渇望すれど
++果たせぬ思いと、世界の穴++
夜の闇を照らしていた人工光が消える頃。
朝日が昇り、街は普段どおりの喧騒を取り戻す。
何もなかったように。
非日常が自らのすぐ隣あったというのに。
ほとんどの人間はそれを知らず、知ろうともせずに日常の海にその身を漂わせるだけ。
人は理解の外にある世界などに興味はないのだろう。
いや、興味を持てないというのが正しいか。
それを理解してしまったときのリスク、それを他者に知られる危険性を日常で生活する中でわかっているのだ。
理解の外にあるものに肩入れするという事は、それは自身が社会の外側へ追いやられることである事を。
異端として排除される事、それは過去、歴史が証明している。
人の属する社会こそが唯一つの世界であると、それ以外は不要であるように、人間は社会に所属する以外の術はないと。
それでも世界は多くの生命が点在し、世界は数多な理が存在する。
それは人知れず、人は知らず確かに存在する。
そして人知れず、命を終えようとしている男がいた。
雑居ビルが立ち並び、その間にある僅かな隙間からしばらく入った少し開けて空間。
そこで男は最期の時を迎えようとしていた。
一般的な人としてはその在り方が違ったためか、社会に所属することを辞めたせいか。
社会に弾かれ人の手によって異物を排除されるように。
世界の裏側で社会の片隅から転げ落ちるように。
男は死を迎える。
・・・・・・
・・・・・・
「・・・・・・、ぁぁ」
薄っすらと開いた目蓋から光りを感じる。
緩やかに開いていく世界に輪郭はなく、自身が何処にいるかわからない。
ここは・・・・・・どこなんだろう
思うように動かない身体を無理やりに起こす。
メキッ、ミチッっと骨や筋肉の悲鳴を聞きながら上半身を起こし、壁に背を預ける。
けれど痛みを感じない、それすら感じなくなっている。
ただ呼吸だけが荒々しく、息をするたびに口から血が溢れ出るようだった。
呼吸を少しでも整えることで、現状を整理する。
それでも風景はぼやけていて、視覚からの情報はもうないに等しい。
自身の周りに動く物がないと認識するのが精々。
街の音が聞こえる、車の走る音、電車が通る音、人の歩く音。
どこかの路地裏か・・・奴等は・・・
狭い空から漏れる光が朝を迎えた事を知らせる。
それを知ると追跡者の心配なんて今更と、考えるのをやめた。
そして、やっと、死ぬことが出来るのか、そう思った。
それから、頭の中から何故未だに生きているのかと疑問が湧く。
あの時に撃ち殺されたと思ったんだが・・・
自身を見れば無数に穴が開いていた。
地面に手を落とせば、自身が作り出した血溜まりをピシャリッと撥ねる。
確かに、あの時に撃たれたのか
血が足りないのか上手く頭が回らない。
痛みを感じない、これは夢なのだろうかと思った時だ。
腰の辺りの違和感に気付いた。
それを力の入らない手で触れ、弱々しく摘みとる。
あぁ、そういえば・・・こんなものを仕舞っていたか
思えば歴史資料館で冗談交じりに拾った石ころ。
それは朝日を反射していた。
石ころだと思ったが・・・ガラスか、何かだったのか・・・まぁ・・・もう、どうでもいいか・・・
どちらにせよ、なんの役に立つことはなかった。
もう考える事は、その必要はない。
そして、思考が止まっていく。
だが不意に何かが目の前に降り立つ音が聞こえた。
音に反応してそれに顔を向けてみる。
人だろうか・・・
何かが近づいてくるのはわかるが、それ以上の情報はやはりわからなかった。
・・・・・・
・・・・・・
ヴリトラは目の前の男の傍へと歩み寄った。
男は自分を見るように顔を向けたが、その顔には色がなく、その顔は自身が何を見ているのかわからない様子でもあった。
ヴリトラは男の数歩手前で立ち止まって悔しげに唇を噛んだ。
近づいていくごとに男の命が消えていくのがわかってしまう。
「・・・・・・お兄さん。全部終わられてきたよ」
そう言うと、男はようやく自分のことを認識できたのか、深めに瞬きをし、もう一度ヴリトラを見た。
「・・・そぅか。ここまで運んでくれたの・・・か?」
男は力なくヴリトラに答えた。
「そうだよ。・・・お兄さんが途中で寝ちゃうから僕だけでやっちゃったんだからねぇ」
「・・・・・・そうか。すまなかった」
男の声を聞く度にヴリトラに悲しみが込み上げてきた。
視界の下の方で水が溜まっていくのが見えた。
