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episode2

 説明書通りに作業を進め、終了後にベッドの上に寝転がる。

 ゴーグルに付いている小さなスイッチをスライドさせると、視界にはデジタル文字で「Now Loading…」と表示され、僅かに響く微かな音に徐々に意識が薄れていく。

 所謂睡眠誘導プログラムと言うものなのだろう。あっという間に俺の意識は堕ちていき、気が付けば白い部屋の中でパイプ椅子に座って呆けていた。対面には女性とも、男性とも言えない中性的な美形が柔らかく微笑んでいる。


〝──この度は【ディザイア・ワールド・オンライン】をご利用頂きありがとうございます。私はナビゲーションを務めるワルキューレの一人──計画を破壊する者(ラーズグリーズ)と申します。以後、お見知り置きください〟


 唐突に、机の上には一枚の書類(ウィンドウ)が現れる。

 そこに記されているのは奇妙な文字列。見た事もない棒だけで作られた文字は、しかし不思議と意味は理解出来る。説明書に書いてあったようにこの世界の知識が頭の中に、正確にはゴーグルに内蔵されている「アカシックレコード」と名された記憶媒体に存在しているらしい。これでいつでも知識を閲覧出来ると言うのもこのゲームの売りだと広告で見た覚えがある。

 ともかく、その文字はとある言葉が記されていた──契約書と。

 おそらく利用規約だろうと特に考える事もなく書類に名前を記入する──本名とアバター名の両方を。

 ソレを満足気に受け取った美形から一つの鍵を手渡されると、その鍵は俺の中に溶けるように消えてしまった。

 そして、一度視界は暗転し、──視力が戻った時には既にゲームの中だった。



 ◇◆◇ ◇◆◇



 そこにあるのは感動だ。

 現れた場所はそれなりに広い広場のような場所。ゲームや漫画では珍しくもない、中央に噴水があり、その周囲には旧制ヨーロッパ風とでも言えば伝えやすい光景が広がっている。───だが、想像していた物とは根本から違っていた。

 太陽の眩しさも、噴水から漂う冷気も、風に乗る食物の匂いも、石畳に響く靴音も。その全てが現実のように感じる事が出来る驚きは饒舌に尽くしがたい。


「──凄いな」


 思わず洩れた声に違和感を覚えつつ、何処にいるかも分からない友人達を待ち続ける。

 そして何程経っただろうか。視界の隅で小さな電話アイコンが現れたので、説明書通りの手順でそのアイコンを選択し、相手に向かって話し掛ける。


「どちら様で?」

《皆のアイドルセンナちゃんだよぉ~》

「───死ぬか?」

《すみません許してください》


 記念すべき最初の相手はご存じ阿呆、もとい閃だった。

 いきなりの女声に驚きはしたものの、此処は現実ではなく仮想現実。元来アレも女装とか好んで行っていた経歴があるのですぐに適応可能だろう。まあ、元が女顔だ。中身を知らなければアイドルも余裕で可能だろうさ。

 まあ、それはともかくとしてその阿呆はどこにいるのかを聞くと、背後に存在する噴水の方から今度は直接声が聞こえてくる。途端に周囲のプレイヤー、NPC関係なく驚いた様な表情を浮かべ、そちらの方向へと視線を向ける。それに釣られるように視線を向けると、


「やっほ~ジョージ。今日も素敵に魔王様だね」


 ───耳長族は美形修正が掛かるらしい。

 そんな噂を聞いた事がある。もちろん説明書には何一つ書いてない事であり、そして運営側の否定している。だが、確かに今の閃を見るとその噂の信憑性が増してきた。

 腰まで伸ばした銀紫の髪を一房だけ青い紐で纏めているのは髪色以外はいつもの女装風景。しかし目目麗しい白貌が心なしか輝いていて、普段とは違うコバルトブルーの瞳は妙な色気を持っている。動きやすさを優先したのか、割と露出度の高い衣装を、神秘的な外套で隠す様はなんというかエロい。

 よくぞまああの阿呆がここまで化けたもんだと観察していて、ふと、バカがニヤついている事に気が付いた。


「腕に抱きついてあげようか?」

「腕をへし折ってやろうか?」

「……見惚れていると思ったらこれだよ」


 何故かいきなり脱力した閃、もといセンナに首を傾げる。

 外見は女子だが中身が男子ならこの対応は普通だと思うんだが、さて。

 まあ、此処は仮想現実だ。多少現実と違った対応でもして欲しかったのだろう。相手を選べと言わざるをえないが。


「はぁ、まあとりあえず自己紹介をちゃんとやらない? コールでの挨拶なんて味気ないもの」

「確かにな、───それじゃ改めて、ジョージだ」

「私はセンナ、よろしくね」


 フレンドリストに名前を登録する。複数存在するファイルの一番端───「親友」の欄に載せておいた。

 気恥ずかしいが、この男はやはり一番の友人だ。何せガキの頃から二人してバカやっていた仲と言うのは掛替えのないものなのだから。

 

「あ、そう言えばジョージはロールしないの?」

「演じるのが面倒くさい、なんてロマンのない事は言わねえが、そもそも演じようにもな」


 分かるだろうと、肩をすくめると、ああ成程と答えが返って来る。

 そもそも高校時代にクラスの出し物───「美女と野獣」の野獣役を任されて以来演じた事なぞとんとない。その際も台詞回しや演技は隣の名人からのご指導ご鞭撻があったのでなんとかなったのだが、問題はそこではなく。あの時と今では明白に違う物があると言う点だ。


「台本がないと演じられない?」

「そもそも何をやるかも定まらない。そんな状態でロールなんて出来るもんじゃないだろう」

「そんなものかしら? なら私が提案するからソレを演じてみない?」

「なんだ、言ってみろ」

「堂々と魔王やっちゃえば?」


 ────────────その発想はなかった。

 言われれば確かに、これ以上ない程に嵌まり役である。しかしそれが現実でも可能な事に気が付いて少し凹んだのは御愛敬だ。


「口調を少し変えたりすれば完璧じゃない? 一人称を私にすればそれっぽくなるでしょうし」

「いいアイディアだ、ジュースを奢ってやろう」

「いいの?」

「ああ、そこの売店に売っているケミカル☆グロリアサイダー(100c(セル))でいいな」

「待って、マジで待って。それ飲んだら街中でデスペナ食らうから勘弁してください」

「俄然奢りたくなるじゃあないか」


 その後逃げようとするセンナに無理矢理ケミカル☆グロリアサイダーを飲ませたのは言うまでもない。

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