プロローグ:後 光る瞳、渇望の龍
++光る瞳、渇望の龍++
俺は屋上から事の顛末を見ていた.
その光景を見てただ身震いするしかなかった。
あれが放ったのは暗剄中国武術においての究極の一手に似ていた。
それは生涯を費やしても至る事のできるかどうかとされる武の極致。
見た目はただ触れているようでその威力は絶大の一言に尽きるもの。
それを両手で打ちこむことの異常さ。
見た目どおりの年齢であるならば有り得ないとしか思えない一撃、それに俺は戦慄を覚えた。
暗剄自体は師匠が見せてくれたことがあった。
だが、それとは全く異質に見えるがその理屈は暗剄と同じ用に見えた。
恐らくは実戦でより破壊に特化させたもの。
そんな代物をただの小道具のように、軽々と使ってみせるあれは何者なのだと思考はその一点に向けられていた。
そして、思考の先で辿り着いた。
過去に耳にした戦場での噂、師匠の足跡を追い駆ける中で聞いたそれは・・・。
・・・悪竜童子
戦場においては出会ってはならない名があった。
一つは『佐伯明――通称、閻王』師匠の名前と。
もう一つは・・・『悪竜童子』と呼ばれる戦場の死神。
正体は不明。ただ敵味方関係なく暴れまわっては、戦場が終結に至る前に噂を聞かなくなる姿なき戦場の死神。
閻王と対を成すほどの人物であったのならば俺に出来るのは逃げの一手。
いや、師匠と同格の悪竜童子に標的と認識されたのなら逃げることすら叶わないかもしれない。
「何を考えているんだかな。わかるのはただ状況が悪化し生存確率が下がったってだけ・・・」
八人の敵を相手するよりも一の敵の登場によって。
武器はある程度手に入ったが、正直現状では何処まで対抗出来るかわからない。
目的は変わらず手に入れた鍵を使って相手の隙でもなんでも利用して、バイクを発進させるだけ。
せめて、時間と距離を稼げれば・・・
「僕はかくれんぼ嫌いなんだ。早く出てきてよぉ、いきなり殺したりなんてしないからぁ」
門の辺りでじっと動かないそれが声を上げた。
随分と我慢がきかないらしいな
しかも、かくれんぼにすらなっていない。
先程からあれは俺を見つめ続けている。
こちらから見る限り拳銃やマシンガンといった飛び道具は持っていない。
と、戦略を練ろうとしていると突然目前に何かが飛んできた。
途中で思考を止められたことと不意打ちのようなそれを舌打ちしそれを避ける。
更に次々とそれは俺のいる屋上目掛けて飛んできては床や壁に突き刺さる。
「アハハハハッ、早く出てきて遊ぼうよぉ」
すでに遊ばれてる気分だ。
それにあれがしているのは遊ぶのではなく弄ぶだ。
次々と降り注ぐ血肉の弾丸にこれ以上この場所に留まる事は出来ないと腹を括り、屋上から地表へと飛び降りる。
着地と同時に転がって衝撃を逃がし、正面の銃を構えると憎たらしくも笑顔の化け物に出迎えられた。
「やっと出てきたね。お兄さん」
「・・・俺は君の『お兄さん』ではないんだが、何か用でもあるのか?」
銃口を向けているにも関わらず笑みを崩さない。
「ンフフフッ、そんな急かさないでよ。僕はお兄さんと話がしたかったんだぁ」
「俺は会いたくもなかったな、悪竜童子」
「っ・・・?!」
『悪竜童子』と呼ばれたところで初めて笑み以外の表情を見せた。
そして、驚きの顔からまた笑みが戻ると寒気がするほどの殺気が溢れ出した。
「へぇぇぇ、僕のこと知ってるんだねぇ。でもその呼び名、好きじゃないんだ」
「そうか、それじゃなんて呼べばいいんだ」
放たれる殺気を弾き返すように深く目を沈め、笑みを作って睨み返す。
人のままでは、正気などではいられない。
ただの獣では殺気に気圧されて尻尾を隠して逃げるか、服従のポーズでもとるしかないだろう。
狂人として自身の感覚を狂わせなければ立っている事も出来ないほどの殺気が辺りを支配していた。
「アハハハハッ、やっぱりお兄さんは期待以上だねぇ、僕はヴリトラ。渇望の龍さ」
「ヴリトラねぇ、聞き覚えの無い名前だ。君は俺のことは知っている風だが自己紹介をするべきかな」
「大丈夫だよ、お兄さんのことはお兄さん以上に知ってるから」
随分と大口を叩いてくれるが何故かその言葉が信じられてしまいそうなほどに力があった。
未だ殺気を放ちあいながらの自己紹介。
そんな異常な雰囲気の中、突如としてヴリトラが両手を広げながら無用心にもこちらへ数歩間合いを詰めた。
「遊ぼうよ、・・・僕の遊びに付き合ってよ」
