一章
序章
ツンとした火薬の臭いが鼻を突く、素早く遊底を操作すると排除された空の薬莢が宙に軌跡を残して舞う。もう慣れた手つきで新しい弾丸――五発連なった挿弾子を装填――構える!
照準の向こう側で捉えた存在は大きな盾を持った人と獣を足した様な姿をしていた。ソイツ――獣人はこちらに気づくと身を低くして盾の影に隠れる。
しかし――獣人は盾を取り落とし倒れる! 鉄板で補強された程度の盾では貫通力に特化した小銃弾を防ぐ事はできない!
「撃て! 撃て!」
隣の奴が異様なテンションで引き金を引いている!
ぶるるるる――
不意に騎乗している馬が動き射撃が中断させられる。
「チッ! ――どう、どう。大丈夫だ、大丈夫だから」
普段ならこの程度の事では動揺したりしない相棒――斑模様の馬を宥めていると、隣の奴はさらにテンションを上げると大仰な動作で銃を扱っている。
「オラァ! どうしたァァ! かかってこい! 連合軍旗下天下の大アルビオン帝国竜機兵団が相手してやる!」
とても正規の兵隊には見えない外見で品のない言葉で単発式の小銃に悪態をついてる姿に堪り兼ねて。
「おい!」
僕は大柄で赤毛、髭も伸ばし放題の兵士というよりは盗賊か山賊でもやってるほうが似合っていそうなソイツに声をかける。
まぁ……今年で一四歳の僕も兵隊に見えないと言われるけど……。
「す――」
そいつは身体をこちらに向け手を上げ――
「すんません。隊長」
まだ慣れていないのが丸わかりな、ぎこちない敬礼をしつつ大声で言う。
「静かに! それとおまえの銃は旧式だ。もうちょっと引き付けてから撃て。もし弾がなくなってもボ――俺をアテにするなよ」
頭を掻きながら了承する様に小銃を掲げる。僕のとは多少違いのあるソレは竜騎兵に支給されている小銃で騎兵銃(カービン銃)という馬上で使いやすいように銃身を切り詰めた物。一般兵に支給された物とも違い、馬上で扱いやすくなった代わりに貫通力も弾速も低くなっている。
「隊長。伝令が来ました」
僕は馬上で命令書に目を通す。
「機関銃士達は――」
どうなっている? 数分前に側面に回りこむ様に移動させた小隊の事を聞こうと思った瞬間――『パッパッパッパッパッパッパ!』と軽快な銃声が轟く!
「機関銃は面でなく線で使え!!」
これを開発した技術屋の言葉。正面からの撃ち合いよりも側面から敵兵が重なる縦隊に対して使用した時に最大の効果が望める。
まあ……そのためには正面で敵兵を引きつける囮役と、重い火器を静かに運び、敵が傍を行軍しても冷静に身を隠せる優秀な陰兵が必要だけど。
「よし! 異教徒の狼男どもを蹂躙してやるぞ!」
さっきの赤毛男が叫ぶと四十人ほどの隊が勝鬨を上げ一斉に横隊で広がる。
『異教徒』
アルビオン帝国の宗教を信仰していない僕も同じ……。
正面と真横からの弾雨に晒される敵軍――機関銃の弾を盾で防いでいた獣人が僕の銃弾で倒れる。施条された僕の銃は一般兵よりも射程も精度も貫通力も段違いの性能を誇っている!
「はっはっは! 隊長今日はもう何匹仕留めました?」
内心を知らずに隊の者が訪ねる。
「数などいちいち数えてない……」
声音にハッキリと不機嫌を籠めて言い返す。
「さすが英雄どの!]
「英雄などと呼ばないでくれ」
「御謙遜を」
違うよ。英雄になったら死後もヴァルキュリアに導かれヴァルハラで永遠に戦い続けないといけない。
そんなのはゴメンだ。
でも、止めるわけにはいかない……獣人達に恨みもないが……。
キン。
空薬莢が音を立てるたびに僕は敵を倒していく。
獣人達が撤退を開始したのは、その直後の事だ。
「追撃しますか?」
一瞬の黙考――
「追撃をかけろ、ただしこちらに被害が出ないように一定距離を空けてだ」
「了解」
短い敬礼をした後隊を率いて追撃をかける。
戦意を失った者に追い打ちをかけたくはないが――戦はこの一戦で決まるわけではない。後の事を考えたらここで手をゆるめるわけにはいかない。
硝煙と爆薬の煙が立ち上る空を見ながら、その先にうっすらと見える敵陣を見る。
「あそこに辿り着くまでにどれだけかかるか……」
敵野営陣周辺の空には有翼の人型をした何かが数人飛び交っているのが見える。獣人より遥かに厄介な翼人達だ。
キン。
排出レバーを引いて薬室を空にすると銃剣を外し小銃を背中に回す、馬の向きを変え自軍の陣に向かった。
「……今日も生き残ったよ」
僕は大きくリボンをつけた少女の事を想い浮かべる。
僕が戦う理由――ここを突破されたら彼女の住む街まで翼人の飛行圏内に入ってしまうからだ……もう……二度と街に入れさせはしない!
ここは死守する!
そのためなら僕はなんだってする!
ためらわずに討ち。
必要なら主神に生贄も捧げよう!
部下が大勢死ぬかもしれない命令も実行しよう! だから! この防衛線だけは絶対に――絶対に守る!
闇の王ベゼビュート――四枚羽を持つ有翼人がそう名乗って東方の地より、この地に軍勢を率いてやってきたのが今から二十年も前の事。
この地に点在していた小さな都市国家群は瞬く間に飲み込まれ消滅した。
危機を感じた西方一の大国『アルビオン』が押し寄せる東よりの使者に対抗するために人種、通貨、宗教さえ違う都市国家群を纏め上げ、その勢力を辛うじて押しとどめている。
有翼人達は同盟を結んだ人間達に対し、蛮族と呼ばれ蔑まれていた一族『獣人』達を味方につけ、その勢力はさらに拡大の一途を辿っている。
こちらは併合した帝国に内部不和を抱え、信じる神さえ違う者達がいがみ合いながらもなんとか協力という形を取っているにすぎない。
その拮抗は危うい。
僕でなくてもいずれは……と思ってる者は多く、連合軍では閉塞感と恐怖が蔓延し――数年以内に救世主が現れると信託されたなどと不安を払拭する噂まで広がった。
僕はまったく信じていなかった。
救世主だろうが英雄だろうが、一人の人間で個々身体的に勝り、妖しげな妖術まで扱う有翼人に勝てると思えるほど楽観主義じゃない。
僕が信じるのは戦いと死の神。
いずれこの身は戦死と化す運命。
「これは、これは野蛮な旧神を崇める英雄殿の御帰還」
丘に二重の石壁外城壁で囲われた自軍の陣。城壁の内側は資材節約のために木材で作られている。
大隊長の慣れた嫌味を聞き流しつつ戦況を報告。
同時に違う部隊の情報を見る――僕以外で押し返した中隊はいなかった。
自由奔放をモットーとするバイキングを祖にしている僕の国とは違い、彼等は非常に保守的だ。
機関銃を使わず、塹壕戦での撃ち合いという、かつて人間同士がやっていた戦術をそのまま取り続けている。有名な手回しハンドル式多連銃身の機関銃も欠陥品と切って捨て使おうとしない。
僕に言わせると欠陥は彼等だ。
彼等の主張する欠点とは、戦場で冷静をなくした兵士が必要以上にハンドルを回し銃身の異常加熱が原因と技術者もハッキリ明言しているのにも関わらず、彼等は兵士達に適切な使い方を指導しない。
僕の隊では徹底して機関銃の扱いを指導して戦果をあげている。それでも彼等は僕の戦術をつかおうとせずに盲目的に旧来の戦術を使っている。それでは鋼鉄の盾を構え銃弾を弾きながら迫りくる獣人には通用しない! 逃げ場のない塹壕まで接近を許してしまえば俊敏さや腕力で勝る獣人に太刀打ちできなくなる。
もっと――もっと、戦果上げ、せめて大隊の指揮を任せられたら僕ならきっと押し返す事だってできる……ハズ……。
僕は無言で大隊長に敬礼をすると立ち去ろうとする。
「せいぜい救世主が成長するまで働いてくれたまえ」
救世主――本当にそんな存在が現れてくれるなら大歓迎だ!
