表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/33

episode11

 大森林の中央から東にずれた位置にある広場内にて徘徊系のユニークボスが一匹訪れている。

 タキシードにシルクハットが特徴的な女性型のモンスター、名を「帽子屋ヴィフ・アルジャン」と言うユニークキャラクターの一体。

 このモンスターが現れたのは2回目のアップデート後に現れた迷宮「ワンダーランド」にて、アリスと呼ばれるNPCがプレイヤーの手によって殺害された時からだと推測されている。その際に現れたの帽子屋だけではなく、他にも数種類のモンスターが確認されている。

 これ等のモンスターの出現条件は不明。討伐成功例0件。そして最大の特徴が流暢に言葉を話すと言う点だった。モンスターの中で会話が可能な物は少なく、現在で確認されているのはこのワンダーランド系のユニークキャラクターか、もしくは一部イベントモンスターのみとなっている。

 イベントモンスターの会話はあくまでも場を盛り上げるためのものであり、そこにはNPC達のようにまともな会話が成り立つわけではない。しかし、このワンダーランド系のユニークキャラクターは、会話の受け答えが可能とされている。その為、会話による戦闘の回避を試みる事が可能だと試すプレイヤーもいるのだが、───一体だけ、会話が通じない個体がいる。


 それこそが「帽子屋ヴィフ・アルジャン」。彼女こそがこのゲーム内最悪の会話可能なノンプレイヤーキャラクター。プレイヤーの言葉を必要としない唯一無二の復讐者。同族である白ウサギを蹴り殺して、その時計を奪い取った簒奪者でもある水銀狂い(ヴィフ・アルジャン)

 

「チッ、───勝てる気がしねえ」


 辛うじて音や気配、現実での喧嘩経験により鍛えられた直感により、奇跡的な回避を続けていてた吸血鬼から弱音が漏れる。相棒は未だにインベントリの中で震えており、戦力としてカウントする事は不可能な状況で、瞬間的な見切りという人間離れした受け流しと、隙を作ることで誘導すると言う特異な技能を用いての防戦は、百戦錬磨の喧嘩男も流石に疲労が溜まっていた。

 縦横無尽に空間を跳ねる帽子屋は、急加速、急停止を繰り返してはうさぎのように跳ね回る。それだけではなく、稀に銀色の液体をぶちまける事もあり、それに対して本能的な衝動により触れる事がないように立ち回りを強いられる。三次元な動きを行う帽子屋に対して、吸血鬼はどうしても後手に回らざるを得ない。そもそも身体能力(ステータス)に差がありすぎて、それ以外の要素で防戦出来ている方がおかしいのだが。


 帽子屋から水銀が射出される。今までのような液体ではなく、小さな小瓶に封入された状態で射出されたソレは空高くへと放物線を描きながら、吸血鬼の頭上へと飛んでいき、途中で弾けるように割れて中身が散乱する。───水銀の密度は鉄と比べて遥かに大きい。過去に飲んで串刺しとなった者もいるほどだ。それが雨のように降り注ぐという事はつまり、


「───クソッタレ!」


 回避行動を取っていた途中での散乱により避ける暇はありはしない。咄嗟にインベントリから取り出した丸太を4本を四方に置き、空いた頭上にはその四本で支えるように新たな丸太で塞いでいく。念の為に最後の人工血液を飲み干した途端、隙間から入り込んだ水銀が皮膚に突き刺さり、その威力にHPが削れていく。一滴で3も削れていくのを確認して、舌打ちと共に雨が止むのを待つが、しかし、敵のことだけは忘れない。


「バアアアカアアジャアアアナアアアイイイイイノオオオオオ!!」


 突っ走ってくる、それこそ真正面でも視認が難しい速度で駆ける帽子屋を迎撃するために丸太の隙間から角槍を突き出して牽制するが、しかし帽子屋は避ける素振りすら見せずに手のひらをソレに叩き付け、───次の瞬間、角槍がぐにゃりとひしゃげ折れた。