「俺は少々急いでいてな、残念な事に君と遊ぶ暇はないんだ」
「そんなこと知らないぃーーっ」
その言葉と同時に互い弾け飛ぶように動き出す。
ヴリトラは恐ろしい速度で俺目掛けて飛び出した、俺はそれを避け左側面に回りこむため一気に地面を蹴る。
しかし、ヴリトラの軌道は俺を追尾するように折れ曲がる。
追いつかれる前に右手の引き金を引き迎撃を試みるが、その事如くは避けられ懐に入り込まれた。
入り込まれたと同時に右胸を拳で打ち抜かれ、ゴム鞠のように吹き飛ばされた。
「ぐっ・・・」
苦悶に顔を歪め地面を転がりながらもヴリトラの動きを注視する。
地面を転がる俺を追いかけて迫ってくる姿はまるで人の姿をした猛獣。
正門付近から吹き飛び、建物の直前で転がりながら勢いを殺し体勢を立て直す。
左手でナイフを振り抜き反撃をするも頭を軽く振るだけで避けられ、次いでナイフを振る腕で作った死角から発砲をしたが、それも右に軽く身体を横にずらして避けられる。
だが、そこまでは全て布石。
弾丸を避ける際に生まれた隙に渾身の左廻し蹴りを繰り出す。
「っ・・・?!!」
「どうしたの、蹴らないのぉ?」
「無駄なことはしない主義だからな」
だが、結果としては回し蹴りは打てなかった。
蹴りを放とうとした刹那、ヴリトラの瞳が漆黒の瞳は金色に光り、来るであろう左足を見ていたからだ。
それに気圧され俺は足に溜まっていた力でヴリトラから離れるように距離を取る事しか出来なかった。
正直、この一回での交錯でこの武装では手詰まりに近い状態である事を悟ってしまった。
近距離から完全に死角担っている状態から放たれる銃弾を軽々と避け、更にこちらの一手先まで読まれた。
それに虚勢を張っているものの先程受けた一撃で呼吸が満足に出来ていない。
素直に降参して家に帰りたい気分だが・・・
「聞きたいんだが、この遊びはどうやったら終わるんだ?」
「アハハッ、そんなの僕の渇きが収まるまでさ。でもお兄さんとだったらずっと遊んでたいなぁ」
俺にヴリトラは笑みでそう答える。
「どうしてそんなに気に入られているのかは知らないが、俺じゃ君の遊び相手は務まらないな」
「そんなことないよ。さっきの一撃は手加減したけど、そこらのおもちゃじゃ壊れちゃうのに、今も何てこと無いみたいに反撃してきた。さっきの蹴りもきたら捩じ切っちゃうつもりだったのに途中で止まってびっくりしたんだよぉ」
「吃驚したようには思えないがな・・・やり切れないな」
それは完全にヴリトラは俺が動かなくなるまで『遊ぶ』と言う宣言したのと同義。
ただ抵抗をやめるつもりはない。
簡単に死ねないし、ただで殺されるつもりはない。
左手のナイフを前に出して構え直す。
「ただ、動きが他の蟻んこ達と大差ないのが・・・少し残念かな。そんなんじゃ全然足りないのに」
「足りないか、それはどうかな」
それでも虚勢を張る。
張って、貼って、這る。
どんな事でも、どんな個とでも。
今、あるもの持てるものを足して。
あれには千種万種を使わねば、裏を掻くことすらできない。
その事実、目の前にいるヴリトラの言葉でさえ利用する。
先手を取る、さっきとは反対に攻勢から。
同時に動き出したのでは遅すぎる。
可能な限り、いやそれ以上の踏み込みで、ヴリトラを中心に時計回りに疾走する。
僅かに間合いを詰めながら。
近づくほどに頭の中で警鐘が大きくなっていく。
・・・近づくな・・・戦うな・・・敵わない
危険な事は既に理解しきっている。
それでも間合いを近づける。
・・・逃げろ
叶う事なら逃げている。
逃走は闘争に変化させられている。
・・・逃げろ!
・・・逃げろ!!
残された正気が告げる警告を無視して動き続ける。
その内に第六感が他の五感に踏み込んでくる。
視界が真っ赤に端から染まる。
視の際で、死の際の予感を感じ取った。
眼には赤、耳には鐘、舌には込み上げた血、鼻は自身の死期を嗅ぎ、先程の一撃の痛みは手足を振るう度に身を震わせる。
だがそんなもの関係ない。
すでに狂った命、狂わさせた生、感情も感覚もこの一時を逃れるため捨て去っている。
最高速度保ったまま緩やかに間合いを詰めていく。
ヴリトラは微動だにせずただ目だけで俺を追いかけていた。
背後に回り込んでいる時でもこれは『遊び』、自身に何の危険はないという風に。
俺が次に何をしてくるのだろうか、それを楽しみにしているのようにも見えた。
俺の、邪魔を・・・するなっ!!
