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聖戦の竜騎士  作者: HAWARD
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四章

なんとか週末にUPできました。

 幸いにも、この奇妙な空間というか世界というかにも夜が存在していた。

 だが――夜は夜で急速に冷えはじめる。

 幸い工兵装備のコンポジットCは固形燃料にもなり、なんとか寒さを凌ぐことはできた。

 食糧や水も装備も中にはいており、三日間か節約すれば数日はもつだろうと見当づける。

 俺は簡易寝袋で横たわる彼女とその遥か後方に夜の闇と同化する様に淡く黒水晶を見る。

 不思議な事に昨日、負傷した足は完全に塞がり、今は空腹もない。

 昼間数時間歩いたというのに水すら一滴も必要としなかった。

 俺はミカンと彼女を急かす様に歩いた。

 そして気が付くと――こうやってボーと彼方の黒水晶を見つめている。


 そんな俺の無理な行軍が――

 彼女とミカンは限界に近かった突然放り込まれた砂漠のど真ん中――専用の装備もない、食糧もいつなくなるかわからない。

 夜明けの結露で砂まじりの水を補給できるがそれも多くはない。

 俺自身はビックリする程好調だった。

 この不思議な世界にはいってから何も食べず、水すら一滴も取らずに不眠不休で活動していた。

 彼女が寝入った後も気が付くと黒水晶の方をずっと見ていた。

 だから気が付かなかった――ミカンと彼女の限界に――

 ある砂丘を上っていた最中だった。

 ミカンが甲高く嘶くとバランスを崩す。

 俺は馬上でグッタリしていた彼女を地に落ちる前に抱き留め――そのまま一緒に砂丘を転がる。

「――っぺっぺ」

 口に入った砂を吐きだす。

「大丈夫か?」

「……ええ」

 うっすらと目を開けたまま彼女はとても弱々しく答える。

 その時――低く嘶いたままジタバタを砂を巻き上げてる愛馬にイヤな予感を感じた。

「おい――」

 声をかけながら近寄ると――

「あ――足が……」

 それは馬にとっての死を意味している。

 一度手を額に当てる。

 日差しによる頭痛とは別のモノが襲う。

 やる事は決まっている。

 空を見上げた――抜けるような蒼穹に太陽が輝き周辺には陽炎が立ち上っている。

 やら……ないと……。

 ミカンが横たわったまま酷く悲しげな声を漏らす。

 やらないと……。

「しーしー大丈夫だ。すぐに済む」

 鼻面を撫でてやると少しだけ――ほんの少しだけ気持ちよさそうに目を閉じる。

 右手で撫でながら左手で小銃を取る。

 迷いを断つ様に銃身で額を叩くと――

 カチン。

 撃鉄を起こすと頭と首の付けに根に押し当てる。

「なにしてるの!?」

 彼女の甲高い悲鳴が聞こえる。

「こ――処分するんだ」

 慌てて言葉を変える――たぶん言ってしまってたら決心が鈍っていただろう。

「何を考えてるの! 貴方の友達でしょ? 兄弟みたいに一緒にいたんでしょ!」

 馬と共に生きるという事を知らない者の無知蒙昧な言葉に内心をかき乱され、ついに爆発した。

「じゃ――どうすんだ! 周りをよく見てみろ!! こんなトコで苦しみながら弱っていくよりいっそ――」

「そ――それは――でも――でも殺す必要はない! 生きてるんだよ!」

 きっと十年前の『僕』も同じ目をしていただろう。

 でもダメなんだ――

「無理だ! 馬の足は筋肉が少なくて骨折時の傷口から雑菌が入りやすく、そうなると――そうなると――」

 脳裏で『僕』に馬の事を教えてくれた人の姿が蘇る。

 その姿は馬房で泣きながら愛馬を撃ちぬこうとしている姿――当時の『僕』は見ていられなくその場を立ち去った。

 背後で聞こえてきた銃声で『僕』は馬と共に生きる事で、もっとも重要な事をその人から教えてもらった。

「高熱で苦しみながら死んでいくんだ!」

「でも……」

「うるさいっ! 覚悟がない奴は黙ってろ!!」

 俺の言い方が気に食わなかったのか立ち上がるとこっちの眼前にまで来ると、

「覚悟ってなんの!!」

「殺してやる覚悟だぁ!!」

 お互いしばらくそのまま睨み合い。

 彼女が視線をそらすと俺は再び小銃を押し当てる。

「すまない」

 最後にもう一度だけ呟くと鼻面を撫でる。

 なにかを訴えかけるような嘶きを聞かないようにして俺は――耐えられずに目を閉じて――そして――そして引き金を引いた。

 

