進めぬ思い
++余所者と、手に取った剣(前)++
『この者は私の客人として迎え入れます』
そう宣言される事で一応の安全は確保できた。
苦々しく口元が歪む。
その顔を見られないようにと下げたまま。
俺は狙い通りに一先ずの戦果を得てしまった。
過程としては想定以上に容易く。
恐らくは男達の女性への支持が絶大だったのだろう。
彼女の宣言一つで男達の反発はなくなった。
だが、まだ足りない・・・
贅沢かもしれないがこれで俺の不審が消えたのではなく、女性への信服と敬愛から来るもの。
ここで恙なく情報を集めるためにはもう一押し欲しい所だった。
今ある状況はそれをするには絶好の機会。
少女を助けるのは偶然ではあった、少女の身内たる目の前の女性はこの一帯で『盟主』『太守』と呼ばれるほどの人物。
ここでの信頼如何によっては断片的にはなく、点々としたものではなく、今に至るまでの線、次に広がる面としての情報を得ることも難くないと想像した。
だが・・・これ以上は危険だ・・・
しかし、これ以上の交渉は恐らくは賭け。
俺はまだ彼女の底を知らない。
そして、これ以上彼女を利用しては俺自身が許せない。
俺はもう心を砕きたくない。
それに交渉を失敗すればやはりと断罪の刃を向けられるだろう。
逆に交渉が成功すれば俺の最後の矜持を失い本当の外道に落ちる。
もしも後に俺が彼女達と・・・
そう考えればどちらも許容出来る物ではない。
故に、この場を締めくくろう。
最低限の返礼を持って。
見えないように表情を整える。
緩やかに立ち上がり、女性に深く礼をする。
「これ以上貴方の厚意を断れば逆に無礼になるのでしょう。俺などにこれ程の厚遇痛み入ります」
その言葉を黙って聴くこの場に集まった面々。
その中の彼女の瞳の力強さに一瞬言葉が止まってしまいそうになった。
そしてしっかりと女性を見据え、自身の矜持を言葉にする。
「俺を客人として迎えてくださる貴方の期待を俺は、俺の命に懸けて裏切らないとここに誓います」
「この言、貴殿の矜持とその瞳と共に信じましょう」
そして、女性はその場に立ち上がり男達に解散を告げた。
・・・・・・
・・・・・・
男達が部屋から出て行き取り残されるように女性と二人きりになる。
しばらく女性は俺を見つめたままその場から動かなかった。
俺も勝手に動くことが出来ず、見つめあう形で時間が過ぎていった。
と不意に女性の口が開いた。
「ふぅ、みっともない姿をお見せしてしまいました。失望させてしまいましたでしょうか」
「いえ、見ず知らず何処の誰とも知れない人間が転がり込んでくればあのように思われるのは当然でしょう。町を守ろうとするそれを敬服こそすれ失望などしようがありません。もし、失望するとすれば・・・俺の小ささです」
俺は目の前の女性の瞳が俺の言葉の意味を一連のやり取りを理解していたのだと言っていた。
最初から、ではないにしても途中からは言葉を見透かされていたのだ。
故に最後の言葉を偽る事も隠す事もしなかった。
俺は形だけの礼ではなくしっかりと女性に対して頭を下げる。
「先程までの非礼を謝罪いたします」
「ふふっ、お気に為されないで下さい。少々困っていたところです。まだ若いというのに不思議な方ですね」
「それには少々奇異な境遇にありまして・・・一言では難しいですね」
「なにやら訳ありの様子ですが、夜食を用意いたしますよろしければ少しお話しませんか」
「有り難うございます・・・。」
女性は言葉の最後を詰まらせた俺に気付き、ハッとした後口元に手をやって照れ笑いをした。
「申し遅れました。私は姓は馬、名は騰、字は寿成と申します。西涼連合の取り纏めのようなことをしております」
馬騰?!『馬超』に続いて『馬騰』か・・・
