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聖戦の竜騎士  作者: HAWARD
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三章

物語は中盤から終盤へ

 大聖都を離れて二日――

 今度は前線行きの軍用列車に乗り一路西へ。

「……」

「……」

 き……きまずい……。

「――っす」

 ちょっと鼻を鳴らしてみるも全く反応なし。

 車内は一応士官室らしく行きで乗った列車の一等客室よりは劣るがそれでも個室。やや手狭な感もするが一般兵用の横長の椅子に数時間待機よりは遥かにマシ。

 がたん、がたん。

 定期的に拾う線路の音以外は室内にこれといって物音もない。

 二日間ず~とこの調子だ。

 手紙をドアに挟んで数時間後――部屋の外に気配を感じ自室のドアを開けたら横の壁に小銃が置かれており、彼女の部屋のドアに挟んだ手紙はなくなっていたから一応なにかしらの反応があってもよさそうなのだが……。

 荷物を積み込むときもミカンに騎乗するときもず~と無言。

 この二日、彼女の言葉は――

「……うん」

「……そうね」

「……」

 ガン無視される事さえあった。

 今もずっと視線は窓の外。

 そっとため息をつくと窓の外の夕焼けを見つめる。

 夜明けには最前線。

 結局、俺はなにもできないまま、ここまで来てしまった。

 おそらくベネデッタが万魔殿にいったところでなにも変わらない。しかし――なぜだろう? 今は不思議と止めようという気が起こらない。

 俺は今まで予言を信じている者はただ盲信しているだけなのだと思っていた。

 彼女やヨハンナを見て自分の考えが揺らいだのかもしれない……?

 もちろん信じているわけじゃない。

 ひたすら窓の外に視線を向け続ける彼女を見て――

 どうしたものか……。

 むろん答えなどでぬまま夜日が暮れる。


 夜中ふと目が覚める。

 毛布を撥ね除け窓の外を見る!

 列車は相変わらず荒野に敷かれたレールをかなりの速度で走り続けていた。

 向かっている先――前方はほんのりと紅く染まっている。

 朝焼けではない万魔殿付近には四つの火の川から流れ込む巨大な火の池がある。こちら側にある川は確か――コキュートスとか言った気がする。前方に見えるのはおそらく、その灯り。

 周辺を見渡す。

 とくに異常はない……か?

 しかし――どうにもイヤな予感が離れない!

 荒野の中まばらに生えた林や申し訳程度に盛り上がった丘――

 上を見ると星が瞬いている。

「あれは!」

 星の瞬きではない! 星空をなにかが横切っている!

 即座に小銃を取り――

 見張りの兵に知らせよう!

 直後――

 

『じりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり!!』


 警報が鳴る!

 窓を開け外を見ると前方と後方の列車に固定された機銃が夜空に向けて発砲をはじめる!

「起きろ」

 いまだ毛布に丸まるようにして包まった彼女の頬をペトペトと軽く叩いて起こす。

「ふえ? なに? な――」

 半分閉じた目蓋をこすりながら彼女が起き上がるのを列車の甲高いブレーキ音がかき消す!!

 伸びをしたまま座席から投げ出される彼女を引っ掴むと床に頭を押し付ける。

 再び窓から前方を見――

「ちょと!」

 助けたハズなのになぜか不満げなベネデッタ。

「あの晩の事は……確かに私が勘違いして……悪かったと思ってる。でもね――その腹いせに女の子を投げ飛ばして、押し倒すなんて! ヨハンナ様のお手紙にも『くれぐれも軽率な行動は――』って、聞いてる?」

「すぐに荷物をまとめるんだ! なるたけ必要な物だけ」

「えっ!」

「敵襲だ」

 さっきチラと見た時に前車両から火の手があがっていた! 同時に俺の嗅覚には火災の臭いを感じとっている。

「降りよう」

「で――でも、コレ装甲列車でしょ? 周りには軍人さんばっかりよ、ここにいた方が安全――」

 彼女の言葉に首を横に振って否定する。

「いや、前車両から火災が発生している。おそらく有毒なガスも発生している。態勢を低くして後部車両に移動しながら――」

 車両が大きく揺さぶられ、いまだ続く発砲音の中で列車の電気が落ちる。

 俺は外套を脱ぐと――

「これで鼻と口を覆って。頭を低くしてきつかったら目も閉じるんだ。大丈夫、俺が誘導するから手を――」

 彼女の顔に外套を押し当て、手を取ると外の通路の様子を見る。

 くそ! サイアクだ!