痛いほどに響いていた警鐘が鳴り止んだ。
先程までの感覚が嘘だったように透き通った感覚、いや黒く真っ黒に染まり上げた感覚。
ヴリトラの背後からナイフを投げつけ、回転していた軌道を直進に変える。
即座にヴリトラはこちらへ振り向き、ナイフはヴリトラの足元に叩き落とされた。
そんなものはわかりきっていた。
続けざまに発砲し更に前進する。
それも左右に揺れるように避けられる。
それでも飛び込むように踏み込み、無理やりに手の届くほどの距離まで突き進む。
「それじゃ、さっきとあんまり変わらないね」
不敵に笑うヴリトラは暗闇に光る瞳で俺の四肢を見つめる。
どう撃ち込もうとも対処するつもりなのだ、先程言ったように俺の手足を捩じ切るために。
だが、それをさせるつもりはない。
地面を右足で踏み砕き、左回し蹴りを放つ。
それは先程の続きに見えただろう。
ヴリトラは蹴り出された左足を片手で止め、宣言通りに手首だけで捻り上げた。
だが、それ以上はさせなかった。
足を捻じり切られる直前、銃声と金属を叩きつける音が鳴り響く。
すると、ヴリトラは俺の左足を離し、俺は捻り上げられた勢いのまま宙を飛んで間合いの外側に片膝を着く形で着地した。
そして顔を上げると、俺とヴリトラは互いに驚きの表情を見せ合っていた。
「・・・・・・ッハ、アハハハハッ、凄いよぉお兄さん。そうじゃなきゃ」
「・・・お前は何者なんだ」
「んっ、僕はヴリトラ、さっき言ったじゃない」
答えが知りたいわけじゃないし、知れるわけではないと思っていたが、当然のような答えが返ってきた。
蹴り足を捻り上げられる瞬間、その力に逆わらないように跳び身体捻った。
跳ぶ際にヴリトラの足元に刺さったナイフを右腕へ蹴り上げ、残った銃弾を撃ち込んだ。
結果、不意をつくことに成功した。
その全ては当てることが出来たが悪竜童子を過小評価していた、俺の認識が甘かった。
ナイフは袖を引き裂いていた、銃弾は服の腹部に穴を開けていた、それでもヴリトラは平然としていた。
対して、俺は左足を捻られた時に間接を痛めミシリッと膝から下が軋む。
もし、同じことを仕掛けたのなら次は身体を捻ったところで問題なく捩じ切るのだろう。
今、これだけで済んだのはヴリトラが痛みではなく驚きで手を離したおかげだ。
「お前は人間なのか」
「僕は渇望の龍。これもさっき言ったと思ったけどぉ」
これも聞いていた。
そして、地面に転がるそれを見て比喩ではないのだと理解した。
硝子のように砕け散ったナイフ。
潰れる事なく、原形のままに転がる銃弾。
「・・・渇望の龍、それはなんだ」
「むぅんん、随分昔に言われたけど神に対抗するとか、宇宙を塞ぐとか、炎の中から生まれたとか・・・」
問えば素直に答えが返ってきた。
思いもしない、現実味に乏しい答え。
人間一人が神クラスの存在を相手に出来ないだろ、その存在と同格視された師匠はいったい何処まで先に至る事が出来ているんだか、と現実味がなさ過ぎて頭の中が現実逃避を始めている。
「他には木、石、鉄、乾いたもの、湿ったものでも傷つかないよ、って言われたかな」
「・・・無敵じゃないのか、それ」
「残念な事にそうでもないんだぁ。昔、あのムカつく奴に騙まし討ちみたいな事されて殺されちゃった」
そう言うとヴリトラはてへっと舌を出した。
それは過去の失敗談を語る年相応の子供の様。
だがヴリトラが言う事が真実ならば殺されてそれで未だに存在できるのであれば、やはり無敵だろう。
「そんなつまらない話よりもお兄さん、さっきのは凄かったよ。絶対足取ったと思ったのに」
どうしても遣り切れない思いが立ち上る。
そして、ゆっくりとその場に立ち上がる。
これほどの化け物でなければ、完全に戦意は喪失させてしまうほどに力が抜けるやり取りだ。
とりあえずは応えに答えを得る事が出来た分は返そうとヴリトラに答える。
「捨己従人。己を捨て相手の従う、戦いの力の流れの中で反発せず自分の力を乗せて利用する。武術の理の一つさ」
「へぇぇ、なんだか凄い事なのかな。びっくりして手離しちゃったよ。他にもあのぐるぐるって回るやつ、こっちから行こうって思ったのに時期を計り損ねちゃったよ」
「あれは八卦掌と秘宗拳の歩法の組み合わせで師匠の教えてくれた技さ」
「?師匠さんって君より強いのかな。なんだか興味沸いちゃうなぁ。閻王さんとどっちが強いかなぁ、ッンフフ」
「っ・・・!?」
呆れた、ただ純粋に呆れるしかなかった。
ヴリトラは暗剄のようなものを使いながら、それよりも比較的段純な武術を知らなかった。
だが、人でない、渇望の龍だという、それが真実ならば当たり前なのかも知らない。
そして、二つの技を説明したが、ヴリトラはあまり理解はしていない様子でいたが、聞き逃せない思いもしない名を口にしていた。
閻王・・・師匠の事なのか・・・
ヴリトラは師匠を知っている、口ぶりから出会っていて対峙したのか。
それとも噂話からその強さを聞いたのか。
どちらにせよ、諦めていたその足跡、君とあの戦場にまで行って探したその糸口が目の前にある。
やはり、この因果はまるで捻じ曲がりっている。
順番がもし逆になっていたのなら、俺は・・・
「閻王を知っているのか、どこにいるのかわかるのか」
当然それを問う。