 真正面からの飛び蹴りが丸太を粉微塵に粉砕する。眼前で発生した木片に視界をやられた隙に足の裏が胸へと到達し、同時に身体は地面へと叩きつけられる。丸太により威力が減じた蹴りではあるが、ステータス差による一撃は生半可なものではなく、人工血液による回復分が一瞬で消し飛び、レッドゾーンで喘いでいる。仮に丸太がなかったなら、触れた途端に死に戻っていただろう。もちろんそれ(丸太)だけで生き残れたわけではない。蹴りが触れるよりも先に、インベントリから溢れた粘液が盾のように展開され、それにより威力の大部分が削がれた事が最大の要因だろう。


「アレ、何で生きてんのお前ぇ?」

「……んなもん、生きてえからに決まってんだろう」


 不敵に笑う吸血鬼の眼前で、小さな闇が覚悟を決めて強敵を睨みつける。

 吸血鬼とは違い、この世界に生きる闇からすれば、目の前の存在は死神だ。死ねば消滅する存在からすれば、インベントリに逃げ込みたい恐怖そのものである。しかし、相棒が死にかける中、一人震える情けなさを幼い誇り(ゴシックハート)は許さない。

 怯えが色濃いその顔ばせに、確かな覚悟を決めた闇の小さな背中に、吸血鬼は確かな力を感じていた。同時に、内側から失われる力の奔流も。


「やれ、───相棒」


 莫大な魔力と引き換えに、膨大な闇が溢れ返る。一瞬で変幻する闇が無数の茨となり、そして周囲を囲う檻と化していく。その中心に存在する獲物を狙うように延びる茨の鎖は太く、それでいて素早い。中心でぼけっとしていた帽子屋は、うむん? と小さな声を漏らして拘束され、檻の内側へと射出される無数の鏃が中心を目掛けて殺到する。無数の鏃に囲まれ、拘束された帽子屋は、最後まで不思議そうに小首を傾げて、


「逃げるぞ!」


 吸血鬼が叫び、インベントリに闇を隠して逃走する。

 いきなりの事に驚きに歪んだ顔をした闇は、しかし茨から平然と脱出した帽子屋に驚愕の表情を浮かべ、向けられた眼光に抑えていた震えをぶり返した。

 赤い眼光はどこまでも喜悦に濡れている。獲物を甚振る猫のように細められたその双眸に吸血鬼の言葉の意味を知る。───アレは勝てないのだと。そも、勝てるようにできていないのだと。

 背後から檻が砕ける音が響く。逃走の時間を稼ぐためだけの行動に対して、帽子屋は小さく時間を数える。時計を見て、ゆっくりと、ゆったりと。

 途端、時間が急激に加速する。もう暮れていた夕日が隠れて月が現れ、月が流れて日が現れ、日がまた沈み、月が出る。回る、廻る、廻り続けて、───途端、吸血鬼の動きが止まる。

 視界の端で点滅する《空腹》《疲労》《吸血衝動》の状態異常。時間経過により発生する異常が爛々と輝く視界の中で、背後から、わざとらしいゆったりとした足音が響く。

 手には銀色の懐中時計。時計は狂ったように回っている。時計うさぎから簒奪した時計は、帽子屋同様に狂っていた。それこそ、世界の時を歪めるほどに。これこそが白うさぎの時計、その成れの果て。───名を「失われる時間クロック・ロスト・タイム」。本来平等に進む時間を、限定空間内のみ加速させる特殊能力。

 

「流石は天才、流石は変態! 吾輩こそが狂い帽子屋ヴィフ・アルジャン! 帽子はともかく時計の修理は専・門・外! まあ、ぶっ壊したの吾輩なんですがねぇ?」


 奇妙なポーズをとりながらケタケタと不気味な笑い声を上げて、転がる獲物背後へと移動した。

 凶悪面に影を落とした吸血鬼の首を掴み、子供が人形を振り回すかのように、軽々と、吸血鬼の体を縦横無尽に振り回す!