僕は隊に補給を指示したあとに馬で街を目指す。
街の入場税を門番に収め、中央通りを進み、街の一番奥にある豪奢な屋敷まで駆ける。
「これは――竜騎士殿」
もう馴染みになってしまった門番は気安く声をかけてくる。
「お嬢様はただいま聖晩中なので……その……しばらく待っていただけますか?」
「……そうか」
馬の向きを変える。
「そうそう。お嬢様は最近中央通りにある菓子屋を贔屓にしておりまして、まだ時間も有りますし行かれてはどうですか?」
僕は身体だけ向け。
「食の後に菓子を?」
「女の子には甘い物は別腹、という言葉を御存じない?」
「……しらん……が……まあ良い、教えてくれてありがとう」
そう言って銅貨を一枚投げる。
「竜騎士殿ぐらいですよ、軍職で素直に人の言を聞くのは」
世辞を聞き流し、僕は来た道を少しだけ戻る。
街は活気づいていた。近くに脅威があるとは思えないほどに……。
注意して見れば街の各所に傷痕が散見できる。今いる通りもところどころ凹み、家などは一軒丸ごと崩れてしまっているトコもある。
この街は一度、戦火に包まれた! ――あれは僕の隊がこの地方に到着した直後の事だった。
第一章
街から煙が立ち昇り、人々の悲鳴や幼子の泣き叫ぶ声が分厚い城壁越し聞こえてくる。自治都市の象徴ともいうべき街をグルリと取り囲む外敵を防ぐための城壁。
その厚い壁の向こう側から聞こえてくる助けを求める声を僕達は、ただ……ただ……聞いている事しかできなかった。
この時、まだ十人程度の小隊でしかなかった僕等は外門を破る破城槌や爆薬も持たされていなかった――というより、指揮系統も今と比べればお粗末で受けた命令も『街に入り込んだ翼人勢力の排除』という簡潔なモノ、こんな集団に組織的な軍事行動は無理な話しだった。
それでも――
「今からきっかり十分後に東門を開ける。おまえ達は門が開いたら他の小隊を連れて都市内に雪崩れ込み門を死守してくれ」
かじかむ手に息を吹きかけ、支給品である懐中時計を見ながら僕は鍵縄を取り出す。
「そんなモノ引っ掛けてもすぐ外されちゃいますよ」
「悠長にロープなんかで登ってたら空から攻撃されまっせ」
傭兵を募ったキャンプ時の成績で就けられた隊長職――信用されていないのも仕方ない。
「ここは上から木の影になっている。ボ――俺を信用しろ」
そうは言っても彼等の表情を見る限りは十三歳の少年を素直に信じてくれる者はいなかったが、それでも命令には従ってくれたので内心で安堵する。
城壁を見上げる。最上部分は見張り用の通路になっており、矢を避けながら攻撃できる様に凹状が連なった作り――砦や要塞に詳しい者になら女墻と言えば通じるかもしれない。
あそこまで行ければなんとかなる……か?
ちょっと派手な立ち回りになりそうだ。ベルトに挟まった二丁の火打石式拳銃を落ちないように固定し、愛馬に括りつけてあるクロスボウを取る。巻き上げ式機構を持ち板金鎧さえ貫通する! 今は大型の鉄矢が装填してあり、城壁のなるたけ刺さりやすい位置に狙いをつけ――放つ!
かつ!
硬い音が響き城壁に深々と突き刺さった! その場で抜けないか体重を載せて引いてみる! ギギィ……ギギィ……とロープが音を立てるが抜ける気配はない!
「よし! 思った通り僕ぐらいの体重なら問題なさそうだ」
愛馬に近寄る。斑模様で汚いと称された僕の相棒、その黒く澄んだ瞳をして耳を立てると大きなウサギの様にも見える。首を撫でてやると、高度な訓練を施した相棒は気持ちよさそうに瞳を閉じた。
「主神よ、ただ今より僕はベルセルクになる、エインヘリアルと化した刻は御許へお導きください」
聖印を切りながら祈りの言葉を紡ぐ。
この時――たった半年前までは信じていたんだ……神の存在を……。
祈り終えるとブーツの裏を壁に当て蹴り上げるようにして月夜に登る。そのまま素早く登りきると、城壁の上でさっと身を伏せ左右に素早く視線を走らせ――!
「なにかいる!」
月明かりの届かない薄暗い物影――そこから四本脚で歩く獣がゆっくりと姿を現現した!
「獣人!?」
初めて相対したソイツは鍛え抜かれた鋼のような筋肉に黒毛で覆われた巨躯の持ち主! 野生動物特有の体臭を発しているが、違う! 野生動物とはなにが違う――ソイツは威嚇の唸り声を上げず静かに近寄ってくる――爛々と輝く中にある理性の光を宿した瞳が決定的に荒野の獣と違った――これが獣人か!
この時の僕は軍から装備を支給されておらず、家から持ってきた拳銃と背負ったショテルとカトラスのみだった。背の二刀を抜き放ち相手から視線を外さず、ゆっくりと後退――
一歩。
二歩――ゆっくりと下がる。
四歩分稼いだ――か?
頭でざっと計算をした後に背を見せて一気に建物の中に飛び込む! 僕は自分の武がどの状況で一番効果を発揮するか熟知している。それは――揺れる船内や船室などの狭い場所。見たところ獣人の身体は必要以上に大きく、通路先にある尖塔に――建物内にはいってしまえば勝機はある!
かっかっかっ――鋭い爪が石を削る音に急かされる!
「くっ!」
尖塔に飛び込み拳銃を抜くのを諦め振り返る!
「うっ!」
眼前まで迫っていた爪を辛うじて避け、距離を詰める様に相手側に踏み込む!
「覇っ!!」
気合と共に黒い体毛に覆われた獣人の首にショテルを突き込む! 肉を刺し貫く手応えを感じながら、カトラスを放り捨ててショテルの柄を両手で押し込む!
野生の獣特有の臭いでムセながらも離さない! ヌルリとした生暖かいモノが服に滲み広がっていく! 相手も必死に暴れ回り鋭い爪がときおり肌を裂く痛みに顔をしかめながら――
「ふんっ!」
より一層深くショテルを突き入れる――ビクビクっと身体を震わせ……瞳から生気の光が消えた。
ドチャ。
いつも間かできていた足元の血だまりに獣人が倒れる音を聞きながら――
「はぁはぁはぁはぁはぁ――」
荒い息を整え、尖塔の階段を下り物陰を伝って門まで行き閂を外す。二,三回扉に蹴りをいれて外に合図すると…………外側から数人の兵士が門を開放する。
「……勝った」
疲労感と達成感を籠め空に向かって呟く。そこを一際大きな影が頭上を通る!
「ありゃ大将首だ」
そう呟いたのは僕をせせら笑った兵士の一人。
それより――あれが翼人っ!
「おもしろい。アレを狙う!」
僕が言うと兵士はバツの悪そうな笑みを浮かべ――愛馬を連れてきてくれた。
「了解です。隊長殿!」
先ほどは違うハッキした口調で十人の兵士は一斉に騎乗する。
翼人を追ってメインストリートを一気に駆け街の一番奥――破られた鉄拵えの庭門を越え、豪奢な屋敷扉を蹴破り吹き抜けになった大広間へ――そこには六体の有翼人と血だまりの中に倒れ伏す男と女。そして――最後の一人は紅いリボンをつけ真っ白のワンピースを着た僕と同じくらいの女の子だった。
「ありゃ……この街のマーキスですよ」
血だまりの中に沈む男を指し部下が言う。『Markgraf』と書き、地方によっては『辺境伯』といった意味にもなる。この街を治める者って意味ではどれも変わらない。
有翼人は妙な音を発してこちらと女の子を交互に見る。
「なにか言ってやがる……」
一人が気味悪そうに漏らした。城攻めなどのやり方をみていれば彼等が高度な知恵をもっているのは、そうむつかしい推察じゃない。
「統括者家系か……あの子に死なれては困るな……」
思わず口を出てしまった言葉にひときわ大きな四枚羽の有翼人が娘のほうを見る!
しまった! こちらの言葉が理解できるのか! どうやら僕も知らずに彼等有翼人をあなどっていたらしい。
「娘を守るぞ!」
簡潔な命令を叫び、僕は拳銃を例の隊長格(四枚羽)に向け――発射する!
部下も持っていた槍を敵に投げつけると一斉に剣を抜き戦いが始まった!
火薬などの火器を嫌う翼人達には僕の拳銃が単発なのを知らないハズ……試しに銃口を向けてみると隊長格の有翼人は僕の射線に入らないよう身体をズラした!
そのスキに僕は女の子のほうに走ると舌打ちのような音を発する有翼人。
助けを求める様に視線を周囲に向けると、一〇人の部下はそれぞれ二人掛かりで五体の有翼人と対峙していた。
どうやら……僕がこいつの相手をするしかなさそうだ……。背に女の子を庇うように立ち、撃ってしまった拳銃を捨てカトラスを抜く!
