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episode4

 センナの工房を出て、南門を目指して通りを進んでいく。

 道中で何度も人々から恐怖や嫌悪が混ざった視線を感じて、思わずため息が漏れる中、準備としてプレイヤーが経営する露店へと顔を出す。───ちなみに判別の仕方は識別のアイコンに触れると頭上に現れる三角形の色で行っている。NPCの場合は青、プレイヤーは赤と言う風に表示される。

 露店の主人はどうにも頑固そうな男性であり、厳つい表情のまま、ちらりと此方を一瞥すると一瞬だけ驚いた表情を浮かべて、すぐさま仏頂面に移行した。しかし何度か視線が此方に向けられるのを感じるので、珍しい吸血鬼を前にして少し驚いているらしかった。


「生憎と人工血液は扱ってないぞ」


 ぽつりと呟かれた言葉に虚を突かれる。

 どうも人口血液を欲していると思ったらしいが、そもそも初期ログイン時に種族ごとに分けられるアイテムの中に人工血液が10個入っている。なので現在はそこまで欲しておらず、むしろ欲していたのは並べられている様々な調理器具なのだが。


「別件だ。なので商品を紹介して欲しいんだが、手持ちはこれで足りるだろうか?」


 手持ちの金は5,000程。まさか最初にこれ程の金額が渡されていると思っていなかったので所持金を調べた際に少し驚いたのは記憶に新しい。


「……他人に所持金を簡単に見せるな。まったく、これだから初心者は」

「ほう、分かるものなのか」

「他人に容易く情報を与えて、初期装備で、おまけに俺の店に来た時点でほぼ確定だ。まあ、吸血鬼のプレイヤーなんざ久しく見ていなかったが」


 俺の店と言う言葉でどうして初心者になるのか。不思議なので聞いてみるとなんでもこの店はNPCを相手にした店なのだとか。所謂プレイヤーが欲しがらない日用雑貨を中心に扱っているらしく、情報版でも散々に叩かれた事もあって今ではプレイヤーが来る事は殆どないとのこと。個人的にはNPC相手に商売を考えると言う発想が凄いと思うんだが、さて。そこら辺は人それぞれだしな。


「まあ、そんな訳で俺の店よりいい店なんざごまんとあるぞ。NPCの店も含めて基本はプレイヤーを中心に商売をしているからな」

「別にプレイヤーらしい物が欲しい訳じゃない。私の知り合いに腹ペコ娘がいてね、まだ時間の関係で会えてはいないが、どうせ食事もせずに来るだろうからその際に手料理でも食わせてやろうかと思っているだけだ」

「……驚いた。まさか本当に日用雑貨を欲しがるプレイヤーに会うとはな」


 にしてもその面で料理人かよ、そう言って主人──オヤジは様々な商品を取り出した。

 ちなみに出された商品は全てが5,000(セル)以内で購入可能な物だ。それ以上を視たいのなら稼いで来いとにやりとしている。いやはやまったくもってその通り、しかしNPC相手に売却とか出来るのだろうか、塩をまかれそうなイメージがあるんだが。

 ちなみに、どうでもいい話だがこの世界にて料理人以外が料理をする事は少ない。空腹時にはたまに行う程度だそうだ。

 味は再現されるが特殊な効果は一切つかない、空腹だけは何とかなるもののそれなら店売りの安いパンでも十分(尤も拙いので料理人の料理が基本的に売れているらしいが)。故に余程の暇人が片手間に作るか、もしくは現実で時間がない人間が現実よりも時間の流れの早いこの世界で練習として行う程度。なんともまあ、つまらない話である。───尚、飯マズ嫁の矯正と言う意味では一定の成果を残しており、レビューにも書かれていたりするらしかった。

 閑話休題(まあ、それはともかく)

 現在並べられている商品は4つ。まな板とセットの日本刀包丁「煉」、それなりに大きい銅製フライパン「匠」、使いやすそうな木製麺棒「撲」、地味だが温かみのある土鍋「深」の計4点。ちなみにどれも最低ランクの商品らしく、値段は1種類当たり2,650c。手持ちで買えるのは1種類だけか。