 呻き声しか上げられない吸血鬼は、しかし、この状況で一矢報おうと気炎を上げる。身体は自由に動かない。その中で、ただ一つの可能に賭けながら、牙を秘かに磨いていた!

 獲物が瀕死だと気が付いた帽子屋は人形を振りまわるのをやめ、その顔を相手にへと近づける。その表情は愉悦。甚振るねずみの断末魔を聞きたいとどこまでも純粋に狂喜の笑みを浮かべていた。濡れたような赤い瞳を、血のように紅い双眸に合わせながら、可憐な口元に邪悪な笑みを浮かべて囁いていた。


「やぁ、どんな気分かな負け犬くん? 吾輩に踏みにじられた気分はさぁ?」

「───最悪だ。今すぐにその顔を歪ませてやりたい程度にはな」

「無理だね。吾輩は無敵だ、吾輩は素敵だ、そしてなにより大胆不敵だ。吾輩は負けない、吾輩は我輩であるから勝利を確約されている。吾輩は我輩であるが故に、吾輩は弱者たる我輩を許さない。絶対に、アリスを取り戻すまでは吾輩に負けはないのだよ負け犬くん?」

「───お前の事情など知らん」

「いい返事だ。負け犬らしくてとてもいいよ」

「犬ってのはよ、───噛み付くんだぜ」


 途端、動けないハズの身体が急激に動き始める。

 そんなまさかと目を見開き、身体をあらん限りの力で押す帽子屋に突き飛ばされる中、その牙だけは鋭くその首筋に突き刺さり、鮮血を周囲にばら撒いてく!

 飛び散る血と同時に吸い出される生命の金貨! 啜る吸血鬼の身体は途端に活力を取り戻し、先程よりも力強く、先程よりも尚強大な力を得て、その存在を確固たるモノへと変質させていく!


「イッ、イダッ、イィ!? ナ、何故ェ、吾輩ハ、貴様程度ニ手傷ヲ負ワセラレル程弱ク、───マサカ、貴様ッ、吸血鬼カァッ!?」


 吸血鬼が初期に得る能力「吸血」。これにはある特殊な点が有している。

 制限として、この能力は生物にしか使用できない。そして、もう一つ。この能力は人の形をしたものに使用してはならない。何故なら、使用した途端、扱いがモンスターに変更されるのだから。その場合、最早NPC以外、つまりはプレイヤーからも敵として扱われるのは必須であり、その場合の難易度は推して知るべし。

 しかし、その制限に見合うほどに、この能力は凶悪だ。「吸血」使用による咬撃は例え堅牢な鎧の上からであろうとその鎧を噛み砕く威力を有しており、血を啜る量に応じてHP/MPの回復。そして対象のレベル、種族、耐性関係なく、極低確率で《魅了》の状態異常を与えると言う効果を有している。

 ただし、種族レベルに依存して吸血可能時間が設定されている為、低レベルである内はけして驚異にはならない。驚異にはならないが、しかし、───油断した格上に、一矢報いる程度なら十二分に効果が発揮する。

 未だに首から離れない腕に、尋常ではない力が宿るのを感じ、吸血鬼は最後に不敵な笑みを浮かべて、


「ジョージだ、覚えとけクソッタレ」


 首をへし折られ、その肉体は数秒と待たずして粒子となって空を舞う。

 一人、首筋に二つの孔を開けられた帽子屋は、静かに、激情を灯した真紅の双眸で空を見据えて、不敵に、素敵に笑いだした。───もはや帽子屋に欠点はない。たった一つの油断が、この日、逃走すら許さぬ残虐性に塗りつぶされたのだ。



スキル「吸血」

制限:生物限定、人型使用後「吸血鬼(モンスター)」に変更。

性能:VIT無視、防具破壊、血液摂取量=HP/MP回復量。極低確率で状態上《魅了》発生。その際、レベル差、種族特性、耐性を完全無視する。


トロルの状況について

上位イベント中は下位イベントは強制中止。後日同じ状況からのやり直しが可能。

そして現在は干渉不可能状態のモブとして森に帰ってます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