表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
第一部 西涼~
5/44

歩む道で




++夢想の中で、吹き抜ける風は涼しく++





  さぁ、どうしたものか・・・


 とりあえず先程までの川の傍まで戻ってきた。

 一直線に駆け抜けたので戻る道で迷う事はなかった。

 後ろから着いてきた『馬超』と名乗る少女。

 少女が逸れないようにと後ろを確認し、足場を固めながらゆっくりと歩いた。

 そして、今に至るが目の前に座る少女どうしたわけか黙り込んでしまった。

 見た目は10歳前後といったところ。

 まだあどけさの残る顔立ちで、短めのポニーテールで髪をまとめた少女。

 

  まぁ、不安があるのはわかるが・・・


 中々に気まずい、子供と二人で野宿などしたことはない。

 不安を少しでも取り除くため、また野犬が来ないように薪に火をつける事にした。

 コートのポケットに手を入れてジッポを取り出す。

 取り出す手と一緒にポロリっと何かが転げ落ちる。

 拾い上げたそれは小さなビニールの包み、砕けた何かとその粉末が入っているようだった。

 月明かりだけではそれ以上はわからないので先に焚き火で明かりをつける。

 そして再度それを確認する。

 「ん~飴玉、かな?」

 見れば葡萄のマークの描かれた飴の包みだった。

 コートに飴玉を入れた覚えはないのだが・・・と考えていると少女の視線を感じた。

 

  よくよく子供の考えはわからない


 この飴玉が気になるのか粉々になってしまったこれを渡すのもどうだろうか。

 一度少女を見てもう一度飴玉・・・だったそれを見て一つ思いついた。

 火の傍においておいた竹の水を温める。

 その間に袋に入った飴を手頃な石を使って更に細かく砕く。

 温まった水を別の竹筒に移し、砕いた飴の粉末を入れてかき混ぜる。

 缶ジュースとまではいかないがジュースもどきだ。

 とある映画の影響で子供の頃にドロップの缶に水を入れた事があるそれと同じ。

 程よく混ざったそれを少女に差し出す。

 「上等なもんじゃないが、飲むか?」

 訝しげに俺と竹筒とを交互に見ながらおずおずと手を伸ばした。

 熱いから気をつけろよ、と言うと少女はコクリと頷き竹筒に息を吹きかけてから少し警戒しながらちびりっと口をつけた。

 すると、不安一色だった表情が一変しポツリと呟いた。

 「っ、あまい」

 ちょっといたずらを成功させた子供の気分だ。

 「気に入ってくれたか?」

 「うん、おいしい!ふしぎなあじがする!!」

 目を輝かせて少女は俺を見る。

 少女からはもう不安や緊張といったものは感じられなかった。

 その顔を昔見た事がある。

 それがとても懐かしく、自然と笑顔になっていた。

 「そうか」

 まだ熱いのかちびちびと飴水を飲む少女を眺めた。

 すると飴水を飲んでいた手が止まった、どうしたのかと少女を見る。

 「・・・休や鉄にも飲ませてあげたい」

 

  友達かそれとも姉妹辺りだろうか・・・


 何個かあればいいがさっき出てきた飴玉は一つだけ。

 まだあるだろうかとコートのポケットの中身を取り出してみるが飴玉らしいものはなかった。

 入っていたのは、煙草とジッポライター、小型のソーイングセット、手持ちに銃はないのに弾倉が1つ、トラップワイヤーの残りと非常食の小さな缶詰が2つ。

 それ以外には何か入っていたがボロボロで使い物になるようなものはない。

 意外と入っている、ここに着陸……墜落してから落ち着いて持ち物を取り出す暇がなかった。


  服のポケットには何か入っているだろうか


 残されていたのは。


  ・・・・・・白の髪留め


 他には時計やコンパス等といった道具は割れたりしていたのにこれは記憶にあったままの姿を保っていた。

 君が確かに生きていたと言う最後の証。

 思い返すと心が沈んでしまいそうになる。


  何故だろうか・・・・・・


 と俯いていると少女の少し不安そうな視線に気付いた。

 「すまないな。今用意できるのはそれだけみたいだ。機会があればその子達の分も作るから」


  せっかく笑顔になってくれたのに・・・


 取り繕うに笑みを作ってそう言って、少女の頭を軽く撫でた。

 少女はしばらく不思議そうに俺を見ていたが俺の手が離れるとコクリと頷いて残りの飴水を飲んだ。



 その後、しばらくすると少女の目うつらうつらとしてきたのでコートを羽織わせて眠らせた。

 「野犬の恐怖と俺なんかのせいで緊張してたのかな」

 横で眠りについている少女を見てから再び髪留めを取り出して眺める。

 