「来い!」
有翼人をこんな近くで見るのは初めてだ――他の翼人と違い。少し赤の混じりの黒い鎧の様な皮膚、兜を着けている様な頭部には左右からねじくれた角が生え、四肢は長く肘に短剣のような角が生え、腰に剣を佩いていたが今は抜き放ち、背には有翼人の名が示す通り不気味な翼膜が張った左右に二枚づつ翼。
「!」
相手の姿が消え――辛うじて捉えた銀の軌跡にカトラスをかざす!
ガギィン!
金属音が響く! 同時に腕まで伝わるしびれに心が挫けそうになる!
鍔迫り合いのまま上背で勝る翼人が体重を載せてくる! くっ……横に流せば受け流せるが……背にかばっている女の子がいる限りここは退けない!
僕は視線を意味ありげに相手の背後に送り――
「!」
その仕草に鍔迫り合いを止め後ろに下がる翼人。
ハッタリだ!
部下達は他の有翼人に手一杯でこちらに加勢する余裕もない。
自分でなんとかできるか……? するしかないのか!
僕は女の子を手を取ると空けっぱなしの扉――外を目指して走る!
背後から追ってくる気配を感じたのか、女の子の手に力が籠る、僕は安心させるように力強く握り返し――外まであと数歩というところで僕は振り返り抜いた拳銃を追撃してきた翼人に向ける!
「覚えておけ。主神に仕える戦士は逃げない」
引き金を引く! 火打石が弾け合い火薬に点火する『きゅぼ!』という音の後に――銃声!
突然の方向転換でなすがままにされていた女の子は僕の胸に顔をうずめたまま銃声にビクっと身体を震わせた。
頭部を狙った近距離からの必殺の一撃! ――翼人は倒れなかった!!
急いで次弾を装填すると衝撃に仰け反っていた頭部がこちらを向く! 片方の目から青い血を流しつつもう片方の目には殺気が込められていた。そいつは飛び上がると僕のほうを指して呪詛の様なモノを叫び、近くの窓を突き破る。
他の翼人達もそれを機に近くの窓を破ると空へあがる。
なにかのワナかと警戒しながら拳銃に弾を込め。
「周辺の安全確保と同時に生存者の確認。負傷者は衛生兵の元に行き応急処置を施してから行け」
短く指示を飛ばすとそれぞれが速やかに作業に従事する。
僕は胸の中にいる女の子の肩に手をずっと置いているのに気付く――
「ご、ごめん……」
と言って肩から手を離す。しかし、女の子は一向に僕から離れようとしない。
「……お父様……お母様……」
女の子の呟きに僕は『ハッ!』となる、僕から離れると女の子の視界に血だまりに横たわる両親が入ってしまう――だから僕から離れようとしなかったのだ!
胸の中の女の子は肩を震わせ――嗚咽も……。僕は女の子を抱き上げる。
「君の部屋はドコ?」
正直、返事は期待していなかったけど、小さく――
「……二階」
僕は女の子の視界に両親が入らないように注意しながら吹き抜けになっている広間の奥にある階段を登り、女の子がひとつの扉を指した。
部屋にはいると天蓋つきのベッドに寝かせ、そのまま退出しようとすると――
「いかないで!!」
振り返ると悲しみに曇った瞳が僕を見つめていた。
「……お願い」
僕は部屋の隅にあった樫の椅子を持ってくるとベッド脇に腰掛ける。女の子が手を差し出してきたのでそれを優しく握った。
女の子が寝入った後も僕はずっと手を握っていた。
それが今から半年前にここで実際に起きた出来事。
菓子を買ってもどってくると門番は鉄門扉を開きながら――
「お嬢様がお待ちかねです。こちらへ――竜騎士殿」
門番にさっき通してくれたら夕食も共にできたかもしれないのに愚痴を言ってみる。
「勘弁してくださいよ。軍装で聖餐するのは教義に反します]
困った顔で僕の愚痴に付き合ってくれた門番にワインの入った革袋を渡すと、僕は屋敷の中に入っていく。
屋敷に入ると従者がやってきて背中の小銃と外套を受け取り一礼して去っていった。
この半年の間に先祖の使っていたショテルとカトラスは折れ、拳銃も失くしてしまった。代わりに戦果が認められ、隊員全員に銃火器や装備品が支給され、名称も騎馬兵から竜騎兵に代わった。
それに技術士官が僕を気に入り。機関銃などの最先端兵器は必ず僕のトコに来て試験運用された後、他の隊へと振り分けられる様になった。
そのため僕と隊は半年前とは比べものにならないほど強くなった!
半年前にこの規模を指揮できたら……。もしかしたら彼女の両親を死から救えたかもしれない……。この広間で――絨毯は変わってしまったけれど、彼女の両親はここで亡くなった。今は窓にはすべて板が打ちつけられ開かない様になっている。
最後に、あの翼人の吐いた奇声というか呪詛の言葉と憎悪に満ちた瞳を思いだしてしまい一瞬、背筋が『ゾクっ』とする。
「私を見てくださらないのですか?」
拗ねたような口調で僕は慌てて彼女を見る。
長い髪を後頭部で団子状に結い上げ、装飾と上質な布で作られた礼服を着た少女が瞳に意地の悪い光を灯して僕を見ていた。その毅然とした佇まいはとても半年前、この場所で両親を同時に失って震えていた女の子と同一人物には見えない――一晩明けた後の彼女はまるで別人の様だった。
一三歳という幼さで街の復興を命じ、同時に両親の行っていた内政を滞りなく引き継ぎ。たった一晩――僕の手を握り弱々しく傍にいてくれと言った女の子は一晩で街の主になってしまった。
正直、僕は彼女はもっと弱々しく儚い娘だと思っていた。
寝顔を見詰めながら、両親の葬式を上げ僕がしばらく傍に付いてないと……とか思っていたんだけど――
「マーキスの家系です。御二人とも覚悟はできていました。そして私も…………。私、ベネデッタ・マージェリーは大丈夫です。貴方も御自分の御勤めを果たしてください」
十三歳の少女には不釣り合いな大きめの机に座り、書類に目を通しながらそっけなく言われた時は唖然とした。
「――でも……その……ときどきは……会いに来てくれ――くださいますか?」
そこではじめて僕の方に視線を向ける。
もちろん。それと僕にできる事ならなんでもする。――とか言った気がする。しばらくして僕にできる事などなかったと思い知らされた。
両親から授かったカリスマ性に持ち前の明るさと聡明さ、分け隔てなく優しく、偉大な両親を失いながらも健気に振る舞う彼女を街の人々が認めるのに時間はかからなかった。
街全体が彼女に協力しようという雰囲気に包まれ、すぐそこまで敵軍の脅威が迫っているのにも関わらず街は活気に満ち、復興も異常なスピードで進んだ。
ここまで優秀な街の指導者はちょっと他にはいない……。
「手を――ちょっとぉォォ!」
前言撤回! 誰にも優しいハズの彼女が、なぜか僕にだけは厳しい!!
例えばムチャな我儘を言われたり、わけのわからない事を言わされたり、ときどき人払いをしてあの夜の時の様に寝入るまで手を握れと言われたりと――
僕は差し出されている手を取ると礼をする。
他の人は省略するのになぜ僕だけがっ! 周りの使用人達が笑みを浮かべているのが非常に癇に障る!! 僕だけ下男以下の扱いだ……命を助けた上に年上の男子にして軍で隊長職を預かる僕の扱いとしては不当だ!
礼を終え立ち上がる。
彼女は僕を見つめたまま――綺麗な双眸に僕が映っている――ちょっと髪がボサボサだ。
そのままじっと見詰めていると顔を真っ赤にして俯いてしまった………………熱でもあるのだろうか? 街の総括だし……激務だからな…………。
「あああああああああああああぁー! もう!」
僕が考え込んでいると彼女はその場でダンダンと地面を蹴る! 文字通りの地団太を踏む。
「むぅぅぅぅぅぅ! いいわ。今日はこれで休みます」
またも僕のぼうに手を差し出す。
意図が理解できずしばらく差し出されたほっそりとした長い指の小さな手を見つめる。
「そこは優しく手を取って寝室までエスコート! なんでわかんないの!」
そんな事わかるワケないじゃないかっ!
憮然としたまま彼女の手を取る。剣や銃の扱いで厚くなってしまった皮とは違うスベスベした感触に内心、ドキドキしながら寝室に入り、もはや僕専用となった樫の椅子に座る。
カーテンの向こう側で着替えをしている彼女の衣擦れの音が――なぜかそちら側に目がいってしまう。
「……こっちきて」
急に呼ばれ『ビクっ!』となってしまう! 気づかれちゃったかな?