 銃声が響く! 『僕』とミカンの物語はそこで終わった。


 立ち上がり――黒水晶の方を見つめたまま、

「……進もう」

 短くそう告げる自分の声は発した自分でさえ聞こえないほどか細かった。

 返事も待たずに歩き出す。

 気配で彼女が付いてきる事を確認して荷物を背負う。

 いままでミカンが持っていた荷物を背負っても俺の体力は消耗しなかった。

 俺達は一言も口を開かず、彼女は早々にいつもより俺より離れて横になった。


 彼女が寝静まった後――

「――くっ――うっ――」

 星の瞬く空を見上げていたら急に胸が痛く、耐えられなくなった『僕』は泣き始めた。

 馬と共に生きる上で最初に教えられるのが――殺し方。

 馬は農場で骨折した場合でも処分される。

 小さい骨折ならなんとかなるが――大きな骨になると痛みで暴れ骨折は治らない、そのうえ感染症を引き起こし高熱で苦しみながら死んでいく。

 なんとか生かしてやろうと胴体を固定して吊るしたりとがんばった、あの人も結局は――吊った腹の皮膚が炎症を起こしてさらに苦しめただけだった。

 あの人から最初に教わったのが殺し方なら最後に教わったのは覚悟。

 行動は正しかったハズだ。

 どうする事もできない。

 わかっている。

 わかっているのに――

「――うっ――くっ――」

 わかっているのに涙は止まってくれなかった。

 フワリと甘い香りが鼻をつくと暖かいなにかに包まれた。

 彼女が優しく子供をあやす様に『僕』を抱きしめ背にまわした手を摩る。

「『僕』は――『僕』は――」

 そのまま思いっきり泣いた。

「アイツさ――アイツは生まれてこないハズだったんだ。出産の時にさ――足から出てきて片足が母馬の体内に引っかかって――周りの大人達はアイツを殺してでも母馬を助けようとしていたんだ。『僕』は『僕』はこう言ったんだ――やらせてくれってさ、そうしたら馬主がもし母馬さえ無事だったら仔馬は『僕』にくれるって約束してくれたんだ。それで一度出てる足を母馬の体内に戻してロープで両足を固定して引っ張ると今度はちゃんと両足が出てきてアッサリと生まれたんだよ」

 その話しの間中、彼女はじっと聞いていた。

「アイツさ――自分が死にそうだったのに生まれた次の瞬間には立ち上がって走りだしやがったんだよ――」

 再び込み上げてきた悲しみに彼女は優しく抱きしめてくれた。その優しさの中で『僕』は二日ぶりに眠りに落ちた。


 汝の肉体はすでにない。神槍を肉体に変え、想いを載せよ。残滓を乗せた槍は目標を決して外さぬ。

 想いを告げた時、汝は再び槍に戻る、覚えておけ。

 時と場所を間違えるな――


「ええ。でも――死んだ人間は生き返らない。その意味を深く知る事になる。そして貴方も彼女も激しく――」


 目が覚めると――既に出発の準備はできており、目が合うと彼女はやや照れくさそうに笑った。

 俺もたぶん同じような表情をしているだろう。

「今日の昼前には着きそうだな」

 黒水晶のほうをみつめたまま漏らした。

「終わるのね」

 背嚢を担ぐと彼女が答えた。

「ねぇ――」

「ん?」

 つい足早になってしまうのを意識して抑えると彼女が横に並び話しかけてきた。

「もし――もし――もしも、その――着いてなにも起きなかったらどうする?」

「それは大変だな」

「もう――真剣にっ!」

 ちょっと考えこむように難しい顔をしてから、

「三つの徳だっけ?」

「…………」

 俺は表情で彼女の内心を読み取った。

「不安――なのか?」

「……もし……私は間違いで『聖女』でもなんでもなかったら……って考えると……」

「希望」

「?」

 隣を歩く彼女は俺の呟きにこちらに視線を向けた。

「君には少なくとも人に希望を抱かせる事ができる。忘れた? 大通りで君は将来について『僕』に語ってくれたよね、残念ながらあの通りにはなってないけど――あれはとても鮮明に見えた夢――それは希望だったと思う。これで一つクリアだ」