  君がいなくなって、もう何もなくなったというのに・・・

 

 君の面影ばかりが目に付いてしょうがない。

 こんなわけのわからない状況になっているというのに。


  俺は弱いな。君を思い続けることも・・・


 そうして、焚き火に薪を投げ込みながら朝陽が上るまで髪留めを見つめていた。




 ・・・・・・



 ・・・・・・




 朝を迎える。

 横にはまだ眠ったままの少女。

 少女を横目に川のほうで一度顔洗い、少し袖を切ってタオル代わりにする。

 徹夜でぼうっとした頭がすっきりする。

 川で早朝に吹く風は涼しくて気持ちが良い。

 それから、少女の下に戻ったがまだ目を覚ましてはくれないようだった。

 『寝耳に水』簡単でよく使われる諺の一つだが、これを実際にしてみると尋常ではないほどに怒りを買うことになる、気をつけてほしい。

 俺はそんなことを思いながらもとりあえず優しく少女の肩を揺すって呼びかけてみる。

 

  『寝耳に水』は最終手段。


 「お~い、ばちょう朝だぞ~」

 「んんっ、・・・くぅ~~っ」

 少し身じろぎをしたが再び眠りに戻る。

 ここが街の宿なら少し位の寝坊は許容内なのだが、陽が出ているなら出来るだけ早めに森を抜けてしまいたい。

 昨日出会ったばかりの少女に最終手段を使うのは忍びないのでもう少し強めに肩を揺すりながら耳元で声をかける。

 「お~いっ!頼むから起きてくれ~」

 「んん~っ?」

 まだ体を横にしたままだったが起きてくれたようだ。

 少し目を開いて袖で目元をコシコシと擦って俺を見る。

 「おっ起きたか、おはよう」

 「っ◎□#☆△#%&●?!!!」


 随分と慌てているが?何を言っているかわからなっ・・・


パシッ!