馬騰も確か三国志に登場する馬超の父親だったはず、だが目の前にいるのはやはり女性。
西涼連合とはどこの地域を指すものなのか。
涼州という地域がかつて中国にあった、それを東西南北で割った地域に似たような名前だった気もする。
これまでの会話の流れで幾つかの情報を得る事は出来たが、まさかとも思える内容に整理が間に合わない。
未だ感じる違和感を後にして名乗りに応える。
「俺の名は『龍』。訳あって今持てる名はそれ以外ありません。ここに来る前はっ・・・と?」
自身の名前を一字だけ名乗り、せめてと出身を応えようとしたところで、ハシッと腰の辺りにしがみつく存在に言葉を止められてしまった。
「どうしたんだ、ばちょう」
腕がぶつけないように気をつけながら振り向くと、俺の横腹からひょこっと森で出会った少女が顔を出した。
「ん、ぉおにいちゃん。ぁあり、ありがとぉ」
顔を赤くしながらも俺を見て少女は礼を言ってきた。
それは送り届けた事に対してだろう、俺は少女の頭を軽く撫でて笑顔で応える。
「お互い様だ。お母さんにはちゃんと謝れたか?自分の気持ち言えたか?」
その応えに、うん!と力いっぱいに頷いた少女の頭を、そうか、といってしばらく撫でた。
この少女も俺の恩人の一人だ。
この娘に出会えなければ俺は途方に暮れていたままだったろう。
「『翠』、まだ起きていたのですか」
「か、かあさま」
俺の後ろに引っ付いている少女を溜め息をつきながら見つめて『翠』と声を掛ける馬騰さん。
先程名乗られたときに言っていた”字”って奴だろうか。
そして目の前の女性を”かあかま”と言う少女。
ん、かあかま・・・・・・母様っ?!
驚きのあまり馬騰さんと少女を交互に見る。
目の前にいる女性は子供がいるにしてもこれほど大きい子供がいる年齢には到底見えない。
先程の男達に見せた風格は確かに見た目以上に様になっていたし、俺の思いを見透かしたその洞察力は見た目に反している。
改めて見ても20代前半といった所だ。
後ろに引っ付いている少女はやはり10歳前後だろうと思う。
「ちゃんとお礼をいっておりませんでした。私がこの子の母です。色々と娘が良くして頂いた様で有り難うございました」
深々と頭を下げる馬騰さんを見ながら咄嗟に声が出なかった。
そんな俺をクスクスッと笑いながら彼女は見ていた。
馬騰宅の厨房兼居間といった部屋。
夜食はすでに用意していたのか、料理が机の上に並べられ俺はその前に座る。
隣で俺のコートの端を摘んでいるのが『馬超』で。
正面にはその姿を微笑ましい様子で見るのが『馬騰』さん。
・・・偶然、だろうか
そんな違和感を覚えていると女性からどうぞと促されて俺は目の前の料理に手をつける。
目の前にある料理は、茶粥のようなものと漬物のようなものに魚の煮付け。
「もっと豪勢な料理を出して差し上げたかったのですが、食べやすいものをと思いまして」
と少し恥ずかしそうにそう言った。
繁々と眺めすぎただろうか。
一先ず、いただきますと手を合わせてから茶粥をレンゲで掬って口に運ぶ。
「ん?!!」
鼻を通る香りは麦の香りだろうか、ほのかに香るそれは優しく口の中で程よく効いた塩っ気といい塩梅だった。
「・・・おいしい」
続けて漬物をコリッと一齧り、想像していた味とは違った不思議な味がした。
「っくぅ!」
酸味が強めに効いていて梅干に近い感じだ。
だがこれも美味い、疲労が残っている体に染み渡る。
その後は魚の煮付け、想像通りに甘辛く味付けられたそれは期待を裏切らない。
贅沢を言うなら茶粥ではなく白飯を掻き込みたくなる。
「うまいっ!」
料理を口に運ぶたびに言葉が溢れてしまう。