先程までどちらかが死なねば止まれないと思っていたが、いつの間にかヴリトラから放たれていた殺気が失われていた。
ヴリトラは両手を頭の後ろで組み、足を組むようにして師匠と遊ぶことを考えているのだろうか。
ニコニコと笑う姿は明日の遠足を楽しみする子供のようだった。
唐突に投げかけられた質問に少し間の抜けた声を上げてから答えてくれた。
「ん?ちょっと前だったかな。遊んだことがあるよ。すごっく強くて殺せなかったし、逆に殺されるのかな~って思ったところで逃げられちゃった。その後はどうしたのかは話聞かないし、死んじゃったのかな」
何て言うか。はぁぁ、こんなに凶暴でなければ素直すぎる子なんだがな
最早こんなに毒気を抜かれてしまうとは、生死を賭けているというのに何を考えているのか。
こんな状態では指先一つで殺されるだろう。
ただこれが望むものは見えた、そこで幾つかの提案でこの場を切り抜けられるのではないのかと思った時、辺りに異変を感じ取った。
見ればヴリトラもそれに気づいているようだった。
そしてその顔から笑顔が消え、落胆した表情に変わる。
「また嘘つかれたのかな。僕はただ力いっぱい遊びたいだけなのに・・・」
異変、最初に仕掛けた襲撃を察知できるようにと張った警戒網、それが木々の太い枝を幾つか切り落としていた。
そして正門の外にあった車の一台が急発進したのを目撃した。
迂闊だった、俺が倒したのは4つ、ヴリトラが2つ。
簡単な計算だった、ヴリトラの強襲で1つを残したままだった。
時間を賭け過ぎた、初めは呆けていただろうそれは俺とヴリトラとのやり取りの中で冷静さを取り戻してしまったのだろう。
これから来るのは明らかに最初に来た規模よりも大きい包囲網がここに集まり始めたのだと理解した。
もう時間はない。
取れる方策は二つ。
一つは方針を変えない事、だがそれは実質不可能に近い。
目の前にいるのが犬猫ならば突破していたのだが、現状のままなら生き抜くのは雷に打たれる確立と同じ位か。
もう一つは取れば確実に死ねるだろう。
もし、その方策が上手くいけばその代価に似合うだけのものを俺は支払う。
踏み倒しは出来ないし、するつもりもない。
きっと似ていると感じたからだ。
内に持つ因果が。
そして、俺はヴリトラにこう切り出した。
++龍の因果と、果たせぬの約束++
「やだ」
顔を背け、即座に切り捨てられ・・・
「やだっ!」
二度言われた。
先に切り出したのは、停戦の申し出。
つまりは「邪魔者が来る、遊びは終わりにしないか」と言えばこの通りに拒否されるのはわかっていた。
だが、次の提案はきっと飲み込んでくれるだろう。
さっきまでの問答でヴリトラの性格はなんとなく理解できた。
そして、ヴリトラが渇望の龍であると言うのならきっと・・・。
「そんなに嫌か?」
「嫌っ」
これで三度目、まるで駄々をこねる子供。
それはまるで酒に酔った時の君のようだった。
そして、これなら大丈夫だと確信した。
「じゃあ、遊ぼう」
「えっ?」
「やっぱり、遊びたくないのか?」
「あ、遊びたい!もっと、も~~っと!!」
そう言って両手を上げて、目を輝かせて、大きく自身の気持ちを表現するように答えた。
「・・・でも、邪魔が入るのはやだ」
少し俯き加減になって、上目遣い気味に俺を見る。
昔、君が失敗した玉子焼きを持って
『これ、もっと美味しくならない?』
俺に相談してきたことがあった
『なら俺と一緒に作ろうか』
俺はそう答えてその後、何度も一緒に練習した
ヴリトラのそれはその時の君の仕草に良く似ていた。
その姿を見て、少し心が昔に戻ったような気がした。
それから、今できる精一杯の笑顔で返す。
「なら、俺と一緒に遊ばないか」
「うん?」
「邪魔が入るのが嫌なら、邪魔が来ないところへいけばいい」
こてりと首を傾げて、こちらを覗うので続けて提案した。
「鬼ごっこ、あいつらに捕まらないように逃げきったら勝ち。その後に今の続きをすればいい」
そう告げると、ヴリトラは俺の目を真剣な顔で見てからしばらくして口を開いた。
多分この質問に間違えれば、その場で殺されるかもしれない、そんな思いを抱きつつ待っているとヴリトラは上目遣いで俺に言う。
「お兄さんは嘘つかない?約束守ってくれる?」
「俺は嘘はつく事もある。約束を守れない時もある」
そう事実を告げる。
人間は生きるうえで嘘をつかず、約束を破らずに生き抜ける事は、人を騙すことよりも約束を取り付けるよりも難しい。
人間は生きる上で騙されることでより良い生き方を学び、約束を守れた時にその達成感を喜ぶ事が出来る。
だが、俺はそんな真っ当で当たり前の事は出来ずにいた。
だから、ヴリトラにはこう答えた。
「だが、俺は裏切らない。ヴリトラ、君が俺と遊ぶのを期待してくれるなら、その期待を俺は裏切らない」
人は生きる上で、その生き方、生き様というものがある。
どう生きたか、どう生きるのか。
一つのことを決め、自身の生の中でそれを守り抜く。
これは多分、俺の中にある因果。
それは俺の魂に刻み込んだ決意。
「嘘つくのに約束も破るのに裏切らない・・・・・・裏切らない」
俺を見つめたまま呟く。
俺はその刻み込んだ決意を瞳に込めて、左手を差し出した。
「ヴリトラ、俺と一緒に行こう」
