episode19
遅くなり申し訳ありません。
ペットの犬が臨終して書く気力がわきませんでした。
燦々と輝く太陽の下、焦げる身体は既に風化仕掛けており、四肢に力が入らない程にHPMPを呪いの逸品に吸われた私は、和服に割烹着をきた女性に手当てされていた。正座した程度で痺れるような事はない両足だが、しかし呪いと太陽のWパンチにグロッキーな体は最早動かす事もままならない。這いずり回り木陰へと移動したので陽光に蝕まれる事はないものの、しかし呪いは今も平然と身体を蝕んでこちらを喰らい尽くさんとしている。状態異常「衰弱」のせいで意識は朦朧、指先は震えてうまく動かせず、血を飲む事も、薬を体に掛けることすらままならない状態なので潔く助けを求めたのだ。
「いやまあ、元凶があたしじゃなければ見捨ててたがね」
かんらからからと笑う女性は私の体に新たな回復薬を叩き付け、焦げた部分には「ユーリカ」と呼ばれる状態異常回復を促進する薬草を貼り付けている。貼ると貼らないとで大違いだよとシップかなにかの謳い文句のような言葉を吐きながら、彼女は私の隣に腰を下ろして、近くで蜂蜜を舐めていたエウクレイアに金平糖を手渡して、静かな笑みを浮かべて食べている様子を見詰めていた。
───木陰から漏れる陽光が頬を照らしている。
土の匂いを運ぶ風が鼻腔をくすぐり、どこからか聞こえてくる鳥の音色を聞きながら、ゆったりとした時間が過ぎていく。このゲームの中でのんびりと過ごす事は初めてな気がするが、しかしこういう行為も悪くはない。惜しむらくは私にとって陽光が天敵である事と、未だに回復しきらない体では弁当箱が開けられない事だろう。
ああ、一時はどうなる事かと思ったが、事態は案外すんなりと解決した。
私の言葉は一切信じてくれなかったものの、目の前の女性───セガール嬢は普人族では珍しく精霊言語を習得しているらしく、相棒が泣きながら必死に身振り手振りを加えて説明をするに連れて、焦げ始めている私を見て苦笑いしながら救助を開始してくれたのだ。運がいいと言うべきか、それとも運が悪いからこそのこの状況か。───おそらくプラスマイナス0が一番正解に近い、そう思っておく事にしよう。
指を軽く動かすと、しっかりと拳を作る事が出来た。腕を曲げて顔に伸ばし、焦げ付いた皮膚が音を立てて千切れるが、しかし多少の痛みと引き換えに自由に動かせる事が確認できた。すぐさまインベントリから取り出した熊の血液を喉に流し込み、野性味の強いその液体を肉へと変えていく。しばらくして傷は見事に修復され、健康体とは言えないものの十二分に動ける程度には回復した。
「……吸血鬼かい、また珍しい物を見た。不自由らしいのによくやるもんだ」
「楽しめなければゲームにやる価値などない。その為ならば多少の不自由は覚悟するべきだろう」
「やれ効率と言いたがる奴等からすれば耳が痛いか、もしくは鼻で笑うような言葉だね」
「なに、楽しみ方は人それぞれだ。情報から取捨選択する行為もそれはそういう楽しみ方があるというだけだろう。個人的には量産品よりも一点物が楽しめる。他人の意見を聞きはしないが、否定するつもりもねえよ」
真似するのは恥ずかしい事ではない。一度成功例があるのならばそれを真似して何が悪い。一定以上の使いやすさが保証されているのなら当たり外れのある物を使うよりも遥かに賢い選択だ。───ただ、それを行っていないからという理由で他人を小馬鹿にする事は何と言おうが間違いだが。例えば地雷云々とそれは避けろと言う助言を、避けない奴は馬鹿だと言うのは大きな間違いだと最低限の道徳があれば十分に分るはずだ。
「顔はちと凶悪だが、中身は案外まともだね」
「よく言われる」
「そうかい、いやそうだろうねぇ」
「その反応も大して珍しくもない。───それはそうと、先程から相棒相手に色々と物を与えているが、いい加減やめてくれ。欲しがる物を与え続けると制限を設けている意味がなくなる」
「おや、案外厳しいね」
「甘やかすのと可愛がるでは別だ。例えその子に嫌われようとその考えは変えるつもりはない」
子供とは吸収するものだ。
それが良い事でも、悪い事でも。取捨選択がまだ不安定な時期が存在するのは誰だって知っている。
そんな子供達に大人が出来る事は甘やかす事ではない。同時にこうしなさいと余計なお世話は必要ない。ただ、その子が後悔しないような選択が出来るように背中を支えてやればいい。
親とはそういう者だし、大人はそうあるべきだ。周囲の手本が全てダメなのに、反面教師に出来る子供はまずありえない。子供がこうなりたいと思わせる姿を見せ続ける事が大人の最低限の義務だろう。なので私は嫌われようがそこは厳しく接している。───まあ、実際はただの父親きどりなオッサンなのだが。
「お前さんのお父さんは厳しいね」
「───彼女は相棒だ」
「その彼女がお父さん呼ばわりしてるんだけどねぇ」
「……マジか」
え、マジで?