空腹だったためと言う言い訳もあるだろうが、それ以上に丁寧に作られたであろうそれはお世辞抜きに美味いと思えるものばかりだ。
そしてそれ以上に驚かされたのはその一つ一つに使われている食材。
食べる限り感じるそれは質のいいものではないのがわかった。
それらの食材でこれほどまでに美味い料理を作ってしまうのかと感服するばかりだった。
一通り口を付けた後、湯飲みに入った水を少し飲んで一息つく。
「っはぁ~。『馬騰』さんがこれを?」
「えぇ、お口にあったかどうか少々心配ですが、気に入っていただけましたか?」
「このまま飯店で出していてもおかしくないほどに美味しいです」
「ふふふっ、おだてても何も出せるものはありませんよ。あっ、お酒はお好きでしょうか?宜しければ・・・」
正直に言った感想だっただが、それに気をよくしたのか手を頬に当ててにこやかに酒を出そうと席を立とうとしている。
「いえいえ、これ以上もてなされては俺が申し訳なくて食事に手を付けられなくなってしまう。それに出すとしたら俺の方です」
そういって席を立とうとする馬騰さんを止めて、先程返してもらった持ち物の一つをコートから取り出す。
「それは?」
「美味しい料理に対しての俺の持てる返礼と思ってください、量は少ないですが」
そう言って持っていた小型の缶詰の一つのプルタブを開ける。
缶詰の中でも長持ちで味も気に入っているものの一つ、中身はコーンビーフ。
「よろしいのですか?」
えぇ是非と馬騰さんに差し出す。
少し遠慮がちに箸を伸ばしてそれを口に運ぶ。
すると、箸を持ってない手で口元隠しながら驚きの表情を見せてくれた。
想像していたよりも良い反応を見せてくれた。
「美味しいっ。牛肉ですか、これ程塩味が良く効いたお肉初めて食べました」
返礼はうまく言ったようだ。
と不意に隣に座るばちょうがクイクイッと袖を引く。
自分の母さんが食べてるのに興味が湧いたのだろう、俺はコーンビーフを箸で少しとってその口元に運ぶ。
しかし何故か躊躇して口を開かなかった。
「これはもう一つあるから気にしないでいいぞ、早く食べないと零れてしまう」
そう言うとパクッと俺の箸に食いついた。
口に入れた途端目が輝いてモグモグっと少し租借してコクっと飲み込む。
「おいしいっ!!」
笑顔で俺にいうその顔にに釣られるように笑顔になってその頭を優しく撫でる。
そんな俺達の姿を見ていた馬騰さんが微笑みながら言う。
「そんなに甘えん坊な翠を見るのは久しぶりです。まるで兄妹のよう」
「そう見えるのでしょうか?あまりこの位の年の女の子を相手にする機会はなかったので接し方がわからないのですが・・・」
「えぇ、翠に兄がいたら貴方のようだったのかもしれません。この子は起きてからは貴方の事ばかり」
嬉しそうに微笑む馬騰さんを尻目に先程からの違和感を聞いてみた。
あえて気にしないようにと思っていた。
過去の経験上いらない地雷を爆破させるような気さえしていたのだが気にはなる。
「馬騰さん、申し訳ないのですが先程から呼んでいる『翠』っというのは・・・?」
「えぇこの子の真名です」
「真名?・・・字とは違うのですか?」
そう質問を返す、すると微笑んでいた顔を訝しげな表情に変えて俺を見る。
「その者の真なる名です。真名を預けた肉親や親しき者のみがその名を口にする事を許され、真名を許されていない者が口にすれば何をされても構わないという事になるのですが、真名を知らないのですか?・・・字も?」
その表情を見る限り本当に地雷だったのかもしれない。
それでも切り出してしまった以上、この人に下手に誤魔化すことも出来ないだろうと判断して確認することにする。
・・・明らかに俺の知る地ではないからな
もしかしたら、これが今ある状況を知るきっかけになるかもしれない。