「・・・・・・ヴリトラごめんな・・・・・・約束」
「ううん。お兄さんは約束守ってくれてる」
果たせなかった約束を詫びようとする男にヴリトラは首を横に振りその言葉を遮る。
「お兄さんは僕を裏切ってないよ。約束守る気がなければそんなこと言わない」
ヴリトラは知っている。
もうこの男は自分と遊ぶことが出来ない事を、それでも約束を覚えている事を。
きっと、同じような傷を負っていても、体動くのであれば無理やりにでも自身の前に立つだろうことを。
「・・・お兄さんはなんで僕を庇ったの」
ヴリトラは男との残りの距離をゆっくりと縮めていく。
彼の答えを、声を聞き逃さないように。
「・・・・・・さぁ、なんでだろうな」
「教えてよ、お兄さん・・・・・・」
ヴリトラは体が触れるほどの距離まで近づき、血で汚れるのも気にせずそこに膝をついた。
「・・・・・・たぶん、失いたくなかったんだ・・・・・もういないと思ったのに・・・・・・最期に出来てしまった相棒を」
ヴリトラは知らなかった。
生まれた時から力を持ち、悪竜と恐れられた存在。
一人で『遊ぶ』ばかりで『一緒に遊ぶ』事など生きてきて一度としてしなかった。
誰としてヴリトラを気安く相棒と呼ばれる事などなかった。
途端にヴリトラの瞳に涙が溢れ出た。
渇望の竜、辺りを干上がらせるばかりの存在だったそれの涙は頬を伝い地面を濡らした。
男がゆっくりと腕を前に出してヴリトラの頬に触れる。
「っ?!」
「・・・・・・どうして・・・泣いているんだ・・・」
「お兄さんだって泣いてる・・・・・・」
ヴリトラは自分の頬に触れる男の手に触れ、もう片方の手で男が触れるように頬を触った。
男はヴリトラに言われ、自身も涙を流していることに気付いた。
しかし、男はいつの間に流したのかも、どうして流れているのかもわからなかった。
「お兄さんと遊びたいなぁ」
「・・・・・・残念な事に・・・・・・もう、遊ぶ時間はなさそうだ」
「それ、会った時にも言われた気がするよ」
「フフッ、そう・・・だったか・・・・・・」
男は少し微笑むととヴリトラも同じように笑った。
「・・・・・・ヴリトラ、最期に頼みが、あるんだ」
ヴリトラは笑っていた顔を悲しみに変えて黙って男の言葉を聞いた。
「約束を果たせないのに、勝手かもしれない、けど、もし叶うなら・・・・・・俺の死体を・・・・・・誰の目にも届か、いところへ・・・捨ててく・・・・・・」
ヴリトラの頬から男の手は滑り落ちる。
「・・・たのむ・・・・・・ヴリトラ・・・・・・」
男はヴリトラの応えを聞かないまま、眠るように目蓋を閉じた。
「お兄さんっ?!。お兄さん!!」
ヴリトラは男にしがみつき呼びかけたが男が再び目を開く事も、ヴリトラがその声を聞く事も出来なかった。
悲しみに打ち震える中、不意に目の端に光る何かを見つけた。
男の手元に転がっていた鋭利な石のような何か。
それが、ヴリトラに呼びかけるように光を反射する。
それを拾い上げると、それが何なのかを理解した。
ヴリトラは涙を拭う。
そして拭われたその目は決意に光る金色の瞳。
「お兄さんの頼み事、僕は守るよ。だからお兄さんも僕との約束守ってくれるよね」
もう答えることの出来ない男にそう言うとヴリトラは拾い上げた石を男の胸にあて、自分の額と男の額を合わせた。
石が反射していた光が反転して黒い闇に変わった。
それはまるで、宙に開いた穴のようだった。
暗い闇は次第に大きくなり、二人は重なり合うようにしてその中に消えた。
それまるで、世界に空いた穴のようだった。
++穿たれた穴から、いくつもの終焉を、駆け抜けて++
夢を見た。
いや、最期に見る夢ならば走馬燈と言うべきか。
ただそれだと随分と変わったものだと思う。
きっと、これも俺の因果なのだろう。
走馬燈の中でさえ君に会うことはできないのか。
君に会うことが出来たなら。
言いたい事があった。
聞きたい事があったと言うのに。
もう手も足も、
声を出すことも、
瞬きすることさえできない。
漂うように夢の中を彷徨う
その中で不思議な景色を見ていた。
それは様々な物語の終焉。
記憶にはないその光景は。
出会いと別れ。
歓喜と悲哀。
死と生。
様々に乱れた世界だった。
鎧に身を包んだ何万という兵達がぶつかり合い。
船は炎に飲み込まれるように次々と沈んでいく。
巨大な砦では大軍勢同士が戦い。
その中で指揮官と思える人物達は皆、女性だった。