 後部車両からも煙がきていた!

「少し急ぐぞ」

 肩を支え部屋を出る。

 前後から押し寄せる煙の中を体勢を低くして進む。

 雲の様に天井へ充満する煙を涙が滲む視界で下から見上げる。片手で壁を探りつつ進み、もう片方の手で彼女の温もりを感じる。

 ちょっと力を籠めたら、彼女も同じように返してきた。

 移動をはじめほどなく連結部に差し掛かり、そこから外へでる。

 丸めた外套を返しながら涙を浮かべた目で口を開く。

「ケホ、ケホ、貨物室にいるミカンちゃんを――」

 言い終わる前に彼女をその場に押し倒すと頭上へ向けて小銃を撃つ!

 月夜をバッグに空を飛ぶ影がグラッとよろめく! 銃床の後床をしっかりと肩に当て、手で前床を持ち――慎重に狙い――トリガーを引く!

 二度――三度とトリガーを引く!

 やっと照準のさきでよろめいていた影は失速し堕ちてくる!

 それを確認すると甲高く口笛を吹く。

 すぐに貨物車両から大きな影が出てくるとこっちへやってくる。

 ミカンだ! 僕の愛馬は器用に煙と火を避けながらこちらにやってくる。

「すご! 演劇みたい」

「乗って! 火の回りが速い! 弾薬庫に引火したらここら一帯吹き飛ぶ! すぐに離れよう!」

 彼女が慌てて後ろに乗ったのを確認するとすぐに駈ける!

 一帯はなにもない荒野だった!

 背の低い木々がちょっとだけ生える林までいくと――

 大気を大きく震わせる爆音とともに上がる火柱!

 さらに誘爆は続いているのか『ドン!』『ドン!』と断続的に爆発の音が聞こえそのたびに大気がビリビリと震える!

「……あぁ」

 彼女上げる悲痛の声――

 先ほどまで聞こえていた銃声もパッタリと止む。


 ――全滅。


 補給物資と補充兵を積んだ装甲列車が――線路の修復まで考慮するとどれくらいの被害が出るか既に軍を退いている者でも深刻なのはわかる。

 横では彼女が膝を地に付け――聖印を切った後、静かに鎮魂の祈りを紡ぐ。

 列車の上げる火柱と彼方に見えるコキュートス川の火で周辺は夜とは思えないほど見渡しが良い、この状況で荒野を行けばすぐに――

 俺の感覚がなにものかの気配を捉える!

 彼女の背後からそっと口を塞ぐと林の中に引っ張り込む。

「!」

 突然の出来事に暴れそうになる彼女に目で迫りくる気配のほうを見るように促す。

 特徴的なシルエット――翼人!

 ――それも四体!

 軍馬として調教されたミカンはすでに気配を消し周辺にはなんの気配もない。

 このまま去ってくれるといいが……。

 一体がなにかを指示するように周辺を指す。

 すると他、三体は散開するように一定の間隔を開ける。

 俺は口を塞いだままの彼女を見る――

「このまま逃げてくれ」

 目を大きく見開くと激しく首を横に振る。

「聞くんだ。あれは敗残兵狩り。おそらく俺達が逃げたのは見られていたんだろう。何かを発見するまであいつらは帰ったりしない」

 必死に言い聞かせる。

「この場での最大戦術目標である補給路の破壊には成功している翼人達が連合軍の勢力下で無理な活動をするとは思えないあの四体を倒し他の残兵狩りに遭遇しなければ助かる確率はぐっと上がる」

 説得力をもたせようと努力しつつ一気に言い切る。

「ん~~ん~~!」

 それでも従ってくれない。

「使命はどうする? まだ連合軍の勢力下さえ出ていないんだぞ! これから先もっと大変な事が起こるその時にも迷うなら今ここでハッキリ放棄した方が君にとってもずっといい」

 瞳に大きな動揺の色。

「…………」

「………………」

 無言で見つめ合う。

 やがて――小さく――本当に小さな動きで頷くと、ミカンの手綱を握る。

 それを見送り――小銃を構える。

 徐々に遠ざかっていく蹄の音に安堵しつつ――照門と照星をターゲットに合わせる!