ヴリトラは差し出された俺の手を見つめながら。
「お兄さんは裏切らない。もし、今のが言葉が嘘でも目が言ってる」
俺の手とヴリトラの手が繋がれる。
見た目どおりに小さいその手は本当に子供のようで、あの日、君と出会った日に繋いだ手の感触に似ていた。
夜の闇が明けるまでもう少しの時間がかかる。
都市部への道を二人乗りのバイクで疾走する。
後ろからは私欲に駈られた、権力と金の亡者の犬の群れ。
道を抜けるたび、路地を抜けるたびにその数を増やす。
絶え間なく後方からは銃弾が飛んでくる。
銃弾では傷つかない事は分かっていたが、後ろに乗るヴリトラには俺の防弾コートを着せた。
それはヴリトラの身体には大きいがそれで多少なりともバイクに銃弾が当たる可能性を下げるため。
風を切る事にコートが旗めく。
二人の逃走劇はまるで映画のワンショットのようだと思った。
「アハハハハッ、速い速い!アハハハッ」
「あんまり後ろではしゃぐなっ!いいからそこにある銃で牽制位はしててくれ」
「は~い」
ヴリトラは目の前にあるマシンガンを両手で一丁ずつ手にとり、まるでブリッジするようにして後方の車の群れに発砲する。
ダダダダダッダダダダッダダダ・・・
滅茶苦茶な姿勢から放たれる弾丸の尽くが車のフロントガラスやタイヤに命中した。
銃弾が命中した車の群れは全てを防弾車で揃えられなかったのか、多くがフロントガラスが割れたりタイヤがパンクしたりで他の車を巻き込みながら車道を火の海に変える。
「おいおいっなんだそりゃ」
どんな腕前の傭兵だって平地に比べ車上からは命中精度を落とす。
それが無茶苦茶な姿勢でほとんどを命中させた。
しかも、後ろから撃たれる弾丸を避けるために蛇行させるバイクの上から。
対峙した際にヴリトラが銃を持っていなくて良かった、そう素直に思えてしまった。
ヴリトラは姿勢を戻すと笑顔を向けて言った。
「えへへっ、どう?百発百中~だよ」
乾いた笑い声しか出て来ない。
だが追っ手のほとんどが今の攻撃で一掃された。
牽制程度、文字通り程度の期待しかしていなかったのだが残ったのは火の海を抜けることが出来た2台の車と数台のバイクだけ。
この程度なら次の曲がり角を抜ける頃には振りほどける。
予想外の戦果に口元がにやけ笑いが漏れた。
「クフフフッァあはははっ、久方ぶりに背を任せたが、ッアハハハハ」
「ッニヒヒヒ、こうやって乗り物に乗ったのは初めてだけど、僕も楽しい」
互いに気持ちを理解した。
これだけの窮地にありながら久々に楽しかった。
「これなら街まで簡単にいけそうだ」
「えぇぇっ?!簡単にいけたんじゃつまらないよ~」
「ッハハ、相棒が頼もしすぎるのも考えものだな」
「あいぼう?」
「ああ、相棒、パートナーさ。逃げ切るまでは一緒に遊ぶ友達だろ?」
そう言うとヴリトラがニヒヒヒっといたずらめいた笑い声を上げて抱きついてきた。
「うん、僕はお兄さんの相棒!」
俺の相棒が務まるのは、認めるのは君だけだと思っていたのだが・・・。
あまりに強く抱きつくせいでむせ返りそうになりながら、肩越しで新たな相棒を見やる。
「さぁ、急ぐぞ相棒」
「うん、もっと急ごう相棒」
アクセルを一気に吹かして速度を上げ街を目指した。
それから一時間もしないうちに追跡者達を振り切った。
そして、多少の回り道をしたので一度方角を確認するために速度を落とす。
左手には海岸線が広がる一本道、そのやや勾配のある坂道の上。
燃料もかなり消耗したが、このまま街まで進む分には何とかなるだろう。
「いや、これなら街を目指すよりもあいつの所の方が近いか」
「あいつ?」
別段ヴリトラに聞いたわけではないのだが、独り言のように呟いたそれに答えが返ってくる。
一人で進む道程ではなかった事だ。
やはり、相棒がいるというのは乙なものだ、退屈をする暇がなくて済む
「そう、あいつ。多少ノリが軽くて軽薄で、殴られても平然としてたり、かわいい女に眼がなくて、変な関西弁だったり、驚いたり怒ったりするときに顔の色を紫色にするが・・・」
「軽い、殴られても平気、目がない、関西、紫?・・・妖怪?」
「あぁえ~っと、断片的に聞くと凄いことになったが普通の人間だ・・・多分。でも俺の知る数少ない信頼できる奴で裏切らない奴さ」
少しわかりづらいものになったそれをわかりやすい言葉に変えて伝える。
「お兄さんがそういうなら信じるよ、何せ僕はお兄さんの相棒だからね。それで後どれ位?もう後ろに何にもなくなっちゃったよ」
「そうだな。この調子なら後30分も飛ばせば着くかな」
「あと30分かぁ。まぁいいっか」
先程から抱きついていたヴリトラが頬を俺の背中に擦り付ける。
猫かなんかがよくやってくるやつみたいだなと思った。
「もうすぐ陽が上るし、奴らも諦めてくれたなら良いんだが・・・」
「んん、大丈夫だよぉ。また来ても倒しちゃうよ、ッニヒヒ」
「ほんと、頼もしすぎる相棒殿だ」
随分と気の抜けたやり取りをしながらも、逃走の途中どのようなイレギュラーがあるかわからない。
ある意味で最凶のパートナーがいるが、この逃走が終われば殺し合いをする相手。
気が抜けてばかりもいられない。
それに正直、俺を捕らえようとしているとは思えないほどに追っ手の動きが単調だと思った。