 「ッブルワン?!!」

 まだ幼い少女の拳が俺を吹き飛ばす。

 あまりにも予想外すぎるその威力、それはヘビー級のストレートに匹敵する。

 不意を突かれたが、それを片手で受けて防げると油断していた。

 掌で受けた防御をそのまま持っていかれた。

 助けた少女は末恐ろしい少女だった。

 「っ痛ぅぅ、ばちょう一体どうしたんだ?」

 あわあわっと真っ赤になって俺を見ている。

 寝ぼけて暴漢と間違えているのだろうか、それなら少しショックだ。

 だがそれ以上に今の一撃は効いた。

 川の水で眠気を晴らしたつもりだったが今ので眠気が吹き飛んだ気がする。

 だが、さすがにもう一撃を受けたくはないので気をつけながら近づいて声をかける。

 「ばちょう、目が覚めたのなら顔を洗って来るといい」

 川を指を指してタオル代わりにした袖を差し出す。

 しばらくあわあわしていたが次第におろおろになってそれから少しして落ち着いたのか小さく頷いて顔を洗いに川へ向かって行く。

 少女のいなくなった焚き火の前でこれからどうするべきかと考える。

 とりあえずこの娘を親か知り合いの元へ送り届けるべきだろう、自身の目的自体はそれと大して変わらないのだから。

 人里に行かねば現状を理解するにも不便だ。

 無事街にいけるか分からないまずは食べられる時に食べるべきだろう。

 保存食として遠火に干した魚は一旦別にして、新たに魚を採るため少女を追うようにして川に向かった。



 「どうだ、目は覚めたか?」

 「あ、おにいちゃん・・・・・・うん。さっきはごめんなさい」

 後ろから声をかける俺に気付いた少女は俯きながら頭を垂れた。

 気にするな、と笑いかけてそのまま川に入っていく。

 川に入ると魚の姿が良く見えた。

 これならば昨日のように追い込み漁のような真似をせずに済む。

 余裕があるならのんびりと釣りでも良かったが、まだ少女の町までどれほど掛かるかわからないので一番手っ取り早い方法をとる事にした。

 ナイフの柄にワイヤーを括り付けもう片方に木の枝を持ち手代わりにつける。

 そしてそれを魚目掛けて投げつけて吊り上げていく。

 釣りではなく吊り上げる事にした。

 そんな俺を少女が見ている。

 何を考えているのかわからない、と打ち切るのは簡単なのだが少女とは良好な関係を保っていたいので少し手を止めて色々と想像してみて問いかけてみる。

 「ふむぅ・・・・・・。やってみるか?」

 「うん!」

 正解・・・だったようだ。

 先程まで申し訳なさそうにしていた少女は俺に笑顔で応えてくれた。

 持っている木の枝とナイフを渡して、刃と糸には気をつけるようにと注意する。

 少女はえいっと声を魚目掛けて投げる。

 その姿は思いのほか様になっているが魚を捉える事が出来ない。

パシャンッ、パシャンッ

 続けて二度三度投げられたが水しぶきを上げるばかり。

 少女の投擲は魚に向かって飛んでいるのだが、避けられしまい上手いこと当たらないのが原因だ。 

 むぅぅっと少し不機嫌そうに頬を膨らませた少女。

 「くくっ、ばちょうは魚を狙いすぎだな、まず川の流れを見るんだ」

 そう言って少女のすぐ隣に立ち、腰を屈めて目線の高さを合わせ川の上流から下流への流れを指でなぞる。

 少女は真剣な表情で頷いた。

 「あと力が入りすぎだ、肩の力を抜こうか」

 肩をトントンッ両手を置くようにして叩く。

 俺の言うことに素直に従い、少女は力を抜くように深呼吸を二つ。

 幼い頃の自分を見ているような気分だった。

 「そうそう、その位だ。後は魚を狙うんじゃなくその先を狙うんだ」

 「そのさき?」

 川を見つめていた瞳が俺に向いて疑問を口にする。

 「そうだ、あまり魚を見すぎるとこちらの気配を気取られるからな。その気配を散らすためにその先を狙うんだ。わかりづらければ魚の上の水面でもいい」

 「その先・・・・・・」

 再度、川を見据えてから深呼吸を一つ。

 俺は邪魔にならないように少女から少し離れて狙いを定めている魚の方を見る。

 すぅっと自然な型にナイフを構えて投擲。

 シュッとナイフの先が水面を抜けていく。

 程よく力が抜け放たれたそれは、ほとんど音を立てることなく水面を貫き魚を捉えた。

 少女は恐る恐ると糸を手繰り寄せて捕まえた魚を見て自身でも信じられないといった表情で俺を見る。

 「捕れたぁ・・・・・・」

 「アハハハッ、獲った本人がそんなに驚くとは、アハハハハッ」

 教えた俺自身飲み込みの速さに驚いたが、それ以上に本人の驚いた表情に驚かされた。

 「後2、3匹捕ろうか」

 「うん!」



 捕った魚を二人で捌いて焼いて食べた。

 欲を言えば、塩か何かで味付けしたかったが、美味そうに食べる少女を見ているとそんなもの必要なかった。

 焚き火を始末し、荷物を整える。

 タオル代わりにしていた袖の片方を縛って袋状にし干した魚をしまい、水を入れた竹筒を数本ベルトに下げる。

 それから二本の竹を身長より長めに切って、先を尖らせて槍のようにした。

 「よし、じゃあそろそろ行こうか」

 「どこに?」

 「どこって、家に帰らないのか?」

 「だって、ここからじゃどっちかわからない」

 先程まで何てない表情をしていた少女はまた沈み込んでしまった。

 身支度を整えて立ち上がり、少女もと手をとって立ち上がらせる。

 「距離はわからないが、大丈夫だと思うぞ」

 少女の不安を払おうと笑顔で頭を軽く撫でる。

 「幸い雨は降ってないからな、お兄ちゃんに任せとけ」

 「・・・うん!」






++涼州の地へ、逸る気持ちと余所者++





 竹槍を担いで森の中を進む。

 少女は俺の後ろを離れないようについてくる。

 ちなみに、俺のコートは少女が着ている。

 昨日の晩に羽織わせてから、少女は裾を引きずる程に大きいそれを着ていた。

 そこそこ丈夫なため引き摺られる辺りは気にはしないのだが・・・

    