「えぇ、お恥ずかしい事に俺の周りには通り名のようなものを持った人物はいても、真名や字と言ったものを持つ者はいませんでしたので」
「・・・やはり、貴方の出自は五胡に関係しているのでしょうか?」
「五胡という言葉も初めて聞きました。これは最初に言うべきだったのでしょうが・・・」
俺は言葉を詰まらせた。
正直に全てをさらけ出していては最悪の事態も考えられたからだ。
しかし、それは信頼できる人間にまで隠し続けて状況を探るのは難しい。
俺をあの場で庇っていたこの人ではあればすぐに公言するような事はないだろう。
それを加味すれば最悪でも朝までは客人としていれるはずだ。
「馬騰さんを信頼できる人物と判断し包み隠さずお話します」
そういうと目の前に座る馬騰さんから感じる雰囲気が一変した。
『盟主』そう呼ばれるのも理解できる程、洗練された清流のような気配。
先の会議で宣言した際に感じたのはこの一端にすぎなかったのだろう。
そして、馬騰さんは俺に対して静かな瞳を向けて頷いた。
「俺は何故ここにいるのかわかりません。ばちょうと出会う前の朝、ここの森をはさんだ向こう側。俺が気づいた時にはそこにいました。ここに来る前の記憶はあるのですがどうやってここに来たのか、何故ここにいるのか、何故・・・」
そこで口が止まってしまった。
包み隠さずそう言ったのだが、自身でも理解できていなかったため。
しかし無理やりに口を開く。
「・・・何故こうして生きているのかがわかりません」
「記憶を一部欠落していると言うことでしょうか、生きている事がわからないとは?」
「言葉の通りです。俺にある記憶ではここに来る前にとある組織に致死に追いやられ、俺の相棒にその死を看取られたはずなのです」
「実は死なずに済み、その相棒という方にここに連れてこられたのでは?」
「そうなのかもしれません。しかし、俺の受けた傷は深く多くの血を流しました。意識を失った直後に処置をしても助かったとは思えないほどに、それが気づいた時には傷一つなかったのです。記憶、情報が足りなさ過ぎるのです」
「では貴方がここに来た理由は翠を送り届けるのと同時に情報を手に入れるため、この町を目指していたと言うことでしょうか?それゆえに恩はないと”お互い様”ということですか」
「はい、先に言った通り。助けられたのは俺の方、この子がいなければ町に辿り着けず行き倒れていたかも知れません」
そうですか、と一息つくように声を出し考えを巡らせる様にして額に手を当てる。
「では、貴方の名は偽名かなのでしょうか」
「いえ、俺の姓名はそれなりに通ってしまっています。下手をすれば情報を得る前にその組織の息のかかったものに居場所を知られてしまうかも知れない。そのため俺は自身の名の『龍』のみを名乗りました」
「それが貴方の持てる名がないといった訳ですか」
「はい、俺の名前は・・・」
「いえ、それを今言う必要はありません。私と翠に名乗った名前こそが今の貴方の名であり、それ以上は貴方の身が危険になるかもしれないのでしょう。真に貴方が信頼できる人間にのみその名を預けてください。それこそが貴方の真名なのですから」
「しかし、それでは・・・」
「貴方の言う組織というのはどこの勢力かはわかりませんが、貴方が五胡の人間ではないのですよね?」
「俺が知る限り五胡という団体、組織と関わった事はありませんが・・・」
「それでしたら情報集まるまでここで客人として振舞ってください。必要でしたら人を紹介しましょう」
あまりに大胆な提案に驚いて思考が停止した。
「っ?!さすがにそこまでして頂くわけには・・・」
「いえ、させていただきます」
全て言い切る前に反論されてしまう。
そして、先程までの気配が緩まり馬騰さんは笑顔を作って言う。