違和感、ただ数がいるだけでヴリトラさえいなければ俺一人でもなんとかなる程度だった。
確実性に乏しい、ただの成金ならばこの程度なのか。
だが、最初の誤算『ヴリトラ』。
この子を秘匿し、飼っていたのだとしたならまだ何かあるかもしれない。
それともこの子が切り札だったのだろうか。
様々な可能性を立ててみるが目的地までは残り僅か。
向こうが攻勢に来ても後一度あるかどうか。
相手にとってはヴリトラが寝返ったのは不測の事態だったろう。
俺とヴリトラの突破力ならば先程と同じ規模の追跡どうとでもなる。
殲滅するのも難しくなく、逃走だけなら卵焼きをきれいに作るよりも容易だ。
考えを纏め上げるよりも早くにこの逃走劇は終われると思案していると、ヴリトラがクイクイっと俺の背中を何度か強く引いた。
それで俺はその意志を理解した。
予想通りに向こうから仕掛けてきたようだ。
「正面にいるよ」
「みたいだな」
行く先には多くの気配が感じられた。
先程の違和感、間抜けにただ追いかけるようにして向こうはこの一本道に誘導したのだろう。
道を引き返して回り道をするには燃料が足りない。
恐らくはそれも計算に入れてこの先で布陣していた。
俺一人ならここで捕まえられただろうが、今は二人。
単純な算数ではマイナスにしかならないだろうが後ろにいるのは龍の化身。
俺とて師匠に鍛え上げられ、君と駆けた戦場はこの程度は修羅場などと呼べないものばかりだった。
小さな相棒とともに進路を変えないまま進む。
「想定外なのは向こうも同じ、行き立ての駄賃だ。最後に派手に食い散らかすか」
「ッアハハハ、楽しそうだね。そういうの好きだよ。やろうぉ」
俺も渇いていたのだろう。
渇望していたのだろう、この時を。
食い散らかしてやる
忘れるように平静だった心に再び火が灯る。
黒く冷たい炎。
その様子をヴリトラは感じ取っているだろう。
後ろからも同じく強い気配を感じる。
笑い声が聞こえる。
人を殺すことを『遊び』と称する悪竜童子の笑い声。
これは復讐。
これは報復だ。
これは最期の怒りだ。
闇にぎらついた顔が二つ。
二人の笑い声が共鳴する。
辿り着いた先には車道を封鎖するようにして数台の黒塗りの車が止まっていた。
その前には銃を構えた人間が数十人。
バイクの速度を落として20mほど手前で止める。
すると、車のライトが一斉に光り、夜の闇から俺達を照らし出す。
「お出迎えご苦労様です、・・・副社長殿」
「ほぉ、良く私がいることがわかりましたね」
武装された男達を掻き分けて端整な顔立ちのスーツ姿の男が前に出てきた。
バイクのスタンドを立てて降りると男を守ろうとしてか、何人かが銃をカチャリと立てて俺達に狙いを定めた。
男は身振り一つで銃を下げさせ、俺は今にも飛び出しそうなヴリトラを手で制する。
「あんたの性格は調べた。まぁ、この国のこのご時勢ではマンハンティングなんてそうは出来ない。こういった展開なら顔を出すだろうと鎌をかけただけだ」
「くっくくっ、惜しいですね。それだけ頭が切れ、あれほどに大胆な計画を成功させる人材。それを処分しないといけないなんてこれも悲しいかな天の采配なのですかね」
「成功?まだ計画の途中さ、天の采配はまだあんたに役目を残してくれてるぞ。物語の最期ってのは悪役が勇者に打ち倒されて終わるものだろ?」
これだけの戦力差、自分がどのような場にいるのかを知らないのか。
喉を鳴らすように笑う男は俺を見ながら未だ悠々と話しかけてくる。
数字だけでしか知らないのだろう。
本当の獣とはどれほどの数を費やしても計れないというのに。
「やはりに惜しい。我々に牙を向けなければこれ程乱暴な事をせずに済んだのですが。どうでしょう、これまでのことは水に流しましょう。私達と良好な関係を築いてみませんか?貴方方が駆けるにふさわしい戦場はいくらでもご用意できますし、給金も弾みましょう」
「悪いが慎ましく生活する分には、十分すぎるほどに金は貰った。あとはあんたの命を頂ければ申し分ないさ」
端から水に流す気などない。
流すのならこいつらの血でしかこれは流せない。
そう、心の奥から湧き上がる感情を口にして、腰に挿したナイフと拳銃に手をかける。
「ハハハハッ、これでは最後の交渉も失敗ですね。悪竜童子、貴方だけでも帰ってきなさい。そこの男を殺せば先程までの悪行は許してあげましょう」
「やだ。お前は僕に嘘をついた、裏切ったんだ。もう、お前とは遊んでやらない~」
未だバイクの後部に座りながらヴリトラは舌を出して男の言葉を拒絶した。
男は少し驚いたように声を上げたがすぐにそれを繕って返した。
「ほぉぉ。これはどうしたのですかな?この短時間で何があったのか。随分と飼いならされましたね。まぁ仕方がないですね、元々扱いづらい餓鬼だと思っていたところです。二人とも処分することにしましょうか」
そういうと後ろ歩きで人の群れの中に消えていく。
そこから指を鳴らす音がするとそれが合図だった。
目の前の男達は再び俺達に照準を合わせた。
銃弾が打ち出されるよりも速く、弾かれるようにその場から飛び出して距離を詰める。
ヴリトラもバイクの上から跳躍し、目の前のガラクタを食い散らすために宙を舞う。
俺達を狙う男達のマシンガンは虚しく地面を叩き、虚空を捕らえる。