 ターゲットは指示を出していた翼人。

 薄闇に溶け込むような姿の翼人――その頭部に狙いをつけ――

 引き金を引く!

 薄闇を切り裂く銃声とマズルフラッッシュ!

 照準の向こうでターゲットは横倒しに倒れる。

 他の三体は剣を抜くと真っ直ぐこちらに迫る!

 背の翼を小さく動かし時々地に足をつけるような独特の移動法で地を滑るようにやってくる!

 直前で一体が止まり二体が左右に広がり囲む様に突っ込んでくる!

 近い方に適当な狙いで発砲!

 どこかに当たったのかわずかによろめく――

 もう一体が間合いに入り振られた剣を銃身で受け止める。

 カツッ!

 前床の硬い木を叩く音が響き辺り。

「覇っ!!」

 翼人に蹴りを入れて強引に間合いを開ける!

「ちっ!」

 後方に控えた一体が手に光る弾を溜めているのに気づき舌打ち一つ!

 ルーン文字が輝くと薬室で弾丸の再生――間に合わない!

 銃剣の付いた小銃を投げジャベリンの要領で投射!

 術を使おうとしていた奴の胸に深々と突き刺さる!

 残り二体! ――だが武器を失った!

 残った二体が何事が言い合うと前と後ろから挟み撃ちにするような配置になる。

 前方の翼人が頷くような仕草――後方のヤツもなにかを仕掛ける気配を感覚で掴む。

 ざっ――

 踏込の音はまったく同時! 前から胴薙ぎ! 背後から足薙ぎの一閃!

 片方の足を上げ回避する! ――背後のやつかの気配がわずかに変わる。

 おそらく嘲笑!

 もう片方の足に当たる寸前、上げた足で剣の腹を踏みつけ地面に叩き付けヘシ折る!

 同時に腰と脚を曲げ体勢を低くし胴薙ぎを躱す!

 

 そのスキを見逃してやるほど甘くはない!

 

 刹那に整息!

 ザッ!

 踏込の勢いで砂利が音を上げる!

「覇っ!!」

 上段への蹴撃!

 足に伝わってくる『ゴキッ!』という骨を折る感触で首を折ったのを確認!

「ちっ!」

 突き出される刃を身を捻って躱す!

 出て行こうとする酸素にあえぎながら無理矢理、整息!

 肘で相手の手を打つ!

「グギャ!!」

 苦鳴を上げ距離を開ける。

 首を折ったヤツは起き上がってくる気配はない。

 残るは一体。

 ズキズキと痛むアバラ――あちらも肘打ちで剣を落としダラーンと腕を垂れ下げたままにしている。

 腰を落とし半身に構え、軽く握った左拳を前にして利き腕を後ろに構えたまま調息――

 ダンッ!

 踏み込む音とともに軽い突き!

 その後――

 ダダン!

 荒野に二度連続した打撃音!

 翼人は二度身体を震わせるとそのまま倒れ伏す。

 生物の身体は非常に効率的にできている。拳打は筋肉を固く緊張させる事で表面を硬質化させ、体内の水分は衝撃を吸収するようにできており臓器を保護する。

 逆にいえば、その二つを無効化できれば拳打の衝撃は効率良く内臓まで浸透し一撃で致命傷を負わせる事も可能!

 原理は心臓マッサージが近い。両手を重ね、胸に押し当て下の掌で筋肉を抑え上の手で衝撃を心臓まで伝えるアレの原理。踏み込み軽く身体を押す程度に『トン』という感じいい、次に体重を乗せた本気の掌底をその手の上から押し込む!