  持ち主以外の人間に着られる事が多いな、お前は


 少女が逸れないように時折後ろを振り向きながら昨日の晩に野犬を追い払ったところまでやってきた。

 「おにいちゃんなにしてるの?」

 「ん?あぁ足跡をな、確認している」

 地面に着いた足跡、草木を掻き分けた痕跡を探す。

 直近で残るのは野犬と思われる足跡と少女の足跡。

 道らしい道のない森の中でそれを確認しながら少女のものを見つけてはその道を遡る。

 「・・・・・・問題なさそうだな」

 森の中につけられたそれらの痕跡はしっかりと残ったまま、ただ問題があるとしたら時間。

 少女がどれくらいの時間をかけて進んできたのかがわかれば良かったが。

 少女曰く、昼を食べた後から一刻せずに家を出た、との事である。


  一刻って何時間だ?刻って時間の単位なのか


 刻、昔は十二支で時間を割っていたような気がする、丑の刻参りとかそういうところからだろう。

 だが・・・48刻か96刻制とか色々とあったはずだ。

 まずは昼が12時、その直後で考えて俺が少女の悲鳴に気付いたのが日が沈んでからの時間が3、4時間位ならば10時間程度、と方程式に当てはめて試算する。

 このままの速度で歩くとなると陽があるうちに辿り着けるかわからない。

 最悪、陽があるうちに森を抜けられれば、遠目でも町を確認できるだろうか。

 多少の心配はあるものの少女の足跡は途切れずに残されているのが幸いだ。

 上り道を進み森の中のやや高い小山で昼を取りながら森の向こう側の景色を見る。

 「杞憂だったみたいだな」

 森の向こう側は荒野が続いていて、遠めに何か田畑のようなものが見えた。

 スコープでも生き残っていればもう少し詳細がわかったのだが、隣でその風景を見る少女の表情を見る限り問題はなさそうだ。



 森を抜け町の方へ進んでいく。

 「疲れたか?」

 無言で首を横に振る。

 だが見る限りに歩く速度を落としていた。

 顔も少し火照り気味だ。

 昨日から続けて歩いた上に、堅い地面で野宿だったので子供にはしょうがないのだろう。


  だが、このままだと少々まずいな


 少女に背を向けて腰を落とし体を屈める。

 「乗れ」

 「やだ、あたしはひとりであるけるぅ」

 見た目にも無理をしているのはわかるのだが、強がる少女。

 おぶられるのが格好悪いとかそういういらない意地か何かなのだろうか。

 言い方が悪かったか、子供相手はやはり苦手らしい。

 「ばちょう乗ってくれ、陽が沈む前に町に着きたい」

 「あたしはもうこどもじゃない、だからあるけるんだ」

 その一言で少女が意地を張る理由も、ここにいるなんとなくの理由も理解してしまった。

 ならばと言い方をもう一つ変える。

 「子供じゃないなら、自身の状態を正しく理解するべきだ。無理をするべきじゃないぞ」

 「・・・でも、あたしは」

 「頼れる背中があるのなら頼っていいんだ。それにお兄ちゃんに任せとけって言ったろ」

 意地を張る少女に肩越しで笑顔を向ける。

 すると、少女はおずおずと俺の首に手を廻して背に乗った。

 行くぞっと声をかけてから立ち上がり歩き出す。

 しばらく、静かに歩き続けたが不意に少女が呟く。

 「あたしもいくっていったのに、かあさまがこどもにはまだはやいっていうんだ。あたしだってみんなのことまもりたい」

 少女の言葉を静かに聞いた。

 少女は独り言のように続けて言う。

 「かあさまといっしょにあたしもたたかいたい、おねぇちゃんなんだからもっとがんばらなきゃいけないんだ」

 「・・・・・・」

 「あたしはもうこどもじゃないんだ」

 「自分の出来る事がわからない内は子供だと思うぞ」

 「えっ・・・?」

