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episode6

 ───声が聞こえた。

 まるで泣いているかのような、怒っているかのような、何処か期待が籠った悲痛な声。

 それは耳から響く訳ではないらしい。それは周囲で平然としているセンナを視れば一目瞭然だ。仮にあの音が響いて平然と出来るなら、ホラー映画などに脅えはしまい。

 しかしだとしたら何故自分に聞こえるのか。そう考えて一つの結論に達した。───ああ、成程。これがイベントという訳か。

 それならば行かなければならない。あんな声を出す相手を放っておくなどとんでもない。

 アレは尋常な叫びじゃない。アレは人が出すような声じゃない。そんな物を出す奴が真っ当な奴であるはずがない。そんな声を出す奴が街の近くに現れたのが自分の責任だなんて考えたくもない。

 なので早々に終わらせて、本日はログアウトするとしよう。まだ薫子には出会っていないが、まあそれは後日菓子折りでも持っていけばいいだろう。……確かアイツはから揚げ入りのクレープが好きだったか。一応兄貴分としては肉よりもフルーツとかを好いてくれた方が安心できるんだが、まあ、今更か。

 

「エウクレイア、───往くぞ」


 工房を出て空を見上げる。もう時刻は夜であり、この世界の流れが現実よりも早い事を実感する。

 そんな夜中に浮かぶ月は、何処か儚げな硝子の様に冷たい満月だった。


 ◆



 声に導かれようにジョージは歩を進めている。

 その先はまだ往った事のない東の地。夜になると美しい草原の風景とはあまりに似つかわしくないアンデット系のモンスターが出没すると言う話だが、不思議な事に本日は一匹も姿を見せない。その代わりとでも言うかのように、無残に切り捨てられた白骨死体の群れがある一点を目指して何体も積み重なっている。

 その白骨死体の先には一振りの剣が突き刺さっている。赤錆だらけの幅広剣は、しかし月光を反射して輝いているように見える。そんな馬鹿なと疑うが、しかしその輝きは近付くにつれて強くなるばかりだ。

 そして、ふと気が付いた。その剣を握る一人の男がいる事に。

 その男は筋肉隆々とした益荒男だ。上半身は無数の傷があり、鎧は砕けたように中途半端。あまりの圧迫感に空気が軋んでいるが、しかしその男の身体は半透明であり、透けた風景が風に揺られている。

 それを見てようやく気が付いた。───ああ、この男は死人なのだと。

 

 ジョージが気付いたように、男もまた気が付いている。

 線の細い美男でありながら、血に飢えた獣の如き凶相を浮かべるこの吸血鬼こそが、自らが求めた敵なのだと。自らが求めた戦人なのだと。

 故に男はにやりと笑みを浮かべる。それは獰猛な、それでいてどこか友好的な笑み。戦場でのみ浮かべられる独特な笑みは、しかし相手に通じたらしく、相手もまた同じ笑みを返してくる。

 ああ、───これこそが戦場(いくさば)だ。

 錆びた相棒(つるぎ)を抜き放ち、笑う好敵手へと刃を向ける。

 対して相手は武器がないのか、長く鋭い銛のような角を取り出している。それは戦士が没した後に誕生した「角槍ディア」と呼ばれる鹿型モンスターの角であり、見た目の細さとは裏腹に異常とも言える頑強さを有している。

 

〝魔王軍第三部隊所属アルベルト〟

「目標魔王の吸血鬼ジョージ」


 ───合図は、必要としなかった。

 速度の面で上回る錆剣に対して、角槍はその間合いを持って牽制する。

 しかし死霊はその身に槍を受ける事無く、紙一重、まるで透り抜けるかのように身躱し、剣の軌道を瞬時に変更する。横薙ぎの剣閃は、剣光のみを残して上段の振り下ろしへと変化して、槍が引くよりも尚迅く、乳白色を両断する。

 その一幕に吸血鬼は感嘆するかのように口笛を吹き、切断された槍をそのままに、逆の掌から新たなる槍を取り出して相手へと刺突を繰り出す。それは死霊にも予想できない一撃ではあったが、しかし戦場での高揚によりその一撃に剣で受け流す事に成功する。しかしその行動により、己の間合いの外へと敵が移動させる隙を作った事を知る。


 通常武器を使用する場合、装備から選択し、持ち直さなければならない。

 しかし戦士である場合、インベントリからアイテムを取り出し必要がなく、スキル「換装」により瞬時に装備を変更する事が可能となっている。状況の変化に強い変則的な戦闘者、それが戦士の本質だ。


 そして、ジョージの行動はこれだけでは終わらない。

 折れた角槍を投擲し、すぐさま逆の手の槍も同じく投擲する。ついで瞬時に取り出した巨大な丸太をその場で抱え、猿叫の如き咆哮を上げて突撃する───!