「初心者サービスで5,000払えば2つやるぞ。今ならおまけで調味料も付けてやろう」

「ありがたい、ならば包丁とフライパンを頂こう」

「毎度あり、───ああ、そうだ。外で使うつもりならこれも持っていくといい」


 渡されたのは小さな小箱、中には先端に赤く膨らんだ小さな棒が無数に入っている。

 まあ、所謂マッチなのだが、普段使い慣れた物が手元にあるせいか急に煙草を吸いたくなった。アメリカンスピリッツと贅沢は言わないが、煙管でもいいからないだろうか。


「いい買い物をした、また機会があれば世話になるだろう」

「おう、頑張りなよ吸血鬼。出来れば次もそうであれば嬉しいぜ」


 そうして、私は本当に門を通り抜けて草原へと旅立った。


 余談だが、この後すぐに周囲のNPCから心配の声を掛けられたオヤジが、ため息交じりに吸血鬼を擁護してくれたとか、してくれなかったとか。



 ◆



 自治区ドローレス周辺、南の草原地帯。

 一本道である街道の先には耳長が治める大森林へとつながっており、交易の為に幌馬車がゆったりとした速度で進んでいる。その周辺には護衛らしい者達が複数人いるが、間違いなく気が緩んでおり、談笑をするだけでなく、欠伸交じりに周囲の警戒を行っている者もいる。

 まあ、それもしょうがないだろう。この周辺は雑魚としか表現の使用のないモンスターしか存在しておらず、盗賊も大森林と自治区の兵士により見つかり次第悉く駆逐されている。その為護衛すら雇わず進む商人もここいらではそれほど珍しい存在ではない。むしろこの商人のように護衛を雇う者の方が珍しいくらいだ。

 そんな幌馬車を護衛している剣士───プレイヤーのカケルは、望遠レンズで覗いた先で戦闘を行っている者を目撃した。

 巨人族の自分ほどではないが背高で、艶のない黒髪を伸ばした細身の男性。端正な顔立ちではあるものの、その顔は何処か人を怯えさせる何かがある。叫ぶように笑う口元から伸びた牙の鋭さが鬼人族、それも今時珍しい吸血鬼である事を示していた。

 吸血鬼など今では希少な存在なので、おそらく初心者プレイヤーだろうと思い、少しの間そちらを見ていて、ふと、その存在が武器にしている物に疑問を持つ。───なんというか、ひどく見覚えがあるのだ。あの緑色で稀に奇妙な音を上げる子供のような存在が。


「───アグリ?」


 そう、初心者が最初に戦う事になるモンスターで、一般的なゴブリンのイメージをそのままにしたかのような雑魚の一匹である。醜悪な面をした子供の様な姿をして、肌の色は緑で腰に小さな獣の皮を巻いているだけの出で立ちをした子鬼。その両足を片手で握りしめながら、周囲にポップするモンスターを相手に奮戦しているらしい。ちなみに何度か悲痛な叫びが響いた気がしたが気のせいだろう。

 このゲーム、自由度が高いって聞いてたけど、そんな事も出来るんだ。

 そんな感想を胸に抱きながらカケルはその戦闘を見続けていた。当然、護衛の仕事など頭から抜け落ちており、しばらくして正気に戻った後、友人や依頼主に窘められるのだが、まあそれは蛇足だろう。



 ◇◆◇  ◇◆◇



 さて、草原に出ていきなり緑色の子鬼に襲われた。

 しかし現実で不意打ちなど嫌と言う程されており、過去に複数の不良相手に大立ち回りをした経験がある程度には喧嘩慣れしているので即座に子鬼の腕を捻り取り、逆の手で相手の顔面に肘を入れる。体勢を崩した子鬼の顔面を掴み、そのまま大外刈りの要領で近場の石に後頭部を叩き付けた。

 それきり動かなくなった子鬼をどうするべきかと悩んでいると、数秒後に崩れる様に消えていき、植物の葉を一枚残して消失した。


【アイテム】薬草(消費アイテム)

傷を癒す効果を持つ植物の葉。単体では効果が薄いが、一応薬用効果は存在する。お茶、お酒の原料にもなる。HP30回復。


 何とも幸先のいいことで。

 これがあれば死ぬ事さえなければそれなりに回復できるだろう。少なくとも戦闘続行は可能になる。

 それだけで十分な価値があるのだが、個人的に気に入ったのは酒の原料に出来る点だろう。これはなんとも楽しみだ。施設は使えないだろうし、拠点(ホーム)を入手次第作ってみるとしよう。

 さて、次のモンスターは何処だろうか。

 そんなピクニックにでも行くような気楽さで私はその場から駆けていき、───露出した肌から煙が上がり初めて即座にステータスを確認した。

 見るとHPが徐々に減っている。それだけではなく、身体機能も少なからず落ちている。特にSTRとVITの減少値が酷い。共に-3されている。成程、これが「陽光脆弱化」と言う訳だ。