 「ばちょうの母さんはきっとばちょうと同じ位、それ以上に君の事を守りたいんだと思う。じゃなきゃそんな事言わないさ」

 俺は少女の言葉を聞いてわかりやすいように応える。

 肉親って言うのは言葉にしないとわからないことをなかなか言葉に出来ないのか、つい伝わっていると勘違いしてしまう。

 子供ってのはそれをちゃんと伝えてほしいのだろう。

 「なぁ、ばちょう。戦う事ばかりが守る事じゃないぞ。怪我を治す事、病気になった時に看病する事、料理を作る事、色々ある」

 そう少女に言いながら、自分の過去を重ねる。

 少女の逸る思いに応えると少女は静かにそれを聴いていた。

 「守って貰っているうちにいろんな事を経験して覚えて、それから守ってくれた人を守れる力をつけるべきだ」

 安易な言葉かもしれない。

 俺なんかの言葉では意味がないかもしれない。

 それでもこの方が意地になってる少女に少しは伝わるだろう。

 「ばちょう、家に帰ったら勝手に飛び出した事謝って、自分の気持ちをちゃんと言うといい。そしたらきっと・・・」

 「きっと?」

 「ばちょうのしたい事に応えてくれるはずだ」

 「でも・・・・・・」

 母親に置いていかれたから不安になってるのだろうか、後ろから少し弱々しい少女の声がする。

 それを励ますように返す。

 「大丈夫だ。それでももし、ばちょうの気持ちに応えてくれなかったら」

 「くれなかったら?」

 鸚鵡返しに尋ねるそれはまだ不安さが残る。

 「俺が知ってること位は教えてあげるさ、魚の取り方とかみたいにな」

 肩越しに俺を見る少女に向かって、にかっと歯見せて笑いかけると少女も笑顔で頷いた。



 

 ・・・・・・




 ・・・・・・





 陽が傾き空が朱色に染まっていく頃には町の入り口が見えてきた。

 背中にはいつの間にか寝てしまった少女。

 それを起こさないようにと気をつけながら少女を背負いなおす。

 もう目と鼻までの距離。

 一歩一歩と歩を進め、ようやく町の入り口まで着いた。

 この地に着り、く・・・お、降り立ってからおよそ丸一日と半分を歩いた足はもう棒のようになっている気分だ。

 少し前の体だったら大した時間でも距離でもなかったはずなのだが、体の異変が想像以上に堪えた。


  で、着いたはいいがどうしたらいいんだ?


 「ばちょう。着いたぞ」

 声をかけたが起きてくれそうにない。

 朝の様子を見るからに想像は出来たが、とりあえず目に付く人に聞いてみるしかないかと、少々溜め息を吐き丁度店閉まいに出てきた女性に声を掛けた。

 「あの、すみませんが『馬』って姓の家はこの辺りにありませんか」

 「ん・・・?『馬』姓はこの辺じゃ結構あるんだけどねぇ~。知り合いでも探してるのかい?」

 「いえ、この娘『馬超』って言うんですけど森で迷ってたんで・・・」

 そう店員に言い、背中で眠る少女が見えるように背負いなおす。

 「その娘はっ?!太守様のとこの馬超ちゃんじゃないかい?!」

 「太守様・・・?この娘が『馬超』だと言っていたけど」

 随分といいとこのお嬢様だったみたいだ。

 そう思っている間に店員のおばちゃんは辺りの人間に『馬超』が見つかったと大きな声で伝える。

 次いでその声を聞いて更に周りの人間に伝え、人が人を呼ぶ。

 あっという間に町中から人が集まりだした。

 俺の背中で眠る少女の顔を見ると「無事でよかった」、「太守様に伝えねば」などと少女の無事を祝うように騒ぎ出した。

 

  とりあえずは一安心といったところ、か


 が、その騒ぎを聞きつけてか町の奥から馬が一頭こちらに向かってくる。

 「って、馬?!」


  町の中を馬が疾走する町って一体どういう風習なんだ?!