 相手は一撃目で筋肉を抑えられているために抵抗できず衝撃をそのまま内部に浸透させる比喩ではなく本当に背骨まで浸透する。『双撃』と呼ばれる肉体破壊を突き詰めた技。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ――ぐっ!」

 足に走る激痛!

 見ると翼人の斬撃が太ももを抉っていた!

 伝説の戦士に鍛えられといってもたかが四体の翼人にこのザマ――彼女が万魔殿に行って全てが終わるとは思えない。

 溜息混じりに吐いた息を追う様に夜空を見上げ――!

 なにかが降ってきた!

 それはそのまま俺を強く――強く締める!

「無理っ! 置いていくなんて――離れるなんてぜ~たい無理っ!」

 さらに首に回した腕を締め――つまり、遠慮容赦なくその育ちまくった身体を押し付けてくる! 首に下から押し上げてくる二つの柔らかい感触に口の辺りに彼女の頭頂部がきているためか髪から発する甘い香りが――!!

「わりぃ……え~と……その……離れてくれない?」

「……やだ……」

 弱々しい声で漏らし全身を震わせる。

 近くをひょこひょこと歩いてきたミカンの表情が申し訳ないと語っているような気がした。

 俺はそのまま止血を済ませ鐙を軋ませて騎乗すると傷の痛みがラクになる。

「すぐに離れよう銃声を聞いて他もやってくるかもしれない」

 彼女を乗せるとそのまま荒野を走り出す。一度大きく線路から離れ、夜明け近くに線路沿いに戻るとそのまま線路沿いに走り出す。

 

 遠くでなにかが鳴っている。

 低音で重々しい『ぶぅ~ん』という音。

 目を開けると天井で大きなファンが回っていた。

 麻酔のせいかボンヤリとした頭の中で――思い出す。

 あの後すぐに線路沿いを進んでいた俺達は連合軍の列車と遭遇した。

 それから……それから……どうなった……? ああ――それを見た瞬間、気が緩んだのか意識を失ったんだ……。

「――っ痛、ここはどこだ?」

 治療をされたまま放置されたのか寝ているトコはシーツもなくストレッチャー(医療用担架)の上だった。

 その上で起き上がり、足に巻かれた包帯を見る。

 地に足をつけると痛み止めの影響か、いつもとは違って変な感触がした。

 外からなにか低い音がする。

 カーテンを開け外を見ると。

「す――すっげ!」

 思わずそう洩れてしまうほど壮観! 外にはざっと見ただけで二〇機以上の飛行機が機首のプロペラを回転させて今にも飛び立ちそうだった。

 さっきから聞こえてた低い唸り声みたいなモノはこの音だったのか――

 俺はそのまま外に出る。

 間近で見るはじめての飛行機!

 それが列を作って滑走路に向かい――次々と飛び立っていく鉄の装甲板をつけた鳥の群れ――最後尾には一際厳重な装甲を施された一機。

 ん!

 その後部座席には――!

 駆け出す!

 痛み止めのためにいつもと違う感覚にスッ転ぶ!

 慌てて起き上がり――フラつきながらもなんとか駆ける!

 バン!

 取り付くなり思いっきり風防を叩く!

 後部座席に座っていた者――彼女は一瞬『ビクっ!』としてこちらを見る。

「――」

 俺は必至で叫ぶ!

 それは今にも飛び立ちそうなプロペラの音にかき消されて自分の耳にすら届かない!

「――――――――――」

 彼女がこっちに向かって口を動かす。

 その後、パイロットに向かって何かを言う――機体が前進を始める!

 それを俺は必至に追いかける――徐々に引きはがされながらも必死に足を動かし、手で風防を叩きながら――それが後部装甲――尾翼――そしてついに手の届かないトコロへ――

「クソっ!」

 空に豆粒の様になった飛行機に吐き捨てると、俺は建物の中に戻る。

 小銃を手に取った――一枚の紙が落ちる。

『元気? 貴方がこれを読む時にはおそらく私は万魔殿へ向かっています。置いて行った事怒ってるかな? 私はこの基地の飛行中隊と一緒に行きます。貴方は怒るかもしれないけど――貴方を失う事に私が耐えられそうにありません。心配しなくてもこの基地の兵隊さんはとっても優秀です、きっと戻ってくるから待っていてください』

 ガツ!