 俺の突拍子もない話しにしばし呆然とした後に、

「じゃ――じゃ、信仰は?」

 俺はわざと大仰な仕草で両手を彼女の方に向けると、

「聖都に向かう食堂車の中で言ってたろ? 信仰はもっても盲信はしてないって」

 他愛もない冗談の言い合い。

 今の雰囲気はあの静謐な森に囲まれた山間の道を歩いている様だった。

 お互い成長して、周辺もあの森とは違う厳しい環境だが――今の雰囲気は――『僕』達の周辺を包む雰囲気だけは、あの頃となにひとつ変わっていない気がした。

「じゃ――じゃ――」

 最後の徳――正直言って『僕』に答えられる気がしない。

 彼女のほうもなにか思うトコがあるのか?

 なかなか言い出せず無意味に『じゃ――』を連呼した後に、

「終わったら、どうするの?」

 結局、最後の徳には触れずにそんな事を聞いてきた。

「おわったら?」

「うん――全部おわって。戦争も終わった後――」

 考えた事もなかった――そもそも俺はなんでこんなトコにいるんだ?

 ああ……思い出した。

 たぶん――その問いの答えはずっと変わらない。

「君の居る処――『僕』はずっと君と一緒にいる――」

 かつぅ!

 そこで今までの砂地とは違う固い地面の感触――

 視線を上げると眼前には黒水晶が迫り。

 その周辺には台座のような石をくみ上げた建物。

 俺の靴が叩いた固い感触はこの台座の石畳だった。

「行こう」

 彼女の手を引くと、黒水晶へと続く階段を駆け上がる。

 上がると眼前に聳え立つように、ちょっとした山ぐらいありそうな巨大な水晶が中空に浮かんでいた!

「これが――黒水晶」

 俺は呟き、見上げ、隣で彼女も同じように視線を遥か上まで上げる。

「…………」

「………………」

「なんで……なんで……何にも起こんないの!?」

 そう言って黒水晶の下まで走りだす!

「なにか――なにか起こってよ!」

 いきなり握り締めた拳を宙に浮く水晶に叩き付ける! 

 何度も何度も――


 ボンッ!