「はい。あの時みたいに抱っこでベッドまで運んで」
結い上げていた髪を下ろした姿はとても綺麗で大人っぽくて……その……。
「どうしたのよ?」
え~っと……抱っこ? この半年、彼女は背も伸びた、その……いろいろな部分も成長し、背後から射す灯りで薄手のレースに包まれ成長した身体がボンヤリと見える! 今それを抱え上げるのは正直――
「もうぉぉぉぉぉォォ! 早く!」
「……はいはい。お姫様」
僕はため息をひとつ、皮肉をこめて言いながらも、あの時の様に抱き上げる。
――でも、やはりあの時とは違い、いろいろと無理があった!
なんとかベッドまでは運んだものの最後にバランスを崩し彼女を抱いたまま一緒にベッドへ倒れる。
「ご――ごめん」
慌てて離れようとすると彼女は僕の首に回していた腕に力を入れ――
「――すき」
一瞬なにを言われたか理解できなかった。
彼女は腕の力を弱めてくれず、重ねた身体から微かに震えていた。そんな――そんな彼女がとても愛おしくなり優しく髪を掬うと、彼女がこちらを見た。視線が合ってしまい――しばらくの間見つめ合うと、ゆっくり――ゆっくりと互いに顔を近づけていく。
「待って」
お互いの息がかかるほど接近した時に僕の顔を彼女が手の平で押さ止める。
「私は敬虔な信徒なの……キスは神聖な行い。将来旦那様になっていただける殿方としか……」
なにそれ!?
僕じゃダメって事?
自分から誘っておいて? しかも好きって言ったのに?
つまりは好きだけどキスは嫌ってそういう事? もうわけがわからなかった――どうすればいいのかもわからなかった。
僕の悪い癖、考え込むと周りが疎かになる……この時も徐々に変わっていく彼女の表情に気がつかなかった。
「もうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォ! 時間切れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェ!」
そう叫び、身体を離すと枕を掴むボフボフと僕を叩きはじめる。
「出てけ! バーカ、バーカ」
武器が枕なので痛くないけど剣幕と勢いは凄まじく僕はすごすご退出する。
扉を閉める寸前――
「トーヘンボク」
どこでそーいった言葉を覚えてくるんだろう? と思いつつ可愛い声で胸を抉られた僕は部屋の前で途方に暮れた。
「御早いお帰りで竜騎士殿」
扉のまえで立ってる僕にメイドの服の女性が声をかけてくる。
「……追い出された」
「なにかされたのですか?」
「いや……どちらかというと、むしろなにもしなかった……のかな?」
「なるほど」
得心がいったという表情になり例の笑みを浮かべる。
「竜騎士殿にだけですよ、ああいった態度をとられるのは」
「毛筋ほども嬉しくないですっ!」
全力で否定したった!
「いつまでジラらせるおつもりなんですか?」
「……なんの事ですか?」
「またまたー気づいているでしょう? コノ、コノ~色男!」
肘でこっちの胸を軽く小突く、意図がわからず無表情を保つ。
「え~っと……ギャラリーをヤキモキさせて楽しんでおられるのでは?」
「おっしゃる意味がわかりません」
呆れた顔をしてそのまま話しを切り上げ行ってしまった……。
階下に行くと部屋を一室用意してあるとう事なので僕は厚意に甘える事にした。
翌朝、僕は日課である愛馬のブラッシングをしていた。相棒は地面に寝藁を敷いただけの扱いに不満の気配をみせず気持ちよさそうに耳を立てる。
「その子、名前は?」
声のほうに視線を向ける。そこには――いつもの豪奢な礼服ではなく、可愛らしい白のワンピースに長い髪は後頭部でリボンで括ったベネデッタがいた。
「ないよ。コイツも気にしない僕も気にしない――」
「じゃ――私が考えてあげる」
腕組しつつ思案顔になり小屋の壁に背を預け。
「ココ……フィンク……マフィン……ウーフィー……ガリ……」
次々に名前の候補だろうか? を挙げていく――やがて、キラーンと目を輝かせると――
「ミカン――ミカンちゃんにしよう!」
「……」
僕の愛馬が黒く長い尻尾を振る。
「あの……軍馬なんだけど……」
「えー! 軍馬でもカワイイいい方がいいよ! 女の子ウケするよっ!」
彼女に同意するように愛馬が僕の背中に頭突きをしてくる。
「女の子ウケするような名前を戦場で叫んでも……士気上がらないよ……『いくぞ! ミカンに続け!』って言われたら気が抜けちゃ――」
言葉の途中で『ドスっ!』と背中に愛馬の顔が刺さる!
「でもこの子は気に入ったみたい」
そう言って鼻面を撫でると嬉しそうに瞳を閉じる。コイツも♂だな!
「でも……やっぱりその名前は……」
どん!
今度はちょっと強く頭突きしてくる!
「……この――すけべ馬!」
「はい。決まり」
パンと手を合わせると嬉しそうに宣言に愛馬――ミカンが嬉しそうに嘶く。
「はぁ――まあいいけど…………それより何か用?」
「あっ! そうそう、今日は暇だし貴方に街を案内してあげようと思うの!」
腰に手を当て胸を張り言い放つ。昨晩あんなに激しく胸を抉る罵声を浴びせておいて一晩たったらコレ?
ほんとこの娘はわからない……正直付き合ってられない……。
「ごめん。僕は隊に戻らないと……」
この一言は地雷だったようだ。
「ふーん――」
不機嫌そうに目を細め腰を曲げると僕に詰め寄ってくる! その時、彼女が後ろ手に一枚の紙が握られている事に気づき嫌な予感がする!!
「貴方の部下の人に聞いたんだけど――隊に戻らないといけない? ふーん。私の持ってる情報と違うわね。竜騎士殿」
僕の背後にまわった彼女はくるりと向きを変え今度は逆方向から腰を屈めた状態を維持しつつ見上げてくる。向きを変えた時にさりげなく僕の足を踏んだのは狙ってなのか偶然なのか? 彼女も気づいているハズなのに表情は変らない。
「言い直さないの? それでいいの? それが貴方の答え、それでオーケー? それでファイナルアンサー?」
「……ご……ごめんなさい。と、とくに本日の予定はありません」
「よろしい。でも、なんでみんな貴方の事、竜騎士って呼ぶの?」
「それは――馬に跨って銃を撃つ様が伝説上の生物、ドラゴンが火を吹いてる姿に見える事から騎乗銃兵隊は竜機兵隊って呼ぶ様になったんだって」
「へぇー」
僕としては隊に彼女の協力者という情報が気になるとこだ。
「それよりも――支度、支度。私も着替えるから貴方も髪ぐらい梳かして着替えて」
「え! 別にこのまま行けば――」
言葉は彼女の耳に届かず一人で騒ぎながら厩舎を出て行ってしまう。
屋敷に戻ると使用人に囲まれ僕は来た事もない服を着せられた。
真っ白い薄手のシャツにネクタイをつけさせられ、丈の長い外套を着せられた。入念に髪を梳かされ、変な臭いのする霧吹きをかけられた時は盛大に咽る返り、使用人連中にバカウケされた!
「まず靴を褒めてあげるといいですよ]
その言葉に頷き小銃を担ぐ――慌てた様子で使用人が小銃を取り上げる。
「今日これは必要ありませんよ。楽しんでください」
もう、この時には僕の機嫌は最高に悪かった。
外に出ると彼女が待ち受けており。
支度をするとか言ってた割にどこが変わったのかさっぱりわからない。白いワンピースに紅い大きなリボン姿。
このあと他愛無い話しで就業の時にしか髪を結わないと聞いた。僕は言われたとおりに可愛い靴だねというと大層喜んでくれた。
「東門に行こう」
屋敷の外門をでたらすぐにメインストリートだ。
僕達はその大通りを歩き出す。なにか良い事でもあったのか彼女は始終、笑顔で饒舌に話しかけてきた。通りには大勢の人が行き回、時折、馬車も通る、軍用の物もあれば商業用の物までさまざま――その通りで僕の三歩くらい先を後ろ向き歩き僕と向かい合って歩いている。
「東門の辺りは一番被害が甚大だったの……」
そう言って復興するために人々がどれだけの苦労と労力を味わったのかを話してくれた。決して潤沢とはいえない税を使ってこんな事をしたり、あんな事をやってみたりと身ぶり手ぶりを交えつつ表現する。
僕には自治都市の仕組みがわからないから、そう言われてもいまいちわからなかった。けど……楽しそうに苦労話しをする彼女は本当にこの街が好きなんだなという事は十分に伝わってきた。
「街に自警団を創設しようと思うの!」
とっておきのアイディアを披露する子供の様な表情で言ってきた。
「でね、でね。貴方に団長をやってもらいたいの!」
「僕に?」
ここには残れない。いつかは東に進軍するか、ここを放棄して西に敗走するか――どちらにしろ、ここにはいられない。連合軍は脱走兵を許さないし、脱走兵を匿ったら彼女やこの街にも害を及ぼす。劣勢の現状では余隊も許されないだろう。
「何を考えてるの?」
三歩の距離をあけていたハズがいつのまにか一歩ぐらいになっていた。
また僕の悪い癖が出ていたようだ。
「目を閉じて」
僕の手を取りそう言った。
自分でも驚くほど素直にその言葉に従い目を閉じる。
「いい? 貴方がさっき考えてた事が全部解決するとして――」
それはとても甘美な囁き。
「貴方は街の自警団のリーダーになって、今の隊の人と一緒にこの街に住むの。でね、普段は見回りをしたり入街管理に立ち会ったりして、人々は貴方を見て安心感を抱くの! なんていったって一度街を救ってくれた英雄だもん! 貴方は気取らずに街の人に接してとても頼りにされてる。休日の日は街の子供達に武芸を教え、次の世代を担う歳になったら武術を教えるの! 朝、鳥の鳴き声を共に起きて夕日で空が真っ赤に染まる頃に貴方は汗をタオルで拭きつつ日々自分に迫りつつある子供達の技量に大きな満足感と微かな寂しさを感じつつ――」
その光景が瞼の裏に本当に見えた気がした!