 近くの壁に拳を叩きこむ!

「あんな――あんな泣きそうな顔で――」

 あの時――風防を叩いた時にこちらに向かって言ったことばを思い出す。


「待ててね」


 あんな――あんな――泣きそうな顔で言われて、じっとしてられるワケねぇだろぉ!

 すぐに追いかけよう!

 しかし――どうやって?

 徒歩――論外。

 ミカンに乗って追いかける――軍馬では飛行機に追いつく可能性は低い!

 自動車――馬よりは早いがやはり飛行機には勝てない。

 追いかけるには飛行機がいる!

 急いで格納庫に向かう――やはりというか一機も残っていなかった。

 格納庫と繋がっている建物に入ると飛行士達のブリーフィング用の地図の貼られたホワイトボードがあった。

 天候の様子や万魔殿周辺の詳細な地図――東西南北から流れる込む四つの支流を持つ泉の湖畔に聳えたつ万魔殿。

 次に詳細な地形は――段丘になっている地形には『Limbo』という表示、万魔殿周辺の平野には『Purgatory』と書かれていた。

 さしずめリンボ段丘とパーガトリー平原といったトコだろう。

 俺はそれらのデータをひとつひとつ詳細に分析していき――

「いいぞ。これなら間に合う」

 飛行ルートは一度大きく逸れ万魔殿を迂回――その後、後方から強襲する様なルートが描かれていた。

 その横には予定到着時刻とおぼしき数字の書き込み。

 作戦内容はおそらく地上部隊が正面から派手に攻撃を仕掛け、後方から落下傘部隊で内部に強襲。そのまま内郭に向かう隊と外門を開けて地上部隊を招き入れるといった計画だと推測できる。

 これならミカンに乗って陸路を突っ切れば間に合う!

 厩舎に向かうとすぐに出発した。

荒涼とした地を基地で見た記憶を頼りに駈ける。


 休みもなく数時間駆けに駆けて現在司令部が設営されている場所に着いた。

「――さーて。どんな嘘いえば一番いいか……」

 下馬して簡易テント前で考え込む。

 中から声が漏れてくる声で数人がなにやら話し合ってる様子がわかる。

 意を決してチラっと中の覗き込む――

「!!」

 やばっ!