そういう思いを込めてエウクレイアに視線を向ける。
いつも通り、花のような笑みを浮かべたのだが、その笑の中に若干の照れが見える。
ダメと言いたげな表情なので、いやそんな事はないと首を左右に振るうと、満面の笑みで定位置に移動したので、───よし、今日は食事を豪華にしよう。そうしよう。
「仲がいいねぇ」
「家族だからな、当然だ」
当然なのだと、どうやら頭上でガッツポーズしているらしい。
それを微笑ましそうに見ているセガール嬢に、通訳ありがとうと言う気持ちを込めて手を差し出す。
こちらの気持ちに気が付いたのか、少しだけ頬を染めながら、しっかりとその手を受け止めてくれた。
「男に手を握られるってのは、その、初めてだねぇ」
「ほう、それはまた珍しいな」
今時の若者がなんと珍しい。所謂アレだろうか。女子高育ちと言うやつだろうか。
恥ずかしそうに手を放しながら、微妙に頬が赤いまま、はにかんだような笑みを浮かべてセガール嬢はそういえばと話題を逸らすかのように問いかけてきた。
「ここらへんで鬼熊ってモンスターが稀に徘徊しているんだけど、見ちゃいないかい?」
「ん? あの熊ならインベントリで肉になってるが」
「倒しちまったのかい。───はぁ、掌を期待していたんだが、こりゃ出直すしかないか」
「掌なら確保しているが、欲しいのか?」
「本当かい? ありゃ解体以外で入手不可能な筈なんだが」
「ああ、解体持ちだからな私は」
「へえ、そのスキルを持ってるって事は料理人か、もしくは料理をよく作ってるいるって事だね」
ふむ、どうにも取得可能になった理由がどうにも不明だった「解体」は料理関連のスキルだったらしい。ただ料理がしたいだけの人間なら絶対取らないだろうスキルをどうしてわざわざその関連にぶち込んだのか、運営の思考が理解できない。場合によってはトラウマが残りかねない内容だ思うのだが、───まあ、そこら辺は個人差があるしな。
「その通りだ。この娘と、もう二人。───腹ぺこな妹分と馬鹿な友人がいるんでな。まあ趣味の範囲だが、そこそこの回数はこなしている」
「そこそこって、これの習得可能条件知らないのかい? 料理を200回以上こなしているのが最低条件で、食材を50種類以上使用しているってのがあったはずなんだけど」
「まあ、友人の倉庫から拝借している物を考えるとそれくらいにはなるか」
回数は一日三食、おやつを含めれば五食は作っているのでそれくらいにはなるだろうよ。趣味でどぶろくやら蜂蜜酒やら蒸留酒を密造している事も含めるのなら更に加速するだろう。ぬか漬け等も含めていいのなら大体二週間ほど──この世界での時間だが──で達成できていたらしい。
まあ、ログインすれば最初に聞かされる内容は食事のリクエストだ。無言の期待の時もあるが、ともかく生活臭溢れるプレイをしている気がする。最早気軽に戦闘やら狩りが行える以外は現実と対して変わらない。───いや、エウクレイアがいる分こちらの方が素敵か。あちらは癒しがない。周囲に居るのは野郎か、筋肉質な野郎か、クソ生意気な野郎か、少しまともな野郎ぐらいだ。……子供やらもいるが遊びがある種の肉体言語なのが辛いところか。
「ところで、クマを狩りに来たというのならお嬢さんも解体スキルを持っているのかな?」
「当然だろう、あたしは料理人だからね。ま、格好を見れば予想がつくだろうけどね」
「確かに。今のは聞くまでもなかったな」
「そういう確認も大事だろうさ。───ちなみに、いくらでレシピの公開を頼めるか交渉したいんだがいいかな?」
レシピの公開? 料理人通しではなにかそう言う事が重要になってくるんだろうか?