そこで俺は気付いた、先の会議でのやり取り仕返しだったのかもしれない。
俺がどう返そうとも結論は決めていたと言う事だろう。
「貴方の私に対する真摯な気持ちは十分に伝わりました。私は貴方を信頼いたします」
そういうと馬騰さんは俺に手を差し伸ばした。
それに俺の気持ちは変わっていない。
俺はその手を取って言葉を紡ぐ。
「俺を信頼してくださる貴方の気持ちを決して裏切りません。この魂に懸けて」
一連のやり取りを不安そうに黙ってみていたばちょうは俺と馬騰さんが手を取るとほっとしたように笑顔になった。
それから食事を再開しそれを食べ終えた頃。
「姓がないと不便するでしょうから『馬』の姓を名乗るというのはいかがでしょうか」
それは俺が欲しかった後一押しの最たるもの。
姓を得ることが出来ると言う事はこの地で不審を与えずに行動できるという事。
更に馬騰さんと同じ『馬』を名乗ることを薦める言う事は俺はその庇護下に置かれることを意味してる、のだが・・・。
俺は何を対価にそれを手に出来るのか・・・
欲すれば必要なものだ、だが現状だけでそれを受け取ると言うのは少々まずい。
それに必須項目でない事から俺は馬騰さんの表情を窺いながら意図を読み取ろうとした。
「それでは貴方に迷惑が・・・」
「私の信頼を裏切る事はないのでしょう。でしたら問題はないと考えます」
・・・今はまだ流れに逆らえそうにない、か
交渉において俺の不利は変わらない、何の材料も用意していない今この人の底を見るのは丸裸にされても無理だろう。
馬騰さんの笑顔で言う言葉に押されるようにして息を吐いた。
「・・・はぁ、貴方には敵いません。わかりました、現状を理解するまでその名お借りします」
観念した俺を見て馬騰さんは微笑む。
害ある気配はないが何を考えているのかこちらとしては気になってしょうがない。
「ふふふっ、それでその代わりと言っては何ですが、この子も貴方に懐いていますしここにいる間は翠達の兄のように接してはいただけませんか」
「兄?・・・何故です。俺がそれほどまでに気に入られる理由わかりません」
「強いて言うなら、そうですね・・・貴方の眼でしょうか」
「眼、ですか」
「そうです。先程の会合の時もその後も私と話すときの眼が気に入ったと言うか、気にかかっていたのです」
そう語る馬騰さんは一度水を少し口を付けて続けた。
「会合の時、私と一芝居打っていた時に見えた瞳は貴方は言葉にするたび自身を嫌悪しているそう感じました」
俺はこの人に恐怖を抱いた。
そこまであの一連で見抜かれていたのではあの時した判断は英断だったのだとその時の自身を褒める事にした。
「恐らくは私を利用する事への後ろめたさとそれしかできないという無力さでしょうか。しかし、その後に”裏切らない”と言葉にした時の瞳から感じた信念、この言葉に対する覚悟。どれほどの過去を持っていられるのかわかりせん。ですが生半な事ではあれほどに強く、悲しい瞳は出来ないでしょう。・・・少なくても私が出会った人の中にはいません」
馬騰さんが口にした事はほぼ全て俺の内面を表していた。
そして、俺は過去を重ねた。
初めて師匠に会ったときの事。
初めて俺が俺に負けたときの事。
あの人も何も語らない俺の顔を見て「この馬鹿者が」といって俺の頭を叩いた後に乱暴に撫でてくれた。
あまり言葉数の多い人ではなかった。
ぶっきらぼうで横暴で、優しくて厳しくて。
そんな人に救われた時の事を思い出した。
あの人も俺を見透かすような物言いで俺以上に俺の事を語った。
そんな事を思い返している中でも馬騰さんの言葉は続く。