 正面で指示を出していたヤツと目が合ってしまった。

 テントの中で席を立つ音がする。

 徐々に近づいてくる気配。

 言い訳考えないと――

「ドラグーン!!」

 俺より頭一つ分も小さく髭も髪もボサボサに伸ばし放題で頬が病的にこけた人物が驚きの表情でそう呼んできた。

「――いや――でも――そんなハズは――」

 その人物は俺を見ながらブツブツとそんな事呟く。

『ドラグーン』

 そう呼ぶのは一人しかいない。

「マ、マシマム氏――?」

 俺の言葉にはじかれたように顔を上げると、

「いや――そんな――彼は死んだハズだ…………」

 顔に手をあてると人差し指と親指で目の上を揉みながら自分に言い聞かせるように呟く。

「今はそんな事よりも、お願いだ! 力を――力を貸してくれ! どうしても万魔殿に行きたい! 彼女が――彼女が俺を置いて行ってしまった」

 俺は必死の想いで訴え。

「……知っている。つい先ほど大規模な不期遭遇戦に突入したと連絡を最後に通信が途絶えた……」

「なんだって!!」

 俺は声を荒げ彼の肩を荒々しく掴む――記憶の中より幾分か背の低くなった彼に内心で戸惑いながらも続ける。

「頼む。力を貸してくれ」

 技官の彼が胸章に司令官の印をつけている事を不思議に思いながらも、必死に説得を試みる――

「本当に――本当に君なのか?」

 俺は背中から小銃を取ると渡す。

マキシマム氏から頂いた連邦合衆国製の小銃――百年間は使えると言われている傑作で海の彼方にある合衆国に行かなければ手に入らない代物。

 それを渡す。

「――本当に君なんだな」

 マキシマム士は肩を震わせると両手で小銃を持ったまま、

「すまない――本当にすまいない。あの夜……私が安易に君達を二人にしなければ、あんな事には――」

 声を震わせ懺悔をする様に両膝で立つ。

 その姿に『僕』は強い違和感を覚える。

 もし――もしも――あの夜『僕』が死んだ事でマキシマム氏が技官から士官に転身してここの司令官になったとしたなら……あまりにも出来過ぎている。

「マキシマム氏。気に病んでいるなら、今は協力してくれないか?」

 彼を立たせながら、

「ああ。わかった」

 彼は近くにいる若い士官に、

「工兵用装備を持ってきてくれ」


「協力と言っても、外郭への門すら突破できていない状態だ。現状は万魔殿周辺地帯『パーガトリー』という平野を城壁から飛ばされてくる翼人達の魔力で作られた砲弾を塹壕で凌ぎつつジリジリと距離を詰めている、戦車を出せればいいのだが……火の泉のせいでエンジンがすぐにオーバーヒートしてしまって思うように運用できていない」

そこで若い士官が大きな背嚢と弁当箱のような物を二つ持ってきた。

「しかし――だ。コイツがあれば――」

 中を開けてみると粘土の様な物が詰まっていた。

「??? ――これは?」

「これはコンポジションCという迅速な発破作業をおこなうための工兵用装備だ。固形燃料にもなる」

「爆弾か? これ!!」

 片手で軽く持っていたものが急に危険物だとわかり両手でしっかりと握る。

「心配しなくてもいい。戦場でも安定して使用できるように、このままでは爆発する事はない。例え火の中に放り込んだとしても、ゆっくりと燃えるぐらいで爆発はしない。そのほかにも振動、温度などでも爆発はしない」

 この人がそういうなら信じてもいいだろう。

「噛んでみてもいいぞ、甘い味がする」

「結構です!」

 安全とはいえ爆弾を口にいれさすな!

「まあ、それはいい――外郭への扉は非常に巨大で完全に破壊するには大規模な破壊が必要だろう――しかし、のちにそこを行軍するとなると空爆の様な無差別破壊は非常に効率が悪い。理想は扉の――閂のみを破壊する事」

 彼はそこで紙をもってくると簡単な図を書いて説明してくれる。

「いいか。重要なのは仕掛けるポイントだ!

 この二つの箱の中身を観音開き扉の中央――開く場所の左右両方に設置する。そうすれば左右から同時に発生した爆発の威力は扉の中央に集まり内側にある閂を衝撃で切断する事ができるハズだ」

 説明はよくわからなかったが、この人がそう言うならたぶんそうなる。


「ここを真っ直ぐだ」

 聳える万魔殿の方角を示し。

「真っ直ぐ突っ切れば門が見えてくる」

 俺は背嚢を担ぐとミカンに跨り、

「こいつを――」

 なにかを放り投げてくる。

 馬上でそれをキャッチする。

「無線受信機だ。送信はできんが、なにかあったらそれで伝える」

「ありがとう」

 片手に小銃と手綱を持ち愛馬の腹を軽く蹴る。

「頼むぞ、相棒」

 馬上からミカンの首を撫でる。

 嬉しそうな声を漏らすと――

 さらにスピードを上げる。

『これより特務工兵による騎兵突撃を敢行する。この通信を聞いてる者ならびに周囲にいる者。竜騎兵の姿が見えたら各員全力で援護射撃を行え! 銃身が焼き付くまで撃って撃って撃ちまくれ!! 以上!!』

 通信機からマキシマム氏の声が聞こえてくる。

 地を駈け――

 やがて左右の塹壕から援護射撃をする音が響き始めた。

 無線機から野砲の砲撃をすると言ってきた。


 ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!


 大気を切り裂く音を響かせた後――

 地を震わせながら前方に見える大型の城門から取り囲むように配置されている城壁の向こう側で土柱の様な煙が上がる。

 地に走る影が見えた瞬間、手綱を捌き跳躍!

 まだら模様で決して天満の様に綺麗ではないが、その身体能力は伝説の白馬を彷彿とさせる姿で跳躍する。

 地に刺さった矢に一瞥――空を仰ぐ!