とても魅力的な世界。
「そして――そしてネ、貴方の隣には一人の女性――」
僕は彼女の手をひっぱるとそのまま強く抱きしめる! 直後に豪奢な馬車が彼女がたった今立っていたすぐ近くを走り抜けていく!
「あぶない!」
「……そうね……うん。これは……これは危険よ! あぶない……破壊力抜群よ!!」
「馬車の入街を規制したほうがいいじゃないかい?」
「ダメ! じゃんじゃん走らせよう、そうだわ! 私達が街にでたら入街料を無料にすれば――」
「ばか! 今轢かれそうになったばっかりだろ!」
僕の悪い癖、考え出すと周りが見えなくなる。
僕達はそのまま身体を合わせたまま激しく口論を続ける。数十分後に一人のガキに冷やかされて慌てて離れた。
どうやら彼女も興奮すると周りが見えなくなる性質らしい。
東門に着くと――ベネデッタは城壁を見上げ。
「これをジャンプして越えたの?」
「はい?」
「これジャンプして越えたんでしょ? 外門を閉じられて外壁の前で立ち尽くしかなかった連合軍の中で、貴方が颯爽とジャンプして外壁を飛び越し内側から門を開けたって――飛び上がった時に背中から純白の翼が生え同時に虚空から出現した剣がまるで意志を持ってるかのように動いて城壁にいた獣人を貫いたって歌ってたよ]
僕は盛大にずっこける! どうやら吟遊詩人か誰かが僕の話しをいろいろ脚色して回っている様だ。
「ちが――」
誤解を解こうと口を開くがその前にベネデッタは駆け出す!
彼女が向かう先を見ると門の辺りで門番と何人かの人々がなにかを言い合っている!
「どうしたの?」
門番はいきなり話しかけてきた少女に一瞬戸惑った様子を見せたが、相手がこの街の総括だと気づくと事情を説明する。
雰囲気から察するに――聖職者が入街料を払わないとかそんなモメ事らしい。
「巡礼者や遍歴職人からは取らないのに我々からは取ると、そう言うつもりかっ!」
十人ほどの司祭や助祭の集団の一人がそう声を張り上げる。
巡礼者は貧しい村々で金を出し合い代表者が、みんなの想いを託し聖地を目指すという行いで、彼等は旅慣れていなく騙されやすく、貧しい村の代表者が多いから入街料はとれないと彼女は話してくれた。
遍歴職人は余所の街で修業を積むために旅をしている職人達の事だ。業種ごとに修業証明書を持っていたり、その職、独特の歩き方で身分を証明したりする、普段は彼等からも入街料はとっていたが、今は復興のためには腕の良い職人が必要なために一時的に彼等から金は取らない様にして積極的に来てもらおうとしていると、ついさっき言っていた。
僕がそんな事を思い出している間にも司祭の旅団は門番にかなりきつい言葉まで浴びせている。
唐突に彼女が門番の前に立ち――まず聖印を切ってから、この地方特有の礼をする、それを見て慌てて彼等も聖印を切る。
しかし、それ以降いきなり現れた少女に対しても彼等の態度に変化はなかった。
これがもっと興奮した屈強な男の集団なら僕も黙って見てはいなかったけど相手は聖職者。僕は彼等の教義を知らないし、彼等から見たら僕も異教徒に当たるので変にこじれても彼女を困らせるだけになるだろう。旅団のリーダーは徐々に興奮気味に自分の名前と各地で行っている高尚な行いを語り出した。
後ろ姿だけでも彼女が辟易してるのがわかる――やがて彼女はリーダーの人だけを少し離し――あまり高くない彼女に合わせて身を低くしたリーダーに何事か耳打ちし、胸元を見せる!
――って! なにしてんのっ!!
驚きも束の間、まさに一変! 先ほどまで怒声を放っていた旅団のリーダーはなぜか土下座せんばかりに低姿勢になった。その様子から色仕掛けを使ったのではないとわかるけど……女の子が胸を見せるのはどうかと思う……けどな……。
僕は沸き起こったうまく言葉付けできないなにかに顔をしかめる……。
彼女はこちらに視線を向けるとニッコリと微笑み、僕のところに戻ってくる。
「どう? どう? 立派だったでしょ?」
自らの行動を誇らしげに語る。
「うん。凄い勇気だった」
その後に彼女は自分の今の格好がいかに仕事に向いてないかを語ってくれた。
「リボンは子供っぽく見られるし、紅い色が大好きなんだけど……」
僕は先ほど湧いたモヤモヤした感情もあって牛みたいだねって言ったら靴を思いっきり投げつけられた!
東門付近の店でかなり早めの食事になる。
僕の感覚でこの時間に食事はかなりおかしいけど、この地方の聖職者や貴族の食文化は日に二回。しかも『聖晩』という午後三時以降の食事には重要な意味があるらしい。朝食は僕と一緒でも構わないが『聖晩』である午後は異教徒の僕と一緒にする事はできない。
正直――理解に苦しむ。だが宗教観の違いを持ちだすと良い事にならないのはわかっているし、住む場所に合わせろとは先祖の言葉で僕はそれに倣っている。
メニューは近くの牧草村から運ばれた羊肉をキャベツと一緒に鍋で煮込んだスープ、それと時間が経過してかなり硬くなったパン。パンはそのまま食べるとびっくりするほど硬いのでパンに浸して柔らかくして食べるのが一般的。
食後に大道芸を見たり、離れた所から壺の口に手で投げた矢をいれたりする遊びをした。僕の矢は外れたけど、彼女は入り、はしゃぎながらドヤ顔で竜騎兵に勝ったって周りの人にも言いふらしていた。
出かける前は乗り気ではなかったけど――かなり悔しいけど、本当に渋々だけど、
楽しかった!!
日が傾き屋敷に戻り、服を軍装に変え愛馬――ミカンを連れてくる。
「今度はネ、お祭りをやるの! ぜひ来てね!!」
別れ際にそう言い、その時にも付き合う事を約束させられた。
「じゃ――戻るよ」
「えっ! ……う……ん……それだけ? もっと――」
僕はミカンの跨ると――
「ん? ごめんなにか言った?」
馬上からわかりづらいけど彼女は俯き肩を震わせている。
「えぇー言いましたとも……」
そう言いながら近くにある門番が持つモーニングスターを拾い上げ。
その様子に嫌な空気を感じ僕は慌てて向きを変える――直後、怒りに染まった顔を上げモーニングスターを振りかぶりながら襲いかかってきた!!
その殺気に戦場ですら上げない怯えの嘶き発したミカンが全速力で走り出す。
僕は次回は拘り卵のプリンを大量に持って言い訳にはなぜかミカンが怯えて走り出したと言い張ろうと考えていた。
隊に戻った僕は懲罰用の鞭片手に全員を整列横縦隊で整列させた。
「この中に――」
僕は自分より背の高い年上の大人達相手に脅しつけるように前をゆっくりと歩きながら意識して声を張る。
「隊長を裏切って、俺の情報を外部の者に漏らした不届きモノがいる」
そこで一人一人の表情を探る。
全員戦歴の猛者だけあって若干の上向き姿勢のまま微動だしない。
「軍規により鞭うちの刑に処するところだが――」
怪しい動きをした者はいない。
「いま名乗り出るなら俺にも慈悲はある」
一回そこで言葉を切り一呼吸置いた後に――
「自分から素直に前へ出ろ!」
なるたけ威厳を出す様に言ったが正直自信はなかった。
ざっ!