 町に入って随分と古い昔の家みたいのがあるとは思ったが、さすがに時代錯誤だと感じた。

 そんな事を思っているうちにその馬が俺の前に止まる。

 乗っていたのはまだ若い女性で腰まで届くであろう長いポニーテール、目元がばちょうに似ている気がした。

 女性は俺の前に降り、少女を確認すると安堵の息を吐き俺に向き直った。

 「あなたがこの娘を?」

 「そうですが、この娘の身内の方ですか?」

 そういうと俺に頷いて返してくれた。

 それを見て、ようやくと息を吐き背中にいる少女を地面に落とさないように胸の前に抱え直して女性に預ける。

 「後をお願いします。・・・さすがに・・・・・・疲れと、眠気が・・・限か、い」

 少女を女性が受け取ると同時に膝が折れた。

 安堵の息を吐き出した事で一気に疲労と眠気が襲い掛かってきて、俺はその場に倒れるようにして意識を飛ばした。



 

 ・・・




 ・・・・・・




 ・・・・・・・・・




 「・・・ん?」

 目を開くとそこには見慣れない天井。

 まだ体から疲れが抜けきっていないのか、上半身を起こそうとすると体は鉛のように重かった。

 首やら肩やらを軽く解しながら辺りを見渡す。

 木造建ての建物の中で、客間か何かだろうか、比較的綺麗だと思える部屋だ。

 ちゃんと布団の上で目を覚ましたのはいつ振りだろうかと考えていると脇に自分のコートが掛かっている。

 布団から抜け出て立ち上がりコートに手を掛けようとすると、自分の服が変わっていることに気付いた。

 誰かが運んできて着替えまでしてくれたらしい。

 砂っぽかった顔もすっきりとしていて・・・下着も確認したが下着まで替えられている。


  さすがにここまでされていると・・・恥ずかしいな・・・


 とりあえずとコートに袖を通し、まだ凝りが残る腰を撫でて部屋の窓際に近づく。

 外はすでに夜の空になっていた。

 体の回復具合から数時間程度か、一日以上ということはないだろうがそれなりに意識を失っていたようだ。

 ここまで世話をしてくれた人には礼をしよう、ばちょうの事も気になる。

 その後でここが何処なのか確認できればいいだろうかなどと考えたが家の中を勝手に出回っていいものかと思い悩む。

 とりあえず誰かが来てくれれば早いが、しょうがないと部屋を出る事にした。

 部屋の戸を開いたが外には当然のように人影はなかった。

 家の敷地は思いのほか広い。

 俺の寝ていた部屋は建物の離れのようなところにあり、建物の母屋の方へ渡り廊下を歩く。

 人の気配を探ると母屋の奥の一室に数人の気配がする。

 そちらへ近づいていくと何か言い争いにも似た声が聞こえてきた。



 ・・・・・・


 ・・・・・・



 中にいる数人の男が一人が女性に詰め寄るようにして声を上げた。

 「盟主!何処の骨とも知れない者を屋敷に入れるとは早計ですぞ!!」

 「それでも我が子を救ってくれた恩人です」

男に対して静かに返す若い女性。

 「五胡の一味かもしれません!早々に町から出て行かせるべきです!!」

 「恩人にそのような事をすれば我々も蛮族と罵られても返す言葉がありません。私は恩人に対して礼を失する事はすべきでないと考えます」

 「あやつが『馬超』様を誑かして連れ去ったのかもしれませんぞ!」

 「そうです『馬超』様と知って見返りに何か求めてくるかもしれません!」

 諭すように言う女性の言葉も聞かず男達は声を荒げる。

 「それでも、猜疑心で我等の義侠心を曇らせるのはそれこそ危険です」

 「しかし、最近五胡の動きも活発になっています。見てくだされ、あやつの持っていた面妖な物の数々、これこそ五胡つながりがある証拠」

 「それは・・・・・・」

 さすがに女性は持ち物に関してまで返す言葉持っていなかった。

と突然部屋の戸が開かれた。



 ・・・・・・


 ・・・・・・



 随分面倒な所にきてしまったのか、時期が悪かったのか、あまりまわりは歓迎してくれる風ではなさそうだった。

 「俺の事で随分ご迷惑を掛けてしまったようですね」

 俺は戸を開けその場にいる女性に言った。