「すまない、言っている意味が理解できないんだが」
「理解できないって、───料理人なら当たり前の事だろう?」
「あいにくと料理人じゃないんでな。それに情報に疎い方だ」
「料理人じゃないなら知らないか。料理人にも特殊なクエストがあってね、今私が受けているクエストが「レシピ収集」でね、他人からレシピを50種類集めればとあるスキルが習得できるんだけど、まあ、人付き合いは苦手でね。どうにも集まりそうにないのさ」
「成程、それでレシピを分けて欲しいと」
「そういう事だね、今まで金銭と交換だったから今回もそうしてくれると助かるんだけど」
「ある材料で作るからレシピは持っていないんだが」
「それがどのような物かを思い浮かべながら「譲渡する」と宣言してくれれば問題ないよ───それで、いくら払えば貰えるのか教えてもらえるかい?」
ふむ、これはふんだくるのもありだろうか。しかし金などもらおうと使い道が一切ない。
現在の私は所謂お尋ね者である。しかも世界規模の、センナが喜々として異邦組合──この世界独自の組合。活動内容は誰でも受けれるクエストを配布する事らしい──で入手した討伐対象リストに載っていたよと大爆笑していたので間違いない。───尚、大爆笑した後、内側からエウクレイアに貫かれて死に戻ったのでハイタッチしたのはいい思い出である。
「いや、金はいらない」
「ふむ、では何がお望みだい?」
「望むものは特にない」
「そういうのが一番困るんだけどねぇ」
しかし実際問題金銭もアイテムも特に必要としていないのだ。
それ以外となると、───ああ、そう言えば私は組員勧誘のために来ていたんだったか。
ならソレを伝えてみるとしよう。
「少しこちらも頼みごとをしてもいいか?」
「別に問題ないよ」
「今現在私は友人とギルドを作成しようと思っている。金銭、レベルの問題は解決しているが如何せん人数が一人足りない。よければ入ってもらえないだろうか」
「そういうのは街でやった方が集まる、───と言うか適材適所って言葉を知らないのかい? どう考えてもお前さんは向いていないだろうに」
「残念ながら消去法で私以外は不可能だ」
「それはまた。───そうさね、特に何処かに所属しているわけではないから問題はないね」
……案外あっさりと承諾をもらえた。
ふむ、話せる人物ならば先ずは誘ってみるのも一興かもしれん。尤もそれの稀少性が高いのでまず不可能だろうが。しかし、喜ぶ前に確認をしたほうがいいかもしれん。これで冗談なら少し凹むしな。
「いいのか? セガール嬢なら引く手数多だろうに」
容姿という点で見えてもまずお目に掛かれない大和撫子である。
おまけに料理人の料理と言うのはレベルが高いプレイヤーが作れば下手なアイテムよりも効果が高い時が多いらしい。その点から見ても十分に旨みがあると言える。美味い料理という点でも活力と言う意味ではかなり違うだろう。まあ、彼女の力量は未だに知らないのだが。
「生憎と引く手が欲に塗れててね、あたしが所属した際のメリットばかりを語ってくるからうんざりなんだよ。おまけに男衆の目と来たらもう震えるね、欲望丸出しとはよく言ったもんだよ」
「女限定の場所もあるだろうに。それに私もそれなりにセガール嬢の容姿に惹かれているんだが」
「男衆に囲まれて育ったせいか同同性との仲良しこよしは苦手でね。それと、アンタはなんというか人間ぽくない。あたしには化生の類にしか見えないから問題ないよ」
「最早人ではなく妖怪扱いか」
現実では鬼だの悪魔だの散々言われているので気にもならないが、しかし初対面の女子から言われるってのは中々にくる物がある。やっぱり私はそこまで化物面なのか、それとも雰囲気が悪いのか、単に行動がおかしいのか、それともその全てか。
まあ、そんな事は今更だ。いっそのことこのアバターを色彩のみの変更にすべからず凶悪面にするべきだった。顔面の疵痕なんて中々にイカスと思わないか?
「とにもかくにもよろしく頼むセガール嬢、ああ、本当に助かった。レシピだろうがなんだろうが好きなだけもらってくれ」
「ありがたくいただくよ。───って、これまた相当な数をこなしたらしい。と言うか、聞いた事もないような料理もあるんだけど、これがどういうものか教えてもらってもいいかい?」
「なに、それくらい構わんさ。なんなら古式包丁術等も教えるが如何かな?」
「……お前さん、本職かい?」
「なに、祖父の人脈が少しぶっ飛んでいてね、その関係で無駄に多芸なだけだろうさ」
ちなみに古式包丁術と言うのは、ざっくり説明すれば一切食材に手を触れずに調理する方法である。流派が色々とあるが、私が修めているのは不明だ。何故なら教えてくれたご老人が極度の緘黙症であり、言葉は祖父以外と交わせないと言う致命的すぎる欠点を有していたからだ。おまけに自分の事を語りたがらず、最後は安らかに我が家の縁側で七輪でさんまを焼いた状態でご臨終された。───尚、発見理由は黒煙をあげるさんまの臭いである。享年97歳、板前姿よりもコック帽がよく似合う御仁だった。
まあ、そんな過去話は胸の中に収めるとして。
こうして組員番号5番「料理人セガール」が加わったのである。
「ちなみにギルドの名前と方針はどうなってるんだい?」
「ギルド名は現段階では決めかねている。方針は、まあ、ヤクザだ」
「ならお前さんって呼び方はまずいね。これからは友人として「組長」と呼ばせてもらうよ」
「了解だセガール嬢」