犯人が自分から前へ出た。
僕の予想を遥かに裏切るかたちで――
なんと隊員全員が一斉に前に出たのである。
一糸乱れのない行動に思わず僕の方が一歩下がってしまった。
『自分達がやりました』
隊員全員の唱和。
やられた!!
既にこの隊は僕のものではなく彼女に牛耳られている。
自警団――連合軍の一部隊をまるまる買い取るつもりらしい。
どうやら僕はまだ彼女を侮っていたらしい。
解散を告げると――
周囲がグルになって僕をからかったのに不思議と怒りはなかった。
今日大通りで彼女が語ってくれた未来図――決して訪れるハズのない幻想の様なものが形を伴っていくような気がした。
人に希望を見せる――彼女が街の人々に愛される理由を今こそ実感した瞬間はなかった。
僕はもう祈りを捧げなくなった主神の御名の変わりに彼女の名前を呟いて仮眠に入った。
「おやすみ、ベネデッタ]
戦況は膠着状態になった。
連合軍はここを重要拠点に設定し各地から増援を集め単純な兵力では過去最高の規模になっており、翼人や獣人も迂闊に攻めてこなくなり僕達は一時の安寧の時を過ごしていた。
その日は南西にある小さな湖で釣り糸を垂らして一人の時間を楽しんでいる時だった。ミカンの嬉しそうな嘶きに視線を向けると――白いワンピースに白い帽子をかぶったベネデッタが来ていた。
初夏の日差しの中できらめく湖面に視線を変え、映りこんだ彼女のほうに――
「姫様、この様な場所で御散歩ですか?」
一人の時間を邪魔された僕は皮肉混じりに言う。
「違うわ。部下を疑う意地悪な隊長殿の休日を見学にしてきたの」
と切り返された。
「総督殿も本日は休日ですか?」
「ええ。――ねぇ、もうやめない?」
「そうだね。ごめん」
彼女が本当に嫌そうな顔をしたので素直に謝罪の言葉を口にする。
釣り糸を上げミカンが休んでいる木陰に移動する。
「泳がない?」
返事を待たずに帽子をミカンの頭に乗せると脱ぎだす、僕は一瞬慌てるがどうやら下に水着を着てきたようだ。ワンピースと同じ赤い腰布と胸を覆う布地だけの簡素な物だったが似合っていた。
僕も上着を脱ぐと一緒に湖面に入る。
初夏のわりにその日は暑く水の中はとても気持ちがよかった。
少し二人で泳ぐ。
「泳ぎうまいね」
僕はバイキングの家系で潮の速いところで訓練したせいか、泳ぎは内陸に住む者などとは比べものにならないほど得意だった。
「悔しいな――ね、ね。泳ぎ方教えて」
「君はいつもそうだね」
なんにでもひたむきな彼女に僕はそう言った。
「人は死んじゃったらもう生き返れないんだもん、今を精一杯楽しまないと――ネ」
僕達は浅いとこに移動すると簡単に指導した。身体に触るたびに過剰な反応する彼女にちょっとドキドキしなかったと言えばウソになるけど――呑み込みが早く少し教えただけで彼女は驚くほどに上達した。
そう言ったら調子に乗って――
「私を捕まえてみて」
そう言って僕から離れて行った――それを少ししてから追いかける。
正直に白状すると、ちょっとだけ華を持たせてから無難なトコで捕まえる予定をしていた。
すぐに僕は自分の考えが甘い事に気付く!
単純なスピードでは僕が遥かに勝っていた。しかし――手の届きそうなトコで変幻自在に動き回り僕の腕をさっと抜けて行ってしまう。
水の透明度は高く見失う事はないけど、僕は彼女に触ることもできないでいた。
何度そんなやりとりを繰り返したか? 水底に向かって伸ばした腕を浮力を利用した急激な上昇でかわした彼女が湖面近くで僕を見下ろしていた。
陽光が射しカーテンの様になっている。その向こう側で彼女が僕を見下ろしていた。
そのまま何処か僕の手の届かないところに逝ってしまうような、そんな事を連想させてしまうほど幻想的な光景――に、胸に湧き上がる焦燥感を抑えられなくなり僕は必至で水を掻く。彼女の足に手が届くと力まかせに引き寄せ――そのまま強く抱きしめると、ゆっくりと浮上していく。ベネデッタは水から上がると盛大にむせ、必死に酸素を求めた。その様子で真っ白い帽子を頭に乗せたミカンが草を食むのを忘れてこちらを見た。
僕は離さずに僕達は泉の中央でしばらく抱き合っていた。
「――っしょ」
僕の腕のなかで彼女がクシャミをした。
「あ、上がろうか」
「……うん」
ミカンに背負わせている荷袋の中からタオルを渡す。ちょっとずり下がった彼女の胸に巻かれた布にドキドキしていた!
「あれ? それは?」
「――どこ見てるの? えっちぃ~」
タオルで胸元を隠しながら僕に厳しい視線を送る。
「えっっと……なにか……」
「もしかして見ちゃった?」
「う……うん」
彼女の胸元――丁度、心臓の位置に妙な痣が。
「これはね聖痕っていうんだって、わかる?」
名前ぐらいはあるけど、それが一体どういったモノか僕はしらなかった。
「知らないならいいわ。これを見せれば大抵の人は私を子供扱いしなくなるから利用させてもらってるけど……気になっちゃう? コレ」
そう言って隠していたタオルを広げようとするから僕は慌ててそっぽを向くと――
「いや。全然かっこいいと思うよ」
「そう……よかった」
なにがよかったのか僕には全然理解できなかった。
最近、僕はおかしい。
「……ベネデッタ]
つい漏れたしまった声に慌てて周囲を見渡す――何人かの隊員がこちらを見ていたが僕の視線に気付くと妙な笑みを浮かべて作業に戻った。
彼女が話していた祭りが近くなり公務に追われ僕の前に姿を現す回数がぐっと減った。最近では入街料を全面無料にして大勢の商人や芸人、近隣の村々からかなりの人が押し寄せているらしい。
この祭りで大きな利益を上げる事で竜騎兵団を買い取る資金にアテるので絶対に失敗できないと、かなりの張りきりを見せていた。
こんな風に空いた時間はいつも彼女の事を考えている。
そんな様子を見かねた隊員の一人が――
「隊長殿。女なんてガーと押し倒してバーとやっちまえばいいんですよ」
僕はそいつに馬糞の臭いが立ち込める一番ひどい厩舎の片付けを命じた。
「贈り物をしてみたらどうですか? 綺麗な宝石のついた指輪を左の薬指にはめてあげるときっと喜びますよ」
そう言って気取った感じで前髪を掻き揚げる。僕はそいつを男だらけで妙な噂の絶えない小隊に転属させた。
――どうやら僕の隊にはこういう時戦力になる者は皆無の様だ。
だが――贈り物というのはいい案だ!
しかし――毎回ご機嫌とりに甘いスィーツを持って行っている僕だけど先日――
「○○が好きって一回言ったら、毎回同じ物ばっかり持ってくる奴いるじゃない? ソレって最悪だよねー。ちっとは自分で考えろっての!」
という話しをメイド連中がしていた。う~ん……どういう物がいいんだろうか……?
僕は街に行って、良さそうな服飾品を見て回った――結果自分の決定的な経験値の不足を痛感したのみだった……。
結局『彼女に似合いそうだ』という理由で黒と赤のリボンを選んだ。綺麗に包装してもらった箱を抱え僕はミカンの手綱を引きメインストリートを歩いている時だった。
前方がざわめきそれと共に人の波が分かれる。
髪を結いあげたローズレッドの礼服を着た彼女がこの地方の有力者や連合軍の指令官とともに街を視察していた。
いつもと違った、その凛々しい態度と雰囲気に僕は立ちつくしてしまった。
彼女は作りかけの物をひとつひとつ丁寧に説明している様だ。周りの大人たちはその解説を聞いている。解説を聞きながらも大人達の視線は常に彼女を探る様に見てる事に僕は気付いた。おそらく新しい総括を量っているのだろう。その視線に気付いてるか、どうかはわからないけど、街の人が声をかけるとその一人一人に律儀に対応し手を振ったりして答えていた。
そのうち彼女が僕に気付く!