左右に高速で揺れながら、それを回避する俺。
宙にありながら、身を捻るだけで避けるヴリトラ。
戦場のバランスを大きく狂わせる二頭の獣。
銃弾を避けながら、右手の拳銃で応戦すると、全てを急所に命中させ数人を絶命させる。
ヴリトラは空中から何本ものナイフを投げつけ、敵を脳天から文字通りに打ち貫く。
刺さるナイフは脳天から下半身まで貫通し、更に地面を抉る。
随分と反則染みたそれはまるで対戦車ライフル並の威力。
俺とヴリトラは男たちの群れの中に突撃し、数分を待たないうちに男たちの半数を蹂躙する。
時にはナイフで首を落とし、転げ落ちる前の死体から銃を奪いその銃で急所を打ち抜く。
ヴリトラは無手の状況でありながら、打ち出される一撃は敵の四肢を千切り、吹き飛ばす。
頭を、心臓を、腕を、足を、敵は打たれた場所から体中の全てを垂れ流して絶命していく。
すると、俺達から男達は距離をとるように円を書くようにして包囲し始めた。
その時には遅い。
ようやく包囲しているのは格好だけの薄いもの。
挨拶の一噛みを終えた所でヴリトラと背を合わせる形になると銃撃が一瞬止まる。
「食い応えはどうだ。相棒」
「全然、食べたりないよぉ」
「食べ残すのも行儀が悪い。残らず食べてしまおう」
「クフッフ、あんまり良い肉じゃないけどね」
互いに笑みを浮かべ、同時に飛び出していく、全てを肉の塊にするために。
目の前にいる男が震え上がるのがわかる。
だが、どうあったところで俺の敵ならば殺し尽くす。
そうして銃で捉えナイフを構えたところで辺りが一変した。
違和感としては些細なもの、だが嫌な既視感が脳裏を駆け巡った。
一旦、目の前の男から距離を取り、俺を捉える射線からを避けるように移動する。
「クアアアアアァァ~!!!」
するとヴリトラの声と思える悲鳴が聴こえてきた。
聞くことがないと思っていた声。
あまりのことにヴリトラのいる方向へ身を向ける。
そして、その光景を見たときには叫んでいた。
「ヴリトラ!!」
ヴリトラは一人を打ち貫いた形で震えていた。
何があったのかは一目瞭然だった。
ヴリトラの体から迸る視認できるほどの雷撃。
足元にはそれを発生させているであろう箱。
多くのものを跳ね除けるほどに強靭なヴリトラの体を雷撃が苦しめているのだ。
箱を破壊するために銃弾を打ち出したが、威力が足りないのか虚しく弾き飛ばされた。
「くっ!」
気づけばヴリトラへ走っていた。
周りの男たちは銃を持ち替え銃口を一斉にヴリトラに向けた。
直感が告げる。
『あれはヴリトラを殺すための武器だ。』
最短距離でヴリトラの元へ駆ける。
・・・速く
「くそっ!」
時間が静止したように、その光景が浮かび上がる。
過去に見た、もう悔いても悔い切れない、あの光景が。
「くそっ、くそっ!」
走る足は止まらない。
もっと・・・速くっ・・・!
だが10mも離れていない距離が蜃気楼のように縮まらない。
あの時の情景が、脳裏を駆け巡り続ける。
一発の銃弾が俺の足を打ち抜いた。
一瞬体制が崩れる。
最短距離、全ての射線を避けていては間に合わない。
「ぐっっっ、くそっ!・・・くそっ!!・・・くそぉっ!!!」
どんなに傷ついても構わない。
似て似つかない今が重なっていく。
速度が落ちた俺を次々と銃弾が突き抜ける、腕、足、背中、それでも構わず駆ける。
血が吹き出ようと、骨を貫通しようと。
もう・・・相棒を失わせないっ・・・
たとえ果てに殺し合いを繰り広げるのであっても。
もう、失いたくない
手を伸ばしても届かなかった、君の背中がちらつく。
「っくっっっっっそぉぉぉっ!!!!」
男達はヴリトラを殺す銃弾を無数に打ち出す。
銃声が止むと男は静かに笑みを浮かべた。
「・・・終わりましたか」
男はその光景を車の中から優雅に眺めていた。
これで男は自身の欲した地位を手に入れた。
男は再び車から降り立ち、少し距離をとり、処分したばかりの獣を確認した。
「随分と予定外の損害を出してしまいましたが想定内ですね、これらを利用すれば回収は簡単でしょう」
誰に言うでもなく、男は今後の勘定を頭の中で弾く。
無数の銃弾を撃ち込まれた二頭の獣。
一人がもう一人に庇う様に覆いかぶさるが、銃弾はその一人を貫通していた。
「あなた一人ならもう少しは逃げ延びたのかもしれないでしょうに」
覆いかぶさっているほうは間違いなく絶命しているだろう。
生きているならばもう一人のほうだけ。
それでも、これだけの銃弾が撃ち込まれたのだ、深手を負っているだろう。
男は雷撃を発生させていた箱を回収させて、側近にこの場の後始末を命じた。
「飼いならせない獣を躾けるための用意位あるのですよ。次の生ではもっと賢く生きるべきですよ『佐伯』の龍さん」
飼いならせない獣を身のうちに入れるのだ。
男はそれを御するだけの力、武器を用意していた。
あまりに無敵すぎたヴリトラ。
しかし、弱点はあった。
ヴリトラその出自はインドラの英雄譚に出てくる
神々に対抗するために生み出された旱魃を引き起こす悪竜
それは神々、人々を含む生物全てを憎み、全ての川を塞き止め
太陽を暗黒で多い、雨を降らす「牛の雲」を捕まえて飢饉を齎すとされ
インドラとの戦いの際にはヴィシュヌ神の仲介により