 空を覆い尽くすような翼人達の群れ。

 手に弓やクロスボウといった飛び道具を持っている。

「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 腹の底から絞り出すウォークライと共に小銃を撃つ!

 本能に従って身体を動かす。

 馬上で身体を動かして矢の射線から逃れ!

 前床の文字が光ると薬室の弾丸が再生を開始する。

 揺れる馬上で構え――発砲!

 俺の他にも塹壕からの援護射撃で空に浮く翼人の何体かが堕ちる!

 粘りつくような殺気!

 咄嗟に身体が反応する! ミカンは身体を縮ませ高速移動中にも関わらず真横に跳躍!

 今までいた場所に淡い色の球が着弾!

 爆音と共に巻き上げた土が塹壕にも降り注ぐ!

 狙いも定めずトリガーを引く! ――蒼穹の中に紅い軌跡を残しつつ銃撃が躱される。

「体長格か」

 自在の大空を飛び回る紅い軌跡――伝説の戦士達に鍛えられた俺の目でさえ追うのがやっとのソイツは四枚羽翼人――魔王に繋がる血統!

 ソイツは次々と魔力球を塹壕に落としていく!

 ひゅー。

 野砲の大気を切り裂く音――

 しかし――今度は空で爆発した。

「なんて奴だ――飛んできた砲弾を撃ち落した!?」

 文字通り化け物かよ!!

 試しに狙いをつけて――トリガーを引く!

 マズルフラッシュと同時に紅い軌跡を描く。

 弾丸よりはぇ!

「覇!」

 ミカンの腹を蹴るとまっすぐ城門を目指す。

 その間も蒼穹を紅い軌跡が通った真下の塹壕は土煙を上げ――中にひそんだ兵士を葬っていった。

 再び大気を切り裂く甲高い音――

 ドドドン!!

 腹に響く低い音と共に空に三つの花が咲く。花火の様に鮮やかではなく茶色の煙と真っ赤な炎でできた汚い花。

 深紅の翼人は音よりも早く動き適格に砲弾を撃墜していった。

 俺は小銃を肩に担ぎ――馬の操りに専念する。

 飛来する魔力球を躱し。

 埋まってしまった塹壕を跳躍で越し。

 馬上主を狙った矢を身をひねって躱す。

 城門に近づくに従って増えてくる矢や魔力球。

 再び粘りつくような殺気!

 カンのみで手綱を操作――後方に二本左前方に一本と三本の土柱が取り囲むように出現する!

 衝撃に耐えながらも必死に地を駈ける相棒。

 城門はもう目と鼻の先だ。

 さらに熾烈さを増す矢雨の中で――

 馬上から転がる様に地に飛び降りる。

 腕で頭と顔を庇いながら横転――身体が城門に当たると腕の力のみで跳ね起きる。

 背嚢から素早く二つの箱を取り出すと、中にはいってた粘土を観音開きの扉中央に張り付ける。

 粘土の中に雷管の電極を差し込み――

 作業中の背後に気配を感じる!

 殺気――あの深紅の翼人が俺の背後に立っている。

「覚えておけ。主神に仕える戦士は逃げない」

 背後の気配はとくに変化はない。

 戯言と受け取ったようだ。

 この状況で俺にできることはない。

 深紅の翼人を倒すのは俺であって俺でない。

「――馬の脚力ってどんなもんか知ってるか?」

 愛馬が嘶き横から翼人を蹴り飛ばす!

 蹴り飛ばされた翼人は空で見せた紅い軌跡と化して城壁に叩き付けられる!

 俺はその躯に近づいて完全にこと切れてる事を確認するとコンポジット爆薬を起爆させ翼人の躯を盾にする。


 ボンッ!


 マキシマム氏が作ったにしては地味な音を発し観音開きの城門は中央寄りに傾いた。

 蹴りをいれて大きな城門を内側に倒すとミカンに跨り突入する。

 そこから用心しながら進む。

 途中何体かの翼人と出くわしたが『双撃』で瞬時に打ち倒すと、奥へ奥へと進んでいった。

 やがて――

 広く開けた場所に出る。

 なにか特別な場所なのだろうか? 周辺に翼人の気配もなく、禍々しい祭壇に床にはなにかの文様が描かれている。

 そして――中央には黒々とした煙を上げた飛行機が一機!?