ぶるるるるる。
ミカンが鼻面で僕の背を押す。
『が・ん・ば・れ』
僕は口を動かしてそれだけ伝える。
距離があるため、うまく伝わるか自信がなかった。
『あ・り・が・と・う』
彼女のほうも口を動かしハッキリと返してきた。最後に手を振ろうとして包装した箱をもってる事に気付いて慌てて後ろに隠す。
彼女は何故かちょっとだけ不機嫌そうな顔をしていた。
野営地に戻ると『新兵器』だと言われる物が僕のところに届いた。
丸型の鋳物で、その中は空洞になっており中に火薬と信管を収め外側にピンとレバーがついている。ピンを抜くとレバーが外れ中部の信管が作動するようになっており目標周辺に投げて使用、範囲内のターゲットを殺傷するように使用する。従来の爆薬と違って携帯と使用が容易で密閉構造のため雨天の時や水中に投げ込んでも信頼性の高い作動率が売り。
小高い丘の上、眼下の森を一望でき、野鳥の観察や動物を見るのにも最適な場所、そこに寝転がりながら『新兵器』に関する仕様書を読んでいた。
「ん~……」
起き上がり大きく伸びをすると仕様書を置き、傍らの双眼鏡を取ると、再び伏射の体勢になり見たこともない綺麗な野鳥を探したり、湖を中心に広がる森に住む生き物は僕にとって見たこともない種が数多くいた。牙の生えた大きな豚――猪に追いかけられた時は肝を冷やしたけど……それを差し引いてもここは魅力的な場所だっ!
手綱を結んでいないミカンが構ってほしそうに鼻面を僕に何度も押しつけてくるのも構わず夢中になっていたら――
「なにしてるの?」
僕はその声に振り返る。
紅いリボンで長い髪を後頭部でまとめ、丈夫な布地でできたブラウンの上着に短めのズボン、靴はいつもの可愛らしいものではなくレザー製のブーツを履いている。森にくるには、それなりの格好ともいえるが、紅いリボンはどう考えても目立ってしまっている。
しかも武器の類も持たずに来るのは無謀だ!
先ほども言ったように森には人を襲う獣もいる。獣人や翼人の斥候がくる可能性も低くない――と、考えている間に彼女は腹這いになって森の中を見ていた僕の隣で同じように腹這いになる。
ミカンは僕を跨ぎ――おい! 主をまたぐってどんな駄馬だよっ!
「なに見てたの?」
「――と、鳥を見てた」
「鳥を?]
擦り寄ってきたミカンの鼻面を撫で、ベネデッタがちょっと可笑しそうに笑う。
「僕は海岸沿いで育ったからね、こんなに深く古い森は見たことがない、樹齢千年の巨木や鏡の様に澄んだ水質の湖」
「ちょっと前の雨季にはね、霧がかかってとても幻想的な光景になるのよ」
「本当! ちょっと前までは激戦だったから――景色を楽しむ余裕なんてなかったから気づかなったな……」
僕はその幻想的な光景を想像する。
「ねぇ――」
小首を傾げ僕に話しかけてきた。
「貴方の故郷はどんなトコ?」
「僕の?」
「うん。貴方の事をもっと知りたい」
故郷か――
湾の中に作られた海運都市。近くの小島を橋で繋ぎその規模はかなり大きい。
海賊や船乗り達が海運の拠点として作ったという、その街はひどく雑多で常に潮と異国の匂いをただよわせていた。船乗りは水より保存の効く酒を好み住人は常に酔っている、喧騒が途絶える事なく。
堅実に働くこの街の住人や森の神秘的な騒乱、なにもかもがこの街と全く違うのが僕の故郷だ。
「船が港に入るとすぐにお祭り騒ぎになるんだ! そうそう――言葉を喋る鳥や人にそっくりの小人『サル』を見た時の興奮は言葉にできないよ」
僕はその時の様子をなんとか伝えようと必死に身ぶり手ぶりを交えつつ話した。
「――ふふふふ、楽しそう」
「そうだね。あの賑やかな街は君に合ってそうだ」
「――じゃ、いつか連れて行ってくれる? 貴方の御両親にも会ってみたい!」
彼女のその言葉に僕はちょっと頬を掻いてから――
「その――親父達に会うつもりならちょっと覚悟しておいたほうがいいよ……」
彼女は身を浮かせると――
「怖い方なの? それとも信心深くて異教徒を認めない方?」
なぜかちょっと切羽詰まった様な感じで質問をしてきた。
「違うよ。豪放磊落な人で僕が女の子なんて連れてきたらきっと街中の人を集めて飲め騒げと大騒ぎになると思うよ。君も絶対飲まされると思う。故郷の酒は防腐のためにアルコール度が物凄く高いから覚悟しておいたほうがいい」
「大丈夫よ。慣れてみせるわ!]
そう言って笑った。
一瞬僕の一族が集まった大部屋で一族総勢の中央で椅子の上にあぐら座りをした彼女が同じ笑顔で大ジョッキを掲げている姿が見えた気がした。
がさ……。背後の茂みでなった物音!
僕は伏射体勢のまま背中の銃を取り、挿弾子を薬室に装填する。
「誰?」
彼女は声をかけるが――返答はない。
僕は油断なく繁みを睨み、銃を構えるのと茂みから影がでてくるのは同時だった。
「ベネデッタ!こっちへ――」
手を取り引き寄せると改めて出現した者を見る。体長は二メートル、体重は百ぐらいだろうか? 黄褐色の毛に覆われ耳の縁と長く太い尾の先だけが黒色をしている。
「待て」
その大きく裂けた口から静止の言葉が出る。
「我々の部族は戦争に参加してはいない」
「そうか。なら――立ち去れ! 後ろから撃ちはしない」
ベネデッタの手を強く握ると獣人に向かって言い放つ! しかし――獣人は頭を横に振る。
「それはできない」
「…………」
小銃を威嚇するように構え直す。
「……食糧をわけてもらいたいのだ」
「理由がない。去れ」
獣人が妙な動きすれば、すぐさま発砲できるようにしつつ。
ざっ。
獣人は地面に両手を着くと――
「頼む! 妻が――妻が身ごもっているのだが私の集落では翼人達に封鎖されてしまいこっそりと抜け出すのが精一杯なのだ! なにか――なにか食べる物を――」
その必死の訴えに。
「ねぇ、助けてあげられないの?」
自分の街を破壊したのも獣人だというのにベネデッタは全然気にしていない様だ。僕の手を握っていない方で袖を引っ張る。
「……わかった。ミカン」
獣人に警戒しながらもこちらにやってくる愛馬の鞍から荷袋を外すと獣人の方へ放る。
「保存食で味は保障できないが高カロリーである程度の栄養もある」
「ありがとう……他にも何かあるようだが……」
「構わない。袋ごと持って行け」
獣人は袋を担ぐと繁みの中に入っていく。
「君の名前は?」
去り際にそんな事を聞いてきた。教えてやると「息子だったら君の名前をつける」と言って森の中に消えて行った。
祭り当日は朝からとても不思議な雰囲気だった。
連合軍の野営陣もそれは変わらず、警備任務以外の者は例外なく街に繰り出していった。僕は以前、強引に着せられた礼服に今度は自ら身を包み。
寝具脇においてある武器に手を伸ばし――結局持たずに出かける。
今日は必要ない。
僕は斑模様の馬、ミカンに乗り、街で一番大きな屋敷に向かった。
使用人に馬を預けると屋敷の中に入る、今日は広く開放するとかで屋敷の内外に大勢の人で賑わっていた。
地元の有力者らしき者もワイン片手に何人か見かける。
「ドラグーンじゃないか!」
ヨレヨレの服を着て丸メガネをかけた二十代前半ほどの男が僕に声をかけてきた。
彼は『新兵器』と称する手榴弾を持ってきた人で以前から火薬や兵器開発に意欲的でハンドル式多連装銃身機関銃の開発者でもある。
「おひさしぶりです。マキシム氏。連邦はまだ参戦なさらないのですか?」
僕は敬礼をした後に言った。
海の向こうにある自由の国――連邦合衆国で生まれたアルビオン国民という異色な経歴のマキシマム氏、そのせいか生粋のアルビオン人よりもフランクで僕としては付き合い易い。――けど、この人は連合軍の主軸国であるアルビオンの技師で有名な“不滅の火“と呼ばれる不思議な火の製造法を知る数少ない科学者でもある。“不滅の火”は水で消す事はできず逆に水をかけるとその勢いが増す、水中ですら燃え続けると言われ『帝国』の初代皇帝は『絶対に外部にもらしてはいけない』という前文つきで、その製法を記した書を残したと謂われている。
この人はこう見えても地方司令官などよりも発言力を持った高官なのだ。
「連邦合衆国の世論はまだ中立、不参加派が多いようで、当分参戦は望めないだろう」
「そうですか……」
あの国の生産力と噂に聞く飛行機の技術があればもっと優位になるのに……。
「それより君が浮気をしてると聞いてね」
「浮気?]