「木、石、鉄、乾いたもの、湿ったものいずれでも傷がつかない」
「インドラには昼、夜に攻め込むことが出来ない」
上記の内容を持って和平条約を結んだとされる
しかし、インドラは昼でも夜でもない夕刻にヴリトラに攻め込み、その際に聖者の骨から作られた武器を持って彼を打ち倒した
インドラ神は雨と雷の化身。
夕刻ではないが夜明けの近いこの刻ではそれが有効になる。
範囲にいる敵を麻痺させるスタンボックスを使って動きを止めた。
そして、聖者の骨の代用として
発掘された竜の骨を大金を使って買いとり、銃弾に混ぜ込んだ。
戦場から帰還したヴリトラがかすり傷を負っていた。
実はその時、男はその銃弾を密かにヴリトラの標的に密売し竜の骨でも十分な威力であるかを試してた。
そして、今回それを実証する事が出来た、銃弾を受けただろうヴリトラが動き出す気配は一向にない。
しかし、もう一つの獣があのような形で仕留めることができたのはうれしい誤算だった。
ヴリトラが寝返った今、彼に対しての手立ては物量戦でしか仕留める手立てはなかったからだ。
こうもあっさりと行くならば、損害自体は順序が違うものの想定していた数と大して変わらない。
後は、この男を利用するそれだけで男には充分な利が生まれる。
戦場においてはこれは有利に働くだろうと男は試算していた。。
徴兵や噂の流れる地域の風評操作。
『佐伯』の名前を利用した政界での地位の強化。
更に、この男を解剖し分析出来ればより強い兵隊が作り上げられる。
殊更にいうならば、この男には対となるもうひとりの『佐伯』遺児がいた。
それさえも利用できないかと男は考えていた。
ヴリトラについては言わずもがなその四肢全てが金に換わるだろう。
口角を大きく引き上げるよう笑みを浮かべる。
男にとって全てが順調に運んでいた。
ふと、目の端に何かが動いたように見えたが男は気にせず新たな計画を進めるため車へ入ろうとした瞬間。
ボォォゥン!!と突然鳴り響いた爆音で男は振り返る。
そして、目にしたのは運び出すよう命じた兵隊達が吹き飛ぶ光景だった。
その多くがバラバラになって宙を舞い、それ以外は何が起きたのか理解できず立ち尽くした。
そして、辺りに血の雨が降り注ぐ。
「グルルルゥゥッ!」
まるで虎か狼が威嚇の際に鳴らす声が辺りに低く響き渡る。
そこには一頭の獣だけが立っていた。
闇に光る金色の瞳はより一層に強く、怒りに染まりあがっていた。
ゴァアアアアァッ!!!
獣は大きく咆哮し、大気を震わせ、大地を揺らした。
それはその場にいた多くが尻餅をつくほどの圧力を感じさせていた。
獣は白く伸びる牙を噛み締め、最早、人の言葉とは思えない声を出した。
「ガッィッィイィ!ギッガガキウジ!!!」
獣は両手を振るい、風を切るとその爪は近くにいた兵隊を粉々に切り裂いた。
そして、まだ生きているものを見てはその爪と牙を持って屠り出した。
あまりの光景と咆哮に意識を失いかけた男が気を取り直す頃には自身の周りの数名を残し全てが肉塊になっていた。
「っは・・・?!」
男は硬直し震える膝を抑えて目の前の獣を殺すように、再度スタンボックスを起動させるように命じる。
その声に反応したように男を睨みつける。
「ッダ、マダウラギダ!アイヅ!!オ、オニイザンヲ」
ようやく、人の言葉に近い声を出すそれは涙を流していた。
そして「やっと僕と遊んでくれる人を見つけられたのに」そう言ったのか。
喉をひき潰されたように発する声は世界の全てを恨み殺すように響いた。
「早くしろ!!早くっ!!!」
自身と獣の間を雷撃が走り出した。
これで獣は近づけない。
その証拠にヴリトラは動きを止めた。
先程まで出来なかったのか、呼吸が乱れに乱れ、自身もヴリトラ用に作った銃弾の込められた銃を手に取り構える。
形勢を整えたが、それでもヴリトラの瞳は男達を睨みつけるだけで殺せる程に貫いていた。
獣は唇を噛み締めるようにして口を閉ざし、ちらりと足元に転がるそれを見る。
「っくう」
打たねば殺されると判断した男達はヴリトラ目掛けて銃を撃つ。
ヴリトラは銃弾を事も無げに避けて足元のそれを拾い上げ、宙を飛ぶ。
数十メートルを超える跳躍は男達の頭を軽々と飛び越え車道から飛び出て地平の彼方へ姿を消していった。
そして、辺りは静まり返る。
その場に取り残された男達はまるで夢でも見ていたのではないかと辺りを見渡す。
自身らが生きていることが不思議に思えるような惨状が広がるばかり。
車道は血で染まりまるで赤黒いカーペットが敷かれたようで。
その所々は隕石でも降り注いだように陥没し、そこに転がるのは人間としての原形を残さない死体。
男達はその光景を見てその場にへたり込み。
太陽が昇るまで動くことが出来なかった。
NextScene ++果たせぬ約束と、世界の穴++
長々と書いてしまったプロローグを読んで頂き有り難うございますm(__)m
二次創作は初になりますが原作好きな方々には納得していただけるか
自身もかなり好きな作品ですので取り返しの付かない外史にならないよう努力します。
次話から本編スタート予定ですが、もう少しだけヴリトラとのやりとりがあります。
以下、愚痴読み返す程に誤字、脱字(;つД`)大変読みづらく申し訳ないです。出来るだけ訂正していきます。