいた世界?」

 「俺のいた世界とはこことは似て似つかない世界。俺は貴方の事を知っています、男性のですが・・・」

 「男性の、私ですか」

 「そしてその人物は俺のいた世界では過去の英傑。・・・どのようにしてここに来てしまったのかはわかりませんが、この状況がその可能性を揃えつつあります」

 「それでは貴方はこことは違う世界の未来からの来訪者と言うことでしょうか」

 「はい、まだ知りえない事ばかりですがその可能性が一番高い、のかもしれません」 

 「なんとも途方もない内容です。確かに信じることが難しいですが、先程の立会いの時に感じた不思議な違和感と貴方の持っていた幾つかの面妖な持ち物はその未来の道具という事ですか」

 「貴方方がこれらをそう思えるのならやはりそうなるのかもしれません」

 自身の立てた仮説はどこまで正しいのかわからない。

 しばらくの沈黙。

 互いにこの状況を考えていた。


  俺は本当に余所者だったのか


 改めて自身の置かれた状況を認識する。

 土地や地域、国と言ったレベルではなく世界から見ても異物で余所者。

 「・・・天意、なのかもしれません」

 沈黙を打ち消すように声。

 「天意、ですか。この状況が・・・」

 「えぇ、この国は今疲弊しております。そしてそこにやってきた未来からの来訪者。貴方がここに来たのは天主様の意思なのかもしれません」

 「天主様の意思・・・それで天意と?」

 「貴方はまずその天意を知る必要があるかもしれません。それが貴方の欠けた記憶を埋めるための近道かもしれません」

 そういって俺に行くべき道を示してくれる。

 天の意思を知る事、それでどれだけの状況を把握出来るのだろうか。

 「知り合いに易者と学者がおります、すぐにとはいきませんが紹介しましょう」

 「・・・何故そのように俺を信じてくれるのです」

 「未だにその全てを信じる事は出来ません、ですがそのような嘘をつく人だとも思えません。貴方の”裏切りたくない”という気持ちも先程の立会いで知ってしまいましたから」

 自身が持つ問題の糸口を掴むことができたと思えば新たな問題が湧き出てくる。

 

 どうしてなのだろうか。

 

 何故なのだろうか。

 

 どうするべきなのだろうか。

 

 どう言ったらいいのだろうか。

 

 これを知ることが天の意思なのだろうか


 ・・・君だったら


 「不安に思われるのはお察しします・・・」

 新たな疑問に頭が膨れ上がってしまったところに唐突に声を掛けられる。

 はっと顔を上げて現実に意識を戻す。

 目の前には心配そうな瞳で俺を見る女性。

 その周りには不思議そうに俺を観察する三人の少女。

 どのような顔をしていたんだろうか。

 考えたところで今すぐに答えはわからない。

 心の中の君に問いかけたところで答えが返ってこない。

 今すべきな事はわからない。

 けれど、今してはいけないことはわかる。

 この人達を俺の感情に巻き込んではいけない。

 そして、馬騰さんとした約束を破ってはいけない。

 息をすぅっと吸って軽く吐いてから手を顔の前でパンッと叩く。

 よく君がやっていた気持ちを切り替える方法。

 そうして表情を切り替えて馬騰さんに向き直る。

 「馬騰さん有り難うございます。まだまだここに着たばかり落ち込むのはまだ早いですね。俺は今出来る事を探すのが今すべき事なのでしょう」

 「そうです。貴方がここに来たのが天意ならば知るべき時には貴方の望む解を得るでしょう」

 「先ばかり見ていては足元の情報を取り逃してしまいそうです。その時が来る時に自身のもてる剣でも用意して心の準備をする事にします」

 今ある状況を利用して次に来る事態に備えよう。

 そう切り替える、そしてその間にこの人への大恩を返す

 そう誓い、そう身の内に刻む。

 そう、今いる人が敵になったとしても、この恩だけは。

 一日も経たないが随分と助けられた、随分と気にかけてくれている。

 一人で考えてばかりでは辿り着くのにもっと時間が必要だった。

 一人では問いかけても虚空の中に消えるばかりだった。

 それをこの人は受け止めてくれた。

 それをこの人は返してくれた。

 たとえそれの答えが途方もない道の先にあるものだったとしても。

 たとえ・・・。


  有り難うございます・・・


 心の中で感謝を思えば、馬騰さんが大きく呼吸をした。

 それから、俺の真似をしたのか顔の前で手をパンッと叩く。

 「では、まず町を見てきてはいかがでしょうか。もしかしたら”剣”が見つかるかもしれませんよ」

 「そうさせていただきます」

 「残念ですがこの後は私用でご一緒出来ませんので娘達に案内を任せます。わからないものがあればお聞きください」

 「へっ?」

 間抜けにも二度目。


  本当に彼女には敵わない

 

俺の予想の裏を見事についてくる。

そうして俺は三人の少女を引き連れて町に出る事になった。






NextScene

++捨てられぬ剣、非業の矢++


とりあえず解説と言うか弁解です。

ながったらしくなってしまった会話パート

異世界物の宿命なのでしょうか状況整理がなかなかできない 。馬騰さんに手伝って貰って何とか持って行きましたが、現状を簡単に受け入れてくれないオリ主です(;つД`)

へえ~そっか位で納得してくれない


ここまでが導入編になります

あぁ早くあの方を書きたい(-_-).。oO

オリキャラばかりが蔓延る現在そろそろ怒られてしまいそうです。m(__)m


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