「私が連邦から持ち込み、改良まで施した至高の名銃M1903を差し置いて女の子とイチャイチャしていると聞いたぞ」
「……自分は武器にそこまで傾合する趣味はありません。それに総括とボ――自分はそういう関係では――」
「ふむ。総括殿と言った覚えはないのだけどね。確か――ベネデッタ嬢だったか?」
「…………」
「はっはっはっはっはっはっはっは。いいじゃないか。総括殿ね。うん、うん。なかなか聡明で可愛いお嬢さんじゃないか――街でも噂になっているそうじゃないか?」
「…………」
これ以上墓穴を掘るわけにはいかないので、黙秘を通す事にした。
「私もベネデッタ嬢に頼まれたよ」
「……どんな事です?」
黙秘は二秒も続かなかった。彼女がこの狂科学者になにを頼んだのか気になってしまった。
「花火作りを頼まれてね――最初は爆薬を扱う私なら簡単に調合できると思っていたのだが……なかなか、どうして難しい作業だったよ。
いい色合いや打ち上がった時の見え方など精密な計算を要求されるモノでね――あれだったら、ただ吹っ飛ばせいい爆弾なんかの方がずっと簡単だ。試射を見て『花火職人になってはいかがですか?』と言われたよ――」
そう言って何処か寂しげなまなざしになる。
「実に――実に魅力的な再就職先だ。一瞬本当に大勢の弟子を抱え人々の喜ぶ花火職人をしている自分を妄想してしまったよ……」
そう言って自嘲気味な笑みを浮かべる。それが妄想でしかない事を彼は理解している、“不滅の火”の製法を知る者がアルビオン軍を出る時は死体の時だけだ。
「――おぉ。そうだ。君の報告書を読んだよ。『爆発までの時間長くてこれでは投げ返されて使い物にならない』だったね、五秒だった信管の作動を三秒に変更した改良品を作ったのでまた使用感を教えてくれたまえ」
そう言って丸型の鋳物を渡してくる。
「ん? 心配しなくてもいい。君の様に素直な意見を言ってくれる者は意外に少なくてね、苦言を出したからといってもなにかしらの処分――」
そうではなくて! 礼服に華やかな場で爆弾を渡しますか?
「はぁ……。しかし今日は礼服ですので……」
「ズボンのポケットにでも入れておけばいいだろう?」
僕はしぶしぶ爆弾を受け取るとズボンのポケットに入れる、爆弾を……。
「お! 総括殿が来たぞ。行ってきたまえ」
そう言って僕の持っていた包装された箱を見ると『がんばりたまえ』という風に持っていたグラスを上げる。
「その――スピーチ凄くよかったよ」
「ふ~ん…………。姿が見えなかった様だけど」
内心で舌うちしながら話題を変えるためにも僕は容易していた箱を渡す。
「わぁ! ね、ねね、開けていい?」
「もちろん」
中は赤と黒二色のリボンの――それを見たベネデッタは箱を抱きしめて喜んでくれた。
「でも――ごめんなさい。今日は公務中なの着けられないわ」
「いいよ。今度着けて見せて」
そう言うと大事そうに抱え部屋に持っていった。
戻ってきた彼女と一緒に外へ出る。通りにはズラリと屋台が立ち並びおいそうな匂いが漂ってくる!
僕と彼女は顔を見合わせ、近くの屋台で串焼きを買った。彼女は礼服に串焼きのタレが落ちないか気にしながらもおいしそうに頬張っていた。
串焼きを持ちながら広場で演劇を見たり、手品の大道芸で楽しそうに手を叩いて拍手を送った。占い師に僕達はとても相性が良いと言われた時にはちょっとドキッとした!
なぜなら――僕は今日ベネデッタに想いを告げると決めていたからだ。
街にはいたるトコに楽団がいて、それぞれ全く異なった文化の音楽を奏でていた。管楽器と弦楽器、タンバリンの様な打楽器の三種類で軽快なリズムの音楽は僕の故郷をちょっとだけ思い出させてくれた。
別の場所では司祭達が厳かに演奏をし、一人の女性が神秘的な歌を披露していた。彼女がちょっとだけ祈りを捧げ。
獏達はいつの間にかお互い手を繋ぎ合い、楽しそうな場所を見つけては足を止めた。
「そろそろ花火が始まるから――」
礼服に銀鎖で繋がっている懐中時計を見ながらベネデッタはあの丘で一緒に見ようと言った。
あの場所なら邪魔もはいらないし、好都合だと思い。なるたけ奥にいかないように森を進み、眼下に湖を望むあの丘に僕達は座った。
ひゅるるるるるるるる――
長い尾を引く音の後に星空の海の中に大輪の花が現れる、少し間をおいてドーンという腹に響く音が続く。
おざなりな会話はするものの僕達はその光景をほぼ無言で見ていた。
僕が上を向いているのに疲れ少し重心をうしろに移そうと身体を支えていた位置を変えた時だった。
手が温かく柔らかい物に触れた。
その場所には彼女が先に手を置いていた。不意の出来事に僕達はお互い顔を見合わせ――そのまま見つめ合う。
ドーンと花火が打ち上がり僕等を照らす――直後一瞬訪れた闇の中で僕と彼女の影は重なり合った。
再び花火が打ち上がり明るくなる前に僕達は離れる。
彼女の顔は闇夜でもはっきりとわかるほど赤くなっていた。
「お、おわちゃったね……」
「う……うん」
正直にいうとかなりドキドキしてまともに彼女の顔すら見えなかった。
「もどろ」
服の砂をはらって立ちあがる。
彼女が歩きだす。
僕は自分の唇に触れ――なにか大きな風切り音と背後に重い物が落ちる振動がしたのはこの時だった!
僕は振り向くと――隻眼の恨みの炎を灯した翼人が立っていた!!
「ぐっ……!」
腹が燃えるような感覚――視線を向けると剣が僕の下腹部に深々と刺さっていた!
「……あ……あっ……」
口から自然と息が漏れ立っていられなくなり膝立ちの姿勢になる。
首筋に冷たい感触――僕の血で光る刀身が添えられる――翼人は剣を引かなかった。
慈悲を見せたわけじゃないのはその憎悪に曇った片目をみれば明らかだ。
一度添えた剣を引き大きく振りかぶる! 首を斬り飛ばす事にしたらしい!
くっ……悔しいが……僕はどうする事もできずにせめて最後まで睨みつけてやる事にした。
「だ――だめぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
悲鳴の様なベネデッタの声と彼女が翼人に体当たりするのは同時だった。
そのあと記憶の欠如――
つぎに覚えてるのは涙をこぼしながら僕を見つめる彼女――その頭越しに翼人の姿が見え――剣を振り上げる姿に僕は反応する!
キン――
地面にピンが落ち軽い金属音が響く。不用意に近寄ってきた翼人の口の中に手榴弾を握った手を突っ込んだ!
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォ!!」
翼人の口腔内に入れた手榴弾のトリガーレバーを指で強引に外す。
爆発音は――ほぼなかった。
片腕失った痛みは感じなかった。頭を失い噴水の様に鮮血を吹きだしている翼人を視界にベネデッタを守れたという安堵感もあり自分の身体から急速に力が抜け視界が狭まっていく。
りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり――
虫の音がとても心地よく耳に届いていた。
仰向けに倒れ、満天の星空を見つつ僕はとても穏やかな心境だった。剣で身体を串刺しにされ内臓の大半を傷つけられ絶え間なく流れ出る血に腕は手首から先が無くなっている。
あぁ……瞼が徐々に重くなり走馬灯の様に楽しい思い出が――この瞳を閉じたらもう目覚めないな……漠然と感じた。
僕の命は間もなく尽きる。
その時だった――ここにきて僕は重大な事を思い出した!
『一度も彼女に“好き”と伝えていない』
りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり――
再び目を開けると、ベネデッタが嬉しそうに微笑む。
「大丈夫だから、すぐに運んですぐに治してもらって――それから――それから」
僕は想いを伝えようと口を開く。
しかし――僕の口からは大量の血が吐き出されるだけだった。
「しゃべらないで! 大丈夫、大丈夫だから――」
なにが大丈夫なのかわからないけど彼女はしきりに大丈夫と繰り返す。
お互いに既に僕が大丈夫じゃない状態なのは理解している。だから僕はもう一度口を開く。
すぐに大量の血を吐き出し、激しくむせただけだった。
「――」
彼女がなにかを言ってる。
伝えられない悔しさで涙が溢れた。
もう一度口開く――やはり言葉は出なかった。
再び急速に狭まっていく視界の中で――
……まって……くれ。ひとこと……ひとことだけでいいんだ……ひと……こと……。