「それでも、翠に対するその笑顔は少し寂しさを感じるものの作り笑顔ばかりと感じるものではありませんでした、少しぎこちなさがありますけど。それに道程でどのように翠に接してくれていたのかは聞いていますから」
出会って間もなく決して多くはない言葉から、これほどまでに俺を見透かされたのは師匠以来だ。
そして馬騰さんは俺の疑問に結論を告げた。
「故に私は貴方を信頼することにしたのです。これでも太守などと言う役職をしている上で人を見る眼はあるのですよ」
終始笑顔のままに答えられた俺は考えた。
先程の続き、交渉に際して賭けが成功した後の”もしも”の後の事。
置かれている立場がわからない俺は彼女達を裏切らずに済むかわからないから。
これ以上を安易に頷く事が出来なかった。
もう間違いたくはなかったから。
「まるで王の決断、といった顔ですね」
唐突に投げられたその言葉でどのような顔していたのだろうかといつの間にか視線を外してしまっていた馬騰さんを見直す。
けれど、俺は決断出来なかった。
「・・・どうすれば良いのかわかりません」
これほどまでに義を尽くしてくれる人に対して失礼だと思いもしたが、それでもと俺の中でブレーキが掛かってしまう。
「未来の先に何があるなど天主様であろうとわかるものでもありません。そう難しく考えていては貴方は自身を殺すことになりますよ」
「えっ」
彼女は笑顔のままにこういった。
「これまで通りに接していただければそれで構いません。私ができなかった翠の気持ちを受け止めてくれたのですから」
気がつくと馬騰さんと俺のやり取りをよくわからないと言った様子で聞いていたばちょうが俺をじっと見ている。
何故見られているのかと思っていると馬騰さんが先程の話を簡潔にまとめた。
「この方は名前はこれから『馬龍』。翠、貴方達の兄になったと言うことです」
「っな、それは・・・・・・」
端折り過ぎ・・・!!
慌てて訂正をしてようと口を開こうにも先回りしていたかのように馬騰さんは俺の手を取った。
「心配されずとも良いのです、その反応を見れれば十分ですよ」
あまりに簡単すぎて突拍子のないことになった。 だが隣にある嬉しそうな顔を見て繋げる言葉を選んでいるとばちょうの口が僅かに開いた。
「・・・ぃさま」
何を言ったのかと耳を傾けてみようとした瞬間。
「兄様ぁ!!」
「っグフゥ」
俺の横腹に至近距離から矢のようなタックル。
不意を突かれたそれの威力はまるで鉄の杭でも叩き込まれたのかと思った。
衝撃でせっかく食べ終えた食事が逆流していまいそうだ。
しがみつかれる勢いのままに押し倒され床を転げる。
そして否定する機会を失ってしまった。
このような顔を見せられては今否定するのは無理だ。
もしやと馬騰さんを見れは、先程と同じ笑顔で俺達を見ている。
あの顔は確信犯だ・・・
今の俺では馬騰さんに舌戦で敵いそうにない。
完全に格付けされてしまった。
例えるなら助手席に座る人間に無理やりにアクセルを踏まれた気分だ。
はぁっ、と溜め息混じりにしがみつく少女を見る、この様子だとしばらく離してもらえそうになさそうだ。
「まだ色々聞かれたいこともあるでしょうがこれ以上は夜が明けてしまいますから明日改めてお話をしましょう」
馬騰さんは床に倒れたままの俺にそう言って席を立った。
それ以上に否定の言葉を言わない事を全ての了承と取ったのか部屋を出て行こうとする。
「それでは後の事お願いしますね。私が言ってもしばらくは離れないでしょうから」
「へ?」
きっと間抜けな顔をしていただろう。
そして、ただただ困惑する俺とばちょうを残して馬騰さんは部屋を後にした。
NextScene
余所者と、手に取った剣 後編
後編部分を書くと思いのほかに長くなってしまったためsceneを分割しました。
次話で導入編が終わる予定です