 このままでは戦わずして死にかねない。それだけは勘弁したいと足を速めるが、それでも一定間隔で減っていくHPの速度は近場の日陰につくよりも先に尽きてしまいそうだ。

 このままでは拙いと薬草を口に放り込み、あまりの苦さに涙目になりながらも何とか一命を取り留める。尤もその命も徐々に減っており、おまけに道中で襲いかかって来るモンスターを相手にしなければならないので余計に時間が掛かる。これは少しばかりひどくねえかスタッフ!? そんな愚痴を吐きたくなる程度には追いつめられていた。

 そんな中、ふわりと闇が視界を塞いだ。

「変幻のエウクレイア」可愛らしい容姿をした、相棒たる闇精霊だ。記憶にあるワンピースとは違い、フリルがふんだんに使用された可愛らしいドレス姿もまた似合っていた。

 エウクレイアはどうしたのと言わんばかりに此方に可愛らしく首を傾げて見せているが個人的に今はそれどころではない。今は相手をしている暇はないんだと伝えようとして、───エウクレイアのステータスが開ける様になっている事に驚き、何が打開策はないかと急いでステータス画面へと移行する。



==== ====


【NAME】変幻のエウクレイア/LV1

【RACE】闇精霊(ユニーク)

【TITLE】高貴なる魂(ゴシックハート)魅了する者(アイドル)

【SKILL】変幻(ユニーク)、闇魔法LV1、物理無効(38%)、闇魔法吸収(50%)

【VITALITY】HP250/250 MP300/300

【PARAMETERS】STR1/VIT2/DEX7/AGI10/INT20(+20/MND20(+20)

【ARMS】変幻する肉体[STR+INT/耐久無制限/自己修復/成長]変幻するゴシックドレス[INT+20、MND+20/耐久300/自己修復機能/成長]

【ACCESSORY】[変幻するゴシックヘッドドレス/物理無効習得速度上昇(一戦闘+2熟練度)][変幻するゴシックニーソ/属性魔法吸収習得速度上昇(一戦闘+2熟練度)][変幻するゴシックブーツ/闇魔法「夜の帳」使用可能(一時間光を遮る結界を発動する/MP20)]


==== ====


 ─────おかしいのは俺の頭か、スタッフの優遇か。

 ピーキー過ぎる性能云々はともかくとして、この能力は少しばかり卑怯ではなかろうか?

 物理無効は普通に異常すぎると思うのだが、……コレのどこが愛玩用なのか小一時間程問い詰めてやりたくてしょうがねえ。

 だが今はそれは大した問題ではない。闇魔法「夜の帳」、これがあれば日中間でも戦える。


「エウクレイア、「夜の帳」を頼む」


 エウクレイアの反応は速かった。にこりと微笑んで空中で二度靴を鳴らす。途端に私を包むように明度の高い黒のベールが降りてきて、無数の文字列に変化して周囲を囲むかのように昏く瞬いた。

 皮膚から昇る煙が止まり、HPの減少も停止した。ステータスも元に戻りエウクレイア様々だ。


「ありがとう」


 言葉短く伝えると、遠慮なく指先に噛み付いて魔力を味わうように咀嚼し始めた。……まあ、魔力を使う必要がないので別に問題はないんだが。

 さて、それでは戦闘らしい戦闘を再開するとしよう。走り回っていた事もあり、周囲はモンスターだらけだ。気味の悪い小鬼の「アグリ」、イッちまった目を爛々と輝かせた「狂い鷄」、角を生やした兎の「カルンアナブラ」。計三種類のモンスターが、一二三、……15匹程。

 コイツはまた楽しそうだと、とりあえず近場にいたアグリへと接近し、足払いで浮かんだソレをしっかりと握り締めて適当に振り回す。人一人を軽々と投げ飛ばす筋力は、やはり軽い小鬼を振り回す程度は楽に行えるらしい。

 喚き暴れる小鬼を何度か地面に叩き付けて黙らせ、エウクレイアに影の中に入っているように伝える。スルリと影へと沈み込むのを確認して、


「おっと、忘れちまうところだった」


 襲い掛かってきたカルンアナブラの角をアグリの頭部で対応しながら、オプション画面から痛覚再現を最大───現実と同じ状態に変更する。こっちが相手をぶち殺すのに痛みがないのはフェアじゃねえ。それにエウクレイアは普通に傷付いたりするらしいのに同じ条件じゃないのは恥ずかしいじゃねえか。