その手には剣を持ち、槍を持ち、互いの理想のために目の前の敵と対峙していた。
一人は、例えその身に武芸、英知がなくても、志を掲げ仲間と人道を進む、明日の平穏を願って。
一人は、母、姉、家族を失っても尚、残されたその力を紡いで王道を生きる、明日を生きる子らのためと。
一人は、他者を屈服させてはその身に取り込み、自身の愛した物を失おうとも己が覇道を築く、明日の頂点へと。
そしてその多くはその終焉には願いを叶えた。
多くの血が、涙が流れた末に。
同じ世界だと思っていたが、それは同時に存在することの出来ない矛盾した世界。
平行世界の物語なのだと理解した。
様々な可能性の世界。
そんなものを何故俺は見ているのか。
もしもの世界、それでも何故彼女らは・・・・・・。
あれほどの血と涙が流してまで何故道を進み続けることが出来たのか。
どのような想いをもって生き抜いたのか。
教えてほしい
どうして世界は・・・どうすればあの時・・・
一人の男がいた。
男は『一刀』と呼ばれていて、その多くの場面に存在していた。
平行世界のほとんどに存在し、その男が中心になっている世界というよりも。
その中心を見つめる存在として。
その男の周りは笑顔ばかりが目立った。
例え、その志を否定されようと
例え、家族を失っていても
例え、彼自身の存在が消えた後でも
彼が傍にいた者達は笑顔で物語の終焉を迎えていた。
彼の存在がその笑顔を生み出しているのだと思う。
彼の存在は彼女らを変えていった。
志はより強くなり、思いを紡ぐその絆はより大きく、突き進む覇道はより広く。
彼は多くのものを支え続け乱世を生きた。
彼は何故そんなことが出来たんだ、
何故彼は・・・
まるで、その在り方は自分とは真逆の因果の下にその生を受けたようだった。
俺には出来ないだろう。
流れる涙を血に変えることが出来ても。
流れる涙を笑顔に変えることは出来ない。
失うばかりで何も得ることは出来ない。
壊してばかりで何も生み出すことは出来ない。
俺はただ一人でさえ支えることが出来ないのだから。
『一刀』、お前のように生きるにはどうしたらよかったんだ。
もしそれが出来たなら、もう一度・・・
もしそれを知ることが出来たなら、もう二度と・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
++雲を駆け抜ける、龍は夢想の中へ++
風を感じる。
頬を叩きつけるように強く、耳が引き裂かれるようだった
ゴォォォッ、と耳から聴こえるのはそれだけ。
目をひら、ひらっかない?!
開きたいけれど開かない。
強烈な風圧のせいで開けられるのは僅かだけ。
それだけでも涙が溢れる。
決して悲しいからではない。
風が目の水分を飛ばす程に強いせいだ。
もういっそのこと声に出してしまおう。
「痛い痛い痛いっ!!耳も目もぉ!!んんぐぐっぅ」
ググッっと眉をひそめ、眉間に皴を寄せて、顔を力ませて目を開こうと頑張ってみる。
そして、見えてくる。
自分のいる場所。
自身の置かれている状況。
・・・正直に言おう
「知りたくなかったぁぁ!なんだぁこの状況ぉぉ!!」
俺の現在、落下中である。
目の前には雲。そんなところからの落下。
「んなぁぁ~っぼはっ」
もはや悲鳴なのか奇声なのかわからない声をあげる。
白い雲を突き破るように抜けると、赤茶けた大地が広がっている。
広く、広く地平線の彼方まで。
大地には多くの緑が生い茂っていて、遠くにそびえる岩の山は雄雄しくそり立ち、辺りは抜けるような青空。
心がさらわれてしまうほどの風景にただただ感服するばかりだ。
「っ・・・・・」
口が開いたまま声が出せないほど、綺麗だと思ってしまった。
しばらく、呆けてしまった。
「って!この状況でそんな場合じゃない!!」
とりあえず学んだ。
身体を大の字に広げ落下方向から水平にすれば、目を開く事は出来る。
しかし、意味がない。
落下の加速が少し和らいだだけで止まる筈がない。
パラシュートなんて便利なものがあればいいが自分の背中にはそんなものはなさそうだ。
そして、呆けてしまっていた分地面が近づいている。
後、数十秒もすれば地面にぶつかって即死・・・
「死?・・・ん?俺って死んだはず・・・・・・」
はてっと、突如に疑問が。
自身のことながら随分と元気な気がする。
柄にもなくはしゃいでしまった。
しかし死んだところで等と考えてしまった。
か、考えて、しまっ!!!