 それに対して死霊は冷静に、己の技量を持って小細工に真正面から立ち向かう。

 迫る槍を拳で横払い、次の槍の先端に己が相棒の切先を向けて軌道を逸らし、迫る益荒男へは全力の大上段を振り落した。───拮抗はない。

 支えを失った丸太は重々しい音を立ててその場へと堕ち、その陰で吸血鬼は苦悶の表情を浮かべている。痛覚再現を最大に設定していた異常者は、自らの右腕が絶ち斬られると言う仮想現実に、灼熱の如き幻痛にその身を燃やされていた。

 それでも尚諦めない気骨だけが、死霊の目には妙に眩しく映っていた。

 そう、───過去の自分もそうだった。

 時代の変わり目の戦争で、銃により殲滅された第三部隊の面々を思い出し、その中で唯一最後まで一人の戦士として死のうとした過去が、あまりにも眩しい生き汚さが今目の前で輝いている。


〝───我ニ挑ムニハマダ早イ〟


 立ち上がろうとする好敵手の首筋に錆剣を突き付ける。

 それは戦士として足掻く者への最後の餞別、戦士としての死を与える必殺の一撃。

 貴様はこの程度で終わらんだろうと、次の機会を夢想した死霊は悲しげな笑みと共にその一撃を振り下ろし、───しかし、それは叶わなかった。


 夜の中に更なる夜が下りてくる。

 影の中から闇の化身が溢れだす。

 闇の中で幼き双眸が怒りで燃えている。

 苦悶に呻く吸血鬼が、あまりに凶悪な笑みを浮かべた。


〝───貴サ、マアッ!?〟

「切り札ってのは、最後に出すもんだろう?」


 闇は無数の刃になりて、眼前の死霊(てき)を喰い殺さんと咢を開く。

 最後の油断を突かれ、避けるにはあまりに遅すぎる。しかし防ぐにはあまりに数が多く、何よりあまりに重すぎた。それが口を閉じるのと、死霊が剣を振り下ろすのはほぼ同時に行われ、そしてほぼ同時に決着がついた。

 錆剣は首を両断するに至らず、しかし袈裟にその肉体を切り開いた。

 咢は敵を逃がすことなく、しかし主を守る為に向けた刃分だけ相手を喰い殺すに至らなかった。

 結果は相打ちのように思えたが、───しかし。

 ジョージの傷が修復されていく。それは逆再生の様に肉体を修復し、僅かな線だけでを残して傷は消失した。しかし回復しきれない一撃は、状態異常《出血多量》として肉体を蝕んでいた。

 対して死霊は傷を癒す術がなく、戦闘者としての矜持のみでその肉体を保っている。だが今にも崩れてしまいそうな程に、その身体は薄れ、その剣は光を失っている。

 両者死に体、しかし意志だけは尚健在。

 互いによくぞ生きていると獰猛に笑いながら、最後の一撃に勝負を託す。

 死霊はこれしかないと、己が相棒を大上段に構え、己が最後を夢想する。

 吸血鬼は変貌した相棒(せいれい)を握りしめ、金の構えにて笑みを浮かべた。

 

 ──────斬。

 始まりも唐突なら終わりもまた唐突だ。

 月光の下、崩れるように倒れたのは吸血鬼だ。先程とは逆に袈裟に斬られ、その激痛に身を任せるように大地へとその身を預けている。

 死霊はその様子を眺め、半ばで断ち切られた相棒と、消失していく肉体にただ満足げに消失していく。

 これにて月下の決闘は閉幕した。

 勝者は満足の中に消失し、敗者は苦渋の中で生を掴みとる。

 残されたのは半ばで折れた錆剣と、死霊が遺した意志が一つ。

 そんな小さな戦場で、女神が微笑み空へと消えた。

 懐かしき戦士の魂を連れて、愛しき戦士の死を讃える為に。

状態異常《出血多量》

秒単位HPが5減少する。傷が増えた場合、ダメージ量が上昇する。



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