 部屋の中にいるのは机の奥に少女を預けた女性が一人、それを囲むように5人の民族衣装にみえる服を着た男達が座っていた。

 机には俺の持っていたものが広げられていた。


  まずはこの場を収めないと何をするにしても面倒か・・・


 俺は部屋の中へ数歩踏み出して片方の膝を着いて頭を下げる。

 「旅路の果て倒れた俺を手厚く介抱していただいたようで、ここに感謝の礼を申し上げます」

 自身でも馬鹿丁寧だと思えるほどの言葉を声に出した。

 まだまだ現状を認識するのに情報が足りない、ならば下手に出ておくのが無難だと判断した。

 蛮族がどうのこうの言っていた男達にはこれ位の方が効果的だろう。

 いや、さすがに嫌味かなどと考えていると女性に対して助け舟にはなったようだ。

 女性は安堵した様子で俺を見て、男達は驚いたように俺を見ていた。

 

  この様子なら続きを言っても良いだろう

 

 問題の根本、男達が不安視していることを解消しにかかる。

 「俺の事で恩人である貴方が悩むのは大変心苦しい。恩を返せないのはそれ以上に悲しく思いますが俺がいることで皆様に疑念が広がるのであれば、すぐにでもここから立ち去りましょう」

 しばらくの静寂。

 ちょっとやっちまったかなと思っていると女性が声を掛けてきた。

 「貴殿は何を言っているのですか?恩人であるのは貴殿の方です。いなくなってしまった我が子を送り届けてくれたのは貴殿ではないですか」

 この人はやはり恩人だろう。

 この人が弁解していなければ意識を失ったまま、本当に町の外に放り出されていただろう。

 そしてここからの自身の言動が打算すぎて吐き気がする。

 今、俺はこの人の好意に漬け込もうとしてる。

 そんな思いの中、頭を上げず女性返答する。

 「いえ、俺はあの娘に対して何もしていません。俺が行く道の後ろをついてきたに過ぎず。あの娘だったら俺がいなくても問題なくここまで戻って来れたでしょう」

 「町であの娘を返していただく時、あの娘は貴殿の背で寝ていたではないですか」

 「こちらでの風習は知りませんが、行く道で子供が辛そうに歩いていれば助けるのは当然ではないでしょうか、俺はその当然を実行しただけです」

 「夜に野犬に襲われた際も助けていただいたとあの娘が言っておりましたが・・・」

 「夜、歩いていた先で野犬がいれば当然追い払いますが、この地では野犬を傷つけることを禁じているのでしょうか」

 「そのような事は・・・・・・」

 女性の問いかけに対して全て自身に対して恩はないと返す。

 その会話の流れで義に厚い彼女の性格を理解していく。

 「しかし、それでも俺に恩情の一端でも掛けていただけるなら。牢に繋がれても構いません、夜が明けるまで軒先を貸していただければと思います」

 「なっ?!恩人を牢に繋ぐようなことなど出来ようもありません!」

 女性は少々声を荒げてそう言った。

 

  本当に自分が嫌になる・・・


 「皆!この者はこれほどまでに礼節知る者を、これほどまでに恩義を当然とする者をまだ蛮族の一味だと言うのですか!」

 女性は男達に見つめながら口を開く。

 「しかし、我等はっ・・・・・・」

 「この者は自らが牢に入るとまで言う。恩を受けた我等が義で返さずしてどのような口で西涼の民と誇るのですか」

 女性が声を高らかにそう言うと男達は一様に俯く。

 「例え五胡の斥候なのだとしても、賊の一味だったとしてもこの者の処遇は全て私が責任を取ります。これよりこの者は私の客人として迎え入れます」

 そう宣言すると、男達は「盟主がそのように判断するのであれば」と一応の了承をした。



  俺が客人など過ぎた対応だと言うのに・・・ 



 



NextScene

++余所者と、手に取る剣++


えっと・・・・・・細かいところに気を配ると長々となってしまう傾向にあります

シーンタイトルが追い付いていかない(;つД`)


とりあえず解説と言うか弁解です。

馬超さんを散々少女扱いですが、オリ主の中ではまだ確証がないためです。

後、最後名乗りを入れるタイミング逃してしまいました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