「はっぁ!!?」
もう遅い、パラシュートではもう無理だ。
ジェットエンジンでも噴射しなくては間に合わぁぁ。
ドゴォォォオッッ!!!
盛大な音を立てて大地が陥没する。
巨大なクレータを俺の身体で作り上げる。
クレータの中心に横たわる間抜け、それが俺だ。
受身をとろうと関係はないほどの衝撃が身体を抜け爆散してもおかしくないと思った。
「・・・・・・すげぇ痛い」
その声で自身が死ななかったことが理解出来た。
死んではいないが、死ぬほど痛いぞ・・・
しばらく蛙のような格好で地面にめり込んでいた。
爆散しなかったのは衝突の直前で何か反発力を感じたがそのおかげだろうか。
地面にめり込んだ顔を引き抜いて辺りを見渡す。
自身を中心として綺麗な円形の直径5mのクレータ。
もそりっと体を起こして立ち上がる。
全身粉砕骨折、もしくは全身打撲しているのではと思ったのだが、幸いに無傷。
先程の状況も今起きた奇跡も理解の外にありすぎて理解出来ない。
誰か教えてほしい・・・何が起きた?
しかし、誰もいない。
落下する中で確認したが周囲に人影も建物もなかった。
使えるのは自分の頭だけだ。
「どこなんだ、ここ?」
問いかけは風に流され飛んでいく。
先程、落下の周囲に何もないのはわかったのだが、それ以外は落下中景色に見惚れていてわからなかった。
わかりやすいランドマークでもあれば良かったのだが、○○タワー的なものは確認できない。
様々な事が頭の中に再生される。
敵討ちのため奴等に襲撃をかけた事。
ヴリトラと出会い、逃走劇を繰り広げた事。
その時に銃で撃たれ重傷を負った事。
そして、最期をヴリトラに看取られた事。
それから、気付いた頃には空中にいて地面に落下。
しかし、こうして生きていて立ち上がれる事。
落下のダメージはあまりに痛すぎて、夢なのかと頬をつねる必要がない事。
思い返して盛大な溜め息が漏れる。
ヴリトラに看取られた後からが一気に歯抜けになっている気がする。
とりあえず、このクレータを出てもう一度周辺を見渡そうと踏み出すと、ズボンの裾を踏みつけて古典的に転ぶ。
顔面から地面に着地。
この短時間で2度も地面とキスするとは人生初である。
痛い、それ以上の感想をする気が起きない。
もう一度立ち上がり、自身の体を確認するが傷らしいものも痛み・・・は地面にぶつかった分が残っている位。
着ている服が大きい。服の袖もズボンの裾も随分余っている。
しかし、記憶にある限り服は最期に身に着けていた物と同じに見える。
特にこのコートは世界で2着しかない、あいつと揃いで誂えた、もの・・・だが・・・
そこで糸口が見つかった気がする。
「なんで俺がこれを着ているんだ?ヴリトラに着たままのはずなのに」
本人に聞きたいがヴリトラはいない。
歯抜けになっていた部分の一部で何事かがあったのか。
現状理解を超える事ばかりの中でもう一つ、理解し難い事に自身の体が縮んでいるという事がわかった。
肌も日焼けしたように黒くなっている気がする。
見える世界は今までより少し低く感じる。
頭一つか一つ半といったくらいか
糸口があってもそれを開く道具も材料も不足している。
一先ず、袖と裾を撒くりあげ、靴は多少あまっているが靴下を詰め込んで我慢した。
それからクレータを出るために慎重に歩き出す。
三度目はごめんだった。
クレータを抜け出て周囲を見渡した。
空は突き抜けるように青く、雲は何にも汚されることのない白。
遠くに見える山は針のようにそびえ、赤茶けた大地が地平線の彼方まで広がっているようだった。
「ここは日本じゃないのか・・・」
率直な感想が口に出る。
色々な土地を転々と移動していた時期があった。
日本は立地上地平線を見れる場所が少ない国。
山や木、建物等の障害物があり、海に囲まれたあの島国では、地平線より水平線のほうが見やすい。
上空から観察した際も特徴的な物は見る事は出来ていなかった。
問題が考えるほどに増えていく・・・
とにかく移動しようかと考えてたが、何処へ向かうか。