 鈍い破裂音の後に俺は階段の下から鎮座している黒水晶を見る。

「くそっ! ダメか」

 煤がこびりついただけで目立った損傷もない黒水晶に罵倒を浴びせる。

 この数時間、俺は黒水晶を破壊しようと様々な事を試みた。

 小銃の銃剣で突いてみたり、撃ってみたり、コンポジットCを仕掛けて破壊を試みたりしたが――

「傷一つない……」

 台座の隅で腰かけ肘を膝の上に乗せたままの両手には痛々しく布が巻かれ血が滲んでいる。

「温度差による強度の低下を狙ってみるか――火と大量の水があれば――」

「なんとかなるの?」

「前例がある。昔――砂漠の民が王家の墓を盗掘した際に使った手だよ。何トンもある石灰岩を火と水と拳大の石だけ破壊して玄室に入ったって」

「大量の水――水ねぇ?」

 彼女は周囲を見渡すと、

「…………」

 釣られる様に俺も同じ様に――一陣の風が舞い込み砂塵を巻き上げる。

「はぁ……。なあ――予言にはなんにもないのか?」

 彼女は頭を振る。

「くそっ!」

 拳をおもいっきり黒水晶に叩き付ける。

 その時――

「全てに共通している事は『愛』は例外なく内に秘めるモノじゃない、一人では完結できないという事だよ」


 汝の肉体は既にない。神鎗に想いを乗せよ。想いの残滓を乗せた槍は目標を決して外さぬ。


 想いを告げた時、汝は再び槍に戻る――全てを破壊する最強の槍だ。覚えておけ。

 時と場所を間違えるな。


 全ての出来事が一瞬にしてある一つの事に収束していく。


 フギン(思考)とムニン(記憶)は哲学的なお名前ですね。


 この二羽の鴉はフギンとムニン、もうすぐベルセルクと化す汝の記憶と思考を、この二羽に宿し――想いを核に槍で身体を創り、この二羽で魂と心を創る。


 ああ、そうか――

 黒水晶を触った瞬間に俺は自分が何者か思い出す様にしてあったって事か……。

 全てを理解した俺は耐えきれずに顔を空に向けた。

「ああ……そうか……『僕』は生き返ってないんだな……まるでタチの悪い戯曲だな……主神が……詩の神が書いたシナオリとは思えんな……本当に酷い」

「なにを言ってるの?」

 俺の様子が変わったのを察したのか背後に彼女が立っていた。

「君は『愛』をずっともっていたんだよ――五年前からずっと――」

「?」

「今から君に五年前言えなかった想いを伝えるよ――そうすると『僕』の身体は槍に代わる、その槍は――」

「なにを……言って……る……の……?」

「俺は――外れる事がない神の槍。この場所に辿り着くためには『僕』の想いの残滓と同化するのが一番確実「そんな事どうでもいい!! 戻れんでしょ? ずっと――ずっと一緒に居てくれるんでしょ?」

 俺は視線を反らす。

「……死んだ者が生き返る事はない」

 今の俺は神槍に『僕』の想いの残滓が宿っただけの存在。だが――心がないわけじゃない同化した『僕』の想いで激しく心が乱れる。

「なによ――なんなのよ、それ」

 そういって責める様な眼差しを向けてくる。

 既に残滓とはいえ『僕』の強烈な想いが疼く。

「わかってくれ! この為に戻ってきたんだ! 黒水晶を破壊して世界を救うには「イヤっ!! 世界なんかどうなってもいい、もうワガママも言いません。だから――だから――お願い」

 乞う様な眼差し。

 もし――もし、『僕』だったら籠絡されていただろう。人の想いは誰にも縛る事はできない――例え神でも――だから強く、だから――『僕』を生き返らせずにこんなまどろっこしい手段を――

「道具としての業をもっている俺にそれはできない」

「イヤ!! ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッたい聞かない!!」

 そう叫ぶと固く目を閉じ両手で耳を塞ぎ激しい拒絶の姿勢を取る。

 俺は『僕』に明け渡すと――ゆっくりと彼女に近づいていく。

 そんな事をしてもきっと『僕』の想いは届く――これは『僕』と彼女が本当に願っていた言葉だから――世界に一つだけのこの想いだけは絶対に伝わる!

 そっと抱きしめると口を耳元によせ――


「好きだよ。世界中の誰よりも君の事が――」


 いつもと同じ声量で囁きにも似た感じで発する。

そのまま『僕』は彼女を見つめ続ける。

 ゆっくりと瞼が開き――


「あ――あだじも!!」


 涙でグシャグシャになった痛々しいほどに儚い笑顔。

 そのまま『僕』達は唇を重ねる。

 五年ぶりの感触。

 お互いを求め合うように舌を絡ませる。

 彼女を抱きしめる!

 強く! もう離したくないと本気で思った!

 徐々に身体の感覚が鈍くなっていく中で『僕』は刻み付ける様に彼女の事を抱きしめた。

 身体の感覚は完全になくなり急速に薄れていく意識の中で彼女の微笑みとブリュンヒルデの言葉が蘇った。


「ええ。でも――死んだ人間は生き返らない。その意味を深く知る事になる。そして貴方も彼女も激しくお互いを結び付け繋がる。私にはそれが――とても――とても羨ましい」


 その後にどのような結末を迎えるのか知る事は叶わないが、僕は彼女が――ベネデッタが正しい選択をすると信じて疑ってはいない!

 想いを届けるコトで僕の物語は終わった。

 

 そう思っていた――真っ暗で出口のない世界で――

次回はエピローグになります。

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