 あれは!!

 鋼板の貼り渡らせた飛行機――重量増加のためか武装は爆弾も機銃すら付いていない。

 忘れもしない飛行場で俺が追いかけたヤツだ。

 そう思った――瞬間飛び出してしまった。

 見晴らしのいいトコだ。

 冷静に考えたら罠の類と警戒しただろうが俺は既に走り出していた。

 幸い何事もなく機体の傍まで行くことができた。

 風防は熱のためにため透明度の高いハズのモノが濁白色になってしまっている。

 パイロットは操縦桿を握ったまま身体の半分を炭化させていた。

「…………」

 どう見ても生きてるようにみえないために、そのまま黙とうを捧げる。

 操縦席の搭乗レバーを引くと機体に足場が飛び出し、そこを足掛かりに後部座席へと移動する。

「!!」

 グッタリとシートに横たわる彼女を見た瞬間に弾かれたように風防に取りつく。

「――っくそ。開かない」

 高熱で癒着しているのか本当なら簡単に開く風防がビクともしなかった。

 ガン! ガン!

 風貌を割れないかと靴の裏を叩き付ける。

「!」

 その音で彼女がうっすらと瞳を開けた。

「待ってろ! 今――」

 再び靴を風防に叩き付けようとしたら――

 カチャと音がすると内側から簡単に開かれた。

「…………でよう」

 上から手を差し出す。

 彼女はその手を取ると座席から引っ張り出した。

「待って。パイロットさんも」

 俺は首を横に振る。

「そんな――さっきまでお話してたんのに――私より二歳も年下で、離陸後に泣いていた私を慰めてくれて――女性を乗せて飛ぶのは初めてだって――」

 恐慌状態になりそうな彼女の肩を荒々しく掴んだ時、

『ドラグーン。今、伝令兵がやってきた。司令部は空挺侵入作戦は失敗。連合軍は聖女が死亡したとし、これより万魔殿に大規模な無差別空爆を敢行する。地上部隊はリンボ段丘まで退避を開始しろとの命令がきた。ドラグーン。もし、これを聞いていたらすぐにげろ!!』

 その通信と同時に空から低い音が鳴り響いた。

「こっちへ――くそっ! 通信兵装備なら正確な位置座標を送くれるのに!」

 俺はまだ何事かを呟いてる彼女の手を引いて地下へ続くと思われる階段に向かう。


 ずずん――

 重い音を残して俺達の周囲は真っ暗になった。

 奥に地下室があるのか? 下からわずかに空気の流れを感じる。

 なんとかして万魔殿の外に出ないと……一番いいのはここが外部へと繋がる脱出路だといいんだが……空気が流れているという事は、どこかへ繋がってはいる様だが……。

 俺達はお互いしっかりと繋がった手をより一層強くすると階段を下って行った。

 進むにつれて空気の流れもよりしっかりとしたモノに加え明かりも見えてきた。

「こ――これは!?」

 地下を降りた俺達は唐突に砂漠に辿り着いた。

 比喩ではなく背後を見ると今しがた降りてきた階段が砂漠のど真ん中にある中空に浮くようにポッカリと口を開けている。

 黄色の砂塵の舞う遥か先に巨大な六角水の黒い石――黒水晶が見える。

「ここが万魔殿内郭――ゲヘナと呼ばれる場所」

 書物で得た万魔殿の最奥――内郭に位置すると思われる場所!

 ざっ――

 一歩踏み出す雪によく似た感触が伝わる。

 頭上からジリジリと焦がす。

 暗い場所から出たせいかこめかみが痛む。

「こっちへ――」

 俺は背嚢や馬具の道具袋を破ると簡易フードを作って彼女にかぶせた。

 俺は彼方に見える黒水晶を見詰めながら、決意した。

「進もう――」

 彼女は弱々しく頷いた。

次回、いよいよ完結です。

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