「エウクレイア、可能な限り俺の動きを見て、───出来そうならやれ」


 返答を待たず襲い掛かる。アグリの頭部に刺さったカルンアナブラはそのまま地面に叩き付け、アグリで押さえたまま足で首目掛けて踏み付ける。ピクリと震えたソレを片手で持ち上げ、今まさに襲い掛かってきた狂い鷄を踏み台に後方で石を構えていたアグリ目掛けて投げ付ける。

 命中を確認するよりも早く、首筋に違和感を感じ、咄嗟にアグリを全力で振るって身体の位置を僅かにずらす。途端、先程までいた場所に鋭い角が掠めていった。───流石は兎、踏み台使用のジャンプさえ自慢の両足で食らい付いてきやがった。

 地面に降りる直前に右斜め前方から突っ走ってきた狂い鷄にアグリを叩き付け、ようとした瞬間にアグリが消失する。最悪のタイミングに回避を捨て防御を選択し、


「───」


 それよりも速く影から伸びた棘の先で狂い鷄がぶら下がっている。未だに暴れてはいるのだが、あれは時間の問題だ。ならせめて役に立てと、ぶら下がっている狂い鷄目掛けてボレーシュート。

 棘から抜けて跳ねる先はアグリや別の狂い鷄の中間辺り、咄嗟に避けたアグリがバランスを崩したのを確認し、


「エウクレイアッ!」


 途端、影が膨れ上がる。身体から何かがごっそりと奪われる感覚と共に現れた蠢く巨大イバラは見事な闇色で、格好つけて伸ばした腕の方向へと勢いよく延びていく。

 バランスを崩したアグリは勿論、すぐ真横にいた狂い鷄、カルンアナブラもろとも巻き付き、ぐしゃりという効果音を残して消滅した。───先程の棘を期待したんだが、まあ予想以上でありがたい。

 敵残数が10を切り、学習したのか考えなしに突っ走る狂い鷄の背後からカルンアナブラとアグリが追従する。一定間隔を保ち迫る三匹を前にエウクレイアに手を出すなと伝え、


「千客万来痛み入るってなあッ!」


 狂い鷄にヤクザキックを喰らわせて逆方向へと吹き飛ばす。咄嗟に避けれず弾かれたカルンアナブラを掴み、ブレーキを掛けようとしたアグリの口内へと角を突き立て、そのまま地面へと叩き付けた。

 その瞬間を狙っていたのか、残り三体にまで減ったアグリの何者かの放った石が側頭部へと突き刺さる。久しく感じなかったふわりとした感覚と、頭部から首筋に流れる温かさに思わず顔をしかめ、笑みを深めた。

 幸いHP的にはそう減ってはいない。クリティカルヒットで13D(ダメージ)、残りHP41。

 頭から血が抜けて少しだけ熱が醒めた。どうもガキらしい事に久方ぶりの喧嘩に血がたぎっていたらしい。

 コイツは恥ずかしい真似をした。冷静になった途端、先程までの無駄だらけな行為を反省して、自然体で戦いに臨む。……喧嘩の時は何時だってこうだったってのに。

 先程とは違い、真っ先にアグリ以外を殲滅すると選択した。動きの素早い狂い鷄、一撃が鋭いカルンアナブラ。どちらにするか考えるまでもない。


 選択は狂い鷄、あの考えなしの突っ走りは色々と邪魔だ。

 アグリの投石、カルンアナブラの突進、狂い鷄の突撃。それらを最小限に防ぎながら、狂い鷄だけ首と頭部を手で握り締め、力任せに回転させる。残り一匹に至ってはエウクレイアの棘に貫かれ、二度目の光景の中でもがいている。

 残数アグリ3、カルンアナブラ2。こうなれば後は単純作業、カルンアナブラを武器変わりにアグリを刺殺して、最後は二羽を地面に何度も叩き付けて終了だ。


「───はぁ、スッキリした」


 ストレス解消とまでは言わないが、たまに暴れるとスッキリするもんだ。エウクレイアとの連携モドキもそれなりで、まあ初戦闘と考えればいい結果だろうな。


 さて、───ドロップ品でも拾うとするか。

【TITLE】称号。称号ステータスが変化する場合が存在する。

高貴なる魂(ゴシックハート):偉大なる魂の系譜。同種族間で特別な存在である証。

魅了する者(アイドル):あらゆる行為が周囲を虜にする魔法。隠しパッシブスキル「幸運」発動。


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