落下の際、緑を割るように川のようなものがあった気がした。
とりあえず、そこへ向かう事にした。
人を探すのも優先したいが状況がわからない、食料もない状態ならまず水を確保したかった。
その道中に人に会えれば御の字、そう結論付けて記憶を頼りに方角を森に定めた。
・・・・・・
・・・・・・
俺が落ちたのは朝方だっただろうか。
川に辿り着く頃には陽は地平へ傾き始めていた。
照りつける太陽の中、半日以上かけて歩いた。
予想以上に歩く速度は遅かったが、それでも陽が落ちるよりは速い時間で辿り着けた。
「っぷは」
靴を脱ぎ捨てて、川の水で顔を洗い体を流す。
川の水は冷たかったが、汗をかき火照った頭には気持ちよかった。
見る限りの清流だったが、飲むのは一旦やめた。
今後を考えるため川から少し離れたで火を起こす。
近くに生えていた竹を切り、それに川の水を入れて煮沸を試みた。
竹の周りは焦げたが沸騰させることができ、いくつかを同じようにして水を確保していく。
竹を縦に割って作った不恰好な網で魚を追い立てて捕まえる。
こうして当面の食料と水を確保できたが、魚を食べる頃には太陽は沈み、起こした火と月の明かりだけが辺りを照らしていた。
多少期待していたのだが、道中人と会うことが出来ず、寝床の確保は出来なかった。
「さぁ、どうしたものだろうか」
誰もいないと自問自答がつい口に出てしまう。
今日はこれ以上動かないほうが賢明だろうが寝床までは用意できなかった。
だからと一人地べたで横になるわけにはいかない。
こうなれば、火を絶やさないようにして朝を迎えるしかないのだが、突然に色々ありすぎた上に縮んでしまった体には半日歩くのは堪えたらしい。
足は靴擦れを起こして赤くなり、目蓋はだんだんと重くなってきている。
しかし、火を絶やした森では、野生の動物に襲われる可能性がある。
だがしかし、体が休息を求めるように座っている姿勢が崩れていく。
そんなやり取りを自分の中でしていると野犬の遠吠えが聞こえる。
「っん、まずいな」
頬を両手で叩いて眠気に喝を入れる。
まだわからないことだらけ、それが何一つわからず野犬に襲われて死ぬのは情けなさ過ぎる。
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
しばらく無言の時間が続く。
聴こえてくるのは虫の鳴き声と火が跳ねる音。
下手に考え込んでしまう、眠ってしまいそうになる夜。
『・・・・・・・・・・・ぅぁぁ~』
「っ?!」
目蓋が半分の落ちかかり、意識が遠のきそうになっている時に遠くから人の声が聞こえた。
急いで目の前の火に水をかけて消す。
消した後で火を消す必要はなかった気はしたが習性だ。
とりあえず反省は後にして耳を澄ませる。
『・・・・・・わぁぁぁ~』
子供の声だろうか。
声のする方角を定めてもっと感覚を集中させる。
草木を掻き分けて走る音。
泣き声にも聴こえる子供の悲鳴。
それから、数頭の野犬の鳴き声。
それで十分状況は理解した。
理解すると同時に靴も履かず、近くおいた竹の棒を掴んで走り出した。
森の中を裸足で疾走する。
道なき道を走り、跳び。
草木を潜り抜けて声のしている方角へ一直線に。
次第に目の前の木々が開けてくる。
そこにはまだあどけない少女と今まさに襲いかかろうとしている三頭の野犬。
少女に牙を剥き襲い掛かろうとしている野犬の一頭目掛けて竹を振り落とす。
竹自体は軽いがその分を補うほどのしなりの効いた一撃がその一頭の脳天を直撃し、地面に無理やり伏せさせる。
その反動を利用して少女と野犬の間に割って入る。
転んでしまったのか、腰を抜かしてしまったのか動けずにいる少女。
こうなると、まずは襲い掛かる犬共を全て叩き伏せないといけないようだ。
野犬共は、喉の奥で声を出してこちらを威嚇している。
先程の一撃で警戒しているのか、一斉には来ずじりじりと近づいてくる。
犬畜生に情けをかけている余裕はない
そちらが来ないならと、竹の棒もう一度振り落とす。
一頭はそれを避けるように後ろに下がったが、振り落とす軌道から竹を前方に突き出して犬の頭を突き吹き飛ばす。
その隙に残ったもう一頭が俺目掛けて噛み付いてきたが、咄嗟に竹を口に挟ませて食い止める。
っ・・・噛まれるのはまずい
狂犬病でも持っていたら今対処する手立てがない。
「っく」
犬は噛みつく竹がバキバキっと音を立てて砕いていく。
砕ける前に噛み付かせたままの犬ごと竹を振り捻り上げて地面に叩きつける。
犬は甲高い声と共に地面を跳ねるふらふらとした様子で立ち上がる。
殺すことは出来なかったが、一連の流れで敵わないと判断したのか野犬共は森の中に消えていった。
「ふぅ。意外となんとかなるもんだ」
真ん中から折れてしまった竹を捨て去り、大丈夫かと後ろにいる少女に声をかける。
少女は半べそをかきながら、コクリっと頷いた。
とりあえずと傷の確認をするために少女に近づく。
「特に傷はなさそうだな」
さて、と少女に手を差し出して立ち上がらせる。
「夜の森は女の子一人じゃ危ない、誰か・・・親はどこにいる?」
少女は無言のまま首を横に振る。
「一人なのか?」
そう返すと少女は俯くようにして頷いた。
「家の方向はわかるか?」
首を横に振られた。
当然のように日本語で会話してしまったが、一応言葉は理解してくれているみたいだった。
まだ俺はここが日本だという確証がなかったのに。
親もいない、家もわからない少女をどうしたものかと思案する。
とりあえずは一旦戻ってそこで夜を明かしたほうが無難だろうか。
さすがにこの娘を連れたまま夜の森を歩くには俺もまだ不安がある。
どちらにせよ何時までもここにいるわけにも行かない。
野犬共が数を増やして戻ってきたら正直厳しい。
「このまま森を歩いて帰るのは危ない。俺と一緒に来てくれないか、えっと・・・・・・」
「・・・・・・ばちょぉ」
そこでようやく少女が口を開いた、ばちょぉ。
なんだか聞いたことがある気がするが、念のためにもう一度確認した。
「ばちょーでいいのか?」
「ばちょう・・・あたしのなまえは、ばちょう」
「ばちょうちゃんね・・・ん?ばちょう・・・・・・『馬超』?!」
「そう、あたしは『馬超』、おにいちゃんのなまえはなに?」
先程までは俯いていたのに、いつの間にか調子を戻していたのか少し声が大きくなっている。
そして馬超と名乗る少女は俺の名前を聞き返してきた。
「え、あっと・・・・・・」
まさかの名前に驚いて上手く返せなかった。
馬超といえば、三国志で有名な武将の一人だったはず。
西涼の錦馬超。
蜀では五虎将軍とか言われた。
その人物と同じ名前、三国志を親が好きだったか。
と驚いていると『馬超』が少し不機嫌そうな顔をしていた。
「おにいちゃん、あたしはなまえなのったのにおにいちゃんはおしえてくれないの?」
「あぁ、ごめん。ちょっと知っている人と同じ名前だから驚いてた」
そういって弁解しながら少し混乱した頭を整理した。
地理的に日本である可能性は低い。
この子が『馬超』というのであれば姓名的にここは中国なのかもしれない。
だが、日本語が通用する公用語として通用する地区なんてあっただろうか。
しかし、日系でここがやはり日本なのか。
中国だと確か外国人に排他的地域があったはず。
様々な思考が巡りながらも少女に答えることにする。
偽名を教えるのは忍びないので名前の一字だけ伝える。
「俺の名前は龍。よろしくな『馬超』」
NextScene
++夢想の中で、吹き抜ける風は涼しく++
本来なら本編を何話かあげたかった(-_-).。oO
えっと、とりあえずこれで本編スタートです。
オリ主、ギャグ体質になりましたがここだけです。
次話は色々と悩まされた騰さんと絡んで行きます。
追記、2016...1月現在より禊......と言う名の最新話の作風に合わせての改稿をしています。主に誤字脱字、行間合わせです
現行で違和感があればご指摘頂ければ幸いです。